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私設の公民館をつくりたい。―「喫茶ランドリー」を運営する田中元子さん(前編)

2020.11.27 

田中さんアップ

 

居心地よく楽しく、幸福に暮らせる街とは、どのような場所でしょうか?

 

人口減少が進む日本で、従来の都市開発や住宅供給には既に疑問がでています。23区での孤独死は年間5,000人以上に上り、2040年には単身世帯は約4割になると言われています。そんな中、街が担う役割は今後より重要になっていきます。

 

今回は「まちに人があふれる日常をつくることで、エリアの価値と幸福度の向上を目指す」建築コミュニケーター田中 元子さんに、前後編に渡ってお話を伺っていきたいと思います。

 

(聞き手:NPO法人ETIC. 芳賀千尋)

田中 元子(たなか もとこ)

株式会社グランドレベルの代表取締役社長・喫茶ランドリーオーナー

1975年生まれ。独学で建築を学び、2004年より、ライター・建築コミュニケーターとして、建築関係のメディアづくりに従事。2016年、“1階づくりはまちづくり”をモットーに株式会社グランドレベルを設立。まち・建物の1階をより公共的にひらき、市民の能動性を高める日常をつくることで、エリアの価値と市民の幸福度の向上を目指す。2018年に墨田区に洗濯機やミシン、アイロンなどを備えた“まちの家事室”付きの喫茶店「喫茶ランドリー」をオープン。年齢や職業に関わらず、多様な市民が集い、さまざまな活動に使われている。現在、「喫茶ランドリー」のような場所をつくるプロジェクトを全国へ展開中。主な受賞に「2018グッドデザイン特別賞グッドフォーカス[地域社会デザイン]賞」ほか。

やりたいことは“コインランドリー事業”ではなくて“いろんな人が訪れるきっかけをつくること”

 

墨田区

2018年 墨田区にオープンした「喫茶ランドリー」。築55年の建物の1階、元は手袋の梱包作業場として使われていた空間をリノベーションした。日常的に店内から軒先までもが、近隣住民の憩いの場となっている。/写真提供:グランドレベル

 

――墨田区につくったランドリーカフェ「喫茶ランドリー」の取り組みが注目されていますね。

 

田中:2016年頃「グランドレベル」という1階専門の会社をつくろうかなと周りに言っていたら、ある空きビルの1階で展開する事業について、ご相談を頂いたのがきっかけです。

 

私はランドリーカフェの企画をつくり、関係者の皆さんに了承を得て、後は運営してくれる事業者を見つけるだけだったのですが、それが見つけることができませんでした。それであれば、自分たちが考える理想の「1階づくり」にチャレンジしようと自社で行うことにしました。

 

最初は普通のコインランドリーに置いてあるようなガス式の洗濯機や乾燥機を入れるつもりでしたが、実際、計画を進めていくと、そこに予算を割くことが難しいことがわかってきました。コインランドリーの設備を置けない、とわかったときはかなり落ち込みました。

 

そんな中、設計者の方々が、“コインランドリー事業で稼ぐこと”ではなく“いろんな人がくるきっかけ”として洗濯機を置きたいのなら、普通の洗濯機でもいいんじゃないか、と言ってくれて。そこからイメージが一気に広がりました。それで、洗濯機や乾燥機だけではなく、ミシンやアイロンも借りることができるような「まちの家事室」をつくろうと決まりました。

 

子ども

 

ランドリーの女性

喫茶ランドリーの奥にはランドリー機器やミシン、アイロンを備えた「まちの家事室」という部屋がある。時には子どもの遊び場となり、ミシンの部屋となり、打合せやワークショップが行われることも。/写真提供:グランドレベル

 

――喫茶ランドリーのような場所をつくりたいという想いは、元々持たれていたのでしょうか?

