「子どもが保育園に入れなかった」
「書類に印鑑押すの、面倒だなぁ」
「受動喫煙の対策、もっとしっかりしてほしい」
こういった暮らしの中での困りごとがでてきた時、皆さんならどうしますか?
とりあえずSNSに書いてみたり、本当に困ったら役所に相談に行ったり……デモに参加する、署名活動を行う、という方もいらっしゃるかもしれません。
生活の中で出てくる課題を解決するためには、国会議員や地方議員に声を届けることが近道の場合も多いのですが、自分の考えを議員に伝える方法って、具体的にどうしたらいいのか分からないし、面倒くさそうですよね。
筆者は以前、衆議院議員の秘書をしていたことがあります。その際、議員にアクセスし、声を届けることができる人の年代、業界、企業規模などの属性が偏っていることを実感し、これだと一部の人の声しか政策に反映されないのでは?という疑問を持っていました。
この課題に答えるWebサービス「issues(イシューズ)」を開発しているのが、株式会社issuesの廣田達宣さんです。issuesを知った時、選挙以外で自分たちの声を政治家に届けられる画期的な仕組みだと感じました。
今回は、廣田さんにissuesについて、そしてこれからの政治参加について伺いました。
廣田達宣(ひろた たつのり)さん プロフィール
1988年生まれ、慶應義塾大学経済学部卒業。大学卒業と同時に株式会社マナボ(現:SATT AI ラボ株式会社)を取締役として創業。ベネッセ・Z会などと提携し、スマホ家庭教師manabo事業の立ち上げに5年間従事(同社は駿台予備校グループに売却)。仕事熱心な妻へのプロポーズの1ヶ月前に「保育園落ちた日本死ね」という記事を読んだ事がきっかけで「未来の自分たち夫婦の課題を解決する事業を立ち上げる」事を決意。
その後、保育領域を学ぶため認定NPO法人フローレンスに転職。文京区・子育て支援課職員らと共に、官民連携事業「こども宅食」の立ち上げに従事。また保育士資格を取得して、保育士として半年にわたり園で勤務。
2018年に同団体を退職後に㈱issuesを創業。保育領域を含めた様々な社会課題の当事者の声を地元の政治家に届け、解決につなげる「issues -くらしの悩みをみんなで解決-」の立ち上げに従事。
「限られた人たちの特権を大衆に開放する」テクノロジーを政治の世界にも
2019年3月にスタートした「issues」は、登録ユーザーが様々な政策課題に対して、賛成・反対といった投票やコメントを登録できるサービス。登録した情報が自分の地元の議員に届き、その後、議員と直接やり取りしながら政策を実現していける、という仕組みです。
このサービスで一番画期的だと私が感じたのは、「自分の地元の議員に声が届く」というところ。議員にとって、その有権者が自分の地元の方かそうでないかというのは、私たちが想像する以上に重要な要素です。オンラインで政治家とやり取りできるサービスや、有権者の声を集めて政治家に届けられるサービスは今までもありましたが、「地元の有権者と繋がりたい」という政治家のニーズを反映したサービスは「issues」が日本で初めてではないでしょうか。
この視点が功を奏し、「issues」のプロトタイプとなるサービスを使って、東京・武蔵野市では保育園のおむつ持ち帰り制度が今年、廃止されました。
その後も廣田さんは、新宿区でも同じようにおむつ持ち帰り制度の廃止や、愛知県での障害児保育に関する問題に対しての政策提言に携わり、成果を上げてきました。
廣田さんの背景にあるのは、インターネット業界での起業経験。大学卒業とほぼ同時に、教育×ITの分野で会社を創業しています。転身のきっかけになったのは、2016年に話題になった「保育園落ちた日本死ね!!!」という匿名ブログ。これを読んで、将来、自分とパートナーが子育てをする時に直面するであろう様々な課題を解決したいと決意し、創業したスタートアップを退職します。
