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生物多様性と人の生活を両立させていきたい。西粟倉村で「ビオ田んぼプロジェクト」に取り組む太刀川晴之さん

2024.10.28 

リジェネラティブやネイチャーポジティブの領域に挑戦する起業家、研究者、企業人のインタビューをお届けする「【特集】PLANET KEEPERS 〜住み続けられる地球を次世代へ〜」

 

今回は、「未来の里山をつくる」をビジョンに掲げ、木材加工・農業・養鰻(ようまん)等の事業に取り組む株式会社エーゼログループのたねラボ・事業開発担当の太刀川晴之(たちかわ はるゆき)さん。

 

岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)で昨年2023年から始まった「ビオ田んぼプロジェクト」での活動についてお話を聞きました。

 

この記事は、リジェネラティブやネイチャーポジティブの領域での起業家・研究者支援、次世代人材育成を柱にしながら、推進に必要なリソースが集約され還流するエコシステムを、企業・地域・アカデミア・環境団体と共につくっていく「PLANET KEEPERS」プロジェクト(事務局NPO法人ETIC.〈エティック〉)が発信しています。

 

太刀川 晴之(たちかわ はるゆき)さん

株式会社エーゼログループ たねラボ・事業開発担当

よりよい人と自然の関わり方に関心を持ち、岩手大学農学部で野生動物管理や地域づくり等について学び、獣害に対する地域住民の被害認識をテーマに研究。サークルはツキノワグマ研究会に所属し、週末や長期休暇は野生動物調査に参加。岩手大学大学院総合科学研究科修了(修士・農学)。大学院卒業後、環境省自然環境局入省。主に国立公園事業の許認可や外来種対策、地域観光ビジョンの策定等に従事。働く中で特に現場での仕事にやりがいを感じ、長期的に地域に関わりたいという思いが強くなり、環境省を退職し、鳥取県智頭町に移住。自伐型林業を学んだのち、岡山県西粟倉村の(株)エーゼログループに入社。事業活動が進むほど自然環境の保全や地域資源の維持が進む仕組みづくりを目指し、主に生物多様性保全に配慮した米づくりや未利用資源を活用した堆肥づくり、山林活用等を担当している。

会社Webサイト : https://a-zero.group/

ビオ田んぼ米 ECサイト : https://store.gurugurumeguru.jp/?mode=grp&gid=2930435

 

生き物が身近にいる場所を守り、未来に残していきたい

――太刀川さんのこれまでの歩みについて教えてください。

 

今は岡山県西粟倉村で活動をしていますが、元々は東京の港区の出身です。幼い頃から生き物に興味があり、よく虫捕りをしているような子どもでした。高校生のときに「里山」という言葉を知り、これまで自分には身近ではなかった田んぼや雑木林といった人と自然が関わって出来上がっている環境に惹かれ、残していきたいと思うようになりました。

 

そこから岩手県の大学に進学し、農学部で人と自然がどう上手く関わっていけるのかを学びました。生き物や自然を守る仕事に就きたいと考え、環境省に入省。国立公園の管理等に携わりました。興味関心のあることに関われていましたが、より自然の中に身をおいて仕事をしたいと考え、林業が有名な鳥取県の智頭町(ちづちょう)に移住をしました。林業に携わる中で生物多様性といった切り口で仕事がしたいと考えていたときに、縁があって株式会社エーゼログループで働くことになり、今は「ビオ田んぼ」で米作りと生き物の共生に取り組んでいます。

 

――「ビオ田んぼ」はどういった背景で始められたのでしょうか?

 

株式会社エーゼログループは「未来の里山をつくる」をビジョンに掲げて様々な事業を展開しています。「未来の里山」とは、命のつながりが豊かになるほど人々が幸せになり、人々が幸せになるほどに命のつながりを豊かにしていけるという好循環が長期的に持続している社会、だと私たちは考えています。それを実現するために、木材加工・農業・関係人口創出・福祉等に取り組んでいます。

 

私がエーゼログループを知ったきっかけは、西粟倉村で「百年の森林(もり)構想」に携わる求人を見つけたことです。西粟倉村は面積の約95%が森林であり、そのうちの84%がスギやヒノキの人工林です。この構想では、長期的に森を管理していくほか、木材を加工して商品化をしています。当時はすでにある人工林だけでなく、広葉樹を植えたりして森の価値を増やしていこうとしていたタイミングでした。

 

一方で、会社としては米作りにも取り組もうとしていた時期でもありました。私自身、大学時代の経験から田んぼの生き物の豊かさを知っていたので、米作りだけでなく、生き物を増やしたり、そこから派生して子どもたちが生き物と触れ合える環境を作ることで、田んぼの新たな価値を創造したいという思いで始めました。

生き物にも稲の成育にも良い「ビオ田んぼ」の可能性

――「ビオ田んぼプロジェクト」とはどのようなプロジェクトでしょうか?

 

私たちがやっている「ビオ田んぼ」は田んぼの中にビオトープ(地面を少し深く掘った池のようなスペースを作ったり、水路を掘って1年中水が溜まる環境を整えている場所)を作り、生き物も安定的に生息できる米作りをしています。通常の稲作では、水の管理が原因でメダカなどの生物が生息しにくくなりますが、ビオトープを取り入れることで、水が溜まる場所が確保され、生き物たちの生息環境を守ることができるのです。

 

 

もちろん、田んぼはお米を育てる場所というのは基本ではありますが…… 稲作が始まったずっと昔から水田環境に適応してきた多様な生き物がいました。田んぼという人為的な環境に多様な生き物が存在することに、田んぼの新たな価値があるのではないかと考えています。

 

私たちは「ビオ田んぼ」という言葉を使っていますが、ビオトープ自体は昔から稲の成長を助ける工夫として、地域によって様々な呼び名で作られていました。例えば山間部の田んぼでは、山水が冷たく直接田んぼに入れると稲の育ちが悪くなるので、一旦水を溜めて少し温めてから田んぼに流す方法が行われています。

 

この方法は稲の成長に良いだけでなく、生き物にも優しい環境を提供しています。この取り組みが生き物にとっても良いことを、私たちは事業として広めていきたいと考えています。

 

――実際に活動を通してどんな成果がありましたか?

