2024年7月に宮崎県日南市(にちなんし)で開催された「ローカルリーダーズミーティング」では、ローカルと結びつきの深いテーマの専門家と、地域で活動するプレイヤーが語り合うセッションが油津商店街で開催されました。今回は、家業の承継をテーマに7月のセッションをさらに深掘りしようと企画された、オンラインイベントの内容を抜粋・要約してお届けします。
経営者の高齢化や全国的な少子化に伴い、これまで地域経済を支えてきた会社が後継者不足により休廃業してしまうケースが各地域で数多く見受けられます。その対策として、地域外から事業承継の担い手を募っていく動きも加速しています。しかし、事業単体としての利益しか追求しない承継となってしまった場合、会社は存続できたとしても、先代がこれまで培ってきた社会資本(地域内外の関係性やネットワーク)や文化、風土が途絶えがちという別の課題を引き起こしています。
事業のみならず関係性や文化を引き継いでいく「親族内承継」は、地域に対してどのようなインパクトをもたらしうるのか。自身も農家の跡継ぎとして経営を担いながら、家業を承継する若者支援などの活動にも取り組まれている、宮治勇輔さんにお話を伺いました。
宮治 勇輔(みやじ ゆうすけ)さん
株式会社みやじ豚代表取締役社長 / NPO法人農家のこせがれネットワーク 代表理事 / 家業イノベーション・ラボ 実行委員
1978年、湘南地域の小さな養豚農家の長男としてこの世に生を受ける。2001年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、株式会社パソナに入社。営業・企画・新規プロジェクトの立ち上げ、大阪勤務などを経て2005年6月に退職。実家の養豚業を継ぎ、2006年9月に株式会社みやじ豚を設立し、代表取締役に就任。生産は弟、自身はプロデュースを担当し、独自のバーベキューマーケティングにより2年で神奈川県のトップブランドに押し上げる。みやじ豚は2008年農林水産大臣賞受賞。みやじ豚は順調に推移するも規模拡大をよしとせず、日本の農業の現状に強い危機意識を持ち、都心で働く農家のこせがれの帰農支援を目的に、2009年にNPO法人農家のこせがれネットワークを設立。2010年、地域づくり総務大臣表彰個人表彰を受賞。2015年より丸2年間、農業の事業承継を研究する、農家のファミリービジネス研究会を主宰。JA全農と『事業承継ブック』を制作し、全国のJAを通じて1万3千部を配布。事業承継の研究と実践を推進するべく、2017年より家業イノベーション・ラボを立ち上げる。現在は、事業承継をテーマに、農業界に限らず中小企業の経営者及び後継者向けに講演及びセミナーを行う。47全都道府県で農業経営及び地方創生における数百回の講演実績あり。DIAMOND・ハーバード・ビジネス・レビュー「未来を創るU-40経営者20名」。著書に『湘南の風に吹かれて豚を売る』。
M&A的な事業承継がはらむ地域のリスク
最近は事業承継と言えばM&A(合併・買収)という風潮もありますが、こういった流れには危機感を覚えています。というのも、家業には地域の文化や伝統、歴史の担い手という側面もあるからです。
例えば、京都に千年続くお団子屋さんがあります。女将さんは地域の神社にお餅を奉納することが家業の本丸だと考えていますが、それだけでは食べていけないので、観光客向けに団子屋を営んでいます。極論ですが、もしこのお店がM&Aで地域のことを省みない経営者に買収されてしまうと、神社への餅の奉納は手間がかかるばかりで利益が出ないので実施せず、観光客向け事業を強化するというように、利益だけを重視した経営に変わってしまうかもしれません。
このようにM&A的な事業承継には、その企業が地域で育んできた文化や歴史が失われてしまう可能性があることを意識しておいた方がいいと思います。特に長く商売をやっている企業ほど、その地域に与える影響は大きいと言えるでしょう。
起業よりも家業経営が優れている!? 経営面、地域振興面で強みがある
