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持続可能な町へ向けて。対話・実践・共有で2050年の姿を描く北海道下川町

2024.04.15 

環境未来都市、バイオマス産業都市、ジャパン・レジリエンスアワード受賞、ジャパンSDGsアワード受賞。その先進的な取組みが高い評価を集めてきた自治体が北海道にある。旭川の北約100㎞に位置する下川町だ。人口3,000人足らずのこの小さな町を3月初め、道外から総勢30数名のグループが視察に訪れた。「脱炭素社会への公正な移行(ジャストトランジション)」をテーマとする中小企業支援事業「ジャストラ!プログラム」の参加者たちだ。下川町自身も「ジャストラ研究会」という団体を立ち上げて同プログラムに参加しているという。

 

本記事では、視察内容に沿ってエネルギー面での下川町の取組をレポートするとともに、なぜいま「ジャストラ研究会」なのか、その目指すところについても紹介する。

地域の熱需要をまかなうバイオマス

 

下川町内の施設見学に出発する日の朝は、前日から降り続いた雪が数十センチ積もっていた。最高気温も氷点下。最低気温はマイナス30度に達する日もあるという。そんな厳しい冬を過ごすのに、暖房と給湯は欠かせない。

 

伝統的に使われてきた熱源エネルギーは灯油・重油などの化石燃料だ。しかし下川町では20年ほど前から木質バイオマスボイラーによる熱供給を進めている。現在、町内では10基のボイラーが稼働し、役場や学校、町営の温泉施設など30の公共施設に暖房と給湯用の温水を供給。公共施設全体の熱需要の7割をまかなっている。これにより灯油と比べて年間約3,900万円が節約され、その一部を原資として子育て支援策に充てているという。

 

木質バイオマスボイラー(写真提供=下川町)

 

木質バイオマスボイラーで燃やす原料は、町有林から収集される林地残材や未利用間伐材などを砕いたチップ。つまり、化石燃料から木質バイオマスへの転換は、CO2排出量の削減だけでなくエネルギー自給自足への転換が進んでいるということだ。

 

さらに一歩進んで、集落全体がエネルギー自給型コミュニティのモデルとして整備されているのが、町中心部から12km離れた一の橋地区である。

 

集住で熱エネルギー自給を実現した「一の橋バイオビレッジ」(画像提供=下川町)

 

ここはかつて2,000人いた集落人口が150人を切るまでに減少し(2009年)、存亡の危機に瀕した地区だ。当時の集落高齢化率は5割超。下川町役場総務企画課長の山本敏夫さんは、「それでもみんなこの地区に住み続けたいと願っていた」と振り返る。

 

2010年、町は背水の陣を敷いて集落再生に着手。その結果、誕生したのが「一の橋バイオビレッジ構想」だ。「自律的かつ安定的な暮らしを実現する集落の創造」を目指し、老朽化していた公営住宅を建て替える形で断熱や気密を高めた高機能集合住宅を整備。既存のコミュニティセンターや障害者支援施設に加え、新しく住民センターなどもつくった。それらの暖房と給湯はすべて敷地内にある2基のバイオマスボイラーから供給する。

 

集合住宅2棟28戸(うち宿泊施設2戸)はそれぞれ屋根と壁で覆われた渡り廊下でつながっており、玄関先の除雪が不要だから高齢者でも暮らしやすい。老朽化した住宅に住む周辺の住民も段階的にこの住宅に移り住んでもらった。免許を返納した高齢者のためにはオンデマンドタクシーも走る。

 

集合住宅をつなぐ渡り廊下

 

現在この集落に住むのは約110人。人口自体は増えていないが、高齢化率は3割を切っている。町が地域おこし協力隊制度を活用して高齢者の見守りサービスを委託したり、コミュニティビジネス創造を積極的に支援してきた結果といえそうだ。さらに、敷地内にはバイオマスボイラーの熱を利用した菌床シイタケの栽培施設があり、ここだけで25名の雇用を生み出していることも大きい。他にも地区内では県外企業が漢方薬用の薬草栽培やイチゴの実証栽培などを行なっており、それらも働く場の創出につながっている。

 

冬場が需要期のシイタケ。このハウスで年間約100トンを生産する。

 

続いて一行は、バイオガスによるエネルギー自給を実現しているという松岡牧場を視察した。海のない下川町では農業も主要産業のひとつ。その生産額の約7割を酪農が占める。松岡宏幸社長が経営するこの牧場は町内の酪農家の中でも最大規模という。

 