 

田中:それまで、喫茶ランドリーのような固定の場所を、自分で持ってみたいとは一瞬たりとも思ったことはありませんでした。

 

ただ、私は自分のオリジナル屋台を時々まちへ出して、まちを行き交う人々に無料でコーヒーを振る舞う「趣味」を重ねる中で、何となく公共ってもっと私設や個人、手作りできるんじゃないかな、という興味と手応えをもっていました。だから喫茶ランドリーも、ランドリーカフェをつくりたいというより、喫茶店という皮を被った「私設公民館」を作ってみたい、というモチベーションで企画していきました。

 

屋台

田中さんは小さなパーソナル屋台を持って、日本中のあらゆる場所に出没。道ゆく人に無料で珈琲を配り、人々とのコミュニケーションを図ることで、そこには自然と「場」(=マイパブリック)が浮かび上がる

 

サラリーマン

プレイスメイキング社会実験に参加し、経団連のビルの足元、大手町川端緑道でパーソナル屋台を行った。 /写真提供:グランドレベル

 

どの店もそこに立つ人が「あなたじゃないと」と言われるように

 

――田中さんだからこそ出来た、と思う人も多いんでしょうか。

 

田中:よくそう言う人がいます。そうやって、属人性に回収されることが、最初はすごく悔しかったです。なぜなら、その反対、誰がやってもうまくいくように仕込んだからです。

 

実際、現在は私がカウンターに立つことはありません。アルバイトスタッフのみんながここを作ってくれています。最初の喫茶ランドリーの後、「理念のフランチャイズ」という形で増えていった6箇所のお店やスペースは、「喫茶ランドリー」のような存在をそれぞれの街で実践しています。もちろん、そこに私は立っていません。

 

そこで大切なのは、モノ・コト・コミュニケーションの三位一体でデザインをすることです。それが私の仕事です。ハードとソフトって、よく二項対立で語られがちですが、この二つだけではそこで起きることは何一つ活力を生み出しません。そこで、それらを取り持ち有効に機能させるためのコミュニケーションのデザインが不可欠になってきます。

 

そうデザインすることで、クライアントの方が「あなただからできたんだよね」と言われるような場所をつくってあげることができる。

 

笑う女性たち

喫茶ランドリーのレジのテーブル周り。右にあるビールサーバーはあえてお客さん側に向け、お客さん自身が入れる形とした。入れ方を教えたり、上手く入ったことを一緒に喜んだり、自然と会話が生まれる。/写真提供:グランドレベル

 

ロゴ

「理念のフランチャイズ」とし、喫茶ランドリーの理念に共感したお店やスペースの設計デザインを全国に展開している。/写真提供・グランドレベル

 

団地

左:「喫茶ランドリー宮崎台」(2019):神奈川県川崎市のフィットネスクラブ「ティップネス宮崎台」の1階にオープンした「喫茶ランドリー」2号店。会員さん、非会員の地元の方々が、日常的に喫茶やランドリーを利用する。 右:「喫茶ランドリーホシノタニ団地」(2019):小田急電鉄株式会社からの依頼で、神奈川県座間市に建つホシノタニ団地の1階にオープン。団地に住まう人も地域の人々も集う。/写真提供・グランドレベル

 

赤い屋根

 

カフェ

2020年 福岡中央区に「谷一cafe-」がオープンした。クライアントのご夫婦は、上階に暮らしながら、地域にひらいたカフェを運営しはじめている。空間から運営まで、トータルでデザインとアドバイスを行っていく。 /写真提供・グランドレベル

 

複合カフェ

2020年 東京・清澄白河にカフェ「ハタメキ」がオープン。個人の女性からの依頼ではじまったプロジェクト。これまで手がけたプロジェクトで最も小さな建築だが、オープン直後から、さまざまな形でアクティブに使われている。 /写真提供・グランドレベル

 

街の全ての人に対して両手を開いた場所にしましょうよ

 

――街の人や、お店に立つ人誰もが主役になれる場を作るということでしょうか。

 

田中:私たちがつくるのは、あくまでも器でありステージです。そして、私たちはつくった器で、ステージで、最初に踊って見せます。けど、それを見て、そこで働く人たちが、あるいは利用する人たちが踊りはじめたら、スッと身を引きます。主役はもちろん、そこに関わる人たちだからです。もちろん私たちが最初に見せる踊りは、プロの踊りではありません。こんなに好きを自由に表現していいんだよということです。人間らしくそのままでいいんだよということです。それが伝われば、その場は、その後もアクティブでまわり続けることができるからです。

 

