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企業と行政の「同時通訳」に。東京と福島県磐梯町を行き来する地域活性化起業人・星久美子さん

2022.04.26 

民謡に「宝の山」と歌われた福島の名峰、会津磐梯山。その南麓に位置する磐梯町(ばんだいまち)は、人口3,300人の小さな自治体だ。訪れたのは3月下旬だが、日陰にはまだ厚い雪が残っていた。1時間に1本の磐越西線が停まる磐梯町駅周辺は閑散としている。一見、過疎化が進む典型的な田舎町に見える。

 

その磐梯町の役場へ週に一度、時には二人の小さな子どもを連れ、東京の自宅から車を飛ばして通う女性がいる。総務省の制度でいう「地域活性化起業人」(※)の星久美子さんだ。

 

01星さん

 

「起業人」というが、星さん自身は会社員である。所属は、事業を通じて社会課題の解決に取り組む株式会社LIFULL(ライフル)東京本社の地方創生推進部。そこから磐梯町のデジタル変革戦略室(以下DX戦略室)へプロジェクトマネジャーとして派遣され、今年4月で1年半になる。テレワークの兼業が前提だそうだが、いまでは週2~3日を現地で過ごすという。

 

「移動はちょっと大変ですけど、やっぱり毎週地域の人と顔を合わせることで信頼関係を築けるので、できるだけ行くようにしています。子どもたちを連れてきたときは(磐梯町の隣の会津若松市にある)実家の母にも世話になります」と笑う。だが、その笑顔の柔らかさからはとても想像できないほど、星さんは磐梯町役場で八面六臂の活躍をしている。実際の担当業務リストを見せてもらったが、とても全部を紹介できないくらいだ。

 

※「地域活性化起業人」(2020年度まで「地域おこし企業人」)制度

三大都市圏に所在する企業等の社員が、そのノウハウや知見を活かし、一定期間(6ヶ月以上3年以内)地方自治体において、地域独自の魅力や価値の向上、安心・安全に繋がる業務に従事することで、地方自治体と企業が協力して地方圏へのひとの流れを創出できるようにする取り組みに対し、総務省が必要な支援を行うプログラム。(総務省サイトより)

02磐梯町役場

 

磐梯町では2019年6月に就任した佐藤淳一町長のもと、急ピッチで変革が進んでいる。「小さな町だからこそデジタル変革(DX)で町の様々な課題を一気に解決できる」と語る町長は、自治体として全国初の「最高デジタル責任者(CDO)」を民間から招き、その下に3年間の時限組織、DX戦略室を設置。デジタル化によってもっと町民一人ひとりに寄り添った行政サービスを可能とするため、その大前提となる「マイナンバーカード世帯普及率100%」を目指しているのだ。これは全国どの自治体も未だ成し遂げていない野心的な目標である。

 

星さんはそのマイナンバーカードプロジェクトをはじめとする個別案件はもちろん、DX戦略室全体のディレクション(民間からの人材登用のコーディネートも含む)にも関わってきた。現在は「テレワーク・ワーケーションを推進する企業の誘致に関する業務」にも注力しているという。

民の力を様々な分野で積極的に生かす磐梯町

 

その星さんが、都内から視察に訪れた企業の人向けに町内施設を案内するというので、同行させてもらった。以下にその一部を紹介する。

 

1. 「まなびときばんだい」は、磐梯町交流館内のあまり使われていなかったスペースを活用し、2021年7月にオープンした子どもの学び場。教育×ITを掲げる民間企業(本社 : 東京都)がアドバイザーとして運営を監修。委託型の地域おこし協力隊が主体的な企画を行いつつ、子どもたちの勉強をみたり進路相談に応じたりする。

 

03まなびとき

 

2.  町唯一のスーパーは公設民営。2018年に前のスーパーが撤退後、町がふるさと納税を活用して土地建物を取得、福島県内の大手スーパーチェーン(本社 : 会津若松市)に無償提供したもの。一角に設けられた交流スペースは、町も高齢者向けのスマホ教室やマイナンバー出張登録窓口として活用している。

 

04リオンドール内交流スペース

 

3.  町内唯一の鉄道駅、JR磐越西線の磐梯町駅。ここからの二次交通は町が走らせる生活福祉バスのみだったが、2021年4月、カーシェアサービス企業(東京都)に委託してカーシェアリングの運営が開始された。

