「例えば、おもちゃを取りに行けない子どもがいたら、その様子を見ていた子どもが『どうぞ』と持ってきてくれます。私たち大人が促すわけではなく。すごく自然なんです」
NPO法人こどもコミュニティケアが、神戸市内の静かな住宅街で運営する2つの保育施設。そのうち0歳児から2歳児向けの小規模保育事業「ちっちゃなこども園ふたば」で働く保育士の岡さんは、園での日常をこう教えてくれます。
ふたば園舎
0歳児から5歳児向けの認可保育所「舞多聞(まいたもん)よつば保育園」で保育士をする岩上さんも続けます。
「『こうしたらどう?』と、友だちや大人にワクワクするような遊びを提案してくれることも。会話の中でどんどん遊びがふくらんでいくんです」
こんなふうに、子どもたちがごく自然に前向きな行動を起こすのはなぜなのか、保育への向き合い方を、岡さん、岩上さん、代表の末永さんにお聞きしました。
よつば園舎
聞き手 : 乗越貴子(DRIVEキャリア事務局)
「子ども一人ひとりを大切にする」保育とは?
岩上さんはもともと、重度障がいの子どものための施設で介護福祉士として働いていました。保育士の資格も取得していた岩上さんがこどもコミュニティケアへの入職を決めたのは、「障がいや医療的ケアの有無に関係なく、子ども一人ひとりを大切にする」保育方針に惹かれたからでした。
「見学した時には、子どもたちのやりとりを通して、子どもの素直な気持ちが当たり前のように受け止められているのを感じました」
岡さんは、専業主婦からの入職でした。保育士の資格取得を目指して勉強しながら働けるところを探していた時にこどもコミュニティケアと出会い、週2日、1日5時間勤務から働き始めることに。「見学の時、とても自然で温かい雰囲気が印象に残っていました」と振り返ります。
岡さんが働く「ちっちゃなこども園ふたば」で遊ぶ子どもたち。木でつくられたおもちゃを使って、おままごと?
0歳から5歳までの子どもたちが、「みんなで一緒に育ち合う」保育を実践しているこどもコミュニティケアでは、よつば保育園で定員30人、ふたばで定員12人、計42人の子どもたちが思い思いに時間を過ごしています。当然、一人ひとり個性も背景も異なります。
保育の基盤となるのは、岩上さんが入園を決めるきっかけとなった、「子ども一人ひとりを大切にする」という方針です。スタッフが「子どもが何を言ったか、何をしたか」という視覚的な情報や言語情報だけに着目するのではなく、その日その日の子どもの身体の様子やまわりの人との関わりに関心をもち、常に寄り添い、ありのままを受け止める姿勢を心掛けています。
みんなで絵本の時間
例えば、登園後に行う朝の会。子どもたちもスタッフも、みんな一緒に輪になって手をつなぎます。「あったかいねー」などいろいろな感想が飛び交うこの時間が「好き」で、「大切にしたい」と話すのは岩上さんです。
「手のつなぎ方だけを見てもみんな違っていて、保育者の手にちょこんと手をのせるだけだったり、ぎゅっとつないでくれたり。今日は『つなぎたくない』と、後ろに手を隠す子もいます。
また、いつもはぎゅっとつないでくれる子が力なく手をのせるだけだったりすると、『今日は元気ないのかな』と思ったり。手に触れるだけで子どもたちの感情や健康状態などが伝わってくるんです」
主観ではなく、子どもの状態や言動を客観視して理解することからスタート
岡さんや岩上さんたちが実践する、子どもに寄り添い、ありのままを受け止める保育の軸となるのが、「自分の主観を入れず、目の前の子どもをまずは客観的に観察すること」です。
「ばあっ!」と声が聞こえてきそう
シュタイナー教育の『チャイルドスタディ』はその観察方法の一つ。岡さんたちは、子どもの状態や言動など客観的に見た情報を集めて、そのままの姿を受け止め、そこからどんな声かけや行動をすればいいかを考えるようにしているそうです。こどもコミュニティケアでは、そういった理解をチーム全体で共有し、深める場をつくっています。
「誰かが主観で子どもを見ているようなことがあれば、お互いに指摘します。みんなで子どもをありのままの姿で受け止められるようになりたいんです。先輩、後輩、職種などは関係なく、スタッフの間で思ったことを言い合えるような関係づくりも、普段から大切にしています」(岡さん)
