県土の約8割を森林が占める長野県で、社寺建築や住宅施工領域を中心に事業を営む寺島工務店。県産木材を多く使う上で、これまでも「材木の端材を活用した新しいサービスを立ち上げたい」という思いはあったものの、忙しい日常のなかではなかなか手をつけられない状態が続いていました。
そこで2024年、代表取締役の寺島秀敏(てらしま ひでとし)さんは、副業として参加する外部人材を採用。くすぶっていたアイデアが一気に動き出しました。
本記事は、首都圏等で働く人が、副業として半年間、長野市の経営者と一緒に、社会課題解決に向けた新規事業を起こすプログラム「NAGA KNOCK! (ナガノック)」を紹介する連載記事(全4回)です。長野市での挑戦をきっかけに、地方で次のキャリアや人生のトビラを開いた人や、副業人材の活用で新たなビジネスの可能性を感じている経営者へのインタビューをお届けします。
寺島 秀敏(てらしま ひでとし)さん
有限会社寺島工務店代表取締役社長 / 信州伝統的建造物保存技術研究会理事
長野県長野工業高校卒業後、東京の専門学校で建築を学ぶ。2006年に2代目として代表取締役社長に就任した。寺島工務店は1963年創業。宮大工が在籍して多くの社寺建築の施工を手がける。一般住宅の建築やリノベーションのほか、長野県の郷土食「おやき」の発信拠点「OYAKI FARM BY IROHADO」の施工や、グループ会社が中華料理店「白玉蘭」を運営するなど、事業領域を積極的に拡大している。
聞き手 : 湯川卓海(NPO法人エティック「NAGA KNOCK! (ナガノック)」プロジェクトマネジャー)
※インタビューは2025年5月に実施しました
副業人材は対等な「パートナー」。知らない世界のノウハウで欠けている部分を補ってくれる
──寺島工務店は、普段は社寺建築や一般住宅の施工を行ってますが、今回は副業人材を採用してどのような事業に取り組みましたか。
私たちは大工の専門家集団です。神社仏閣などの日本古来の木造建築や建築技術を後世に引き継いでいくのが、寺島工務店の役割だと思っています。大工ですので当然、毎日材木を使います。木材を加工していくと、いわゆる「端材」が発生するんです。通常だとそのまま産業廃棄物になってしまう。それをうちの会社では薪にして再利用を進めてきたんですね。
それでも、やっぱりご先祖さんが植えてから、何十年から何百年と育ってきた木をただただ薪にしちゃうのも、もうらしい(「かわいそう」という意味の長野の方言)。廃棄するのは絶対に惜しい。だから、何か人の手に触れるものに変えたいなっていう思いはずっとあって、家具ブランドの事業構想を数年前から思い描いていたんです。
ただ、実現するのは難しかった。依頼があれば職人の高い技術で家具を作ったり、地域のイベントに出店したりはしていたものの、日常の業務が立て込んで事業化までには至っていなかったのです。マーケティング人材も不足していました。
SDGsへの関心の高まりや、コロナ禍で快適な暮らしを求める人が増える中で、県産材を活用した家具や小物のニーズは高まっているのにも関わらず、なかなか着手できていませんでした。
そんな中で、知人から「ナガノック」を紹介されて、これはおもしろそうだなって。実際にトライした結果の話ですが、目から鱗でした。2名の方を採用させていただいて、端材を木の温もりを伝えるアイテムに生まれ変わらせる「チーム りんね」として木製おもちゃ「TSUGI TSUGI」の製品化に取り組みました。
「TSUGI TSUGI」のおもちゃ
人と人や、大切な森の未来、日本の文化、日本が誇る伝統的な建築技術を次の世代につないでいくという思いを込めています。2025年中には法人化して、正式に販売を行いたいと思っています。そのために彼らと一緒に動いていくつもりです。
──すごいですね。副業人材の採用は初めてだったと思いますが、コミュニケーションの面で心がけたことなどはありましたか。
言わずもがなですが、彼らはうちの社員じゃないんですよね。あくまで本業をしていながら、その合間を縫って、私の思いにお付き合いいただいている。「パートナー」っていう感覚に近いかもしれないです。
社員に対してだと、どうしても私が社長なので、現場から上がってきたものに私が意見を出して決断して、っていう流れになります。しかし、今回はそうじゃなく対等な立場でのチームという感覚でした。
彼らの中で話し合ったことを月1回の会議で最終的に私に報告してくれるんですが、私からはほとんど意見したことはなかったですね。「そうだよね」「それいいじゃん」って言うことばかりで、「それうまくいかないんじゃない」とか「それはダメだよ」とかって言うことは全くなかった。一緒に考えながら、最終決断はみんなで出そうよっていう空気感でしたね。
この取り組みの意義の一つとして、自分が知らない世界の方たちに入ってもらって、自分に欠けている部分を補っていただけるということがあると思う。だから私自身が彼らに教わらなきゃいけない。そこは、心がけていたというよりも、そういう姿勢でいなければっていう気持ちで自然と臨んでいました。
また、真剣な会議は何時までって決めて、そのあとは飲み食いを共にしましたね。長野に永住したいっていうメンバーもいたし、メリハリを大切にしてそういう思いについて語り合ったことは大きかったです。