 

05カーシェア

 

4.  町民が持ち寄った本の無料貸出しサービス「町あわせ文庫」は、駅舎活用事業を担当する地域おこし協力隊員が発案したもの。駅のほか、役場前バス待合所など5カ所に設置されている。

 

06町あわせ文庫

 

5.  「ばんだいナンデモ交流拠点“未日常”」は、空き家相談員として活動する地域起こし協力隊員が町中心部に開いた。空き家活用と移住者とのマッチングは町の喫緊の課題のひとつ。

 

07未日常トリミング後

 

ここまで見ても、磐梯町が外部企業・個人との連携協力を積極的に進めていることがわかる。

 

次に訪れたのは、この日の宿でもある「LivingAnywhere Commons(以下LAC)会津磐梯」。町所有の元企業保養所をLIFULLが指定管理者として運営する施設だ。実はここ、LIFULLあるいは星さんと磐梯町との最初の接点となった場所でもある。

 

LACとは、「場所やライフライン、仕事など、あらゆる制約にしばられることなく、好きな場所でやりたいことをしながら暮らす生き方(LivingAnywhere)をともに実践することを目的としたコミュニティ」を指す。そのメンバーになると、全国30カ所以上の拠点(宿泊もできるシェアサテライトオフィス兼コミュニティスペース)を利用できる仕組みだ。各地の遊休施設を活用して首都圏から地方へ人の流れを生み、そこでの出会いが新たな技術やアイデアの創発につながることを狙ったものだという。全国の空き家問題の解決に取り組むLIFULLが2019年に開始した事業だ。

 

星さんはこのLAC事業の立ち上げを担当。その第一号拠点が同年7月にオープンしたLAC会津磐梯だったのだ。

 

08LAC会津磐梯

 

第一号がなぜ磐梯町だったかといえば、その前年に、LIFULL代表の井上高志氏が理事を務める一般社団法人LivingAnywhereがこの元保養所を借り、1週間ほどのテレワークイベントを実施したのが発端だったという。ここから、多拠点居住サブスクリプション・サービスというLACの事業構想が生まれた。

 

「当時はまだコロナ前。場所に縛られない働き方など一般的でなく、LACのような事業はどこにも前例はありませんでした。それでも磐梯町はその可能性を理解し、元保養所をLIFULLに無償貸与する選択をしてくれたのです。このご縁をくださったのが、当時は観光協会会長だった佐藤町長でした」

 

その佐藤町長はトップ就任後、持続可能な行政経営を目指してDX戦略をベースに新しい打ち手を次々と繰り出しているのは前述のとおりだ。その明確なビジョンや機動力、民間との積極的な協働姿勢に共感しているのはLIFULLだけではない。町は他にも10社以上の企業と連携協定を締結している。星さんによれば、行政のあり方の変革に挑む磐梯町に魅力を感じる企業は多い、という。

佐藤町長

▲民間出身の佐藤町長。DX推進にあたって足りないリソースは外部から調達し、外部人材も関わりやすいデジタルネイティブ組織づくりを進める。また、ふるさと納税にも大幅テコ入れし、町の自ら稼ぐ力の向上に努めている

 

その日の夜は、「會津価値創造フォーラム」の主要メンバーたちが各地からLAC会津磐梯に集まり、地域との連携を模索する企業人たちとの意見交換会が行われた。もちろん星さんが仕込んだ企画だ。

 

磐梯町を含む会津地方は、「会津はひとつ」を合言葉に首長レベルから民間レベルまで横のつながりが複層的に構築されていると聞く。「會津価値創造フォーラム」はその中でもシンボリックな存在で、会津全域のアセットの付加価値化・ビジネス化を進めるため、官・民・学の有志により構成されたコミュニティだ。磐梯町長も副代表として参加しているが、市町村の垣根を越えた非常にフラットな組織だということは、1時間余りの意見交換を聞いていても明らかに感じられた。

 

参加した東京の企業人側から見れば、小さな磐梯町を入口として広大な会津地方17市町村につながる可能性も見えたのではなかろうか。続く交流会で参加者同士の話が尽きない様子を、星さんは静かに観察していた。

官民連携で「コーディネーター」が決定的に重要な理由

 