 

米作りは私にとっても初めての経験だったので、地域の農家さんに教わりながらスタートしました。いきなり無農薬で取り組んだので、除草作業の大変さを痛感しましたね。水の管理等を工夫することで雑草を抑えられることは、書籍などで体系的に整理されているので知識としてはありましたが、実際にやってみてその難しさを実感しました。安定的に一定量のお米を収穫するためには農薬使用も必要なことで、慣行栽培の利点も実感しました。

 

 

生き物に関してはメダカやドジョウが大幅に増えて、絶滅危惧種のタガメも田んぼに来てくれました。いつか田んぼにタガメが来てくれたらいいなと話していたので、予想以上の成果に驚きました。環境を整えれば、生き物たちはしっかりと増えてくれることを感じました。

「ビオ田んぼ」を通して生物多様性と人の生活の両立に取り組む

――今後はどんなことを目標にされていますか?

 

このビオ田んぼは会社の事業の一環として取り組んでいますが、無農薬の田んぼで生き物を増やすこと自体をゴールにしているわけではありません。私たちは、こうした生き物が豊かに生息できる米作りの手法を、地域全体に広げていくことを目指しています。

 

米作りは赤字になるという話も耳にする中で、昔から続いてきた稲作をこの地域でこの先も続けていくためには、今までのやり方には限界があるのではないかと感じています。中山間地域では土地の集約化や機械化を進めにくい一方で、もともと自然豊かな環境なので田んぼのもつ生物多様性保全の価値は大きいと考えています。私たちはお米にしっかりと生物多様性保全の価値をつけて販売するモデルを構築し、共感してくれる農家さんと共に、この取り組みを広げていきたいと考えています。

 

とはいえ、農家さんにとって、生き物との共生、生物多様性といった話は普段の米作りでは考えにくいテーマだとも思っています。いきなり農家さんに「無農薬でお願いします」とお願いするのはかなり難しいことです。私たちの活動している地域では通常は2回除草剤を使用しているのですが、これを1回に抑えるだけでも生き物への影響を軽減できるのではないかと思っています。どの程度の取り組みであれば農家さんが協力してくれるのか、探りながら進めています。

 

 

また、中干し(7月頃に田んぼの水を1度抜いて土にひびが入るまで乾かす作業)ではオタマジャクシやドジョウやメダカなどの生物が干上がって死んでしまうのですが、それを防ぐ工夫をするだけで生き物の数を保てるということにも注目しています。

 

こうした取り組みは、日々の生活や農業には直接つながらないかもしれないですが、生き物を増やすことで自分たちの生活も豊かになることを田んぼを切り口に広げていきたいですし、同様の中山間地域にも広まれば良いなと考えています。

 

さらに農家さんへのアプローチだけでなく、子どもたちや観光、企業研修で来る方たちを巻き込みながら、自然や生き物と触れ合える環境を作ることで田んぼの新たな価値を創造していきたいと考えています。

 

――どんなところにさらに力をいれていきたいと考えていますか?

 

お米の流通やブランディングは非常に重要だという認識がある一方、まだ充分に取り組めていない部分が多いので、今後力を入れていきたいところです。

 

また、西粟倉村では行政としても川の再生に力を入れており、さらに山では森林の多様性についての調査が始まっています。こうした取り組みを地域全体で広げ、多くの人が生き物と関わる機会を増やしていくことで、様々なことが繋がっていくのではないかと考えています。例えば、子どもたちが参加して生き物調査をする、といったことです。

 

これらのことに一緒に取り組んでくれる方たちが増えてきたら嬉しいですね。

 

――太刀川さんがイメージしている未来はどのようなものでしょうか?

 

個人的にビオ田んぼに関わり始めた当初から、「子どもたちへ」という視点を大事に考えています。会社としても、カフェレストランがあるので、最近では地域に開かれた場づくりを進め、その近くの田んぼや川、水路で自由に子どもたちが遊べるような空間を作っていきたいという話をしています。

 

 

生き物を増やしていったその先に、その場所を目指して来る人たちが増えて、そこで暮らしている人たちも自分たちの暮らしがより楽しくなる。自然を基盤にした価値をしっかり作り、その先に関係人口の創出であったり、地域経済の活性化に繋がっていくというモデルを作っていけたらと考えています。

 

――最後に、読者に向けて伝えたいことがあればお願いします。

 

私たちとしては、現地に来て感じてもらうことを大事にしています。田んぼという場所は、馴染みのない方にはイメージが湧きにくいと思いますが、とても豊かで面白い場所だと感じています。実際に訪れてもらい生き物と触れ合うことで伝えられる部分はあると思っています。

 

私たち自身もまだまだ試行錯誤の段階にありますが、より多くの方が関われる機会をどんどん作っていきたいと考えています。関心を持ってくださった方はぜひ実際に西粟倉村に来ていただきたいです!

 

――ありがとうございました!

 


 

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PK Beyonders

NPO法人ETIC.(エティック)が運営する「Beyonders」で、PLANET KEEPERSの取り組みに関心をもった5名のメンバーによるチーム「PK Beyonders」。全国各地で活躍する実践者たちの取り組みをご紹介します。

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