建設業の慣例が全く通用しないチーム。プロジェクトの学びを自社に取り入れ、人が育つ環境を整えたい
──今回、副業人材を受け入れてみて、今後に活かせそうな学びなどはありましたか。
社員を怒らないようにしないといけないなと思いました。というのも、建設業界はまだ男社会がすごく強い。それに、現場仕事では常に命の危険と隣り合わせなんですね。機械に巻き込まれる事故も起こりうる。だからこそ、思いきり怒ってしまうんですよ。
次第にそれが当たり前になって、兄弟子とか先輩の言うことは絶対っていう意識がとても強かった。親方から弟子という階層に基づいて技術を教える徒弟制度がまさにその典型ですよね。
でも今回のチームではそういう関係性が全く通用しない。みんな対等なパートナーで、上でも下でもない。誰かが意見を押し通すことは絶対になくて、そういうことは今の会社にもっともっと取り入れていかないといけないなと。そうでないと、人が育たないのかなと勉強させられました。企業は人なり、まさにいい部下やいい人材がいるか。それに尽きますから。
うちの会社では、もともと下請けという言葉を使っていませんでした。建築業界では、元請けから仕事が下に降りてくるっていう形で一次下請け、二次、三次とかっていう言葉があるんですけど、私たちにとっては下じゃない。
その人たちがいないと仕事が成り立たなくて困るから、「協力業者」って呼ばせてもらっているんですね。そういううちの社風にも、今回のチームのやり方は合っているような気がしました。
──おもしろいですね。寺島さんはもともと柔和なコミュニケーションを取られる方なのかなと思っていたのですが、それでもこのプロジェクトの中で学ばれることが多くあったのですね。
そうですね。経理は100%女性が担ってくれていますし、環境に対する数値を積算したりオペレーター業務であったりは、うちでは女性が抜群に優秀。もちろん現場にも女性は出ています。そういう状況でより円滑なコミュニケーションをとるには、強い言葉は極力避けなきゃいけないよねというのを今回のメンバーとの関わりを通してあらためて思いましたね。
──すごく大切な発見だと思います。
副業の目的やビジョンが明確にあると、企業は受け入れやすくなる
──もう少し広い視野でお聞きします。こうした副業人材の活用が地域や企業にとって、どのような意味をもたらすとお考えでしょうか。
まさしく「ナガノック」 が目指している長野市に人を増やすとか、事業化してくれるような人の獲得という面では、間違いなくうちのチームは理想的だったと思います。
うちの会社としても、緑や信州が好きな人に来てもらえることは本当にうれしいことで、地域の企業にとってもプラスになることだと思う。もっとみなさん、積極的に受け入れたほうがいいんじゃないかな。
応募してくださる方のキャラクターもすごく豊富。人脈が豊かな人とか、IQがめちゃくちゃ高い人とか、さまざまでした。それはこのプロジェクトだからこそなんだろうなと。地域の企業にとっては、これに参加することで大きな学びになると思う。本当にとてもいい経験をさせてもらったと思います。
それに、「ナガノック」が地元企業同士が知り合うきっかけにもなりました。同じ業界内だけでなく、この取り組みを通して、回り回って地元での新しいつながりができたり、いろいろな職種の人が集まって話ができたりっていうのは、すごく有意義でした。
寺島工務店が施工を担当した長野市の「OYAKI FARM BY IROHADO」
──ありがとうございます。最後に、長野市の経営者とともに新規事業を立ち上げたい方に向けてメッセージをお願いします。
参加する最終的な目的、ビジョンをはっきりと掲げたほうがいいと思います。半年間身を投じて、最終的にはプロジェクトを事業化して自分の本業にしたいのかとか、副業として参画したいのか、もしくはあくまでこれは体験で、その後に新たにスタートアップをするための勉強として参加するのか、とか。
そこまで大袈裟でなくても、参加する理由は明確にしておいたほうが、マッチングしやすいかも知れないですね。例えば、うちのチームに来てくれた方々はみんなはっきりしていました。
まず、将来的には長野に住みたい人。だから寺島工務店と繋がればいろんなコネクションができるだろうと。あとは長野の山が好きだからいろいろな山のことを知れるだろうとか。でも結局は、ストレートに長野を愛してくれる方に参加していただけるとうれしいです(笑)。
受け入れ企業・経営者の募集は例年4月頃に、参加者(副業人材)の募集は例年8月頃に行っています(2025年は8月上旬から募集開始予定です)。
>> その他の NAGA KNOCK! に関する記事はこちらからご覧ください
あわせて読みたいオススメの記事
#ローカルベンチャー

持続可能なまちに向けて、 震災からの復興、新たなまちづくりに挑む、北海道厚真町

#ローカルベンチャー

「僕が右腕派遣に取り組む理由」 ETIC.山内幸治インタビュー

#ローカルベンチャー

#ローカルベンチャー

#ローカルベンチャー

地域で挑戦したい人のための学びと実践の場、ローカルベンチャーラボのすすめ





