新型コロナウイルスは、私たちに新しい働き方・生活様式への転換を迫るだけでなく、人々の意識や世界観をも変えつつあります。先の見通せない激変する環境。経営者たちはどんな思いでこの状況を見つめているのでしょうか。
そこで、意外と語られていない「経営者のあたまのなか」を解剖してみようと立ち上がった本企画。第17回は、株式会社ワーク・ライフバランスの創業メンバーの一人、大塚万紀子さんにお話を伺いました。「ワーク・ライフバランス」や「働き方改革」などの概念が一般化するずっと前から、この分野の第一人者として様々な組織のコンサルティングを手掛けてきた大塚さんの「あたまのなか」の一端をお届けします。
大塚万紀子(おおつか・まきこ)
株式会社ワーク・ライフバランス 取締役/創業メンバー/パートナーコンサルタント
金沢工業大学KIT虎ノ門大学院客員教授
(財)生涯学習開発財団認定コーチ
(社)日本MBTI協会認定MBTIユーザー(Japan-APT正会員)
楽天を経て06年(株)ワーク・ライフバランスを小室淑恵とともに創業。高いコミュニケーション力やコーチングスキルを活かしつつ細やかかつダイナミックなサポートを提供し売上利益に貢献する働き方改革コンサルティングの先駆者。心理学や組織論等をもとに多様性をイノベーションにつなげることが得意。経営者から”深層心理まで理解し寄り添いながらも背中を押してくれる良き伴走者”と厚い信頼を得る。内閣府や経済産業省など行政組織の働き方の見直しや、地域創生としての働き方改革についても経験が深い。女性起業家としてビジネスプランのアドバイザーなども務める。農林水産省「食品産業戦略会議」委員(働き方改革分野担当)なども担当。二児の母。
だれもが働きやすい社会をつくる。働き方改革は福利厚生よりも産業振興
――御社はワーク・ライフバランスや働き方改革の分野で、企業から自治体まで幅広い組織のコンサルティングを手掛けておられます。あらためてワーク・ライフバランスとは何なのでしょう?
2006年の創業当初、欧米発祥の概念である「ワーク・ライフバランス」は、すでに言葉としては日本に紹介されていましたが、まだ一般化していませんでした。私たちが社名にできてしまったくらい(笑)浸透していなかったわけです。
私たちが考えるワーク・ライフバランスとは、仕事とプライベートを天秤にかけて50:50を目指す、というようなものではありません。プライベートの時間で得た経験や情報、人脈をワークで存分に活かしてアウトプットの質を高める。この循環をつくり、ライフもワークも充実させることで相乗効果をもたらすことこそ、本質なのです。
また、働き方改革についても、ただ「残業を減らす」だけが目的ではなく、業務の属人化や時間の無駄づかいを減らし、質の高いコミュニケーションによって効率的・戦略的な働き方を実現することが、本来の目指すべき目標だと考えています。
――効率的な働き方といえば、コロナ禍で一気にテレワークが進みましたが、御社は以前から導入されていたのですね?
はい。私たちは創業当初から、必要に応じてテレワークが選べる態勢を作っていました。その理由は、ゼロ歳児を抱えた親や妊婦さんなど、そもそも出勤できないメンバーが多かったから。リモート環境が整っていたおかげで、2011年の東日本大震災のときも翌日から各自が自宅で仕事ができたのです。今回のコロナ禍も同様で、通勤自粛による特段の支障はありません。
一方、ずっと家で一人で作業しているのは寂しい、気が滅入ってしまうという声も出てきています。オフィスには人間らしい「ふれあいを感じる場」という役割もあるのですね。ただ、全員がそれを求めているわけではない、というのも難しいところ。むしろ一人のほうが仕事が捗っていいという人もいる。
このように、コロナによる変化で打撃を受けているタイプと、言いにくいけれど逆に生きやすくやすくなったタイプの人たちがいて、実に人間は多様なんですね。今まで見えなかったその差異が顕在化した今、どんな組織にとっても多様性への対応は一気に3段階くらい難しくなったと感じます。
――それは都市部より地方のほうが一段と難しい気もしますが。
一方で、多様性はイノベーションの源泉です。人の多様性に着目できないまま、地域の人が減れば必然的に多様性も減る。これが人口減少が続く地方の課題なのです。そこで私たちは地方自治体に対し、人々の「働き方を変えること」で地域の魅力・競争力を高めるという提案を行っています。
だれもが自分の個性を生かせる、人間らしい働き方ができる環境をつくることで、地域に優秀な人材を呼び込む。そのための「働き方改革」はつまり、福利厚生というより産業振興の取り組みなんですね。この提案に最初にご賛同いただいた三重県で、2015年にプロジェクトを開始。その一貫として、県内のモデル企業数社にコンサルテーションさせていただきました。
△三重県へ提出した「県庁の働き方改革に関する提言」
――具体的にどんな成果がありましたか?