その後、廣田さんはフローレンスという保育のNPOで、1年間という期間を決めて修行のような形で働き始めました。フローレンスは、子育て・保育関連の事業を行っていますが、その分野での政策提言でも多くの実績をあげています。
こうして廣田さんは、スタートアップと政策提言という遠い分野での知見を合わせて、「issues」という今までにないサービスを生み出しました。
「世の中に、政策決定に影響力を発揮できる人はたくさんいるけれど、そこにたまたまアクセスできる人とそうではない人では、政策に声を反映させる機会に大きなギャップがあります。
テクノロジーは、そういった『限られた人たちの特権を大衆に開放する』役割を果たしてきたと思うんですね。鉄道は移動手段を、洗濯機はお手伝いさんを、YouTubeは放送権を、誰もが使えるものにしてきました。
政策の分野でも、同じことが起きるのではないでしょうか。国民一人ひとりが政策決定に影響を及ぼせる時代が来るなと。それをやらなくちゃいけないし、やりたいなと思っています」
Webサービスとはいっても、やはりユーザーにとって政治に関わることへのハードルはまだまだ高いといいます。
「『issues』で実現しようとしていることは、一般の有権者の方にとってはやはり未知のことで。議員さんって、『いままでの人生で接したことがない』という方が大半ですし、政治の話はなるべく避けてきたという方も多いのではないでしょうか。そういった状況の中で、やっぱりまずサービスに触れてもらうのがハードルになっています。
ただ、一度使っていただくと、皆さんガラッと変わります。
ユーザーの方の要望に、直接地元の議員さんから『分かりました、その件、議会で提案してみます!』という声が届くと、『マジか!』と。さらにその1、2週間後に『こないだの要望を受けて、◯月◯日の議会で質問しました』と言われたり。『実際に議員さんって動いてくれるんだ』と、感動する方が多いですね。知っている方からしたら当たり前のことなんですが、普通の人にはその感覚がないので、すごく喜んでいただけます。
一度この経験を味わうと、有権者にとっては、『政治家って意外とちゃんと要望に耳を傾けてくれる人なんだ』という感覚になるし、議員さんにとっても普通の有権者とフラットにコミュニケーションが取れて、政策立案に活かせる、という貴重な機会になります。
『issues』を使うと、有権者と議員が本当にまちと暮らしをよくしていきたいという純粋な気持ちでやり取りできると分かって、双方にすごく価値を感じていただけています。
そういう事例を少しでも多くつくっていくというのが、直近では一番注力しているところです」
ひとつ心配なのが、政治とインターネットが合わさると、匿名ユーザーなどの活動で「荒れる」ということ。この点についても、廣田さんはしっかり対策を考えていました。
「政治の分野でインターネットというと、やはりコミュニケーションが激しくなりがちですよね。特に、匿名の人からは一方的で強い意見が出がち。
ただ、『issues』は、自分の本名で、自分が住んでいる地元の議員さんに要望を届けるというサービスなので、ユーザーさんの心理としてそんなに激しいことは書けないんですね。なので荒れることは今のところ無いです。
また、ユーザー同士はコメントしたり、メッセージを送ったりといった交流ができない仕組みになっています。コメントに対する『いいね』というポジティブなフィードバックしかできません。トピックについても、運営側が設定する方針で、現時点ではユーザーが自由に設定できないようになっています。
こういった仕組みで『issues』は、健全な議論ができるコミュニティになっていると思います。議員さんからも『こういうコミュニケーションの場がほしかった』というよく声をいただきます」
「政策起業」分野のスタートアップはこれから盛り上がるか?
最近、廣田さんのように民間から政策提言に取り組む人を「政策起業家」と呼ぶことが増えてきました。また、政治×テクノロジーの分野を指すPolitech(ポリテック)という言葉もあります。この分野は今後、盛り上がっていくのでしょうか?
