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テクノロジーと教育で「医療がない村」をなくす。ネパール僻地で挑む、日本発NPOの地域医療モデル──NPO法人ASHA

2025.11.04 

 

NPO法人ASHA

・標高2,000メートルを超える僻地で、医療へのアクセスが限られた人々に寄り添うNPO法人ASHA。代表の任喜史さんは2015年のネパール大地震をきっかけに現地の医療課題と向き合い、2017年に団体を設立。単発の支援で終わらせず、地域に根づく持続可能な医療体制の構築を進めてきた。

・ASHAは、専門知識がなくてもスマートフォンで健康相談を担える「問診アプリ(ASHAConnect)」を開発。村で暮らす女性を地域保健スタッフとして雇用し、家庭訪問を通じて妊婦や子どもの健康を見守っている。住民から頼られる存在となった女性たちは、自信と誇りを持って地域を支えるようになった。この仕組みは「みてね基金」の助成で確立され、その変化は、助成後もさらに広がっている。

・「みてね基金」の助成により、中学生を対象とした健康教育を拡充。止血法や感染症予防を楽しく学び、実技が身につく授業が好評で、15校まで広がった。学んだ知識を家庭に伝えたり、「ファーストエイドクラブ」を立ち上げたりと、医療が“遠いもの”から“身近なもの”へと変わりつつある。ASHAの挑戦は、地域に確かな希望を灯している。

 

「みてね基金」は、2020年4月から「すべての子ども、その家族が幸せに暮らせる世界を目指して」子どもや家族を取り巻く社会課題解決のために活動している非営利団体を支援しています。

今回ご紹介するのは、2023年3月に第三期ステップアップ助成で 採択し た「特例非営利活動法人ASHA(以下、ASHA)」。ネパールの山間部で、地域に暮らす人々の健康を支える仕組みづくりに挑んでいます。代表の任喜史(にん よしふみ)さん、現地事業を担う森田貴子(もりた たかこ)さんに、助成によって広がった活動と地域にもたらした変化について伺いました。

※こちらは、「みてね基金」掲載記事からの転載です。NPO法人ETIC.は、みてね基金に運営協力をしています。

 

左 : 任喜史(にん よしふみ)さん / 右 : 森田貴子(もりた たかこ)さん (提供 : ASHA)

 

標高2,000メートルを超える山あいに点在するネパールの村々。道は舗装されておらず、雨季には土砂崩れで孤立する集落もあります。病院まで数時間かかる地域では、妊婦さんや小さな子どもの体調の変化は本人の不安だけでなく、受診の遅れは深刻な結果につながります。

 

「どこに生まれても安心して健康に暮らせる権利を、みんなに届けたいと思っています」

 

ASHA代表の任喜史さんは、活動の根底にある思いをこう語ります。団体名の「ASHA」は現地の言葉で「希望」と、ASHAが届けたい「Affordable and Sustainable Healthcare Access(手の届く、持続可能な医療へのアクセス)」を意味します。その名の通り、ASHAはネパールの山間地で暮らす人々に希望を届ける存在となってきました。

 

大地震の被災地支援で目の当たりにした現実

任さんがネパールと強くつながるきっかけとなったのは、大学院に入学した2015年春の“運命の出会い”でした。参加した大学院の同級生での初めての懇親会でたまたま向かいの席に座った同級生がネパール出身の医師、サッキャ・サンディープさん。もともと公衆衛生に関心を持ち、大学の卒業時にはネパールを題材に論文を書いていた任さんはサッキャさんと意気投合。そしてその翌日、ネパールでM7.8の大地震が発生。2人は現地へ飛び、被災地での活動に加わりました。

 

震源地近くの村で実施した簡易出張診療に同行した際に、2人は「医療が届かない現実」を目の当たりにします。診療を提供しても、その後の継続的なケアがない。そもそも診療記録などの医療情報が管理されていないから、地域をまたいでの医療機関の連携もできない。山間の僻地に住む人々が、慢性的に医療から取り残されている状況を痛感しました。

 

その体験が転機となり、「単発の支援で終わらせず、持続可能な仕組みをつくらなければならない」と考えるようになった2人は、大学院で学びながら、ネパールの仲間と共に活動の形を模索。2017年にNPO法人ASHAを立ち上げ、現地と日本をつなぐ支援を本格化させたのだとふり返ります。

 

提供 : ASHA

 

専門知識がなくても、地域で医療を支えられる仕組みを

設立以来、一貫してこだわってきたのは「現地の人々が主役の、医療を頼れる仕組みづくり」。任さんはこう強調します。

 

「私たちはあくまで黒子のような存在。外から支援を与えるのではなく、地域の人が“自分ごと”として持続的に医療を守っていける仕組みを生み出すことが大切だと思っています」

 

そのための具体的なアクションの一つが、「地域保健スタッフ」の育成。特別な専門知識がなくてもスマートフォンの操作だけで健康相談を担える「問診アプリ(ASHAConnect)」を独自開発。テクノロジーを活用しながら、遠方の医療機関にはなかなか行けない妊婦や子ども、生活習慣病リスクを抱える住民を家庭訪問して、日常的に健康管理するシステムをつくりあげています。

 