一例を挙げると、モデル企業の中に複数の薬局を展開されている小さな会社がありました。会議室もない、お客様がひっきりなしに来店されるような職場で、ワーク・ライフバランスって何?というところから始めたのですが、まず、社員の間で「もっとプライベートの時間があったら何をしたいか」を話し合ってもらいました。
すると、バックパックで海外旅行したいとか実はそろそろ彼と結婚したいとか、それまで仕事だけの繋がりだったのが「個人」としての一面が見えてきて、そこからお互いの「ライフ」をもっと充実させようという自発的な動きにつながっていったのです。情報共有の仕組みや導線の改善、業務分担の変更などを行い、仕事の効率化ができたのはもちろんですが、効果はそこに止まりませんでした。
夏場、薬局の前で道路工事があり、大勢が連日炎天下で作業していたそうです。ある日、汗だくでドリンクを買いに来た作業員の一人と会話する中で、「もしよかったらケースごと冷やしておきますか?」と提案したところ、たいへん喜ばれ、毎日ケースで売れるようになりました。提案したその社員は、それまで仕事と言えば処方箋を持ってきたお客様の対応をすることだと思っていたのが、「こうして仕事は広がっていくのだ、面白い!」と気づいたというのです。結果、その店舗では処方箋不要の商品の売上が、前年度の2倍以上になったそうです。
さらにこの会社は、そういう事例を集めて採用活動に使い、また女性の働きやすさや有給取得率なども示したところ、これまで三重県からの人材流出先だった大阪・名古屋からも、逆に採用することができたといいます。
最近では岩手県盛岡市などでもコンサルに入らせていただいており、同様のケースが出てきています。これら地方企業の改革の成功は、自治体職員による後押しも大きいですね。
△2017年度の盛岡市事業最終報告会にて
地域の「豊かさ」の再定義と再発見。それに気づくためにも働き方を変えてみる
――行政職員自身の働き改革についてはどうでしょう?
役場の皆さんは、やはり地元企業・地域住民のことが優先で、どうしても自分たちのことは後回しになりがちです。ただ、地元企業の働き方改革をサポートしているはずなのに、自分たちが深夜にメールを送ってしまうと、企業側もそれにあわせて残業してしまうことも。だから、役場の中も同時に改革する必要がある、というお話をしています。
ただ、企業であれば改革の結果は売上や採用数などに直接表れますが、行政の場合、自分たちの働き方を変えたことが何につながるのか、明確に見えづらいのはたしかです。それによって行政サービスの質が向上したとして、住民がそれに気づくかどうか。気づいても、税金の対価として当たり前という文化が前提では、職員のモチベーション維持も難しい。つまるところ、役場としてどんな人材のどんな仕事を評価するのか、という基準を明確に持つことが重要だと思います。
――変革したいと思っている自治体は、具体的に何から始めたらよいでしょうか?
まずは現状を把握し、経年変化を観察することから始めるのをお勧めします。たとえば、この10年間の地域内の事業者数の変化、人口の自然増と社会増。そして労働時間など。データをよく観察し、急激に変化したタイミングがあったなら、その理由をきちんと分析することです。
最近気になるのは、自殺者数ですね。自殺の裏にはいろいろな問題が潜んでいます。たとえば、パートナーが長時間労働している母親は一人で育児をしなければならず、自殺につながりやすい。実際、出産後1年以内の母親の死亡原因のトップは自殺なのです。こういった問題は、特に地方では個人の事情として片づけられがちですが、出産期の女性の自殺が人口や産業経済に与えるインパクトは決して小さくないはずです。行政はこうした数字にも目を向ける必要があるでしょう。
――そもそも地方から若い女性が出て行って戻らないという問題もあります。
ただ、最近は希望が持てると感じますよ。今の20~30歳代は彼らの親世代と違い、たくさん働いたら昇進する・豊かになるというのは幻想だと思っています。「豊かさ」の定義が違うんですね。だから、地域・企業の側も「豊かさ」とはなにか考え直す必要があります。特に地方では、「地域としてのビジョン」が大事になってくるでしょう。
地元の人は当たり前すぎて気づかないことも、外から見れば「豊かさ」の源泉になり得ます。地域に眠る宝に気づき、どう輝かせることができるか、行政の手腕にかかっています。ただその大前提として、行政職員自身の働き方改革が重要なのです。ずっと役場の中にいて真っ暗な夜の町しか見ていなかったら、宝の発見もできませんよね。実は行政マンこそ「ライフ」を大事すべき、という理由はそこにもあります。
働き方改革はブームで終わらせてはいけないと思っています。やって当たり前、やり続けるものにしていきたい。今般のコロナ禍も含めて、社会は生ものであり常に変化していくものです。働き方改革自体も、その変化にフィットさせていくことが大事だと思っています。
――ありがとうございました。
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