メディアではお家騒動など負の側面がクローズアップされることが多いので、家業に対して必要以上にマイナスイメージを抱いている人が多いように感じます。外の人が関わりづらそうという印象があるかもしれませんが、今回は家業の優れた面について、経営的な観点と地域貢献の観点からお話ししていきます。
こちらの表にあるように、創業200年以上の企業数の国際比較を見てみると、2位以下に大差をつけて日本が1位となっており、その比率は世界の企業全体の65%にも上ります。日本には家業が長く続きやすい下地があり、こういった面からも家業が地域の歴史・文化の承継を担ってきたことが伺えます。
そもそも家業は、その地域の人に商品を買ってもらったり、その地域の人を採用したりする場合が多いので、地域の人に嫌われていると商売が長続きしません。そのことが身に染みてわかっているので、口先だけではない、真に地域のためを考えた経営が期待できます。地域全体がよくならないと会社の業績がよくならないというのは、特に小売店などには顕著で、地域の人口減少がそのまま売上の減少につながってしまいます。海外や全国に商圏を広げるという発想もありますが、地域を元気にしていくことと両軸で取り組むべきだと思います。
また家業の場合は、経営者であると同時に事業のオーナーでもあること特有のモチベーションがあります。地方都市の大企業の支店長が地域に出てくることはなかなかないと思いますが、地域のお祭などに地元経営者が多数所属する商工会が積極的に関わっている様子などはイメージしやすいのではないでしょうか。働き方改革的な観点からすればよくないと言われそうですが、ある意味私生活と仕事の垣根を作らない姿勢こそがオーナーシップの表れでもあると思います。こういった姿勢がよりよい経営につながっている事実も否定できないのではないでしょうか。
それから、農業分野でも新規就農者を増やそうという地域は多いように思いますが、ゼロから農業を始めて成功するのはウルトラCの難易度です。それよりも、すでに一定の基盤がある農家の後を継ぐことを促進する方が確実ですし、地域のためにもなります。ゼロから立ち上げる方が、しがらみがなくやりやすい面があるのもわかりますが、小規模ながらも経営基盤を有している方がいろいろと有利です。始めから地域とのつながりを獲得していることでスムーズにいく場面も多くあります。
元気な地域ほどヨソモノ大歓迎という空気が作られてはいますが、それでも地方創生において最も重要なのは家業だと考えています。ヨソモノと家業の後継者が結びつくことで、地域にとって大きな力になるのではないでしょうか。
家族経営のメリットは長期的な視点で経営できること。デメリットは大企業経営とほぼ同じ
以下の表は一般的なファミリービジネスのメリットとデメリットをまとめたものですが、特に強みとなるのが、長期的な視点で経営できることです。10年程前、多くの企業を渡り歩き、短期間で株価を上げる「プロ経営者」がもてはやされた時代がありました。ですが4年程度の短い任期でできることは限られており、プロ経営者が実施するリストラによって一時的に利益は上がったものの、その後はしわ寄せが来てボロボロになってしまうというケースもあります。
その点で家業は、100年、200年といった長期スパンで地域に根ざした経営ができることが最大の強みです。3〜5年は赤字でも、20年後を見据えて黒字になればいいというやり方で売上を伸ばすこともできます。
デメリットとしては株主に好ましくない経営が挙げられていますが、家業の場合は基本的に経営者が大株主というケースがほとんどです。経営者が保身に走るというのは上場企業でも言えることですし、一族以外の有能な人物が経営者に就任しにくいという点についても、江戸時代の番頭さんのように実務のトップを優秀な人に任せるという手法が取れます。家業のいい面を見てほしいという思いも強いのですが、そう考えると家族経営にそれほど大きなデメリットはないと感じています。
家業を継ぐ挑戦者を応援する「家業イノベーション・ラボ」の活動
そんな家業を継ぐ、次世代の挑戦者たちを応援する場が「家業イノベーション・ラボ(以下ラボ)」です。ラボでは、自分の代でイノベーションを起こしたいという人の伴走者でありたいという思いをもって、家業後継者同士のつながり作りや伴走支援などの活動を行っています。
