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アイデアの種が「生業(なりわい)」にまで成長した理由とは?熊本県南小国町を舞台に、自分の“これから”を考える

2020.11.05 

熊本県阿蘇郡南小国町(みなみおぐにまち)を舞台に、自分の“これから”を考える「ミライづくり起業塾2020」の参加者募集が始まっています。今年で3回目となる本プログラムは、2021年度の南小国町の起業型地域おこし協力隊の選考も兼ねており、12月と2月の2回に分けて現地で行われる、2泊3日の合宿への参加が必須です。地域おこし協力隊になるには、書類選考と数回の面接を経て着任となるのが一般的ですが、なぜ南小国町では合計6日もかけて選考を行う設計にしているのでしょうか?

 

一見すると、他の地域と比べて段違いに「めんどくさい」選考過程ですが、実は応募者と地域の双方にとってメリットの多い仕組みでもあるのです。そんな「ミライづくり起業塾」の魅力を、第1期の起業型地域おこし協力隊である當房こず枝(とうぼう・こずえ)さんとナタリー・ショヴォーさん、そして起業塾を運営している株式会社SMO南小国の安部千尋さんに伺いました。

地域とつながり、人づてに知った起業塾の存在

 

――まずは、當房さんとナタリーさんが「ミライづくり起業塾」に応募したきっかけを教えてください。

 

當房さん(以下敬称略):「元々私は家具職人で、長野県での修行を終えたところでした。熊本市の出身なので、いずれ熊本や阿蘇で工房を開きたいと思っていたところに、南小国町の隣の小国町で工房が空いたという話が入ってきたんです。家具職人の工房が空くことはめったにないですし、見学に行ってみてすごく気に入ったので、勢いで2019年5月に移住しました。その年に人づてに起業塾の存在を知ったのがきっかけです」

 

写真1_當房さん

 

ナタリーさん(以下敬称略):「私は大阪に9年住んでいたんですが、去年、夫の実家がある熊本県阿蘇市に家族でUターンすることに。元々田舎に行きたい気持ちはあったので、一緒にUターンするのはOKだったけど、やっぱり生活もある。それで起業塾を紹介してもらって、夫と2人で参加しました。ちなみに紹介してくれたのはコーディネーターの佐藤智香さんで、夫の実家の近所に住んでいます(笑)」

 

写真2_ナタリーさん

 

――佐藤智香さんはUターンして就農し、熊本の伝統野菜「阿蘇高菜」の種を使ったマスタード「阿蘇タカナード」の加工販売等も手がけていらっしゃいますね。今回の「ミライづくり起業塾2020」のメンターでもあります。それにしても、きっかけがそんなご近所にころがっているというのはローカルならではですね。

ぽろっと発した一言から、アイデアの種が現実になっていく

 

――お二人とも南小国周辺に来られてから起業塾の存在を知ったということですが、2泊3日の未来づくり起業塾はどのような経験が待っていたのでしょうか?

 

ナタリー:私は2回目の合宿しか参加できなかったんだけど、繰り返し同じ質問をされていました。

「あなたがここに来て具体的にやっていきたいことは何?」

「あなたがここで提供できるものは何?」

というのは何度も聞かれた。

 

最初は私も「農業がやりたい」としか言えずに、メンターからは、

「それもいいけど、農業はナタリーじゃなくてもやってる人がたくさんいる。

そうじゃなくて、ナタリーだからこそ意味があることって何?」

と言われて、また考える……っていうのを繰り返してました。

 

本当にやりたいことって、繰り返し聞かれないと出てこないんですよね。考えが絞り込まれるまで結構時間がかかって、最終日の最後の1時間くらいのところで、「プロジェクトマッピングの開発をやってた。プログラミングが好き」ってぽろっと言ったら、「それ‼」って空気になったんです(笑)。

 

そこからは、「テク農」って名前をつけて、何をやっていくかを絞って、最初のステップを決めて、6次化に取り組んでいるパートナーの農家さんと具体的に連携の方法を考えて……いろいろなことが一気に動いて、プロジェクトの形にまとめられました。

 

今はITを取り入れた農業を南小国で実践するために、起業塾で出会った「あっぷるみんとハーブ農園」の梅木正一さんと一緒に、どぶろく酒造の温度管理システムを開発中です。他にもいろいろなトライアルをしながら、農業を実地で体験させてもらっています。