ここでは、290頭ほどの乳牛から毎日出る30トンの排泄物をタンクで発酵させてメタンガスをつくり、それによってガスエンジンを回す熱電併給システム(CHP)を稼働させている。つくった電気の9割を北海道電力に売電、エンジン廃熱は牧場内の給湯や寒さに弱い仔牛用牛舎の暖房に利用するほか、発酵タンクを40度に保つのに使われるという。さらに、残った排泄物(消化液)は有機肥料として畑などに還元され、そのぶん化学肥料の使用は低減。循環型農業が実現している。

 

注目を集める森林経営やカスケード利用にも課題が

 

森とともに生きる下川町の産業の柱は、やはり林業・林産業である。視察のホスト役、NPO法人森の生活代表・麻生翼さんの説明によると、町内には 7社8つの加工場があり、木材を捨てる部分なく「カスケード利用」している。

 

下川の森から切り出された木材は、建材や各種資材、家具、木炭、消臭剤などに加工された後、端材などが前述のバイオマスボイラーの原料になる。それでも利用が難しいとされてきた枝葉の部分すら、そこから精油を採取してコスメやアロマ雑貨などの商品づくりに生かしている事業者(株式会社フプの森)もいる。

 

これらの大前提となるのが、元となる森林そのものの持続可能な経営だ。60年以上前からトドマツなど針葉樹の植林を開始。合計3,000ヘクタールとなった人工林がいま、「毎年50ヘクタールの植林、60年間の育林後に伐採」のサイクルを理念とする「循環型森林経営」を可能にしている。雇用の通年化や地域への安定的な木材供給につながるこの仕組みは、全国からの注目度も高い。

 

トドマツやカラマツの針葉樹林が広がる(写真提供=下川町)

 

「でも――」と、麻生さんは顔を引き締める。2010年に町に移住した麻生さんは現在、昨年立ち上げた「下川町ジャストラ研究会」の事務局も務める。

 

「理念としてはすばらしくても、細かく見ていくと課題はあります。循環型森林経営といっても、実際は樹齢が平準化していない、近年の労働力不足などの理由で、きちんと50ヘクタールずつ切って植えることが難しくなってきているのが実情です」

 

麻生さんと共同でジャストラ研究会の事務局を務める下川町役場の山本さんも、「林産業に対する危機感が強い」と続ける。

 

「森林の保全管理は当面心配なくても、カスケード利用の根幹となる林産業(加工業)が存続できるかどうか。経営者の高齢化、後継者不足が課題です」

 

たしかに、これだけの取組が内外に知られ、若い移住者も増えて一時は転入超過を達成した下川町でも、人口の減少そのものは止まっていない。1960年代初の15,000人超をピークに40年間で4,400人まで急減。その後は様々な施策が奏功し減り方が鈍化したとはいえ、直近では2018年の3,300人から5年間で1割減っている。

 

下川町役場総務企画課長の山本敏夫さん(左)とNPO法人森の生活代表理事の麻生翼さん(右)

 

「下川町のような立地的にも不利な地域は、人も資源も経済も、地元でできることは地元で回す仕組みにしていかないと存続できないと考えています。なかでもエネルギーのコストは大きい。いま、公共施設こそ熱需要の7割がバイオマスで賄えていますが、一般家庭に普及させるには(配管など供給方法の)ハードルが高いままですし、木材加工業でも農業でもまだまだ重油が使われている。肥料にしても、輸入に頼っている状態は将来的には首を絞められることになってしまうかもしれないという心配があります」(麻生さん)

 

森林だけではない。何をどうしたら町全体が持続可能になるのか。それを多くの町民とともに話し合える場を作りたい――それが、麻生さんらが「ジャストラ研究会」を立ち上げた理由だという。

対話・実践・共有を繰り返して2050年の下川町へ

 

今回下川町を視察したのは「ジャストラ!プログラム」の参加者たちだった。J.P.モルガンの助成を受けて2023年4月からNPO法人ETIC.(エティック)が運営している中小企業支援事業だ。ジャストトランジション(公正な移行)というまだあまり耳馴みのないテーマを掲げている。麻生さんたちはこれに参画するタイミングでジャストラ研究会を結成したが、「それまで“公正な移行”という言葉は知らなかった」と振り返る。

 

「公正な移行」はもともと、2009年のCOP15*を受けて国際労働組合総連合が提唱した概念で、脱炭素を進める際の雇用の移行・創出(つまり失業を抑えること)の重要性を訴えたものだ。だが、このプログラムではそのオリジナルの定義にとらわれず、カーボンニュートラルやグリーントランスフォメ―ションの潮流をいわばフックとして、現在する地域課題の解決に向け、将来の地域の産業構造のあり方を描き、なるべくインクルーシブ(包摂的)な形でそこへトランジションすることを目指している。包摂的とはすなわち、取り残される人を出さないということ。そして、中小企業を支援対象としているのは、彼らこそ地域経済転換のカギを握るからだ。