事業承継の段階や、イノベーションへの取組に応じて10のペルソナを設定していますが、特に仕事として家業に関わりながらイノベーションを起こそうと七転八倒しているような人(ペルソナ4、5、8)を対象に、赤枠の「家業イノベーター」(ペルソナ1、2、3)と言える存在になれるようサポートしています。
(※クリックで拡大できます)
従業員として家業に関わり始めたタイミング、代表に就任したタイミング、それぞれの段階で違った苦労がありますが、ラボでは自分や時代に合った形に変えていこうという話をよくしています。先代には先代の成功体験がありますが、後継者の代では環境面やビジネスモデルが変わって賞味期限切れになっていることも多いので、自分や時代に合った形で若い世代が継いでいくことがとても大事なんです。
当代の社長ではなく後継者に注目することで、意外な突破口が見えてくることも
若者がUターンできない理由として、地域に働く場所がないということがよく言われますが、働く場所の創出という意味でも、家業の後継者はキーになります。良い面も悪い面もありますが、後継者はこれからの数十年経営を担う可能性がある存在ですから、早い段階から地域創生のプレイヤーとして巻き込んでいくことが重要です。
そのためにも、行政や中間支援組織の方にはぜひ当代社長だけでなく後継者から話を聞くということを大切にしてほしいと思います。当代社長が高齢の場合、あまりチャレンジをせず現状維持を好む傾向が強いようですが、それだと第三者が関わる余地があまりありません。
一方で後継者は、もっと会社を大きくしたい、もっと人を採用したい、地元の高校を卒業した生徒を雇う場を作りたいなど、様々な思いをもっているケースが多いように感じます。こうした後継者の思いを取りこぼさず、副業人材とのマッチングや、ラボでやっているような専門家の伴走を受けることで、新たな局面が見えてくることもあるのではないでしょうか。
行政や中間支援組織が後継者候補のためにできること
ここまで地域に目を向けようという話をしてきましたが、外の成功事例を学ぶことも大事です。かつては家業は閉じた世界で、ヨソモノに関わってほしくないというイメージが強かったかもしれませんが、そんなことは全くありません。外から優秀な人に入ってきてほしいという思いは、多くの人がもっています。
1社だけでは雇えないので、地域の地場企業数社が出資しあって会社をつくり、優秀な若い人材を引っ張ってくるという事例もあります。こういった取組は地域に仲間をつくらないとできないので、視座を高めるために仲間と先進事例の視察に行くというのはいい方法だと思います。
中小企業の場合、同じ分野で同じエリアだと競合相手になってしまいますが、離れていればノウハウを教え合えることもあります。だからこそ地域間のつながりは重要です。行政や中間支援組織には、こういった地域内のプレイヤーをまとめる、視察や新しい挑戦のための予算を確保するというような、地域全体のプロデューサー的な役割がますます求められています。
職人的な技術力と、プロデューサー的な営業力。2つの型で地域を盛り上げる
今後家業は、職人的なものづくり型の組織と、営業力の高いプロデューサー型の組織の大きく2つに分かれていくのではないかと考えています。ものづくり型は、認知してもらうための活動は必要ですが、職人の力を徹底的に磨くことで唯一無二の技術や商品をもつ企業となり、勝手にオファーがくるようになるというイメージです。
プロデューサー型の組織では、営業力を強化し、ネットワークを広げて仕事を取りに行きます。自社に核となる分野をもちつつ、自社にない機能がある会社と連携しながら、取ってきた仕事を連携先に振っていくことで価値を生み出します。
地域独自の強みを深め、プロデューサー的に外へ発信することで、関係人口や移住者を増やして充実を図るというように、地域活動全体にも同じ事が言えるかもしれませんね。2つの機能を意識しつつ、家業を軸に地域を盛り上げる参考にしてもらえれば幸いです。
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