認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえと、NPO法人エティックは、居場所づくりと地域づくりの関係性を実践的に議論し検討するオンライン連続セミナー「居場所づくりは地域づくり―地域と居場所の新しい関係性を目指して」を開催しました(全7回)。
前編では、それぞれの実践の場において、居場所づくりや地域づくりの現場で大事にしている考え方を共有しました。後編では、活動を支えるそれぞれの思想や地域と居場所の距離感など活動の根本にある考え方を議論します。
<パネリスト>
那須 かおり(なす かおり)さん 一般社団法人4Hearts 代表理事
守本 陽一(もりもと よういち)さん 一般社団法人ケアと暮らしの編集社 代表理事
北澤 晋太郎(きたざわ しんたろう)さん NPO法人ガクソー 代表理事
<モデレーター>
今井 紀明(いまい のりあき)さん 認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長
湯浅 誠(ゆあさ まこと)さん 認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ 理事長
三島 理恵(みしま りえ)さん 認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ 理事
川島 菜穂(かわしま なほ) NPO法人エティック ソーシャルイノベーション事業部
番野 智行(ばんの ともゆき) NPO法人エティック ソーシャルイノベーション事業部
※記事中敬称略。パネリストのプロフィール詳細は記事最下部に記載。
※イベントは、2024年2月に開催されました。本記事では当時の内容をもとに編集しています。
活動ごとに多様な「居場所」と「地域」の距離感
川島 : 地域づくりという表現は、経済活動の文脈の中で使用されることもあります。しかし、地域の精神性など、土壌を築く文化づくりの意味も含まれると思います。経済的視点も精神性の視点も重要であり、地域の基盤です。ここからは、今回の登壇者の皆さんが、どのように居場所づくりや地域づくりを捉えているのか深掘りしていきます。
湯浅 : 私たちが支援するこども食堂の活動も地域の土壌になっていると思います。今回の登壇者の活動は、地域づくりと居場所づくりの関係性がそれぞれ多様に見えます。
ガクソーの活動は、まちへのリスペクトを持ち、同一化していく姿勢を大事にしている。また、ケアと暮らしの編集社の活動は、ガクソーの活動よりは地域と居場所との距離が半歩くらいありそうです。4Heartsの活動は、革命を志しているので地域を変える姿勢でしょうか。それぞれ、地域との距離感について詳しく教えてください。
北澤 : 私たちの活動は、結果として居場所をつくっていますが、それが目的ではありません。自分たちにとって居心地のよい場所をつくり、それが地域に広がっている感覚です。
ガクソーは、メジャーになることを狙ってはいません。たとえば、東京の人たちに活動を知られて情報が浅く消費されるよりも、珠洲市(すずし)の人たちにしっかり知られることのほうが大事です。SNSで発信するよりも、身近な祭りに参加するなどして、地域の人たちの日常に入り込むことに注力しています。
守本 : だいかい文庫の名称は、商店街の通り名をいただいております。しかし、自治会や祭りへの参加など、ガクソーさんほどにはまだどっぷり地域に溶け込んでいないと感じました。
ただ、だいかい文庫に訪れる人の多くが、そもそも地域コミュニティと距離をおいている場合があります。だいかい文庫は、一段レイヤーをあげ、市レベルで活動するくらいの位置づけがよいのかもしれません。重要なのは、その場に在り続けながら、時間の経過とともにあらゆる人たちを包摂していくことだと考えています。3年ほど続けていると、子どもをきっかけに新たな来訪者が現れるなど、面的な広がりが出てきているからです。
だいかい文庫にはあらゆる世代の人たちが集う
