去る3月18日、「教育・学びの未来を創造する教育長・校長プラットフォーム(以下:スクールプラットフォーム)」総会がありました。
記念すべき第一回総会には、日本の公教育において、最先端の取り組みを第一線で実践する教育長、校長、大学研究者の先生方が発起人・アドバイザーとして集結。こうした取り組みの経緯や、熱い想い、苦労、日々の課題などを一度に実践者・研究者本人から聞くことができる、貴重な場となりました。
本総会は公開募集で参加希望者を募りましたが、あまりの反響に途中で、大きな会場に変更。抽選の上全国から約170人の教師、校長、教育行政のみならず、民間で教育に取り組む関係者が集まりました。時間が経つにつれ、だんだんと場が温まり、最後には熱気につつまれた一日となりました!
スクールプラットフォームの背景と目的
スクールプラットフォームの目的は、2020年の教育改革、そして激変する社会を見据え、教育長・校長を中心とする学校現場や国・地方公共団体の教育関係者、産業界、学術界の力をも結集し、よりよい教育の実現に向けた、チャレンジャーが集まり、繋がり、試行的な取り組みを実践できる「場」を創出することです。
今までも、優れた教育長、校長、教師、そして大学の研究者が沢山の実践や提案を行ってきました。しかしそうした実践の数々についてよく知らない人は多いのではないでしょうか?また、こうした優れた実践が知られず、広がらないことで日本の教育は大きなチャンスを失っているのではないでしょうか?
スクールプラットフォームは、志のある実践家たちが集まり、優れた実践を生み、広める形で、教育を変えていこうとしています。バラバラと実践があるのではなく、「一点突破、全面展開/Good Practices for Everyone」をスローガンに、教育者たちが、立場を超え、草の根の実践チャレンジを官民学で推進していきます。
実は、このプラットフォームは、文科省若手官僚の皆さんがプライベートに取り組むプロジェクトです。皆、有志で集まり、業務外の時間を使って、当日の総会に向けて準備を続けてきました。そこに権威はなく、補助金も何もありません。
しかし、そんな活動に全国もトップレベルの実践と研究をしている教育長、校長、大学研究者が賛同し、忙しい3月にも関わらず、全国から東京に集結したのです。
それはなぜか? そこにはもはやまったなしの教育改革に対する「熱意」はもちろんのこと、実践者・研究者がそれぞれの経験と実績を生かしながら「ゆるやかなネット―ワーク」を目指すという、新規的な方法論、組織の在り方が提案されているからでしょう。
第一回総会、各プレゼンテーターからのメッセージ
スクールプラットフォームの発起人、アドバイザーは以下の通りとなります。第一回総会は、はじめに発起人からの実践紹介、アドバイザーからの研究紹介があり、そのうえで、後半各テーマに分かれて、分科会が行われました。
<発起人>
○教育長
東京都杉並区教育長 井出 隆安 氏 (山口主任研究員代理出席)
長野県飯田市教育長 代田 昭久 氏
埼玉県戸田市教育長 戸ヶ﨑 勤 氏
広島県福山市教育長 三好 雅章 氏
○校長
東京都千代田区立麹町中学校校長 工藤 勇一 氏
神奈川県横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校校長 栗原 峰夫 氏
東京都足立区立皿沼小学校校長 土肥 和久 氏
<アドバイザー>
熊本大学教育学部准教授 苫野 一徳 氏
千葉大学教育学部教授 藤川 大祐 氏
福井大学教育学部教授 松木 健一 氏
◆長野県飯田市教育長 代田 昭久 氏 ~地域創生と教育~
株式会社リクルート出身。2008年に東京都からの推薦を受けて、杉並区立和田中学校で校長、佐賀県武雄市で、教育監、翌年より武内小学校の校長を勤め、2015年より長野県飯田市の教育長を勤められている代田氏。
和田中学校では、地域・民間活力を巻き込んだ学校経営を推進し、武雄市では、武雄式反転授業「スマイル学習」を主導しました。現在は、公民館をコーディネータにした飯田型のコミュニティスクールを導入する代田氏ですが、中央から地方の教育を見る視点になっている教育行政に疑問を投げかけました。飯田市は義務教育終了後、地元に結果的にとどまる割合(地域内回帰定着率)が4割に満たないとのこと。これら残ったものだけで地方を創生するこの現状を変えなければ、と熱く語りました。
◆埼玉県戸田市教育長 戸ヶ﨑 勤 氏 ~企業が企業を呼ぶEBPMとClass Lab~
戸田市はPEERプログラム(P:プログラミング、E:英語、E:経済、R:リーディング)の開発と実施を産官学民の連携で実現しており、英語は現在すでに中学校でオールイングリッシュの授業を実現しています。また、Class Labとして、学校や教室を実証の場として、企業と連携するモデルも実行しています。