 

写真3_ナタリーさん発表

中間発表会で活動報告をするナタリーさん

 

當房:そうそう!ぽろっと「こういうことやりたいんだよね」って言ったら、周りがそれをすかさず拾って、「こういう人と会わせよう!」ってすごい勢いで動いてくれるから、うかつなこと言えないよね(笑)。 繰り返し問いかけられた先にぽろっとでてきた何かが実現する、みたいなイメージです。素敵なレストランをやっている方、美容師さん、農林業の関係者など、南小国のいろいろな方と引き会わせてもらえます。

 

私の場合は木工職人で初めから領域が絞れていたので、最初の合宿でパートナーとなる河津良隆さんとマッチングしてもらえました。南小国には全国的にも有名な黒川温泉郷があって、28ヶ所の露天風呂のうち3ヶ所を巡れる「温泉入湯手形」が人気です。河津さんは、木のメダルのような手形を作ることができる唯一の職人さん。今私は協力隊として、この入湯手形の技術継承の仕組みづくりをミッションに活動しつつ、木工職人として手形の制作過程で割れてしまった木材を活用した商品開発も行っています。

 

写真5_手形関連商品

當房さんが開発したコースターなどの手形関連商品

 

當房:1回目の合宿では、1人ではなく、ギルドのように複数の木工職人がそれぞれの仕事をしながら手形の技術を継承していくという仕組みを考え出すことができました。自分なりにいい方法を思いついたなと感じてはいたものの、私は家具職人だしそっちに集中したかったので、最初は自分でやるのは違うかなという考えでした。

 

それが2回目の合宿まで寝かせているうちに、せっかく思いついたんだから実現させてみたいという気持ちがだんだん強くなってきたんです。社会とつながるおもしろいプロジェクトになるだろうし、1人で黙々とやる家具職人とはまた違う喜びがありそうだなと。

 

コーディネーターが公私にわたって伴走。支え合いながらミッション達成を目指す

 

――起業型地域おこし協力隊に選ばれた場合、協力隊としてのミッションを遂行しつつ、自分の生業を形にしていくのが南小国町の特徴ということですが、當房さんの働き方はまさにミッションと生業が相乗効果を生んでいる事例ですね。起業塾終了後もSMO南小国のコーディネーターによる伴走支援は続いていますが、そういったサポートに関してはどう思われますか?

 

當房:1人だったら絶対にここまでたどり着いていないと思います。この制度があったからこそ、「やってみたいかも。私にもやれるかも」と思えました。むしろこんなに物事がスムーズに進んでいったことって、今までにないかもしれません(笑)。

 

地域のことをなにも知らない人がいきなり来てつながりを作っていくのは本当に難しいことだと思います。地域との橋渡しをしてくれる人がいるからこそ、いろいろなことがスムーズにできる。

 

コーディネーターとの相性もいいんだと思います。自分にはない面をもっているから、お互いに頼れる。コーディネーターの前田優さんは、プロジェクトの進め方、心構え、姿勢を導いてくれる存在です。ただの作業になりそうなことにも、「今やっているこれは、こういうのにつながっているよね」と意義づけをしてくれるから、プロジェクトの方向性がはっきりしますし、モチベーションも高く保てる。マネージャーでもあり、相談役でもありという感じです。木工のことがわかるわけじゃないけど、知らない世界で物事を進めていくことが得意な方だと思います。

写真4_當房さん意見交換

中間発表会で地域の方と意見交換をする前田さん(左)、當房さん(真ん中)、河津さん(右)

 

ナタリー:私もコーディネーターの智香さんが大好き。本当にすごいビジネスウーマン。地域おこし協力隊の制度のいいところも悪いところもわかった上でアドバイスしてくれます。コーディネーターというより、頼れるお母さんみたいな感じですね(笑)。

 

私たちがUターンするときにも公私両面ヒアリングしてくれて、子どもの預け先の問題も含めて、生活の基盤を整えるためにすごく動いてくれました。協力隊としてのミッションは、起業塾の段階で自分で決めますが、1回でゴールまでうまく辿りつけるわけじゃない。1歳の娘を預けるところがないという家庭の事情だったり、機材のトラブルだったりいろいろあるけど、ちょっとしたところから話を聞いてくれます。解決策を提案してくれたり、「これはイヤ!」とか意見したり、行ったり来たりしながらいい関係が築けている。私が苦手な報告書の作成なんかもサポートしてくれます。

写真6_佐藤さん

ナタリーさんのコーディネーターを務める佐藤智香さん

 

やりたいことの種があれば、地域とつながって動き出せる

 

――1期生であるお2人から見て、どんな人が起業塾に向いていると思いますか?