守本 : 医療・福祉の分野では、「ケア」が閉じた場所で行われることが多かった。アランケラハー著『コンパッション都市』で「専門職が医療や死を市民から取り上げた」と指摘されているように、私も閉じた居場所には問題意識があります。居場所を地域に開いていくことが大事ですが、同化しすぎるとケアが行き届かないことも。半歩の距離感やバランスが大事ではないでしょうか。
那須 : 聴覚障害者は、今まで職業差別や手話の禁止、優生保護法など人権が守られない状況に長くありました。これまでは、この「権利」の問題を解決することが、聴覚障害者の大きなコミュニティによって優先されてきました。近年では段階的にですが、先人の運動によって、国からの職業の制限が緩和される、自動車の免許が取得できるようになるなど、人権が保証されつつあります。そうしてようやく、夢を描ける世界線が見えてきた状況です。このため、障害者と地域との距離感はまだまだあります。
一般的に、聴覚障害者は知らない人とのコミュニケーションを極力避け、わかったふりをしてしまいがちです。しかし、私個人の体験として、茅ヶ崎のコワーキングスペース「チガラボ」を中心に地域の人たちとつながることができ、新たな展開が生まれました。
私自身の成功体験から、もっと聴覚障害者をはじめとしたコミュニケーションバリアを抱える人たちにも、地域とつながる機会を持ってほしいと思うようになりました。そのためには、手話通訳や要約筆記などの情報保障が必要となりますが、市区町村の派遣制度には要綱などがあり、認められないと実費がかかってしまったり、音声認識の利用にも許可や利用料の面などでハードルが高い状態です。まだ地域を「変えていく」必要がある段階なので「革命」という表現を使用しています。
北澤 : 居場所づくりや地域づくりは、それぞれの発展のフェーズや人口規模などのさまざまな要因により置かれた状況が異なると思います。最初は「革命」的に変化をもたらすフェーズが必要だったり、人口規模がある地域では居場所との距離があったり、それぞれの前提条件が違う。居場所づくりでは、役割、人口規模などそれぞれのバランスを考慮する必要があると感じました。
居場所づくりの活動を支える思想とその源泉
今井 : 居場所づくりや地域づくりの活動に対し、皆さんそれぞれに何か一貫した思想を持って取り組んでいるように思います。どうしてそこまで打ち込めるようになったのか、その背景や動機について知りたいです。
北澤 : 大学で政治学を専攻し、土地と人間の活動の関係性に興味を持って学び続けました。特に、折口信夫や中沢新一などの思想や実践的な民俗学の研究には感銘を受けました。
実は、私は長野県出身で珠洲市に移住してきました。きっかけはささいなことです。友人から珠洲市の話を聞いた際、中沢新一さんの言説にある「さしすせその音が入っている場所はエネルギッシュなまちであり、昔の人々が神様の存在を感じていたところだ」という話を思い出したからです。
実際に珠洲市に行ってみると、美しい風景と素晴らしい街並みに魅了されました。さらに、その場所で生まれ育った子どもたちと関わる中で、彼らのために何かできることがあるのなら、それを実行しようと決意して今に至ります。
那須 : 私は、口話でのコミュニケーションができるようになりましたが、こうした状況に置かれている人は多くありません。そのため「聞こえる」世界と「聞こえない」世界のどちらにも完全に属せず、中間の立場で生きづらさを感じる時期がありました。しかし、「ネガティブケイパビリティ」の考え方が私の視野を一気に広げ、現在の活動を志すようになりました。
ネガティブケイパビリティとは、白黒はっきりさせず、答えを急がず、宙ぶらりんの状態を受け入れられる力のことです。一方で、即断即決する能力を「ポジティブケイパビリティ」と呼びますが、これは会社を動かすなど、何かを進めるために必要な力でもあります。私は、これからの時代は大谷選手の二刀流のように、ネガティブもポジティブも両方のケイパビリティが必要だと思います。
都市部では、アート思考やポジティブケイパビリティが重要視される一方で、地方では、余白があるのでネガティブケイパビリティに基づき、新しい動きが次々と生まれている状況ではないでしょうか。