こうした戸田市が取り組むEBPM(エビデンスベースの政策判断)。埼玉県学力学習状況調査について、パネルデータで構成される学力の経年変化の可視化、子どもたちのデータと教員データ(非認知能力テスト)の紐づけを行っています。今後、非認知能力もデータとして集めながら、ビッグデータ解析ができるようになり、AIにも解析してもらうことが期待できる時代になると語りました。
◆広島県福山市教育長 三好 雅章 氏 ~すべては子どもたちのために~
「すべては子どもたちのために」という信念のもと、小中一貫教育を全面実施し、変化の厳しい社会に必要な「21世紀型“スキル&倫理観”」を育む「福山100NEN教育」を推進する三好教育長。
プロセスも大事だと考え、とにかく現場に足を運びます。子どもたちが身に付けている力について、小学校入学時にすでに大きな差があることに着目し、「言葉」と「数」を理解・獲得する過程を市教委、私立大学の教授・准教授(臨床発達心理学・国語科教育・算数/数学科教育)と一緒に研究。2つの小学校の1年生児童約100名を対象に900時間の授業観察で、学びの過程をエピソード記述するという取り組みを行っています。
◆東京都杉並区教育長付主任研究員 山口裕也氏(井出隆安教育長代理)~公教育の構造転換~
「いいまちはいい学校を育てる~学校づくりはまちづくり」を基本理念に、地域と協働する教育活動の全区的展開を主導する杉並区。杉並区独自の学力調査などの企画・運営や、施策・事業企画等を担当する山口主任研究員が当日プレゼンテーションを行いました。
山口氏は、社会構造が激変する中、公教育も、20世紀的「集中・統制垂直合」である [1 to n ]から21 世紀的「分散・協同水平展開」である [n to n ][ n to AI to n ]へ構造的に転換することが必要、と話しました。
また、将来的に「学力調査をペーパーの形で、単位時間をとり、みんなで一斉にやる時代はそのうちなくなる」「(将来)タブレット、センシングの時代になる。端末にデータが残っていってそこで評価できるようになる」という未来について共有しました。
◆東京都千代田区立麹町中学校校長 工藤 勇一 氏 ~目的と手段の明確化の重要性~
2014年より伝統ある千代田区麹町中学で、大改革を進める工藤校長。
これからの時代を自律して生きる生徒を育成するために学校教育を目的と手段の視点から本質的に見直し、形骸化した教育活動をスクラップしてきました。その指揮をとる工藤校長が、改革ならびに日々の問題解決の秘訣とするのが「目的の明確化」。学校はとかく何のためにやっているのかわからないことだらけ。何のために学校に行かなければならないのか、何のために運動会をしなければいけないのか?何のための宿題か? それらを考えることで糸口が見えます。
こうした麹町中学の改革もまる4年となり、こうした改革により来年度より中間・期末テストの全廃、固定担任制の廃止をスタートします。
◆ 神奈川県横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校校長 栗原 峰夫 氏 ~既成概念への疑問を投げかける~
横浜市立横浜サイエンスフロンティア高校・付属中学校は、知識・知恵連動の科学教育プログラムの開発と普及を目指すスーパーサイエンスハイスクール(SSH)であると同時に内外の多様な教育資源を活用したグローバル・リーダー教育の研究開発を目指すスーパーグローバルハイスクールでもあります。
既成概念への疑問を投げかけ続け、式典では直に語りかけることを大切にし、原稿は一切見ないという栗原校長。文理融合(「サイエンスの力」と「ことばの力」の融合)、そして「協働」の視点による学びの実践(「多様性」と「寛容性」)を目指しています。
◆ 東京都足立区立皿沼小学校校長 土肥 和久 氏 ~貧困理連鎖を断ち切る教育~
日本初のコミュニティスクールと言われた足立区五反野小学校校長を経て、2011年より東京都足立区立皿沼小学校の改革をリードする土肥校長。
皿沼小学校は、就学援助45%、母子・父子家庭20%。 校長就任時の7年前は、足立区の学力テストで最下位にも関わらず、保護者は学校や子どもの学力に関心が低いため、「うちの子なんてやっても・・」とクレームすらない状況だったといいます。
そんな学校で導入したのは、「共通行動」。挨拶や持ち物など、「行動」を共通化することに取り組みました。授業方法も「足立スタンダード」を徹底することで、通過率8割以上を実現するなど大幅な学力アップを実現しました。
◆熊本大学教育学部准教授 苫野 一徳 氏 ~すべての子どもたちが自由に生きられるように~
哲学・教育学を専門とする苫野氏は、「公教育の目的」は、“すべての子どもたちが自由に、生きたいように生きられる”ための力を必ず育むためのものであると言います。
