みなさんは、少しずつ身体の機能や認知機能が衰えてきたときにどんな介護を受けたいか、考えたことはありますか? 今回お話を伺ったのは、広島県三原市で、築約120年の古民家を改装した複合型「ふくし拠点」である「暮らり」を運営されている、橋本康太さん。
利用者を取り巻く環境を複合的に捉え、身体機能や認知機能が衰えつつある中でも、本人にとってよりよい毎日を実現すべく、様々な実践を重ねています。幸せな老後のカギとなる「暮らしのリノベーション」とはどのようなものなのでしょうか? ぜひご一読ください。
この記事は、【特集「自分らしさ」×「ローカル」で、生き方のような仕事をつくる】の連載として、地域に特化した6ヶ月間の起業家育成・事業構想支援プログラム「ローカルベンチャーラボ」を受講したプログラム修了生の事業を紹介しています。
橋本 康太(はしもと こうた)さん
株式会社暮らり 代表取締役 / ローカルベンチャーラボ第3期生
広島県三原市出身。理学療法士の資格取得後、広島県内の病院や介護施設に勤務。2022年5月より、父親の法人である有限会社ケンコウ設備の取締役として、複合型ふくし拠点「暮らり」の運営を開始。2024年10月に有限会社ケンコウ設備から株式会社暮らりへ法人名称変更及び代表取締役に就任。2024年12月からは訪問介護事業とまちのスモールストア西町十貨店(コミュニティスペース)もスタートした。
Webサイト : https://kurari.jp/
水道事業を営んでいた父の会社を承継。100年続く会社を目指しての方向転換
現在はふくし拠点「暮らり」を運営されている橋本さんですが、事業を始める以前は、故郷の三原市からほど近い広島県福山市の病院や老人ホームで理学療法士として勤務されていました。
「理学療法士の学生時代に、リハビリをすれば誰でも身体機能をよくできるという固定観念をもってしまっていました。ですが新卒で実際に介護の現場で働いてみると、そもそも身体機能のキャパシティが狭まっている高齢者の方々が劇的によくなるということはあまりありませんでした。
しかし身体機能は、その人の生活を構成する要素の一部にすぎません。仮に身体機能の向上を目指すことが難しくとも、生活環境や周囲の関わり方など、より広い視点でその人の暮らしを考えることで、暮らしをよりよくできる可能性があると思うようになりました」
「暮らり」の運営につながるターニングポイントは、社会人になって6〜7年経ったころに訪れます。三原市内で水道事業を営んでいた父から、廃業していつかは会社を畳もうと思っているという話をされたのです。
「暮らり」の外観
「父は一人親方ということもあり、高齢を理由にやめようとしていたのですが、せっかく30年も続けてきたのにもったいないなと思ったんです。また、僕も父の手伝いでついていくことがあったのですが、父が相手にしている顧客は高齢の方が多くて、水道を直しに行ったついでに屋根の修繕もしてあげたりしていて、顧客がいかに豊かに暮らせるかという観点は福祉的だなと感じていました。
僕自身も介護の領域で仕事をしてきたので、せっかくなら事業内容を変えて法人として100年を目指してみようかなという気持ちになったんです。2022年の5月に父の会社を継いで、まずはデイサービス事業『くらすば』をスタートしました」
「閉じながら開く」を模索して、広がってきた事業
事業所として選んだのは、元々診療所だった建物。リノベーションして「暮らり」と名付けました。「暮らり」は「暮らしのリノベーション」の略称で、人やまちを取り巻くあらゆる要素を編み直すことで、高齢化や空き家といった様々な課題を可能性や伸びしろに転換していきたいという思いが込められています。
現在、「暮らり」の1階はデイサービス「くらすば」として運営されている他、2階は20代の女性3人によるデザインユニット「パンパカンパニ」の事務所となっています。また2024年12月からは、「暮らり」のお隣に「西町十貨店」という飲食もできる小さな小売店もオープンしました。西町十貨店の2階部分に訪問介護の事務所を設け、訪問介護事業もスタートさせています。
橋本さんは、特定の施設内で行われる制度やサービスにとらわれず、すべての人がよりよい日常を営めるようにすることが「ふくし」であると捉え、現時点では福祉の必要性を感じていない人とも接点を持てるよう、多角的に事業を展開してきました。利用者の方の安心・安全を守りながら、子育て世帯やご近所の方にも立ち寄ってもらえるような、「閉じながら開く」場作りを模索しています。
「僕は目的に応じて新しい事業内容を決めていくタイプではなくて、その時々の人と場に自分のビジョンを重ね合わせていったらこうなった、という感じでここまで進んできました。
2階の『パンパカンパニ』のみなさんは、知り合った当初はまだ武蔵野美術大学の学生さんで、時々チラシ作りをお願いするような関係を細々と続けていたのですが、デイサービスを始めたものの2階が空いていて、一人では運営が厳しいなと思っていたところに『事務所として使いたい』と声をかけてもらったんです。現在も無理に1階の『くらすば』との接点を作るようなことはしていませんが、『暮らり』の広報誌を作ってもらっているので、自然と交流が生まれています。
デザインユニット「パンパカンパニ」の皆さん
西町十貨店も、『隣の建物が空き家になるから使わない?』とお声がけいただいて、素敵な雰囲気の建物だったので、まずは2023年の11月から1年程お借りすることにしたのが始まりです。1年以内に事業計画を立てて、形になりそうであれば継続、ならなければ解約と考えていましたが、なんとか目途がつきオープンに至りました。
今すぐ介護を必要としない人も気軽に立ち寄れる、西町十貨店
デイサービスの開業当初、近隣地域のことをよく知ろうとご近所の方の暮らしを観察していたことがあったのですが、何か必要なものがあるからお店に買い物に行くというよりは、近所の方との交流目的の散歩がメインで、ついでにカップラーメンやお菓子を買っているような様子だったんですよね。
誰かと話したいというニーズがあるけど、コミュニケーションできるような場所が少ないようにも思えたので、誰でも気軽に立ち寄れる場所があるといいなと、こういった形になりました。店名は、『百』貨店は無理ですが、『十』くらいなら頑張れるかなと思ってこうしました」
高齢化が進む社会で、幸せをどうデザインする?
