企業の寄付や社員ボランティアを支援するBenevity社(本社:カナダ)がグローバル企業473社に対して行った最新の調査によると、2023年に企業で行われた社員ボランティアは、参加社員数、参加時間ともにコロナ前の約3倍に伸びています。リモートワークが進み、企業への帰属意識や社員同士の繋がりの希薄化が懸念される中で、ボランティア活動と従業員エンゲージメントを結びつけて考える企業が増えている潮流も、同調査では示唆されています。
このような背景のもと、各社のCSRやサステナビリティ部門はどのようにこれまでの戦略を見直し、社員のボランティア活動を推進しているのでしょうか。
本記事では、9月30日に開催されたセッション「社員ボランティアのすそ野を広げるための次の一手は?」から、コロナ禍でサステナビリティ戦略を新たに策定した2つの企業、アメリカン・エキスプレスとキンドリルジャパンの一例を紹介します。
本イベントは、企業のサステナビリティ・ESG・CSRなどを推進するリーダーを中心にこれまでに計2回開催され、35社60名以上が多様な業界から参加しています。本記事で登壇ゲストから語られた内容は個人の見解に基づくもので、所属組織を代表するものではないことをご承知おきください。
<話題提供ゲスト プロフィール>
佐藤 克哉(さとう かつや)さん
アメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc. 広報担当 バイスプレジデント
大学卒業後、総合PR代理店にてキャリアをスタート。その後、日本コカ・コーラ(株)に転じ、社内コミュニケーション、CSR/イベントスポーサーシップ、ブランド(商品)広報、企業広報、デジタル広報などの業務を歴任。ジョンソン・エンド・ジョンソン(株)コンシューマーヘルス部門のコミュニケーション・パブリックアフェアーズチームの責任者を経て、2017年6月アメリカン・エキスプレスに入社。2022年6月より部門全体の責任者として対外コミュニケーション、社内コミュニケーション、コーポレートサステナビリティ、ソーシャルメディアコミュニケーション全体を統括し、2023年1月より現職に着任。
松山 亜紀(まつやま あき)さん
キンドリルジャパン株式会社 Social Impact(社会貢献)担当部長
2006年より認定NPO法人フローレンスの会員、2008-2018理事を務める。2011年の東日本大震災後より日本IBMの社会貢献部門にて、キャリア教育、NPO支援に関わる。2019年より、セールスフォース・ジャパンのPhilanthropyディレクターとして、「1-1-1モデル」による社員のボランティア活動、助成金プログラム、製品寄贈を通じた非営利セクターの社会課題解決を支援。2022年より現職、キンドリルジャパンのSocial Impact(社会貢献)リーダーとして地域社会をサポートし、助成金やボランティア活動を通じて重要な社会課題の解決に取り組む。NPO法人ArrowArrow理事、一般社団法人こども宅食応援団理事、江東区男女共同参画審議会委員。
「挑戦する人の背中を押すこと」を大切にしている
「まだまだ手探りで、悩みながらやっています」。そう語るのは、アメリカン・エキスプレスの佐藤克哉氏です。同社は2021年にサステナビリティ戦略をグローバルで刷新し、日本においては佐藤氏の所属する日本の広報部門が、グローバル(米国本社)の広報組織内にあるサステナリビリティ部署と連携して、社員ボランティアを推進しています。
「コロナで人々の価値観、ライフスタイル、働き方、すべてが変わった中で、会社として新たに定めた戦略があり、ボランティアの在り方も変えていく必要がありました。日本で社員ボランティアの方針を仕切り直して再開したのが昨年(2023年)です」
同社はサステナビリティ活動の3本柱を「健全な財政基盤の構築」「気候変動対策の推進」「DE&Iの推進」と定め、これらの活動と本業のビジネスを貫くお客様への約束として「Backing(バッキング:応援する、支援する)」を掲げています。
「もともとアメリカン・エキスプレスは、174年前に貨物を運ぶ運送業から始まりました。その後、お客様が簡単に安全にお金を運べるように郵便為替を、次いでトラベラーズ・チェックを取り扱うようになり、現在のクレジットカード会社へと発展してきました。そうした歴史の中で、私たちはカスタマー(お客様)、コリーグ(社員)、コミュニティ(地域社会)に対する『バッキング』をブランドの約束として掲げています。
社会貢献活動を考える上でも、困っている人を助ける、挑戦する人の背中を押すことを大切にしています」
参考 : アメリカンエキスプレス ESGの取り組み(同社ウェブサイトより)
「私たちが特に重視しているのは、スモールビジネスや起業家の支援。今年、NPOと新しく立ち上げたCSRプログラムも、私たちのパートナーであり、かつ社会にポジティブなインパクトを残す役割を担われている起業家の方々が抱える課題や悩みに伴走し、サポートを提供し、創りたい未来の実現をバッキングします。プログラムを設計するときに、こうした私たちが大切にしている指針をNPOとしっかり話し、社員ボランティアの機会を一緒につくっています。そうすることによって、アメリカン・エキスプレスらしい会社のカルチャーにフィットする、社員に喜ばれるボランティア活動を作りやすくなるという効果も生まれています」
昨年は数百名以上の社員がボランティア活動に参加した同社が、今直面している課題は何でしょうか。