湯浅 : ポジティブ・ネガティブケイパビリティの話を受けて、茅ヶ崎とはどのようなまちだと考えられるでしょうか。
那須 : 茅ヶ崎は、個人商店が多く、サーフィンを愛する人が多いところです。自分の好きなことをして暮らしている印象で、心にゆとりがある。そのため「相手の事情を一歩想像するこころのゆとり」をビジョンとする「スローコミュニケーション」への理解も進みやすいと感じています。
もしかすると、4Heartsの活動指針でもある「スローコミュニケーション」自体は、まちから受け取ったメッセージだったのかもしれません。
茅ヶ崎市で実施されたサイレントアートイベント
守本 : 私たちは「小さな静かな革命(ゲリラ的な活動)」が地域を変えていくと信じて活動しています。
たしかに、日常の暮らしは、歴史や文化、既存のコミュニティや価値観とは切り離せません。自分が「暮らしている」地域へのリスペクトは重要です。ただ、暮らしている人にとって、今の制度や状況が「完璧」かと言われるとそうではない。
時に小さな静かな革命が、生きづらい状況を変化させるためには必要でしょう。個人が少しずつ変革すれば、その変化の輪は広がっていく。実際に、となりの養父市(やぶし)では、豊岡市(とよおかし)での取り組みを受けて社会処方推進室が設置されました。
周りの人々はすぐには変わらないかもしれません。しかし、地域の活動に関わるうちに、変化が波紋のように広がっていくことが期待できます。
居場所づくりと地域づくりでどんな未来を描くのか
湯浅 : それぞれの活動において、まだまだ多くのハードルが見えていると思います。今後どのように活動を進めていこうとされているのか、展望や方向性についてお聞かせいただけると嬉しいです。特に、震災の被害を受けた珠洲市はリーダーシップの在り方含めていろいろなことが見えてきたと思います。
北澤 : 2024年1月の震災で被害を受けた珠洲市は、現在も急性期にあり、多くの人が命の危険を感じている状態です(※2024年2月時点)。ガクソーとしては、震災支援の活動として海浜あみだ湯(公衆浴場)とユースセンターを運営します。
今回の震災によって全てがフラットになり、市長(行政)も一人の人間としての姿が見え、リーダーシップの難しさを実感しました。震災後の支援は、暮らす地域を元に戻すというよりは、新しいカルチャーを一からつくり上げていくイメージを持っています。
今後は珠洲市だけでなく、金沢にも拠点を広げます。ただ、どの過程でも、そこからあふれてしまう人や子どもたちがいるので、拠点を広げても、その人たちの「居場所」を用意していきたいです。また、震災後の活動を進めていく中で、メンバーの誰かが表立ってもよいと思い始めています。震災前は市議会選挙にも出ようと思っていました。
現状、NPO法人として活動していますが、メンバーがそれぞれ自律し、中心や上下がない関係の組織である「スタンドアローンコンプレックス」を目指したいです。
震災後のガクソーの新たな活動
那須 : スローコミュニケーションを広げるためには、ある程度「戦略的」な取り組みが必要です。たとえば、音声認識システムの導入を勧めるときに、インバウンドや高齢者向けの対応として提案すれば、導入しやすく感じられるでしょう。結果として、そのシステムは聴覚障害者にも役立ちます。まずは、スローコミュニケーションの対象を広く示しながら普及していきたいです。
また、自身が聴覚障害者でありながらも、もっと前に出ていく必要があると思います。実は、性格上あまり表立って何かすることが得意ではありません。できれば引きこもりたいほどです。
しかし、コミュニケーションの障壁は依然として高く、多くの人たちがまだ障壁に気づいていない場合がほとんど。今後は、私個人が前に出て伝えていく活動も増やしていこうと思っています。
今井 : 目立ちたくないけれども、結果として目立つことになる状況は、活動をしている人が直面するジレンマです。個人的に思うところはありますが、目立つために「役割」を追うことで、新たな自分の側面が見えることがあります。個人の可能性が広がり、未来への分岐点になるでしょう。
