小林立明さん(ジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所・客員研究員)インタビューシリーズの第2回をお送りします。
前回、アメリカにおけるフィランソロピーの歴史や社会起業家が生まれた背景、また最近の動向をお伝えしました。
今回は、フィランソロピーの最前線において、どのような人材育成が行われているのか、小林さんの体験談を交えながら前編・後編にわけて紹介します。
■ 小林立明さんに聞く、米国NPOセクターの人材育成のフロンティア(後編)
写真:ETIC.オフィスにて、小林さんにお話を伺いました。
コレクティブ・インパクトを生み出すリーダーを育成する、ペンシルベニア大学NPLDプログラム
石川:アメリカにおけるNPOセクターの人材育成について、伺ってもよろしいでしょうか。
小林:現在アメリカでは、NPOの経営を学ぶことが出来る大学院レベルのプロフェッショナル・スクールがたくさんあります。ビジネス・スクールにも、社会起業家を育成するコースが増えてきています。これらを通じて、NPOマネジメント全体について、体系的に学ぶことが出来ます。
まずは法律です。NPOに関連した法律を学ぶだけでなく、例えば、ボランティアが事故を起こしたときに誰が責任を取るのか、というリスク管理のための法律理解も必要です。また、ガバナンスや内国歳入庁(IRS:The Internal Revenue Service)への報告義務などの基本知識も学んでおく必要があります。
次に財務・会計です。NPOに特有の財務諸表を理解し、予算策定から執行管理、決算までの一連のプロセスを把握する必要があります。その際には、ボランティアや現物寄附などをいかに財務諸表に組み込むかとか、金融機関といかに良好な関係を構築し、資金運用や資金移転の際にどこまで経費節減と利息の最大化を図るのか、いかに借り入れを行うかなどの実践的な知識も学びます。
また、ファンド・レイジングも重要です。メジャー・キャンペーンと呼ばれる大型の寄附金調達計画の策定、アニュアル・ファンドレイジング・イベントの企画・運営、日常的なファンド・レイジング・キャンペーンの設計、さらにオンライン寄附やモバイル寄附の導入など、学ぶことはたくさんあります。その中には、もちろん、財団への助成申請の書き方なども含まれます。
そして、広報。近年は、ダイレクト・メール、プレス・リリース 、電子メールに加えて、フェイスブックやTwitter、Pinterest、YouTubeなどのソーシャル・メディアが有効なツールとして登場してきました。それぞれのメディアの特徴を理解した上で、限られた経費とマンパワーを最大限に活用し、ファンド・レイジングやアドボカシー・キャンペーンの効果を高めるためには、どのような組み合わせが最適か、あるいは会員やサポーターのエンゲージメントをいかに維持するかなど、考えるべき点はたくさんあります。
最後に戦略的経営です。ミッション・ステイトメントの見直しから、中長期的な戦略計画の策定とその遂行、さらに事業評価までの一連のプロセスをきちんと理解し、その運営の仕方を学ぶ必要があります。米国ではこれらについてのテキストやカリキュラムが整備されています。その意味でNPOセクター全体としての人材育成が非常に重要視されていると言えるでしょう。
写真:NPLDプログラムを提供するSchool of Social Policy and Practice
石川:ここまでお聞きしても、やはりアメリカにおける非営利セクターの人材育成は非常に体系化されており、充実しているなと感じます。
小林:そうですね。でも、これだけではありません。私の所属していた、ペンシルバニア大学NPLD(Nonprofit Leadership Development)プログラムは、以上のような、NPOマネジメントに必要な知識に加えて、さらにそのひとつ上を目指した「指導者育成」を教育理念に掲げています。この部分がNPO人材育成のフロンティアだと言えるでしょう。
今日は、「連携・協働」と、「新しい組織論」という2つのコンセプトを紹介したいと思います。
まず、ひとつめの「連携・協働」について。NPOは、単なる社会的サービスの提供者ではありません。新たな価値を提唱し、イノベーションを通じて「社会変革(ソーシャル・チェンジ)」を目指すセクターです。しかし、もちろん、パブリック・セクター(行政)やプライベート・セクター(企業)などのセクターに比べて、NPOのリソースは限られています。
