事業の成長や安定のため、寄付や助成金・補助金、自主事業だけでなく、企業・行政の委託事業、融資といったさまざまな財源を活用し、資金源を多様化するNPOやソーシャルビジネス事業者が増えています。
今回は、認定NPO法人カタリバの常務理事・事務局長の岡本拓也さんをソーシャルビジネスの経営者たちが囲み、財務について、またカタリバが近年活用している融資について、公開インタビューを実施しました。
聞き手はETIC.インキュベーション事業部・マネージャー佐々木健介、そして金融機関の専門家として西武信用金庫 まちづくり担当の小淵康博さんに同席いただきました。
カタリバの事業内容とは
佐々木:まずは、カタリバさんの現在の事業内容を教えていただけますか?
岡本:カタリバは「生き抜く力を、子ども・若者へ」というスローガンのもと、「カタリ場」というプログラムを中心に高校生に向けて「ナナメの関係・対話の場」を届け、未来を肯定的に捉える「きっかけ」づくりを行っています。
“ナナメの関係”とは、教師でも親でもない、ちょっと相談できるような近所のお兄さん・お姉さん的な人と関係性をつくることを指しています。
カタリバの現場
また2011年3月の東日本大震災以降は、被災した子どもたちの学び場と居場所の提供を目的として、とくに被害の大きかった宮城県女川町と岩手県大槌町に「コラボ・スクール」という放課後学校をつくって支援をしています。 現在の事業収入は、全体で4億円。行政委託、事業、寄附・ファンドレイズが約1/3ずつになっています。
リスクヘッジのために、金融機関と繋がりをつくりたかった
佐々木:4億円。大きくなりましたね。もう少し詳しい財務の状況と、なぜ、まだNPOでは事例が少ない融資を使おうという話になったのかをうかがえますか。
岡本:融資を借りる前は、カタリバといえば「中高生の意欲を引き出すことを目的とした、キャリア学習プログラム“カタリ場”を運営する団体」でした。進学校や私立ではなく、進路多様校や定時制高校を中心とした都立・公立高校を中心にサービスの対象としていたので、利益を継続的に上げるのが難しい状態でした。
そこで、カタリ場を運営するなかで培ったキャスト*育成のノウハウを専門学校に提供することで収益を得る事業や、教育ドメインで事業を行っている事業会社との連携事業など、カタリ場プログラムを応用した新たな事業を立ち上げたんです。
そうしてスタートしてみると、初年度・次年度は赤字でした。それでも、団体の未来を考えるのであれば、可能性のある新規事業を簡単に諦めることは違う。そういったなかで、不足部分は融資で補填すれば事業をまわせるのではと考えるようになりました。 助成金は初期投資としては有効ですが、期限がありますし、1回限りのものです。
一方で、カタリバが西武信用金庫さんからお借りした「CHANGE」は、金利が低いということと、1年間は返済義務がないという条件で、融資の初心者には最適なものでした。今回、事業収入の部門に500万円融資していただきましたが、返済までのタイムラグの間でいかに事業の価値を生み出していけるかだと思っています。
* キャスト:学生のボランティア・スタッフ。学校を訪問し、対話を通じて生徒の進路の悩みや将来の夢を引き出し、動機づけを行う役割を担う。
認定NPO法人カタリバ常務理事・事務局長の岡本拓也さん
佐々木:融資を活用すると組織的に判断した決め手はなんだったのでしょうか?
