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「手話に一目ぼれ! マニアが作った『当たり前の世界』」シュアールグループ代表・大木洵人さん

2015.10.03 1,066view 

2007年の大晦日、一青窈さんが「ハナミズキ」を歌うNHK紅白歌合戦。

慶應義塾大で手話サークルを立ち上げたばかりの大木洵人さんも、5人の仲間と共にステージの上にいた。会場だけでなく、テレビの前で見ているであろう全国の聴覚障がい者に、手話コーラスでハナミズキの歌を届けた。手話が一躍脚光を浴び、サークルへの入部希望者も一気に増えた。

あれから8年。紅白出場をきっかけに立ち上げた学生団体はIT技術を生かした手話ビジネスを展開するシュアールグループへと成長した。「遠隔手話通訳」「手話TV」「スリント辞書」などを次々に新しいアイデアを事業化。「聴覚障がい者と障がいを持たない人が本当の意味で対等な世の中」を目指し、耳が聞こえない人が110番や119番に緊急電話もできない日本の現状を変え始めている。

大学までは耳が聞こえない家族や友だちもいなかったという大木さん。手話に興味を持ったのは、中学2年のときにたまたま見た、テレビの「手話講座」がきっかけだった。

大木さん

シュアールグループ代表・大木洵人さん

「手話ってすごい言語だ!」

壁に見立てた左手に、右手がぶつかる。「この道は行き止まりです」。これが、大木さんが初めて目にした手話だ。テレビでこの動きを見た瞬間「目で見て、感覚でわかる言語があるんだ!」と衝撃を受け、手話という「言語」に一目ぼれした。

中高生時代は写真に熱中したが、大学入学後の8月、手話サークルを立ち上げた。言語としての面白さに魅了され、耳が聞こえない同級生は「手話のネイティブ」という尊敬の対象に。そんな時、学部の先輩で歌手の一青窈さんから、NHK紅白歌合戦で歌詞に手話をつけてほしいと頼まれ、ステージに上った。

慶應義塾大学手話サークルの様子

慶應義塾大学手話サークルの様子

紅白後、手話の専門誌などからの取材が半年近くも続き、その時に気づいた。「耳が聞こえない人のための娯楽がないから、紅白ネタがいつまでも取り上げられるんだ」。実際、手話の番組はニュースや学習番組、障がい者を取り上げたドキュメンタリーぐらいしかないのが現実だった。

「だったら僕たちが作ろう!」。大学2年の5月、手話サークルとは別に、手話のバラエティー番組をつくる学生団体を立ち上げる。これがシュアールの原型となった。

困っている友人を助けたい

この番組の撮影のために、耳が聞こえない友達と2人で山口へ旅行した際、大木さんは聴覚障がい者が抱える問題を目の当たりにする。障がい者割引の切符は窓口でしか買えないのに、窓口に手話ができる人はいない。手間取っている間に、新幹線が行ってしまった。

ホテルでは、鍵を持たずに部屋を出た大木さんが、オートロックの部屋から閉め出された。中にいる友人は耳が聞こえないので、電話やノックでは気づかない。ホテル側は「中に人がいるから鍵は開けられない」の一点張りで、結局、心配した友人が探しに出るまで待つしかなかった。

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SLintoキーボード

友人は普段でも、電話一本かけるのにも困っている。困っている友人を助けるために、何ができるだろう――。その思いが、始まりだった。

駅や役所にタブレット端末を設置し、聴覚障がい者が手話通訳者にビデオチャット(テレビ電話)をつないで通訳してもらう「遠隔手話通訳」はどうだろう。指の形と手の位置から手話の意味を検索できるキーボードを使ったオンラインの手話辞典「スリント辞書」は便利では…?