「今のボランティア活動の枠組みだけだと、振り向く人と振り向かない人がいます。より多くのコリーグ(社員)に参加してもらうにはどうしたらいいのか、社内で(施策の)テスト・アンド・ラーニングをしています。例えば、『これまで東京オフィスのみでやっていたのを、大阪オフィスでもやれないか? 』『就業時間中に参加できるボランティアがいいのか、それとも週末に家族と参加できる方がいいのか? 』などを考えて試行錯誤しています。シニアレベルのリーダーが参加しやすいプログラムをつくることも、社内の理解を得るためには重要です」
「活動の選択肢が多様にある」ことが重要
キンドリルジャパンは、2021年にIBMから分社し、企業のITインフラの構築や運用サービスを提供しています。同社の社会貢献部長の松山亜紀氏は、もともとIBMやセールスフォースで社会貢献活動を推進し、2022年にキンドリルジャパンに参画しました。
同社の社会貢献活動もCSR・広報・政策渉外の部門が連携して推進しており、「未来に向けた教育機会の提供」「気候変動への対策」「インクルージブな社会の創造」の3つに重点を置いています。
「新しい会社として一から活動のミッションや重点分野を定めることを、マテリアリティ評価や社内外へのインタビューを通じて行いました。キンドリルが特徴的なのは『社員にとって選ばれる雇用主になるために、コミュニティと共に成長する』を掲げていることで、あらゆる社会貢献活動に社員が参加することを特に重視しています」
参考 : キンドリルジャパン 従業員と地域社会への貢献(同社ウェブサイトより)
創立間もないキンドリルでは、社員の帰属意識をどのように高めていくかが課題となります。松山氏はボランティア活動を通じて、社員が部門内でのつながりや部門を越えた交流を生み出せるように、着任以来さまざまな実験と検証を繰り返してきました。
「例えばクリーンアップ(清掃活動)一つをとっても、異なる部署の人たちが交わるように活動チームを設計しています。シニアリーダーからの積極的な呼びかけもあって、例えば営業部門の方々がチームビルディングの一環として清掃に参加しているケースもあります。
女子学生にプログラミングを学ぶ機会を提供しているNPOと連携した取り組みでは、キンドリルの社員が学生のコーディングのメンターをしたり、テクノロジー分野のキャリアを目指す学生のサポートをしたりしています。特に技術系の社員には、学生さんをお手伝いしたい、自分の経験から伝えたい、といった想いがある人もたくさんいらっしゃいます」
一方で、ボランティア参加者に偏りが出てきてしまうなど、課題も見えてきているようです。
「私だけでは企画の手が回らなくなってきているので、社内から手挙げ式で “社会貢献アンバサダー” を募っています。そして、社会貢献アンバサダーが中心となって企画するボランティア活動については、前述の3つの重点分野に限らないでよいことにしています。
例えば、猫を飼っていて動物愛護のイシューに関心のあるアンバサダーが、動物のシェルターをやっている団体と連携して、シェルターの掃除をする、猫が使う道具を制作するボランティア活動を企画したことがありました。初めての取り組みでしたが、10人の参加枠がわずか2時間で埋まってしまい、うちの社員にはいろんな興味のある人がいるんだなあと発見した経験でした。
こうして活動の選択肢を多様化させることによって、多様な社員に来てもらえると思っています。これからもさまざまな活動方法を検証していきたいです」
参加者のすそ野を広げるためのポイントは?
セッションを通じて見えてきた、ボランティア活動に参加する社員のすそ野を広げるために考えるべきポイントを、3つにまとめて紹介します。
一つ目は、「自社らしさ」を問い直すこと。戦略だけでなく、自社のカルチャーや価値観も踏まえたうえで、なぜ自社がこれをやるのか?をあらためて問うことが、愛着を持てるボランティア機会の設計につながると考えられます。
二つ目は、活動の種類と参加方法の選択肢を増やすこと。今回話題提供いただいた両社とも、複数の社会イシューを取り扱い、現場・オフィス・リモートや平日と週末を使い分け、家族参加をOKにしたり、他社との合同イベントを実施するなどさまざまな参加方法を実験していました。多様な層が参加できるように試行錯誤している様子が伝わってきます。
一方で、社会貢献担当者がリードするだけでは、企画の発想や実行のキャパシティがどうしても限られてしまいます。
そこで、三つ目は、枠組みに縛られすぎず、社員が発案できる余白を増やすこと。自分が関心のある社会イシューに取り組みたい社員を発掘し、想いを引き出し、それに取り組むことのできる環境をアシストしている事例が、セッション参加者の中からも多く聞かれました。
前述のBenevityによる調査では、「企業(担当者)がリードするボランティア活動」と「従業員が始めるボランティア活動」の両方を会社が許可した場合、ボランティア参加率が飛躍的に上昇することが示唆されています。非営利団体との連携や、従業員アンバサダー、社員のリソースグループなど、ボランティアの活動を企画する主体が多様であるほど、プログラムに引き込まれる人が増える可能性も高くなります。
このとき、社会貢献担当者に求められる役割は、自ら企画を立案することだけでなく、社員の興味関心を引き出し、それを応援することになります。人事や広報、シニアリーダー層との連携も、より重要になってきます。
NPO法人ETIC.(エティック)が主催するイベントでは、今後もこうした企業内の実践や担当者の創意工夫を、組織や立場を越えてシェアできる場を目指していきます。
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