岡本:一番の理由はリスクヘッジですね。将来のより大きな資本を必要とする機会に備えて地域の金融機関と関係性を築いておけるのは、非常にありがたいことです。そういった金融機関との関係性は、寄付でも助成金でもない、融資でこそ得られるものです。
そして、団体の収益にある程度余裕がある時期だったということもあります。おそらく収益に余裕がないタイミングでは、どの団体も融資は利用しないのではと思います。融資を導入することでブレイクイーブン(損益分岐点)になるということが分からないと、代表に債務の連帯責任をとらせるリスクが高くなってしまいますから。
私自身、前職では企業再生の仕事に携わっていたのですが、そのようなタイミングでは事業をダウンサイズする手を打つと思います。やはり、お金をどこにどう投入するかは慎重に考えるべきだと思いますね。
小淵:余裕があるときに融資審査を受けて口座を作成しておけば、今後融資を受けられやすくなるということはあります。滞りない返済実績は金融機関との信用構築の実績になるので、次回の融資の際に審査にかかる時間が短くなったりしはしますね。融資を受ける際には収支状況も確認しますので、返済実績はそのプラス要素として思っていただければいいと思います。
財務に向き合うことが、幹部のマネジメント力向上に
佐々木:そうは言っても、融資について団体内で検討したとき、現時点で現金を所持しているのにという話にはなりませんでしたか?
岡本:それほどなかったですね。PL(Profit and Loss statement:損益計算書)はよめるけど、BS(Balance Sheet:貸借対照表)まで考えられる人材は、なかなかいない。実際、「ストックとしての現金や資産がどの程度あって、どう投資していくか」ということを考えられる人は、世の中にもそれほど多くはいません。私たちは、BSのストックの「穴」を融資で埋められるのではということを話していました。
佐々木:現在の収益だけでなく、資産の状況から次の事業にどれだけ投資をしてよいのかを判断できるスタッフがまだいらっしゃらなかったということですね。
ETIC.インキュベーション事業部マネージャー・佐々木健介
岡本:そうですね。その結果「経営管理部のキャパシティビルディング」と「マネージャー育成」に繋がりました。各事業部にマネージャーがいるのですが、それぞれがPLを個別に見るようにしたんですね。
「新規事業にチャレンジすれば初年度は赤字になるものだから、融資から一時的に補填して、次年度はしっかり黒字化しよう」と言って500万円を彼らに預けました。 その500万を使って、価値をつくって返していくというサイクルを通じて、マネージャーたちは「PL/BSの繋がり」と「損益責任・事業責任を持つとはどういうことか」ということを学んだと思います。
小淵:それは高テクニックですね。そこまで考えて融資を活用された人は、今まで聞いたことがありません。一般的には、融資は期限までに返済していくことに注視されがちなものです。事業再生の仕事を経験されてきた岡本さんだからこその考え方ですね。
佐々木:実際に500万円は新規事業の初期投資として使われたのですか。
岡本:実は、マネージャーたちの心の余裕として存在していただけで、実際には使われませんでした。そこではなく、常務理事決裁の枠として活用することにしたんです。各事業の予算内で採用可能人数に余裕がないけれど、良い人材を採用したい場合に使うことにしたんですね。
事業部制の弊害なのですが、素晴らしい方が採用面接にいらしたけれど、現在その方を雇うと事業部が赤字になるから採用できないなんてことがあり得るんです。これは大きな損失なので人材登用に投資させていただきました。
金融機関とのコミュニケーションの仕方
参加者A:金融機関に融資を申請するとき、スタッフの育成という理由では審査が通らないのではないかと思うのですが、どのようにお話されたのですか。
岡本:それはもちろん、事業に対して融資していただきました。各事業を立ち上げて収益化するために、人を雇います。優秀な方を雇えて1年間で育成すれば、事業はドライブします。人とお金は“にわとりとたまご”なんですよね。
小淵:もちろん、まったくの新規事業ですと融資を通すハードルは高いです。事業計画をベースにしてその実現性などを重視する必要があります。また、経験がまったくない方のチャレンジは、どうしても信憑性が低くなりがちです。すでに中核事業があって収益をあげているといった事実があると審査はしやすいですね。 なかには業績1年未満で融資をしたこともありますが、既に商品を持っていて、顧客が見えていたときでした。
西武信用金庫まちづくり担当・小淵康博さん
参加者C:カタリバさんは具体的にどのようなサポートを受けましたか?