こどもコミュニティケアでのチャイルドスタディは、1ヵ月に1度、一人の子どもを多角的な観点から観察することから始めます。その後は、それぞれが観察した情報を集め、シュタイナーの思想である“アントロポゾフィー医学”の思想にもとづく療法士や看護師から助言を受けながら、スタッフみんなで子どものありのままの姿を探求します。その際、最も大事にしているのは、「子どもに心と身体を寄せる」こと。
太陽の日差しのもとで遊ぶ子どもたち。みんな一緒だと、遊びがどんどん生まれる
「子ども一人ひとりに対して丁寧に観察し、寄り添うことで、その子の今の姿や家族との関わり、その子が向かおうとしている未来の姿まで見えてくるようになります。そんなふうにわかってきたことを、普段の保育でも活かしています。
もし指先がうまく使えていないようだったら、指先を使う遊びを取り入れたり、または普段頭を使うことが多いお子さんだったら身体を使う遊びを増やしたりしています」(岡さん)
大人の姿から、子どもの好奇心が伸びることも
「大人の様子を見て、興味をもった子どもが『自分もやりたい』と真似をすることもすごく多いです」と、岩上さん。
「天気の良い日が続いた時など、『お花にお水をあげようかな』と庭のすみっこで水やりをしていたら、『お水あげたい』って自然と子どもたちがやってくるんです。
子どもが一人で始めてもどんどん遊びが進んで、気づいたらみんなでやっていた、ということもよくあります。大人が『今からこれをしましょう』と子どもに何かをやらせようと働きかけることはないですね」
「それに」と、思い出したかのように岩上さんは微笑みます。
「子どもたちは大人の姿を本当によく見ていて、小さい子同士で話を聞いてあげたりする姿も見られるんですよ。『どしたん?』ってしゃがんで、顔を覗き込むようにして」
外に遊びに行く子どもたち。冒険のスタート!
子どもたちが1日を満足して終えるためにも、岩上さんが大切にしているのは、「子どもの気持ち」です。
「発信が得意な子ばかりではなく、仲間に入りたいけれど遠くからじっと見ていたり、輪の中で一緒にものづくりをしていても実は見ていたいだけだったり、一人ひとりの気持ちは違います。今どんな気持ちなのかを意識しながら、それぞれに寄り添った保育ができればと思っています」
子ども一人のための誕生日会といった、子どもへの思いを行動や言葉で表す時間も大切にしているこどもコミュニティケアでは、「ケア」への考え方にも強い想いをもっています。岡さんがこう教えてくれました。
「医療的ケア児さんは、確かに必要なケアは多いです。でも、どんなお子さんでもケアは必要です。医療的ケアが特別なことだとは考えず、ケアの多い少ないの差だけだと思っています。せっかく共生保育の私たちの園を選んでくれたのだから、『ここでしかできない体験、集団保育ならではの経験』をしてほしいと考えています。
けいれん発作がいつ起きるか分からないようなお子さんでも、私たち職員が必要時の訓練をすることで、いつ発作が起きても大丈夫だよという思いで、みんなと一緒にお散歩に出かけます。そのお子さんの日常を制限しないこと、様々な経験ができるように考えることを大切にしたいです」
スタッフや保育の成長につなげる3つの仕組み
心と身体を寄せながら子どもたちと関わるスタッフたち。こどもコミュニティケアでは、「子どもたちの人生に関わらせていただく立場」として、寄り添い、成長を見守っていくことに力を注いでいます。こうした保育を持続可能としていくために園全体で取り入れているのが、保育はもちろん業務をスムーズに推進するための仕組みです。そのうち、3つについて岩上さんたちが教えてくれました。
まず1つ目が、子どもたちと向き合うために大切な「情報共有」です。スタッフのミーティングは、朝礼は5分程度、昼のショートミーティングは30分を目安に15分〜60分程度(内容により変動)行い、子どもたちの体調や興味の変化など情報を交換し合います。
上記は保育者のある日のスケジュール。スタッフ同士の情報共有は、