*第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議

 

実は下川町は、過去において外的要因による産業構造の劇的変化を経験済みだ。60年代までは農林業に加え、金・銅を産出する鉱業の町として栄えた。が、木材の自由化や環境規制の強化など社会情勢が変化。80年代には鉱山が閉じ、鉄道も廃止、人口が急減したのは先述した。これに危機感を持った住民有志により下川産業クラスター研究会が発足したのは1998年のこと。ここで住民主体の熱心な議論が繰り返されたからこそ、20年後のバイオマスエネルギーや森林カスケード利用の推進が実現したのだという。

(資料提供=下川町)

 

「だから今の私たちも20年先のグランドデザインを考える必要がある。そのためには一社だけで動くのではなく、再び町民有志の会をつくり、なるべく多くの人に議論に参加してもらって2050年の下川町を考える場にしたいと思いました」(麻生さん)

 

その呼びかけに応じたジャストラ研究会会員の町民は現在約50名。酪農業での太陽光発電、ゴミの減量、傾斜地の耕作放棄地の有効活用など4テーマでワーキンググループが走り、今回の視察と同時開催された「下川町ジャストラフォーラム」には非会員も含めて30名ほどの町民が来場、議論に参加した。

 

ジャストラフォーラムの様子

 

下川町の目下の課題は気候変動とは直接関係にないようにも見えるが、温暖化による一次産業への直接的な影響や、温暖化ガス排出規制の強化などによる産業への影響も決して他人事ではない。実際、北緯44度の下川町でも夏場の気温は上昇傾向。暑すぎて野外活動が難しい日も増えつつあるという。

 

「だからといって、『脱炭素社会を目指して考えましょう』といってもなかなか興味はわきません。それよりも、一人ひとり自分に関係のある暮らしや産業を下川に残していくために、社会の変化を見越してどのように備えていけばいいか一緒に考えませんか、といったほうが、より多くの人に参加してもらいやすいのではないかと思いました。これから起こるかもしれない変化に地域として順応していくためには、経営者や会社員、農家から家庭の主婦(夫)まで、さまざまな人たちが前向きにつながり直す必要があると思います」

 

そうやって多様な立場の人がなるべく多く話し合いの場に加わることこそ「包摂性」であり、「公正さ」につながるということだろう。

 

実際、20年前の灯油から木質バイオマスボイラーへの移行にあたって町は、影響を受ける地元事業者と対話を重ねたという。結果、灯油販売業者など5社が「下川エネルギー供給協同組合」を設立し、木質原料(チップ)製造施設の管理運営を担うことになった。町のSDGs推進町民会議など多くの会議体に参加してきた経験を持つ麻生さんは、そんな歴史も踏まえ、「対話・実践・共有を地道に繰り返すことが大事」と力を込める。

 

今回の視察ツアーでは、参加者全員で下川町の将来を考えるワークも長時間行われた。最終日、麻生さんはこれらの議論をまとめ、ジャストラ研究会の仲間たちとともにこう締めくくった。

 

「地域の持続可能性の向上を目指すには、足元にある資源を大切に有効利用するために、さまざまな業種、事業者、住民が分野を越えてつながることがポイントになるのではないか。下川町は若手も意見を出しやすい環境にあると思う。行政とも協力し、多くの方々と対話を重ねながら2050年の町の姿を描くとともに、今できることを楽しみながら小さくやってみる。対話・実践・共有を繰り返しながら、ジャストトランジションを実践していきたい」

 

ジャストラ研究会もその「今できることをやる」ための一歩なのだろう。たとえ先を見通すのが難しくても、地域の将来は一歩を積み重ねた先にしかない。下川町の今後に引き続き注目したい。

 

この記事を書いたユーザー
中川 雅美(良文工房)

中川 雅美(良文工房)

福島市を拠点とするフリーのライター/コピーライター/広報アドバイザー/翻訳者。神奈川県出身。外資系企業で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わった後、2014~2017年、復興庁派遣職員として福島県浪江町役場にて広報支援。2017年4月よりフリーランス。企業などのオウンドメディア向けテキストコミュニケーションを中心に、「伝わる文章づくり」を追求。 ▷サイト「良文工房」https://ryobunkobo.com

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