食物アレルギーがあると、特に外食で制限を感じる人が多いのではないでしょうか。しかも、メニューを見ただけではわからない成分もあり、食事自体を諦めることも……。
こんなふうに「食事で『我慢』をしなければいけない」人のための食物アレルギー管理サービスを展開しているのが、株式会社CAN EAT(キャンイート)代表の田ヶ原絵里(たがはら えり)さんです。開発のきっかけから現在準備中という新サービスの話まで伺いました。
田ヶ原 絵里(たがはら・えり)さん
株式会社CANEAT 代表取締役CEO/アレルギー対応食アドバイザー。/TOKYOSTARTUP GATEWAY2018ファイナリスト
大日本印刷での新規事業経験後、母の米アレルギーを機に起業。食物アレルギーなどの食事制限者向けが快適に外食ができるよう支援するBtoBサービスを展開。自分の食事制限を正しく伝えるためのヒアリングシステムや、スマホで簡単にできるアレルギー判定システムを開発し、ホテルやブライダル業界でのアレルギー対応講師も務める。 食のパーソナライゼーションで、我慢しない食の実現を目指す「CANEAT」公式サイト https://biz.caneat.jp/allergenlist/
X(Twitter):https://twitter.com/tagahara_e
facebook:https://www.facebook.com/tagaharaeri
聞き手:栗原 吏紗(NPO法人ETIC.)
スマホ撮影するだけで、原材料ラベルのアレルギー情報を一括表示
――現在、田ヶ原さんが展開している事業の特徴を教えてください。
主に、ITを活用した食物アレルギー対応のBtoBサービス「CAN EAT」を2つの軸で展開しています。
1つは、食事制限のある人が自分の食べられない成分などを飲食店のシェフに細かく伝えるサービスです。こちらはお客さんが安心して外食を楽しめることを大切に作りました。
もう1つは、食品の裏の原材料ラベルをスマートフォンで撮影するだけで自動的にアレルギー情報を判定・表示するサービスです。こちらでは、飲食店等が自信をもってアレルギー対応を進められるようにサポートしています。
これら2つのサービスを活かし合うことで、お客さんと飲食店が安心感でつながれるようなインフラづくりに取り組んでいます。
――事業開発に至ったきっかけはありますか?
母が2015年頃にお米アレルギーになったことで最初のアイデアが浮かびました。当時、外食がすごくしづらくなった母の姿を近くで見ていたことで、食物アレルギーと外食の課題を初めて身近に感じたんです。その後、母や同じように食物アレルギーを持つ人たちから話を聞いていくうちに食物アレルギー対応サービスの案が思い浮かび、当時、勤めていた会社の上司に話しました。
――初めてアイデアを話したのは会社の上司だったのですか?
私が所属していたのは新規事業開発チームだったので、企画を形にすることが仕事だったんです。だから、まず上司に企画を申請する形で話しました。
――上司の方はどんな反応でしたか?
「ふうん」って(笑)。可もなく不可もなく、みたいな感じで「やりたかったらやろうか」と言われました。結局、社内では企画が通らなかったのですが、あの時、上司は「自分でもっと突き詰めてみたら?」と思ってくれたのかもしれません。
顧客インタビューから深まった想い「本当に困っている人に事業を届けたい」
――アイデアが生まれてから起業するまで何か転機となることはあったのでしょうか?
「TOKYO STARTUP GATEWAY(以下TSG)」がきっかけになりました。
2018年のある日、電車に乗っていた時に「新規事業って難しいなあ」と考え事をしていたんです。そうしたら、「400字でエントリー!」と書かれたTSGの吊り広告が目に入って。その広告は昨年も見ていたのですが、今回は、「やってみようかな」とエントリーしました。ただ、「少しでも社外評価があれば会社でも新規事業に取り上げてもらえるかもしれない」と、あくまでも仕事のためだったのですが…。
また、上司に申請した食物アレルギー対応のサービスは応募していいかその時点では分からなかった、まったく違う内容にしました。それでも一次審査を通過した後はすごくうれしかったです。その後はいろいろな人に、自分がしようとしていることやその理由など、たくさんのことをアウトプットしていきました。同時に、まわりの熱量に刺激されていくのを感じながら、「中途半端な気持ちではできない」「アイデアを事業化したい」という想いがどんどん高まり、事業も今の形に近付いていきました。
TSGでセミファイナリスト30名に選出された後は、メンターの方たちと事業化に向けたブラッシュアップを重ねる期間が半年ほどあったのですが、その間、自分の顧客対象になりそうな20人以上の人に話を聞く宿題が出たんです。
その際、いろんな人と対話をするなかで、実際に困っている人が確かに存在することがわかっていきました。次第に、事業化の目的が「会社に貢献したい」から、「困っている人に貢献したい」へと変化していき、TSGの最終審査時には、「困っている人たちに事業を届けたいから会社を辞めます」と会社に申し出る覚悟を決めていたと思います。
一人でも「いいサービスですね」と言ってくれることの心強さを実感
――事業を創っていくなかで感じた課題はありましたか?