9時15分からの朝ミーティング、また13時からのショートミーティングで行っている
また、1日の業務マネジメントを担う「デイリーダー」をもちまわりで担当するのも、こどもコミュニティケアの特長の一つ。デイリーダーは、情報共有をはじめ、スタッフの担当業務、休憩時間の調整、子どもたちが遊ぶ場所や内容など1日の保育の流れの組み立てや全体調整を行います。
2つ目の仕組みは、スタッフのステップアップを見える化した「ステップアップシート」です。「見学」「指導」「自立」の3ステップを、先輩のお手本を見学したり、先輩に見守られながら保育の姿勢やミスをしやすいことを含めて習熟していくことで、確実なスキルアップにつなげていきます。一つのスキルに対して自分でも自信が持て、先輩からも「次回からは一人でもOK」とコメントをもらえば、「自立」へと進むことが可能です。
「ステップアップシート」の一部
「すでにクリアしたステップも、自分が必要だと感じた時に納得できるまで何度もやり直せるので大きな自信につながります。デイリーダーのステップも、『スタッフの配置表を作ることができる』『朝礼を仕切ることができる』など、スキルが細かく分かれていて、シートに日付や印を書き込むことでスキルアップを実感できます」(岡さん)
最後に、3つ目の仕組みが、「目標設定シート」です。2011年頃から、年1回、スタッフ全員が記入している目標設定シートは、代表理事の末永さんが中心になって始めたものです。
「目標設定シート」の一部
「同じ職場で働いていても、お互い何を大事にしているのか、意外と知らない場合が多いんじゃないかと思ったんです。特に女性は、家庭優先で自分のことは後回しになりがち。何かやりたいことがあっても我慢してしまうことがあるのではないでしょうか。その状態で年数を重ねると、あっという間に10年、20年経ってしまって、それはもったいない。
当初、誰にとっても無理のない形で目標設定をすることで、自分の気持ちと向き合う時間がもてたらと思いました。以来、みなさん、あふれるほどの思いが綴られていて、目標設定後は私も一人ひとりとお話しますが、その時間がとても好きなんです」(末永さん)
「ここにしかない特別なもの」を大切に、支援をつないでいきたい
岡さんと岩上さんそれぞれに今後の目標についてお聞きすると、岡さんはちょうどキャリアの転機を実感しているとのこと。
「昨年10月から1日6時間、週5日の時短勤務の正社員になったのですが、今年4月からはふたばのチームリーダーになりました。責任も増すので、より一層、子どもたちやチームのためにできることをしたいと思っています」
産休から復帰して約1年の岩上さんは、「今は現状維持」としつつ、仕事への意欲をこう表してくれました。
「すごく学びが多い職場なので、自分も良い影響を広げたり、子どもにとって良い環境をつくったりできたら。コツコツと目の前のことに取り組んでいきたいです」
取材中、末永さんが、「すごく大切な仕事を担ってくれる方」と声をかけたのが、事務を担う清水さんです。「保育士や看護師などケアの専門スタッフが保育やケアにまい進できるのは、事務チームの支えがあってこそですから」と、末永さん。清水さんはにこやかな笑顔でこう答えてくれました。
「普段、子どもや保護者さんとの直接的な関わりは少ないですが、こどもコミュニティケアの園には、『ここにしかない特別なものがある』と感じています。また、電話での問い合わせなどでは、『支援をつなぐ』気持ちを大切にしています。これからも、子どもたちに必要な支援がつながるように心を配りたいです」
最後に、末永さんが「保育の仕事は、ハレの場ではなく日常の場です」と、こどもコミュニティケアの保育への想いを語ってくれました。
「日常の場を丁寧にコツコツとつくり続けていくことはすごく大事で、そのためにも日々の地道な努力や工夫が必要だと思っています。見えづらいし、華やかではないかもしれないけれど、この仕事の魅力をみなさんと分かち合えたら。みなさんと一緒に、子どもと大人がともに喜びを感じられる保育をつくっていきたいです」
***
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