このため、NPOが目指す社会変革を実現するためには、プライベート・セクター(企業)やパブリック・セクター(行政)をどう巻き込んでいくかが非常に重要です。 このように、NPO単独ではなく、特定の課題に関わるステークホルダーを巻き込み、それぞれの強みを活かして変化を創出することを、コレクティブ・インパクト(集合的インパクト)と呼んでいます。NPLDでは、コレクティブ・インパクトの概念と実践方法を徹底的に学びます。パブリック・セクターやプライベート・セクターとの協働をいかに組織するか、アドボカシー・キャンペーンをいかに設計するか、などをケース・スタディを通じて考えます。
また、コミュニティ・レベルでコレクティブ・インパクトを進めるための共通評価指標の設定や事務局のあり方などについても考えます ペンシルバニア大学には、ウォートン・スクール(The Wharton School of the University of Pennsylvania)という有名なビジネス・スクールと、Fels(Fels Institute of Government)という公共政策大学院があり、そこに所属する学生もセミナーやワークショップに参加できるようになっています。
このため、NPLDの学生は、彼らとの共同作業を通じて、常にセクターを越えた協働を実地に学べることができます。この点も、NPLDのカリキュラムのユニークな点だと言えるでしょう。
組織構成員全ての意思決定参画を促す、コレクティブ・ラーニング
ふたつめは、コレクティブ・ラーニングと、アダプティブ・リーダーシップをベースとした組織論です。
従来、組織論の基本は、アメリカに多く見られるトップダウン型の意志決定システムにせよ、日本に多く見られるボトム・アップ型の意志決定システムにせよ、階層的な垂直構造でした。他方、90年代以降のアメリカでは、このような伝統的な組織構造を見直し、できるだけフラット化しましょう、という動きが現れます。中間層が厚くなると、意思決定や行動のスピードが遅くなりますし、ボトムから上に重要な情報があがってこなくなる、などの弊害があります。
90年代のIT革命は、組織内コミュニケーションのシステムを根本的に変えました。新たなテクノロジーの下で、より効率的で迅速な意志決定システムを構築しようとしたのです。さらに、2000年代に入り、イノベーションの速度が速くなり、かつグローバルな競争の中でどのように生き残っていくかという課題に直面する中から、コレクティブ・ラーニングとアダプティブ・リーダーシップという考え方が登場します。
石川:コレクティブ・ラーニングとアダプティブ・リーダーシップという2つのコンセプトについて、詳しく伺いたいと思います。
小林:コレクティブ・ラーニングという考え方は、組織をフラット化した上で、さらに意思決定に全員が参画できるようなシステムを作りましょうというものです。
現在、イノベーションの可能性は様々な局面で同時多発的に生起しています。複雑化する社会の中では、どんなに優秀な経営者も、一人で全てをフォローすることは出来ません。むしろ、組織の様々なポジションの人間が、それぞれの職務や視点に応じて、日々、収集している情報やアイディアを組織的に共有し、これをイノベーションに活用した方がよいのでは、という発想のほうが自然です。
例えば、NPOのトップマネジメントは、いろんな会議やネットワーク・イベントに出席する中で、新しいアイディアを得ます。他方、事業担当者は自分が担当しているコミュニティの人間との日常的な対話を通じて、コミュニティのニーズの微妙な変化を日々モニターしています。
さらに、ファンドレイジング担当者やコミュニケーション担当者は、寄附者やサポーターの関心の変化を日々感じています。これを、 それぞれの部門だけでなく、組織全体で共有し議論することによって、新しいイノベーションを生み出していきましょう、というのがコレクティブ・ラーニングの基本的な考え方です。
■ 小林立明さんに聞く、米国NPOセクターの人材育成のフロンティア(後編) ■ 小林立明さんに聞く、アメリカのNPO・社会起業家の潮流
ジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所 国際フィランソロピー・フェロー/小林立明
1964年生まれ。東京大学教養学科相関社会科学専攻卒業。ペンシルヴァニア大学NPO/NGO指導者育成課程修士。独立行政法人国際交流基金において、アジア太平洋の知的交流・市民交流や事業の企画評価等に従事。在韓国日本大使館、ニューヨーク日本文化センター勤務等を経て、国際交流基金を退職。2012年9月よりジョンズ・ホプキンス大学市民社会研究所国際フィランソロピー・フェローとして、「フィランソロピーの新たなフロンティア領域における助成財団の役割」をテーマに調査・研究を行っている。フェイスブックページ「フィランソロピー・非営利・協働 情報ボックス」やブログ「フィランソロピーのフロンティア」を通じて、欧米の最新動向を発信中。
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