「決められたことを決められた通りにする力」ではなく、「自分(たち)なりの問いを、自分(たち)なりの仕方で、自分(たち)なりの答えにたどり着く探究する力」が生きる力を育むとし、「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」を提案しました。
更に、“すべての子どもたちが自由に、生きたいように生きられる”ということは、各人の「自由」および社会における「自由の相互承認」の「教養=力能」を通した実質化であるとし、こうした「自由の相互承認の感度」を育む空間を、2020年に開校する軽井沢風越学園で具体化していく予定です。
◆福井大学教育学部教授 松木 健一 氏 ~学校改革のための大学院~
学校の課題を“学校”で、同僚教諭と協働して解決する学校改革のための大学院(学校拠点方式)の国内外での展開を目指し、連合教職大学院の準備に携わる福井大学連合教職大学院の松木教授。
松木教授は、教師は「高度専門職業人」であり、専門職は、「経験から学ぶ人」であり、事例研究の省察的実践者であると定義。教師は特に同僚性の中で、学べるところに大きな意義があり、教育実践をしながらそれを人に語り、聞いてもらい、成長していくと話しました。
そんな専門職を支える形として、OJT、校内研修を超えていけるような学問の繋がりがあることが必要とし、専門職が育つ学校としての「学校拠点方式」を提案、「学校の抱える課題を同僚教師と協働して解決する学校改革のための大学院」を推進しています。
◆千葉大学教育学部教授 藤川大祐 氏
千葉県市川市における学校支援実践講座事業や、千葉県柏市等と連携したいじめに関する映像教材や授業の開発、ICTやAIを活用した道徳教育プログラムを開発されてきた藤川教授。当日は2次会から駆けつけてくださいました。学校・教育委員会と企業が連携した授業づくりに取り組まれています。
スクールプラットフォームのこれから
当日は、発起人からの実践紹介と、アドバイザーからの研究紹介後、「今後求められる学力は、学校で育むべき学力とは」「学校・教育委員会が持つ更なる可能性について」「これからの時代の教員像」「学力向上に向けた取組」「校長による学校経営改革」「産官学連携の在り方~非認知スキルの測定とEBPM推進に向けて~」「誰もが個々の力を最大限伸ばすための特別支援教育や不登校支援等の在り方」などのテーマで分科会が行われ、熱いやりとりが交わされました。
次のステップは、今年の8月の合宿! ここで、さらなる実践の議論を進めます。 一人一人が「教育者」「実践者」「協働者」として互いに学び合い、高め合う場を創り上げていくことになります。
合宿後も新たな参加者を巻き込み、多様な民間シーズとの連携や、他校・地域への波及をにらみながら、2020年、そしてそれ以降も見据え、このプラットフォームをより太く、実質のあるものとして育てていく予定です。
記事執筆者より
実は、私は当日までドキドキしていました。このプラットフォームの意義に強く賛同しつつも、トップレベルの実践者・研究者が集まる会で、みんながにこやかに対話し合うイメージがあまりついていなかったからです。
「信念対立」といいますが、「信念」があるからこそ、新しいものを生み出し、困難あってもそれを成長させ続けていけるのです。そうした強い「信念」をそれぞれもった百戦錬磨の先生方が、それぞれの考えを主張しはじめたらどうなってしまうのだろう?
たぶん、そんな疑問を感じながらも当日集まった人たちは私以外にもいるのではないかと思います。しかし、そういった心配は杞憂でした。だんだんに場がほぐれ、最後はまさに「開かれたワクワクする場」のスタートラインに立ったように感じます。
今後のこのプラットフォームの成功は、いかにこの「熱」を継続させ、「事」に繋げられるかにかかっています。
その時に皆の力を結集するには、発起人の先生方だけではなく、このプラットフォームに参画する皆が、お互いをよく理解し合い、自分の「信念」とはちょっと違っていたとしても、それは「なぜそう思うのか」と振り返り、相手の考えを深く理解し、尊重することではないかと感じました。
そうした信念対立をおこさないための、考え方や技術はすでに総会のプレゼンテーションの中で、複数の発起人・研究者によって紹介・提案されました。大切なのは、それを本当の意味で実行すること。意外とリラックスして、膝を突き合わせるだけでも解決することは多いのかもしれません。そういう意味でも、次回の合宿は非常に重要だと感じます。
斜に構えることもできます。できない理由を並べ立てることもできます。でも、だったら誰がやればいいのでしょうか? 補助金がなくて走り出すなんて、ドン・キホーテかもしれませんが、笑われたっていい。走ってみたらとても楽しいかもしれない。そんなワクワクする場になればいいのに!と思っています。スタートしたばかりの壮大な旅。私も微力ながら、今後ともお手伝いしていければと思っております。
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