SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」では、年齢・居住地・性別等に関係なく、あらゆる人が健康で豊かな暮らしを送ることを目的に、妊婦の死亡率の削減、エイズなどの伝染病の根絶、保健サービスの普及や人材育成等、様々なターゲットが設定されています。
NPO法人ETIC.(エティック)が運営する「Vision Hacker Awards 2021 for SDG 3」は、そんな国際保健・グローバルヘルス分野へ挑む、次世代リーダーを発掘・育成するアワードです。この特集では、ファイナリスト8名の方々にインタビューを行いました。
今回は、コミュニティとデジタルの力をかけ合わせ、へき地における医療アクセスの改善を目指す、NPO法人ASHA(アーシャ)共同代表の任喜史さん、サッキャ・サンディープさん、土屋祐一郎さん(以下、会話文中敬称略)にお話を伺いました。
任 喜史(にん・よしふみ)/NPO法人ASHA代表理事
1991年京都生まれ。国際教養大学在学中、ザンビアでの出会いをきっかけに「医療へのアクセス」がライフワークに。その後、WHO南東アジア地域事務局にてインターンとして「ネパールの保健システムの分析」に従事し、ネパールと出会う。卒業後は東京大学の公衆衛生大学院に進学し公衆衛生学修士号を取得。進学直後に出会ったサッキャをはじめ多様なバックグラウンドの同級生共に、ネパールの支援を行うASHA Nepal Projectを立ち上げ、2017年法人化しNPO法人ASHAを設立。大学院卒業後は、ASHAの活動と並行して外資系コンサルティングファーム・アクセンチュアに就職。農業や復興支援などのプロジェクトを経験したのち、現在は医療分野を中心として、新規事業立案や組織改革などを推進。
サッキャ・サンディープ(Sandeep Shakya)/NPO法人ASHA代表理事
ネパール出身で18歳の時に来日。東京医科歯科大学医学部を卒業し、2008年に日本の医師免許を取得。地方中核病院である総合病院国保旭中央病院にて循環器内科医として勤務。その経験を通して生活習慣病の予防や公衆衛生的なアプローチが重要であることに気付き、東京大学の公衆衛生大学院に入学を決めた。病院勤務の傍ら大学院に通い、2015年公衆衛生学修士号取得。旭中央病院で循環器内科医長、研修医の臨床研究指導担当として勤めながら、ASHAの活動を推進。関心領域は生活習慣病の予防および治療。医師。
土屋祐一郎(つちや・ゆういちろう)/NPO法人ASHA副代表理事
1991年静岡生まれ。東京大学工学部卒、同大大学院情報理工学系研究科中退。中学時代からプログラミングを初め、特に大学以降は機械学習の研究と併せて活発に開発活動を行う。大学院休学中、後にASHAの監事となる林にサッキャ·任を紹介され、当時のメンバーがネパール大震災直後の医療キャンプの経験をもとに構想していた情報システムのプロトタイプを作成したことから活動に参加。その後、同システムの改修、現地トライアルなどを繰り返し、ASHAのテクノロジー関連の責任者を担当、2017年の法人化時に副代表理事に就任。2018年頃より開発自体をネパール側に移管した後は、戦略·構想·開発·実装など技術分野全体を管理する責任者として活動。並行して都内のIT企業に就職し、ソフトウェア開発者として活動。実績:2015年度IPA未踏スーパークリエータ
ネパール地震前日に運命的な出会いを果たした共同代表の2人
――まずは事業に取り組み始めた経緯を教えてください。
任 : 僕は元々医学部志望ではあったんですが、自分がどういう道に進みたいのか、何に興味があるのか、よくよく考えるとわからないなと気付いたんです。そこで、いろいろなことを幅広く学びながら、まずは自分のやりたいことを見つけようと国際教養大学に進みました。
大学で学んでみて、改めて医療の道に進みたいと考えるようになった頃に出会ったのが、フォトジャーナリストの佐藤慧さんです。佐藤さんは、世界中で人間のさまざまな面と向き合い、写真と言葉を使って発信するという活動をされていたのですが、命との向き合い方などに非常に共感できる方でした。そこで、佐藤さんがメインフィールドとしていたザンビアへ一緒に渡航させてもらったんです。
ザンビアの無医村で出会ったのは、若いHIVの女性患者でした。「夢は子どもが大きくなるまで生きること」と語る彼女の様子から、へき地に住んでいるというだけで十分な医療が受けられないという現状に、やり場のない気持ちや強い憤りを感じました。そこから「医療へのアクセスを改善したい」という思いが生まれ、東京大学の公衆衛生大学院に進学したんです。
入学直後の懇親会でたまたま前の席にいたのがサッキャでした。卒業論文のテーマがネパールの保健システムだったので、ネパール出身のサッキャとはすぐに意気投合しました。そしてその翌日にネパール大地震が起こったんです。
サッキャ : 支援に行くなら少し落ち着いてからがいいだろうと、半年後(2015年9月頃)にネパールのとある山村を訪問し、出張診療を行いました。その地域に医師が来るのは実に5年ぶりで、近隣の村からもこの機会に健康診断してもらおうという人が大勢集まりました。私と妹と現地の医師3人がかりで、2日で400人弱を診察したと記憶しています。
そのときに感じたのが、もちろん医師の処置が必要な方もいますが、医師でなくてもできることがたくさんあるのではないかということです。例えば、山道を裸足で歩いてできたケガが元で足が変形してしまっているという人がいましたが、早い段階で簡単な処置をしたり、靴を履くようにしたりすればここまでは至らなかったでしょう。病気ではなくただの視力低下で、眼鏡さえ作れれば問題なく生活できそうな高齢の方もいました。
ネパール地震の際の医療支援の様子
任 : もう1つ痛感したのは、医師が1回現地に行くだけでは解決できない課題が多いということです。出張診療時の患者は、医師でなくともよいので、継続的なケアが必要な人が大半でした。さらに、このときは事前にどんな患者がいるかがわからないため、足りない薬がある一方で、大量に余ってしまう薬もあり、医師が行っても効果的なケアを届けることができませんでした。彼らの健康に貢献するためには、仕組み作りやニーズの把握など、公衆衛生的なアプローチが不可欠だと実感しました。
このネパール地震での経験が出発点となり、サッキャと共に大学院生のチームで「ASHA Nepal Project」を立ち上げ、活動に取り組み始めます。
コミュニティと医療機関、両方の底上げで医療へのアクセスを改善
――ASHAでは具体的にどのような活動をされているのでしょうか?