そんな星さんは、いわば裏方である。コーディネーター(調整役、段取り役、すり合わせ役、まとめ役・・・)というのは元来そういう立場だといえる。が、その仕事が、特に官民協働の現場においてどれほど重要な意味を持つか、具体的に説明するのはなかなか難しい。例えば、星さんのマネジメントによってマイナンバーカード取得率はたしかに27%(2020年10月)から63%(2022年3月)へと上昇した。しかし、星さんの存在意義はそうした数字だけで計れるものではない。

 

町が企業との連携を積極的に進める裏には、「住民参加、地元事業者の協力だけでなく、都市部の企業の力も借りないと、もはやこれまで同様の行政サービスは維持できない」(役場政策課政策係長・遠山拓幸氏)という切実な現状がある。といっても、相手がプロダクトありきで「売らんかな」の企業ではダメだ。本業を通じた社会課題の解決を目指す社会的企業(ソーシャルエンタープライズ)と、町民の幸福につながる新たな取り組みを共に作り上げていくのが理想である。

 

09ジオファーマーズ

▲町には「ばんだいジオファーマーズ」という若手農家のグループも誕生している。しかし農業全体でみれば、特に基幹作物の米づくりにおける担い手不足は著しい。ここでも知恵が求められている。

 

同時に企業側では、純粋な慈善事業でもない限り、その取り組みをなんらかの経営上のメリットにつなげなければならない。それら関係者の間に立って、文字通り「三方良し」の状態へと誘導できる星さんのような人材こそ、事業成功に不可欠な存在なのだ。

 

その絶妙な立ち位置は、星さんが磐梯町の地域活性化起業人第一号として現場で新たな学びを得つつ確立したものでもある。

 

例えば、着任後にDX戦略室で手がけた最初の施策のひとつである「ばんだい宝ラボ」という制度。町の資源を使った様々なアクションを団体・個人から募集するもので、提案内容が町の「公認」を受けるといろいろなサポートを受けられる。広く企業の実証実験・社会実験を呼び込むことも期待した。

 

「でも、実際にやってみて反省も多かったです。初年度は機動力を重視してDX戦略室だけで審査し、7件の提案を『公認』しました。なかには関係人口の創出や行政のDX推進につながるものも含まれていましたが、実行にあたって町民との間に立つ各課には負担をかけることもあったのです。そこで翌年は町民も職員も共感できるプロジェクトを認定しようとして各課から審査員を出してもらったところ、審査が一気に厳しくなって1件も通らず、制度の見直しを図ることになりました」(星さん)

 

10宝ラボキャプチャ

 

厳しくなった理由は、「それで町民は本当に幸せになるのか?」という各課審査員の視点が徹底していたからだという。そもそもDXをはじめとする町の変革は、民間から転身した現町長のいわばトップダウンで行われてきた。でも、だからといって現場の声が無視されるわけではない。実際、方針に疑問を持ったら町長と意見を戦わせる職員は少なくないそうだ。

 

「そういう場面に同席するうち、現場が何を大切にしているのかがわかり、トップが示す長期的な視点と、目の前の町民を第一に考える現場との間で、落としどころも見えてきます。DXを進めるとどう町民が幸せになるのかまだはっきり見えず、デジタルってよくわかんねえ、という人もまだ多いのが事実。なので、もっと町民との対話もしっかりやっていきたいと考えています」

 

そうやって星さんのコーディネート力は対職員にも対町民にも発揮され、次の一手に結びついていく。2年間試行錯誤した「ばんだい宝ラボ」も、反省から学び、今年度からは形を変えて継続する予定だそうだ。

11デジタル戦士

▲「デジタル戦士デジタン」も町民へのDX広報に活躍中

 

住民・行政・企業、「三方良し」の秘訣は「翻訳力」

 

民と官の間に立ち、たった一人でそんな立ち回りができるコーディネーターは、しかし、星さんだからこそ務まっている、という面は否めないのではないか。

 

「たしかに、中間支援組織などでの仕事の経験があったからこそできている部分もあると思います」

 

そう認める星さんは、実はLIFULLの他にNPO法人ふるさと回帰支援センターや(一社)RCF復興支援チーム(現RCF)でも、企業研修を農村に誘致したり、東日本大震災の被災自治体へ民間人材をマッチングしたり、といったプロジェクトに関わった経験を持つ。LIFULLでも前述のLAC事業の他、全国版空き家バンク「LIFULL HOME'S 空き家バンク」の立ち上げなどで複数の自治体との提携を手がけてきた。およそ「連携」というものをうまく進めることにかけては百戦錬磨なのである。