「『政策起業』分野のスタートアップで一番うまくいっているのは、アメリカのFiscalNote (フィスカルノート)です。創業者は20代の若者ですが、もうすぐユニコーン(評価額が10億ドル以上の未上場の企業)という規模まで成長しています。政策提言を行なう企業・団体向けの情報プラットフォームで、各議員の過去の投票履歴などのビッグデータを分析して、この政策だったらこの議員が力になってくれるということを導き出してくれます。
日本でも政策提言の市場は脈々とあり、様々な利益団体、企業の政策担当者が存在しますが、彼らに特化したオンラインの情報サービスはまだありません。私たちとしても、そこのサービスは今後やっていく可能性はあります。フィスカルノートは、トヨタなどの日本企業も使っていますしね。
日本だと政策領域はプレイヤーが少なく、大きな会社もなかなか入ってきていないのが現状ですが、Pnika(プニカ)という、専門家や政治・行政関係者が一般ユーザーと法律や制度といったルールメイキングについて議論するWebサービスがあり、注目しています。
また、Publink(パブリンク)は、官民協働のコンサルティングや専門人材とのマッチングを手掛けていて、ここも応援しています。代表の栫井(かこい)さんは経産省の官僚でしたが、辞めてプログラマーとして起業した経験がある方で、政策の分野とスタートアップ、両方の遺伝子を持っています。栫井さんのような形で、政治・行政と民間の人材の交流が増えるといいですね」
雰囲気ではなく、政策に基づいて選挙の風が起こる未来へ
廣田さんのお話を聞いていると、テクノロジーの力で政治が変わるのでは、という希望を感じます。最後に、今後の「issues」について伺いました。
「『issues』で有権者が出した要望が実現して、それを実現してくれた議員が次の選挙でも当選する、そして地域がよくなっていく、というサイクルが作れたら最高ですね。
ドブ板選挙で握手をすることが票になるのではなく、議員は本当に有権者のニーズがある政策をやり、それをきちんと有権者に報告していくということが選挙で勝つことに繋がる――そういう世界が健全だと思いますし、そうなってほしいと思っています。
私たちミレニアル世代、1980年代以降に生まれた有権者は2030年には全国で4,200万人くらいになります。ネットに慣れ親しんだ世代です。このうち積極的無党派層、特定の政党や議員を応援しているわけではないけれどいい政策はやってほしいという層は3分の1、1,400万人くらいになります。
『issues』がそういった方たちの何分の1かにでも使ってもらえたら、それこそキャスティング・ボートが握れる規模感になってくる。無党派層、サイレント・マジョリティをもっと政治の世界で可視化していきたいです。
そして、いままでのように、雰囲気だけで政治が動くのではなく、政策ベースで、この政策を実現してほしいからこの政党、この議員がいい、という流れを作りたいです。理性的に選挙の風を起こす、政策に基づいて選挙の風が起こる、という流れを。
あとは、もっと普通の人が『政策起業家』になってくれるといいなと思っています。『保育園落ちた日本死ね!!!』のブログを書いた方のように、一般人がネットで上げた声がたまたま炎上して政治が動くことがありますが、そういった方たちも『政策起業家』だと思うんですよね。
いまはこのブログのように運がよかった時にしか社会は動きませんが、Twitterで政治や行政に文句を言っている方も、『issues』に来てくれたら社会を動かせるかもしれません。いまは皆さん、単純に政治に働きかけるノウハウを知らなかったり、声を届けるチャネルがなかったりするだけだと思うんですよね。『issues』を、普通の人があげた声が政策に反映されるときの拡声器、インフラにしていきたいなと。
普通の生活の延長線上として、政策に影響を与えていく選択肢があるという世界をつくっていきたいです。
『テクノロジーは、限られた人たちの特権を大衆に開放する役割を果たしてきた』と言いましたが、政治・行政分野はまだまだそれが進んでいません。日本でも政治産業は6兆円の規模があるとも言われていますが、全くオンライン化されていないのが現状です。
私たちはまずは『issues』から入って、その上で20年、30年スパンで、政治・行政・政策など、改善の余地が山ほどあるこの分野をどんどん変えていきたいと思っています」
「issues」、政治参加の新しい方法として広まっていくことを期待しています。
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