だから、うちの店に立つ人の条件としては“プロっぽい人”はダメなんです。「このお店、このステージに立ってください」と言うと、無意識によかれと思ってプロっぽい振る舞いをしてしまう。

 

でもそれは一番避けたいことです。私たちがハードやソフト、コミュニケーションをデザインする意味がなくなってしまいます。だから、そのことを伝えるために、必ず私たちが設計デザインを手がけるプロジェクトでは、関わる方々に必ず喫茶ランドリーで一日一緒に働いてもらうようにしています。そうすれば、その場所を運営する人が、お客さんと接する人が、どう存在すれば良いかがスッとストレートに伝わるからです。

 

帯広で起業家支援を目的とした市民にも開いたカフェの「LAND」という施設をプロデュースしました。依頼時は、起業家支援のための施設だったのですが、私たちは起業を目指す人だけではなくて、街を歩く子どもから大人まで、すべての人々が起業家の卵なのだから、やっぱり街の全ての人に対して両手を開いた場所にしましょうよ、と提案をしました。結果的に学生さんたちから、ママさん、もちろん起業を目指す方まで、さまざまな人々が行き交う場となり、当初のイメージ以上の活気のある場として動いていると思います。

 

高齢者

喫茶ランドリーの来店者はその年齢層が幅広い。0歳の赤ちゃんから高齢者も集う。/写真提供:グランドレベル

人が健康かどうかは幸せの条件です

 

――田中さんは社会貢献や地域活性を起点にせず、個人のやりたいという趣味や想いを後押しした結果、誰をも肯定しているところが社会貢献になっていますよね。

 

田中:そのつもりでやっています。今はInstagramやTikTokなどのSNSで、いろんな人がチャーミングであるとかわかる時代です。DJをやるおばあちゃんがいれば、起業する小学生だっています。今は何歳の人が何をやってももはや驚きはありません。けど、そういうことが全部画面の中の話になりがちじゃないですか。画面を通す情報は情報量が少なくて、その人のライブ感は伝わらない。そういうことが、密室ではなくて、「まちの1階」不特定多数の人が見えるところで実現してたら、いろんな人の目にも飛び込む。街とはそういう風景であってほしいと思うのです。

 

道にずっと壁が続いていて、その壁の向こう側でおもしろいおばあちゃんや笑顔いっぱいのコミュニティがいくらあったとしても、それが見えない通行人が目にするのは、孤独な社会の光景なわけです。でも、通り過ぎる際に笑い声が聞こえたり、「寄っていってよ」と声をかけられたり、挨拶したり、さまざまな形のコミュニケーションがそこに生まれたら……少なくとも人間の体温があるところで生きている実感がより持てると思います。

 

そういう人の体温、気配を感じずに「孤独」な心情で暮らすことが、太り過ぎとか、アルコールの摂りすぎよりも死亡リスクは高いという科学的なエビデンスもあります。だからこそ、精神的・社会的健康を考慮しても大切な視点だと考えています。

 

人が幸せか不幸せかは二択ではありません。幸せだと感じる確率を高めることしかできませんが、その際、幸せの条件である真の健康を目指すことは大切だと思います。

 

画面を見ているよりも街に出た方が自己肯定感が下がる世の中ではだめなわけです。孤独を感じずに過ごせる良い社会だなと思える街の風景をつくっていく。どうせお金をかけることがあるなら、そっちの方向をきちんと目指しましょうよ、というのが私の考え方です。

 

カレー

喫茶ランドリーで働くママスタッフが開発した「喫ラのカレーライス」。病みつきなる常連さんも少なくない。写真:山本尚明

 

他人が幸せを感じる状態かは、自分にとってもいいこと

 

――これからますます増える単身世帯の人たちには何が必要だと思いますか?