 

12星さんと町長

▲佐藤町長と星さん。LivingAnywhere Commons会津磐梯にて

 

そんな星さんから見た官民連携成功の秘訣は、やはり「人」だという。

 

「協定を締結するまでは盛り上がるのですが、その後に停滞してしまうケースは少なくありません。具体的に『こんなことをやりたい』と積極的に働きかける人が企業・行政の双方にいないと、何も動かないのです。そしてその人には、相手の言葉を自分の組織内に伝えるとき、わかりやすく『翻訳』する力が必要。たとえば、企業側の提案を庁内に通すとき、それはこういうふうに町民にとって利益になる、ということを役場の言葉で説明できること。逆も同じです」

 

星さんは今まさに、一人で双方の「同時通訳」を務めていることになる。

 

ただ、地域活性化起業人の派遣は最長3年だ。星さんに残された任期はあと半分。自分が去った後の体制づくりが後半のミッションだという。「民と官、お互いのトリセツ(取説)を作る」というのも、それに向けたアイデアのひとつだ。

 

もうひとつは、町が効果的に他自治体の成功例から学び、効率的に適切な外部企業と出会えるような場を積極的に活用することだ。NPO法人ETIC.(エティック)が運営する会員制フォーラム「企業×地域共創ラボ」への参加は、そうした文脈で星さんが磐梯町を動かしたものである。

 

黒子でありながら仕掛け人でもある星さんに、LIFULLでの所属部署名にもある「地方創生」について、あらためて聞いてみた。「地方が創生する」とはいったいどういうことなのか?

 

少し考えて、星さんはこう話してくれた。

 

「地方創生は、目指すものというより、あくまでも結果だと思います。個人でも企業でも、やりたいこと、『ありたい姿』があるはず。みんなが手を取り合うことでそれが実現したら、結果として三方良し。結果として地域が良くなるということではないでしょうか」

 

だからこそ、まずは「ありたい姿」を明確にすることが大切だ、という。磐梯町は、「自分たちの子や孫たちが暮らし続けたい魅力あるまちづくり」をビジョンに掲げる。しかし、その「魅力」とは具体的に何なのか。答えを出すのは、星さんではない。

 

「(美しい自然などという人もいるかもしれないが、それより前に)町民同士の人間関係だと、個人的には思います。みんなが譲り合い、助け合う。そういう地域であることが魅力なのでは」(前出・磐梯町役場の遠山氏)

 

「(こうした意見を含めて)町民自らが『ありたい姿』について議論する機会は、いままでなかなかありませんでした。自分たちはどういう町にしたいのか、それを実現するにはどうすればいいか。住民も企業も含めてみんなで話し合い、役場はそれをサポートする。それこそ協働であり共創ではないでしょうか」

 

星さんはさらに続ける。

 

「今年度、町は総合計画を見直すプロジェクトを行います。これまでは町長の力強い推進力によって行政主導でやってきたけれど、今回は若手の職員が主軸となって町民のみなさんと一緒に町の未来を描き出せるよう、町民ワークショップも開催していく予定です。私の役割は、そうやって対話を仕掛けて、主役である町民や職員のみなさんがやりやすくなるよう、外部を巻き込んでいくことかと」

 

取材では淡々と自らの仕事を説明する星さんだったが、SNSでの発言を追っていたらこんな台詞が見つかった。

 

「これをやったらこの人たちの幸せに繋がるんだ~っていう具体的な顔を思い描ける仕事をしていかなくては」

 

どんな組織でも社会でも人材は人財だという。磐梯山麓の町の「宝」も、たしかに「人」なのだった。

 


 

来る2022年6月、福島県磐梯町にて「企業×地域共創ラボ」のフィールドワークが開催される予定です。ご期待ください。

 

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中川 雅美(良文工房)

福島市を拠点とするフリーのライター/コピーライター/広報アドバイザー/翻訳者。神奈川県出身。外資系企業で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わった後、2014~2017年、復興庁派遣職員として福島県浪江町役場にて広報支援。2017年4月よりフリーランス。企業などのオウンドメディア向けテキストコミュニケーションを中心に、「伝わる文章づくり」を追求。 ▷サイト「良文工房」https://ryobunkobo.com