岡本:小淵さんには大変お世話になりました(笑)。休日にお願いの連絡をしてご対応いただいたこともあります。とにかく、西武信金の方と仲良くなれたことは大きい。
それからマネージャーの育成は、ETIC.にお願いしていました。管理部門のマネージャーにバーチャルボードミーティング(VBM)という、外部の専門家の助言を聞く機会をつくっていただき、ガバナンスの強化に対する助言などをいただいたりしました。
参加者B:そのような事業支援は、どの信金でも対応してくれるものなのでしょうか?
小淵:各信金で、ソリューションは違います。支援の種類や実績はさまざまです。西武信金はソーシャルビジネスに対する資金提供の経験もありますし、ETIC.による支援も西武信金のみが持つ強みの一つです。
多様な資金調達手段を検討するということ
参加者D:助成金とは違い返済義務のある融資のメリットはどんなところだとお考えですか。
岡本:融資を一言でいうと、リスクヘッジだと思います。蓄えを残したまま事業に回せる資金が生まれるのは安心感があります。
また、大きな事業の立ち上げなど、多額の資本がいざ必要だというタイミングで借りられるようにしておくのは心強いですよね。サービス型の事業モデルの場合は運転資金(主に人件費)への補填になるので融資を借りるのが難しいかもしれませんが、店舗・拠点型の場合は初期投資への融資という意味で、適している手段だと思います。
もちろんリスクが低いのは助成金ですが、助成金は基本的に一度きりのものですから。事業を継続していく以上、お金をまわす必要があります。例えば500万円の元手で利益を出して、それを積み上げて次の投資ができる。500万を借りて、1年後に毎月30万くらいの売り上げが立つようになれば、毎月10万でも返済できます。 ただ一方で、事業の流れがある程度みえてからじゃないと融資はお勧めしないです。
寄付だけで事業に必要な金額が集まるのであれば、融資を借りる必要はないかもしれない。「なぜ借りるのか」の目的意識が重要だと思います。
佐々木:「収益に余裕があるときに金融機関と関係性をつくる」という発想は、NPOの経営者にはあまりないように思いますが、いい考え方ですよね。助成金はリスクが少ないですが、使用計画の作成しかできません。一方で融資は、返済のために利益を増やして資金をつくらないといけません。
ソーシャルビジネスの分野ではその創業の経緯から利益を増やすという発想を持ちにくい性質があります。けれども、問題解決のためには、利益を拡大するから次の投資ができるという、通常のビジネスと共通する考え方が重要だと思うんですよね。 最後に、岡本さんから融資を今後検討したい方々に対してメッセージをお願いします。
岡本:結局のところ、寄付や助成金など一つの財源に頼り切らないことが重要だと思います。また経営者としては、どういった手段で資金調達するのが現在の自団体のフェーズに適しているのかが考えるべきポイントです。
参加者A:どのようなNPO・ソーシャルビジネスが融資を活用すると効果的だと思いますか。
岡本:受益者負担が難しいソーシャルビジネスでは融資の検討は慎重にすべきだと思います。一方、店舗・拠点型の事業展開をされている団体は、融資の活用は効果的ですね。時期としては、事業モデルができあがってスケールしていくフェーズでおススメします。
もちろん、同時に返済計画を慎重に検討すべきだと思っていますが。 繰り返しになりますが、融資を選択肢に入れて多様な資金調達手段を検討するということが重要です。寄付を継続的に獲得できるモデルは一朝一夕に構築できるものではないし、助成金は完成された事業モデルはなかなか受けることができない。資金調達できる金融機関を、NPOも持つ必要があると思います。
佐々木:ソーシャルビジネスの拡大・成長期において融資は有力な資金調達源の一つですし、融資に限らず、資金源の多様化を図るべき時期がくる、もしくはすでにきている事業者も多いと思います。 カタリバの今後も引き続き応援していきます。ありがとうございました。
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