守本 : 地方では、行政が実施するプロジェクトの影響力が大きいです。隣の養父市では、自治体が主体となってソーシャルワーカーやケアマネージャーの研修会を実施しています。私たちも2年ほど伴走して取り組みを支援してきましたが、よい影響が見られました。
一方で、私たちのYATAI CAFEやだいかい文庫のように、個人の要望がきっかけでゲリラ的に始まる活動も必要です。地域に暮らす人々のために、活動の形をどんどん変えたり増やしたり、要望に応えてきました。個人の小さな変革の積み上げも、行政の仕組みづくりも、地方には両方必要だと思います。今後は行政への働きかけも積極的に広げていきたいです。
湯浅 : 「社会的処方」の著者である西医師も述べているとおり、地域づくりにおいては、1から始める部分と仕組みづくりから始める部分の両方が重要です。どの団体やNPOでも、この両輪で活動を進めていくことは共通していると感じます。
本連続セミナーでは、地域と居場所の新たな関係性を目指し、さまざまな角度から「居場所づくり」と「地域づくり」について議論を重ねてきました。
実践者の事例を通じて、お互いの関係性を深く考える機会となったのではないでしょうか。今後も多様な視点を取り入れながら、より良い方向性を模索し、持続可能な地域社会の形成に向けた議論が続いていくことが期待されます。
<登壇者プロフィール詳細>
那須 かおり(なす かおり)さん
一般社団法人4Hearts 代表理事
1981年神戸市生まれ。生まれつき重度の聴覚障害があり、聞こえる人と聞こえない人の「狭間」で葛藤を経験。この背景から『スローコミュニケーション』を提唱し、心に余裕を持ってつながる重要性を発信。音声認識アプリの社会実装を目指すだけでなく、体験を通じて当事者と社会の双方に意識変革を促すことで、すべての人が同じ瞬間に笑い合える社会の実現を目指す。企業・行政と連携し、情報バリア解消のための体験型研修・コンサルティングを提供。産業カウンセラー。
守本 陽一(もりもと よういち)さん
一般社団法人ケアと暮らしの編集社 代表理事
1993年、兵庫県養父市出身。医師。学生時代から医療者が屋台を引いて街中を練り歩くYATAI CAFE(モバイル屋台de健康カフェ)や地域診断といったケアとまちづくりに関する活動を兵庫県但馬地域で行う。2020年11月に、一般社団法人ケアと暮らしの編集社を設立。医師として働く傍ら、社会的処方の拠点として、商店街の空き店舗を改修し、シェア型図書館、本と暮らしのあるところだいかい文庫をオープンし、運営している。まちづくり功労者国土交通大臣表彰受賞。共著に「ケアとまちづくり、ときどきアート(中外医学社)」「社会的処方(学芸出版社)」など。
北澤 晋太郎(きたざわ しんたろう)さん
NPO法人ガクソー 代表理事
長野県長野市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、アパレル会社の店員やオンラインサロンのスタートアップに従事。10年間の東京での生活から一転、2017年に石川県珠洲市に拠点を移す。現在はデザインファームの代表として、ブランドコンサルから草刈りまで、カメラ片手に奥能登全域を飛び回って遊んでいる。料理(特ににんにくが利いている料理)が得意で、サウナで精神を整えるのが日課。奥能登の幻のキノコやマキリ包丁、シーシャ、ガジェット、ホウロウ看板などにお熱な知的好奇心旺盛犬。
『「居場所づくりは地域づくり」〜地域と居場所の新しい関係性を目指して〜』に関する他の記事は、こちらのリンクからお読みいただけます。
あわせて読みたいオススメの記事


イベント
ドラッカースクールMBA講師に学ぶリーダーシップ講座 セルフマネジメントで 選択肢を広げ、望む結果を得る~Creating Choices ~
オンライン/オンライン (Zoom)
2025/05/24(土)?2025/06/28(土)

イベント
【オンライン無料】WISE GOVERNMENTシンポジウム2025「未来のつくりかたを、再発明しよう」-行政も、起業家も、市民も、-
オンライン/オンライン(zoom)
2025/03/10(月)

イベント
オンライン/Zoom
2025/03/05(水)