任 : ASHAはデジタルの力を活用して、医師がいない地域でも医療にアクセスできるような、自走・自律型の医療提供モデルを地域コミュニティと共に作っていく団体です。実証実験を進めている村の名前を取ってRajpur(ラジプール)モデルと呼んでいるのですが、大きく分けて2つのアプローチを行っています。
1つは、各コミュニティの内部で一定のケアが提供されるような仕組みづくりです。各コミュニティで一般の方からコミュニティ・ヘルスワーカー(以下CHW)と呼ばれる”保健師”のような役割をする人を採用・育成することで、遠方の医療施設に行かなくても、簡単なケアなら住んでいる場所で受けられるようになります。さらに、医療に関する知識は持たないCHWの活動を支援するため、ASHAはCHWに適切なケアを伝えられる問診アプリを開発しています。問診アプリを活用すれば、知識が不足していても適切なケアを提供することが可能です。
この活動は、現地NGO・Karma Health(カルマ・ヘルス)代表のBishal Belbase(ビシャール・ベルバゼ)さんとの出会いによって、一気に形となりました。今はカルマ・ヘルスが現地パートナーとなって、CHWの管理や月に1回母子保健や生活習慣病等をテーマにCHW向けの研修を行っています。
もう1つは、医療機関における治療の質の底上げです。ネパールでは患者がカルテを持って帰るのが一般的で、再診の際にカルテを持参してくれるのは3~4割程度。そのため、どうしても場当たり的なケアになっていました。そこでカルテの電子化を進めています。電子化すれば患者さんにはコピーを渡せますし、医療機関もカルテを基により効果的・継続的な治療を行えます。
さらに、問診アプリで集めたデータやカルテの情報を共有できるようにすれば、CHWと医療機関の連携がスムーズになりますし、データを基に地域のニーズの可視化や改善策の検討もできるようになると考えています。
サッキャ : 仕組みを定着させ、効果を創出するためには、ニーズの可視化・改善策の検討まで行うことが重要だと思っています。例えば、汚れた空気を吸い込むことが原因の慢性閉塞性肺疾患(COPD)という肺の病気があるのですが、ネパールでは焚火で料理をすることもあり、タバコを吸わない女性の患者も多いんです。
定量的なデータがないのが現状ですが、ラジプール・モデルが定着すれば、客観的な情報を基に現地の自治体と連携した施策を打つことが可能になると思います。
医療へのアクセスは基本的人権の1つ。IT技術を事業の推進力に
――みなさんが事業を通じて実現したいビジョンを教えてください。
任 : 医療格差により幸福格差が生まれないような世界になることが目標です。医師がいない・医療が届かない地域に住んでいたばかりに、重症化したり亡くなったりしてしまうという事例を少しでもなくしていきたいと思っています。ただ、どれだけ仲間になっても一生そこに住むわけではないので、僕たち自身がやるというよりは、現地の人が自走・自律型の仕組みを作るお手伝いをしていくというのが理想です。
サッキャ : 一定レベルの医療へのアクセスは基本的人権の1つだと思っており、それを私たちはBasic Health rightsと呼んでいます。ネパールは都市部から少し離れると、ちょっとした怪我で足を失うことにもつながるような、医療面での人権が保障されていない状況です。こういった状況をなんとかしたいと思っています。
医療資格保持者とまでいかなくとも、少し公衆衛生的な知識を身につけた人が地域にいるだけで改善できる部分はたくさんあるんです。莫大な予算を投じなくとも、多くの人が基礎的な医療にアクセスできるようになればと考えています。
任 : 私たちの団体は、サッキャや私のような医療系の人だけでなく、テクノロジーを専門とする人たちも一丸となって進めているのが特徴です。最後に、技術統括の土屋祐一郎からも、ASHAの活動を通じて見ている世界をお話させてください。
土屋 : NPOや国際協力セクターに、私のようなITテクノロジー専門の人材がいるというのは、今まであまりなかったのではないかと思います。産業界でIT技術を取り入れるというのはもはや当たり前ですが、NPOセクターでもITと何かをかけ合わせることで、より大きな価値を提供していけると感じています。まだまだ発展途上の領域なので、テクノロジー業界の末席に居座る者として、層を厚くする一助になれたらと思っています。
任 : ASHAとしては、ITを道具として借りてくるのではなく、触媒的に活用してものごとを前に進めていきたいと思っています。今ある問診アプリや医療情報の管理システムも、土屋が毎回現場に赴き、使う人に直接ヒアリングしながら構築してきたシステムです。それぞれの役割はありますが、絡み合いながら事業を進めていきたいですね。
――任さん、サッキャさん、土屋さん、ありがとうございました!
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