事業を通じて「暮らしのリノベーション」に挑戦し続けている橋本さん。「暮らり」の内装も、手すりの色や質感、照明のデザインに至るまで、「病院や介護施設っぽくしないこと」にこだわって設計されています。認知症を始め、身体機能の衰えがどうしても避けられない中で、それでも幸せに暮らしていくには何が必要なのでしょうか。
「小さい規模ではありますが、今の事業の中で僕がやりたいと思っていた、広い視点をもつことで利用者さん一人ひとりの生活をよりよくしていくという介護を実践できていると感じています。認知症になってもまだまだできることはありますし、環境を変えることで笑顔になれる瞬間がきっとあります。
例えば『くらすば』ではよく利用者さんと一緒に料理をするんですが、ご家庭では料理が難しくなってきたという方のご家族が、『家でも料理をがんばろうとしてるから』とエプロンをプレゼントしていたんです。認知症を患うご家族に対してエプロンを贈られるケースは多くないと思うのですが、ご本人とご家族にそうした変化をもたらせたのだなと、僕達が関わる価値を実感できた出来事です。
それから、利用者さん同士の助け合いも生まれています。元看護師の認知症の方が、同じ認知症の方に食事介助をするなど、日常生活の中で小さなチャレンジが起きているんです。そういった場面では、スタッフも止めたりせずに見守るようにしています。こういった介護のかたちがまち全体で生まれたらいいなと思っています」
利用者同士で日常的に料理に取り組む
ローカルベンチャーラボを受講する中で見出した、「暮らり」というキーワード
橋本さんは、地域に特化した6ヶ月間の起業家育成・事業構想支援プログラム・ローカルベンチャーラボ(以下LVL)の3期生でもあります。「暮らり」というキーワードも、実はLVL参加中に生まれたものなんだそうです。
「元々運営側や参加者の方数名とは知り合いだったのですが、Facebookで広告を見て興味をもちました。U-35若手奨学枠の割引プランがあることも後押しになり、事業プランを真剣に考えてみたいと思い参加しました。
『暮らり』という言葉は、LVL受講期間中に奥さんとごはんを食べながら話していたときに出てきた言葉なんです。デイサービスの事業だし、生活環境や周りの人との関わりも組み合わせることで、今よりちょっとでもいい方向に行ける取り組みにしたいという思いを表せていて、いいかもしれないなと」
橋本さんが参加されたのはコロナ禍まっただ中だったこともあり、全体でのリアルな場はありませんでしたが、島根県雲南市で地域の未来を創る人を育成するNPO法人「おっちラボ」の代表理事をされているメンターの小俣健三郎さんを訪ねて、雲南市には単身で足を運びました。
「田舎ほど同じ視座の方との出会いは少ないので、そういった方と横のつながりができるというのは本当にありがたかったです。自分一人で期日を決めて準備をするというのはなかなか難しいですし、全体で発表する場に向けて、身銭を切ってお尻を叩かれるというのは大事だなと思いました」
弱さがあっても大丈夫。そう思える社会を目指して
既存のリハビリテーションのあり方に疑問をもち、高齢者に限らずあらゆる世代にとってのよりよい暮らしとは何か、模索し続けている橋本さん。橋本さんの小さな実践は、福祉という枠組みを超えて広がっていきそうです。
「閉じながら開く」場作りは続く
「認知症になったり障害を抱えたり、どのタイミングかはわかりませんが、身体機能が今より衰えるというのは誰しも避けられないことだと思います。そうなったときに、弱さがあっても大丈夫だと思えるような社会にしていきたいです。老いることへの見通しがついたり、何かあっても『暮らり』があるから大丈夫だと思ってもらえるような存在になれたらうれしいです。今後はメディア関連の活動にも力を入れてより多くの人の不安を解消できるように頑張っていきます」
橋本さんが受講されていた「ローカルベンチャーラボ」では、例年3月から4月に受講生を募集していますので、気になった方は公式サイトをご覧ください。
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