スマホに入力した情報は専門家と共有することも可能なので、医療者がすぐに診られなくても、適切な判断につながる仕組みです。

 

「頼られる存在」となることで自信が生まれる

地域保健スタッフとして雇用するのは、ASHAの活動地域であるリク・タマコシ村に暮らす女性たちです。これまで8名の女性たちが、約800人の住民の健康をサポートしてきました。

 

地域保健スタッフが妊婦さんを訪問して、インタビューを行っている様子(提供 : ASHA)

 

現地の仕組みづくりを伴走支援してきた森田貴子さんは、地域保健スタッフとして活躍する女性たちの変化にも立ち会ってきました。

 

「収入を得られるようになったことで、自信を持ち、生活や子育てをより前向きにとらえられるようになった人もいます。村の人から頼られる存在になり、誇りを持って活動してくれている姿を見るとうれしくなります」

 

地域保健スタッフに、妊産婦や新生児の健康支援、地域での保健活動の進め方について話している森田さん(提供 : ASHA)

 

主役はあくまで現地で暮らす人々。だからこそ、こまめなコミュニケーションを大事にしてきたという森田さん。地域医療の立ち上げ期には短い時間でも毎日のミーティングを欠かさず実施し、同じ課題を解決する仲間としての信頼関係を深めていきました。月に一度開催するオンライン勉強会に参加する女性たちの表情は意欲に満ち、いきいきと輝いているそうです。

 

中学生の健康リテラシー向上が生む波及効果

「みてね基金」の助成によって、重点強化された活動はもう一つあります。「中学生への健康教育」です。ネパールの山村では古くから伝わる伝統療法が大切に守られている一方、西洋医学の基礎知識を一般住民が得られる機会は決して多くないという現状がありました。

 

そこで、中学校の最高学年にあたる子どもたちに向け、包帯を使った止血法や、感染症予防に効果的な手洗いなど、健康維持に役立つ医療知識や応急処置を学べる授業を実施してきました。

 

内容は座学だけでなく、実技も重視。正しい手法を身につけたかどうかをグループごとに寸劇形式で実演し競い合うコンペ形式など、楽しみながら実践的な知識を身につけられる授業は好評で、実施は支援対象のほぼ全域をカバーする15校、受講した生徒数は計403名にまで広がりました。

 

中学生を対象にした健康教育で、応急処置の実技練習を行っている生徒たち(提供 : ASHA)

 

健康リテラシーを高めた生徒たちは、その知識を家庭にも持ち帰って家族や友人に伝えるほか、学校内で「ファーストエイドクラブ」を自発的に立ち上げ、日常的に応急処置を実践する動きも生まれました。以前は「遠い存在」だった医療が「身近で頼れるもの」「自分たちでも実践するもの」へ。

 

「教育がきっかけとなり、医療が地域に根づく活動へと成長していく。理想的な循環が広がりつつある」と任さんは手ごたえを感じています。

 

2023年8月にはカトマンズ大学との連携も開始し、よりネパールに根ざしながらもエビデンスに基づく価値を模索中。「今後は自治体と連携しながら、地域ごとに最適化した仕組みを一緒につくりあげていく取り組みも進めていきます」と任さん。現地の女性や子どもたちを主役にした課題解決の積み重ねが、地域に確かな希望をもたらしています。

 

研修会を終えたあと、現地の子どもたちと笑顔で記念撮影(提供 : ASHA)

 

偶然の縁の連鎖でネパールに深く関わるようになった任さんですが、「現地の人たちが支え合いながら地域の健康を守る姿に触れるなかで、支援するというより学ばせてもらうような気持ちが増している」のだそう。

 

森田さんも「安心して出産できること、子どもが元気に育つことは、世界中どこでも共通の願い。当たり前の日常を守る地域医療、人と人のつながりの尊さを実感します」と語ります。

 

医療の担い手は、専門家だけでなく、地域に暮らす私たち一人ひとりである──。ASHAがネパールの僻地で生み出してきた地域医療のあり方は、遠く日本で暮らす私たちにも、新たな視点を与えてくれます。

 

妊婦さんから地域の生活や健康の状況についてお話を伺った後、皆さんと一緒に撮影。左端は現地カウンターパートの方(提供 : ASHA)

 

取材後記

大学院生時代の偶然の出会いを機に、遠く海を隔てたネパールの「僻地の公衆衛生」というテーマを突き進んできた任さん。一時は活動が縮小しそうになり、「もう団体を閉じようか」と思った時期もあったそうですが、コロナ禍に社会全体で「誰かの役に立ちたい」という意識が高まる中で、一人、二人と仲間が増えて今に至るのだと教えてくれました。

 

「何かを成し遂げるには、人とのつながりが欠かせない」という確信が、ネパールの現地に暮らす人たちを主役にしながら連帯を生み出すASHAの活動の根底ともつながっているのかもしれません。

 


 

団体名

NPO法人ASHA

助成事業名

ネパールの妊婦・子ども向け保健事業の効果・再現性強化と可視化

 

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宮本恵理子

1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、出版社にて雑誌編集を経て、2009年末にフリーランスとして独立。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。家族のための本づくりプロジェクト「家族製本」主宰。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』など。