みなさんは、「ジョブ・クラフティング」という手法をご存じですか?
ジョブ・クラフティングとは、働く人が自分の仕事に対する考え方や行動を見直すことで、より自分に合った働き方を再構築するプロセスを指します。仕事そのものが大きく変わるわけではありませんが、仕事に対する満足度やモチベーション、パフォーマンスの向上が期待できます。
今回は、重工業メーカーで役員として勤務しながらジョブ・クラフティングについて研究されている岸田泰則さんにお話を伺いました。
岸田 泰則(きしだ・やすのり)さん
釧路公立大学 非常勤講師 / IHI運搬機械株式会社取締役
釧路公立大学の他、法政大学、千葉経済大学、東京経済大学の非常勤講師も兼任。法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了。専門社会調査士。重工業メーカーに勤務の傍ら、高齢者雇用政策を研究。法政大学優秀博士論文出版助成により『シニアと職場をつなぐ―ジョブ・クラフティングの実践』を上梓。『全能連マネジメント・アワード』アカデミック・フェロー・オブ・ザ・イヤー受賞。人材育成学会奨励賞(研究部門)受賞。M-GTA研究会世話人、労働政策研究・研修機構「デジタル人材の能力開発・キャリア形成に関する研究会」委員、神戸大学経済経営研究所客員研究員としても活動中。
そもそもジョブ・クラフティングとは?
「ジョブ・クラフティングとは、自分自身で仕事を変えていくことです。もしも今、仕事や職場に満足して働けていないのであれば、現状を変える必要があります。主体的にいきいきと働くためには、現状を変え、変化に対応できる力を身につけなければなりません。そのきっかけとなるのが、仕事を少し変えてみることなんです」
ジョブ・クラフティングは、仕事の内容そのものを変えるタスク・クラフティング、仕事における人間関係を変える関係的クラフティング、仕事の意味づけを変える認知的クラフティング の3次元から構成されると言われています。
どのような仕事にもジョブ・クラフティングを活用できますが、岸田さんは有名な事例として、7分間で新幹線の清掃を行う株式会社JR東日本テクノハートTESSEIを挙げています。
「子どもから『そんな仕事しかないの』などと言われ、スタッフにとって誇れる仕事ではなかった新幹線の清掃業務の意味づけを、当時取締役経営企画部長だった矢部輝夫さんが変えていったんです。矢部さんは清掃技術を『新幹線劇場』と呼び、それが多くのメディアや海外のビジネススクール等でも認められることにつながりました。
新幹線を『旅する人達が日々行き交う劇場』ととらえ、清掃員はそんな旅を盛り上げるキャスト、あるいは世界に誇る新幹線のメンテナンスを清掃という面から支える技術者であるという、新たな意味づけを与えたことで、プライドをもてる仕事に変わったんです。これは認知的クラフティングの好事例と言えるでしょう」
働く意味を再定義することで、自分の仕事が誰を幸せにしているのかがより明確になり、自己効力感が上がります。それが個人のウェルビーイングや、チームや組織のパフォーマンス向上にもつながるのです。
40代で学び直しのため大学院へ。現場の課題感から高齢者雇用政策の研究に取り組む
岸田さんが社会人を経て大学院に進学するきっかけとなったのは、44歳のときに東レ経営研究所が主催する、次世代経営者育成塾に参加したことでした。
毎回異なる大学の教授が講義に訪れる中、母校である法政大学の石山恒貴教授と知り合い、法政大学大学院政策創造研究科の修士課程、研究生、博士課程へと進みました。
メーカー勤務の傍ら夜間や土曜日に通学し、博士号を取得した現在は、会社に副業申請をして複数の大学で講師をしています。
大学院での研究テーマを高齢者雇用政策としたのは、現場で働く中で課題を感じている分野だったからです。既定の年齢に達した社員が部長や課長といった役職から外れることを役職定年と言いますが、岸田さんはこういった社員のモチベーション低下を問題視していました。
「10年以上前から人手不足が叫ばれているのに、50代前半まで輝いていた社員が役職定年後に能力を発揮できなくなってしまうというのは大問題です。自分にとっては馴染みのある領域ですし、他にやっている人もあまりいなかったため、高齢者雇用政策を研究テーマに選びました」
岸田さんは、自社に限らず大企業の50~60代前半の役職定年や定年を経験した人20名以上にインタビューを行い、シニア社員の活性化に向けた対応策を検討しました。
「端的に言うと、役職定年のシニア社員を役割があいまいなまま配置していることが問題です。さらに日本には先輩や年上を敬うという文化があるので、かつての上司が部下になるのは、やりづらいという人も多いんです。
マネジメントの訓練等がないことも多いため、役職のないスタッフとしてどうすればいいかわからず困っている元上司を扱いかねて、放置してしまうということもままあります。
大切なのは、シニア社員に対して期待をもつこと、役割を与えることです。とは言え、若い社員に対しても個別マネジメントができていない企業も多いので、なかなか難しいですね」
アカデミックな学びを職場に還元。自分と仕事をマッチングさせることで組織の活性化を図る
岸田さんは9年間の学びの成果を、社内でも研修という形でフィードバックしています。手始めに岸田さんの部下200名に対してジョブ・クラフティング研修を行ったところ、親会社の株式会社IHIでも正式な研修として取り上げてもらうことができました。
「社内では小難しいと敬遠されないよう、ジョブ・クラフティングという言葉はあえて使わないようにしています。大学院で学んだ組織行動論は、理論をそのままもってきてもうまくいきませんが、取捨選択すれば現場でもかなり使えるものだと感じています。
隣接する分野である経営戦略論では事業の再定義が前提となりますが、ジョブ・クラフティングはその個人バージョンであるとも言えます。
競争の前に、自分達の事業は誰にどんな価値を提供するかを再定義するように、個々の仕事レベルでそれを考えてみるんです。1つ1つ整理することで、その仕事が自身にとってどのような意味づけができるかが見えてきます」
選ばれる職場になるために。今必要な、一人一人にとって意味のある仕事づくりに向けた議論
今後人口減少がますます進行すれば、売り手市場となり働き手が仕事を選ぶ側になります。働くに値する仕事かどうか、よりシビアに問われる時代が到来する中、企業側にもよりいきいきと働くための環境整備が求められています。
「最近、中国地方のローカル局のアナウンサーが複数退職したというニュースを立て続けに聞いて驚いたのですが、これも今の若い世代が年収やステータスだけではなく、自身にとって意味がある、成長できる環境を求めていることの表れかもしれません。
30年前には20%程度だった国内の非正規雇用者の割合も、2023年には37%となっています¹。流動的な労働市場では、働きがいがあり、働きやすい職場をつくらなければ、人材を集めるのは難しいでしょう。そうは言っても、働きがいやニーズは個人によって違います。金太郎飴のような組織ではなく、組織と個人のニーズをマッチングさせることが経営者には求められています」
2024年7月13日(土)~14日(日)に開催予定の「ローカルリーダーズミーティング in 宮崎県日南市」では、「DAY1 ロカデミック・まーけっと!」のコーナーで、今回お話を伺った岸田さんを登壇者にお迎えする予定です。
油津商店街周辺のスナックや会議室にて、働きがいのある職場をつくるために具体的にどんな取り組みや施策が必要か、岸田さんと直接議論できる貴重な機会です。ご関心のある方はぜひお申込ください。
お申込はこちらから。
¹厚生労働省「正規雇用労働者と非正規雇用労働者の推移」https://www.mhlw.go.jp/content/001234734.pdf
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