 

田中:2040年は、お年寄りも若い人も含め日本の4割が単身世帯になると言われています。一緒に暮らす人がいないということは、「おはよう」「ただいま」を言わない環境に生きるということです。体感として孤独を感じざる得ない環境におかれる人が増えるからこそ、せめて街はそれを補完するものにならなくてはいけません。「いってらっしゃい」と声をかけられる人が少しでもいるかどうかで、その人の孤独感は確実に変わるでしょう。

 

いや、実際に声をかけなくてもいいんです。自分が暮らすまちに川縁でぼーっとするとか、ゆったりお茶をするとか、自分の居場所だな、ココ好きだな、と思える場所がいくつもあるか。そういう街を環境をみんなで作っていかない限り、孤独に対してのリスクは増えていく一方です。

 

私の場合、ダイレクトに地域の問題を解決する、社会貢献をする、ということを直接的には考えていません。もっと人間にとって大切な「大きな日常」をつくることが、結果的に必ずやそこに繋がります。まず人として、そういういろんな問題と向き合える土壌、前提、日常をつくる。その上で、ボトムアップしてコンディション整えていく。今本当に求められているのは、そういうことだと思います。たとえば、SDGsを頭の中で考えているだけでは実感が伴わないと思うんです。

 

後ろ姿

ある日の喫茶ランドリーの風景。奥の家事室では子どもたちの学習塾が。手前の喫茶スペースはさまざまな人々が思い思いに過ごしている。写真提供:グランドレベル

 

――個人の想いやその人らしさが出せるような社会にするにはどうしたら良いのでしょうか。

 

田中:現代は、「もっとくれ、もっとくれ」と口を開けて待つひな鳥を量産してしまっているビジネスがほとんどなのではないかと思っています。人々は常に自動的に消費者であり続けています。でも、そんな状況の先に人間としての喜びや自己肯定感が育つわけがありません。

 

私は、パクパクと口を開けてお母さんが餌をもってくるのを待っているひな鳥のような人間を、これ以上量産したくないと思っています。だからこそ、「私にもできそうな気がする」と思える人を増やす、そういう人々が居られる「まちの1階」を増やす、それが折り重なっていった時に、その人らしさが出せる社会があるのだと思います。その先にこそサスティナブルなビジネスとしての成功もあるはずです。

自己肯定感が高まるような環境をどう作るか

 

――田中さんたちがやっているようなことをやりたいんだ!と思っても、どうやっていいかきっかけがわからない人もたくさんいます。

 

田中:はい。これはとてもデザインの知識と技術がいることなんです。だからこそ私たちが活躍できるシーンは多いと思っています。どのような場所でも、そこに居る人々が、能動的にかつ自己肯定感が高まるような環境をどう作るか。

 

凄く優しい人もギスギスした場所に押し込まれていては優しくなんていられません。逆につんけんした人がふわっとした場所に入ったら心がほどけるかもしれない。喫茶ランドリーや私たちが手がける設計デザインでは、そこに関わる人たちの愛らしい態度や性質が出やすい環境を物理的に作っていることが大切なポイントです。それはさっき言った、最初の踊り子の私が去ったあとも、その人らしく運営できるようなデザインにしていということにもつながります。

 

だからこそ、「ハコはつくったけど、運営だけプロデュースしてください」という話は断わることもあります。それでは、そこで起こるコトも関わる人々も、従来と変わらないものになってしまって、私たちがやりたいことが実現できないから。ハード・ソフト・コミュニケションが三位一体でデザインするからこそ、実現できることなのです。

 

家を建てたい、って思ったら建築家に頼むというのと同じように、喫茶ランドリーのような場が欲しい、という時に声かけてもらえるといいな、と思っています。もちろん、喫茶店とランドリーはどうでもいい。それがなくなって、そういう場をつくることはできます。

 


 

田中さんの描いている街づくりについては、著書「マイパブリックとグランドレベル」でも深く知ることができます。ぜひ読んでみてください。

 

後編は、田中さん主催のワークショップで大事にしている点や街づくりについて、そしてコロナ後のこれからの街について伺っていきます。

後編はこちら

>> あなたらしさは、「もっともっと」という成果型の評価では分からない。「喫茶ランドリー」を運営する田中 元子さん(後編)

 

 

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この記事を書いたユーザー
芳賀千尋

芳賀千尋

1984年東京生まれ。日本大学芸術学部卒。 20代は地元と銭湯好きがこうじ商店街での銭湯ライブを開催。 1000人以上の老若男女に日常空間で非日常を満喫してもらう身もこころもぽかぽか企画を継続開催。2018年からETIC.に参画。

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