新規事業のビジネスモデルを考える大学の授業で提案してみた。するといずれも最優秀課題に選ばれ、そこから具体化への道を進み始めた。

技術がアイデアに追いつかない

08年11月。大学2年の秋に、遠隔手話通訳とスリント辞書を手がける株式会社と、手話のバラエティー番組を配信するNPO法人を同時に設立。「シュアール」という名前は、耳が聞こえない当時のスタッフがレギュラーの頭文字Rの指文字を使って「手話をレギュラーにする(一般的なものにする)」という手話の表現をつくり、それを日本語に翻訳して生まれた。

設立後しばらくは、手話を教えることで少しずつ資金を稼ぎながら、遠隔手話通訳を導入してくれる企業などへの営業を重ねた。

しかし、意外なところで壁に突きあたる。ビデオチャットには速度の速いインターネット回線が必要だが、当時はまだISDNの時代で無線LANもほとんどなく、現実的ではなかった。アイデアは評価されるのに、技術が追いつかず導入できないーー。

ただ、これは、技術さえ追いつけば実現できるということでもある。「チャレンジもせずやめられない」。ほどなくWiMAXやLTEなど無線回線によるブロードバンド接続が普及。ようやく社会が追いついて、大学卒業の3か月後には黒字転換した。

テレビ電話で遠隔手話通訳

現在は「遠隔手話通訳」の仕組みを使い、個人向けの「電話リレーサービス」も日本財団の委託で始めている。聴覚障がい者がコールセンターにビデオチャットをつなぎ、どこに電話し何を話したいかを伝えると、通訳が本人に代わって電話をかけてくれる。病院や美容院などの予約、宅配物の再配達の依頼など、日常のさまざまな場面で重宝されている。

従来は通訳が現場に足を運ぶため、一人の通訳が1日にこなせる案件に限りがあったが、遠隔手話通訳の導入で一人の通訳を短時間ずつシェアすることが可能になり、予約なしでも必要なときに手話通訳を利用できるようになった。

また、オンライン放送局「手話TV」では、聴覚障がい者が楽しめるエンターテインメントとして、総合バラエティー番組「GO! GO! しゅわーるど」を配信中で、今後はさらに番組数を増やす予定だ。

東京五輪から、世界をつなぐ遠隔手話通訳のムーブメントを

20年には日本で東京五輪、そしてパラリンピックが開催される。しかし大木さんは、日本の遠隔手話通訳の遅れ具合の深刻さを指摘する。

「遠隔手話通訳に関して、日本は最も遅れている先進国。聞こえない人が110番、119番の緊急電話ができないのは、先進国の中で日本だけ。韓国も米国も24時間対応なんです」。

遠隔手話通訳

遠隔手話通訳

この遅れを五輪までに取り戻し、さらには海外の同業者と提携してローミング対応することを目指している。日本に来た耳の聞こえない外国人が、シュアールの端末を通して母国の事業者にアクセスし、母国語の手話を日本語に通訳してもらうというシステムだ。これを東京五輪で導入し、それ以降の万博やW杯などの国際大会では標準装備にしよう! というムーブメントを起こしたい、そう考えている。

大木さんは12年、社会起業家を支援する世界的ネットワークのアショカから、東アジア初のアショカ・フェローに、そして翌13年にはフォーブス誌が選ぶ「30 under 30(注目すべき30歳以下の起業家リスト)」に選出されるなど、いまや日本を代表する社会起業家の顔となった。

しかし、大木さんは笑って言う。「僕は社会起業家である前に手話マニア。今でも、友達が困っているから助けたい。その感覚なんです」。

※この記事は、2015年04月01日にヨミウリオンラインに掲載されたものです。

シュアールグループ代表/大木洵人さん

1987年、群馬県出身。慶應義塾大環境情報学部在籍中の2008年、聴覚障がい者と聴者が対等な社会を目指し起業。遠隔手話通訳や手話キーボード事業を展開。スローガンはTech for the Deaf。2010年度NEC社会起業塾に参加。アショカ・フェロー(東アジア地区初)。グッドデザイン賞。Forbes 30 Under 30。がんばる中小企業300。東京大学大学院研究生修了。手話通訳士。スポールブール選手。

この記事を書いたユーザー

平地 紘子

平地 紘子

1976年生まれ。上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中、メキシコのストリートチルドレンの施設に押しかけ、ボランティア。「現場」に惹かれて毎日新聞社に入社し、事件事故・災害から、公共事業・米軍基地問題、行政・選挙、高校野球まで幅広く取材。夫の転勤で3年間を過ごしたアメリカでヨガに魅了され、ヨガティーチャーとして帰国。現在はヨガティーチャー、時々、フリーライターとして働いている。2児の母。http://www.hirokohirachi.com

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