 

ナタリー:全くやりたいことがない人は向いてないと思います。

 

當房:確かに「こういうのがありますよ」って提案をもらっている人もいたけど、そういう人はあまり実らなかったかも。向いているのは、ぼんやりとでも「こういうのがやりたい」っていう種がある人ですね。やりたいことの種だけは必要。逆に言えば種だけでいいんです。

 

ナタリー:ちょっとしたアイデアとか、これが好きというのでも大丈夫。やりたいことがあれば、SMO南小国もいろいろ紹介してくれるし、99.99%南小国でできると思います。

 

當房:ただ、「なぜそれを南小国でやる必要があるのか」という視点は絶対に必要なところですね。他の地域でもできることなら、それを南小国でやることにどんな意義があるのかというのはすごく聞かれます。もしかしたら種の次に苦労するところかも。「なんで南小国でそれをやりたいの?」を見つける段階がどこかでくると思います。

 

ナタリー:ポイントは南小国を知ることですね。その上で、自分とマッチするところを探していきます。

起業塾で試行錯誤する中で、自然と自分の応援団ができてくる

 

――ありがとうございました。最後に、起業塾を運営する株式会社SMO南小国の安部千尋さんにもお話を聞いてみたいと思います。2泊3日の合宿が2回もあるという、応募者にはハードルが高い選考過程にはどのような思いが込められているのでしょうか?

 

写真7_安部さん

株式会社SMO南小国の安部千尋さん

 

安部さん(以下敬称略):南小国は中山間地域のまちですが、決して何もないところではないんです。黒川温泉郷を始め、農林業といった一次産業など地域資源は豊富にありますし、新しい挑戦を見守る気風もあります。個人の挑戦に使えるフィールドや環境はあるので、経験やスキルが足りなくても、周りの力を借りながら乗り越えていけると思います。

 

3日間の合宿は確かに大変なんですが、それが2回あるからこそ、自分の変化や確信をお互いに実感できますし、何より「いきなりゼロから頑張ってね!」ではなく、合宿を通じて事業プランに磨きをかけていく中で、自然と応援してくれる人や仲間ができてくるんです。自分の応援団ができている状態から地域おこし協力隊としてのスタートを切れるというのが、起業塾最大の特長だと思います。

 

受け入れる地域の方も、選考の中で参加者の人となりをじっくり見ることができますし、現地に来ることで、参加者も南小国での活動や暮らしのイメージを具体的に描いた上で地域に入ってもらうことができます。厳しく見ようとしているわけでは全くなくて、お互い後悔しないよう、相性を見極めるための「お見合い」のようなものかもしれませんね。

 

日程

 

12月の合宿では、①仮説を立てて、②関係者やフィールドを直接見てもらい、③南小国でどんなチャレンジをしたいのか、自分のプランを作りきるところまでやっていただきます。2月の合宿は、「南小国で暮らす」ということをとことんリアルに考えてもらう時間です。事業プランは本当に実現可能性があるのか、どうやったら形にできるのかを一緒に考えていきましょう。また、暮らし面でどういったサポートが必要かといったところも含めて一緒に検討します。

 

――去年と大きく違う点は何かありますか?

 

安部:今回から、南小国が特に人材を必要としている領域を打ち出した「テーマ型」の募集を始めました。自由にプランを考えてもらってもOKですが、自分の興味のあるジャンルや得意なことがテーマと重なるようであれば、それを活かす方向でやりたいことを考えてもらうとマッチングしやすいと思います。

 

南小国の地域資源をフル活用できるよう私たちがサポートしますので、自分の未来を自分で切り拓いていきたいという方の挑戦をお待ちしています!

 

テーマ一覧

 

――當房さん、ナタリーさん、安部さん、ありがとうございました!

 

「ミライづくり起業塾」に関心が出てきた方は、ぜひSMO南小国まで問い合わせてみてください。

応募の〆切は11月27日(15時)です。

>> 詳細はこちら

 

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南小国町移住地域おこし協力隊起業
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茨木いずみ

宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。 その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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