私がTSGにエントリーした頃は、まだ誰もやったことがない事業で珍しかったこともあって、どう進めばいいかわかりませんでした。また、「ビジネスにするのは難しいのではないか」と心配の声をいただくことも多かったです。
もしかしたらSFファンタジーとも捉えられるようなアイデアだったと思います。だから、ビジネス性を高めるまで事業内容を磨き続けていく過程が一番苦労しました。起業後も、プロダクトの検証段階にまで進めても、当時はコロナ禍に入って営業に行くことができなくなって。営業に行けたとしても断られたりすることが何度もありました。
コロナ禍の間は、断られる原因がプロダクトにあるのか、コロナ禍の影響が大きいのか、原因を分析・判断することすら難しいなど、しばらく厳しい状況が続きました。
――難しい状況をなぜ乗り越えられたのでしょうか。
ウェディング業界に絞っていろいろ調べた後、セミナーにも参加しました。「話を聞いてもらえませんか?」とお手紙を送るなど、アイデアを誰かに聞いてもらう時期がしばらく続きました。
話を聞いてくれる人を見つけるのは大変だと思いますが、私の場合、TSGの審査員だった有限会社ロッキングホース代表の森部好樹さんがいろいろな方を紹介してくださったことがとても大きかったです。プロダクトの将来性や企業がどんなことに困っているのかなど丁寧にヒアリングできたので、「一つひとつ改善していけば良いサービスになるかもしれない」と、ひたすら取り組んでいました。
結局、TSGファイナリスト選出後から1年半ほど試行錯誤していたのですが、その間、いろいろな偶然が重なり、初めてウェディング業界の企業さんにご契約いただくという大きな成果を出すことができました。そこから大きく風向きが変わったように感じます。
サービスが形になっても、実際に利用していただけなければ課題も見えてきません。一つのご契約からプロダクトの質もより向上し、その企業さんが紹介してくださった企業さんも導入していただけるようになって、「いいサービスですね」と言ってくれる人が一人でもいることが大事なんだと思いました。
すべての行動がベスト。文字通り、「がむしゃら」だった
――駆け出しだった頃を振り返って、こうしておけばよかったと思うことはありますか?
ないですね。すべてがベストプラクティス(実践・行動)だったと思います。できることは全部行動に移せたと思うので、後悔はありません。文字通り、「がむしゃら」でした。私の場合は誰かに話を聞いてもらうことで前へ進めることも多かったですが、「いかに数を打つか」が大事だと実感しています。後に引けない状況を作ったとか、そういったことも含めて。本当に行動しかないと思います。
私が作った事業は、「なくてもいいけれどあったらいいな」というものかもしれません。でも、「一度使ったらなくてはならないもの」にすることをイメージしていました。
起業はリスクがつきもの。ただ、今すごく楽しい。
――事業を通じて今後どんな世界をつくりたいか、教えてください。
私たちのビジョンは、「食パーソナライゼーションとして、すべての人の食事をおいしく楽しく健康的にする」です。現在、主な対象は食物アレルギーのある方を中心にビーガン、ベジタリアンなどの志向も取り入れつつ、対象の範囲を広げていっています。
例えば、唐揚げが大好きな人がダイエットしたいと思った時、唐揚げと同じくらいの満足感でカロリーが半分の食べ物が自動的に提供されれば、我慢することなくダイエットを続けることが可能になると思うんです。
今後はさらにヘルスケアにも注力していきたいと考えています。身体を健康に保つためとはいえ、我慢や努力を強いる生活は継続が難しいと思っています。食のパーソナライゼーションを活かした“我慢しない食生活”を実現したいです。
今後、一人ひとりに最適な食事が自宅でも外食でも自動的に提供されるサービスを実現するために、現在は、食のデータ活用を進化させる取り組みをしています。
――TSGへのエントリーを検討している人、起業に挑戦したい人へメッセージを。
起業にリスクはつきものです。また、会社や事業を作った後の苦労はやはり大きいと思うので慎重に考えてからのほうがいいとは思います。
ただ、今の私はすごく楽しくて、幸せです。
なぜなら、目の前の困っている方々にしっかりと向き合えて、役立てるサービスを創ることができていると感じられるからです。こういった手ごたえを自分で作れるのが起業のいいところだと思います。
「TOKYO STARTUP GATEWAY」に関する記事はこちらからもお読みいただけます。
様々な起業家たちのチャレンジをぜひご覧ください。
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