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「ソーシャルインパクトボンド」アメリカ・イギリスの失敗事例からの学び ―ブルッキングス研究所レポートから(2)

2016.10.31 

前回記事ではソーシャルインパクトボンド(略してSIB)にはどんな種類があるのか、どういった課題があるのかを、世界各国のケーススタディがまとめられたブルッキングス研究所のレポートをもとに紹介しました。

同レポートによると、過去に各国でスタートした38件のSIBのうち、イギリスとアメリカで実施された2つのプロジェクトが予定よりも早期に終了しており「失敗案件」として取り上げられています。今回はこの2件のプロジェクトがなぜ失敗したのか、そこから学べることは何かを掘り下げてみたいと思います。

イギリス・ピーターバラ刑務所の再犯防止プロジェクト

ピーターバラ刑務所における再犯防止を目的としたソーシャルインパクトボンドは、対象を18歳以上の男性のうち、「12カ月以内の短期受刑者」としているのが特徴です。

事業内容は、「ワンサービス」と呼ばれる受刑者のためのサポートで、住宅探し、アルコール・ドラッグ依存の治療、就業サポート、子どもの養育サポート、メンタルヘルスサポートなどが含まれます。これらの包括的サービスを提供することで、再犯を防止しようというものでした。

もともとイギリスでは、短期囚人の更生が刑事司法と社会福祉制度の盲点となっていました。これまで、12ヶ月未満の短期の男性犯罪者はこのようなリハビリテーションサービスを受けていなかったため、このプロジェクトが組成されたという背景があります。

案件名ワンサービス(ONE Service)
開始日2010年3月
契約期間96カ月
社会課題受刑者の再犯
対象者ピーターバラ刑務所から釈放された18歳以上の男性のうち、12カ月以内の短期受刑者
サービスプロバイダ(事業者)下記7事業者

・ONE Service

・St. Giles Trust

・Ormiston Children and Families Trust

・SOVA

・YMCA

・Through the Gate Training CIC

・Peterborough and Fenland Mind

アウトカムファンダ―(成果に応じて支払いを実施する主体)英国法務省、英国宝くじ基金
中間支援組織ソーシャルファイナンスUK
投資総額9財団が拠出する761万米ドル、(約7.6億円)
潜在的最大損失100%
成果の単位ピーターバラ刑務所から釈放後12カ月を超えた犯罪者のグループの平均と比較した再犯率の減少
成果の測定方法疑似実験(マッチした対照群):法務省がグループを評価するためにキネティック社とレスター大学を選択
支払方法1,000人の囚人からなる3つのグループのそれぞれについてアウトカムファンダ―から投資家に支払いの可能性があり、それぞれの支払いのタイミングは、各グループの期間と評価プロセスに基づく
成果目標1,000人の囚人からなる3つのグループのいずれかの10%の再犯率の減少、もしくは、3,000人の囚人の7.5%の再犯率の減少
成果目標を超えた場合の支払い再犯が減少するごとに、支払上限までを支払う
リターンの最大値支払上限は8万ポンド。これは、年次内部収益率(IRR) 約13%と等価となる

出所:ブルッキングス研究所レポートThe Potential and Limitations of Impact Bonds 2015個票を筆者翻訳

イギリスの再犯防止政策の変更によりプロジェクトを中止

2010年3月に開始されたピーターバラでのプロジェクトは、5年目の2015年6月に取組みを終了しています。その直接の原因は、英国法務省のトランスリハビリテーション(TR)という新たな政策の開始でした。

この政策によってイギリスにおけるすべての犯罪者にリハビリテーションサービスが提供され、制度からこぼれおちていた男性若年層にも再犯防止プログラムが行き届くようになりました。プロジェクトのプレスリリースでは、「予期せぬ保護観察とリハビリテーションサービスの変更があり、やむをえずSIBを終了した」と報告されています。

アメリカ・ニューヨーク市におけるライカー島刑務所の再犯防止SIB

イギリスと同じく、アメリカでの失敗事例も再犯防止を目的としたものです。ニューヨーク市ライカー島におけるソーシャルインパクトボンドは、ライカー島刑務所に拘留中された約1万人の若者に、行動学習体験(ABLE)と呼ばれる認知行動療法サービスを提供することで、再犯を防止する取組みでした。

案件名刑務所に拘留された若者のためのABLE Project
開始日2012年9月
契約期間非公開
社会課題受刑者の再犯
SIBsの対象者約1万人のライカー島刑務所に拘留中の若者
サービスプロバイダ(事業者)

・Osborne Association

・Friends of Island Academy

アウトカムファンダ―(成果に応じて支払いを実施する主体)ニューヨーク市更生課
中間支援組織MDRC
投資総額1,680万米ドル(約16.8億円)内訳はゴールドマンサックス960万米ドル, ブルームバーク財団720万米ドル
潜在的最大損失25%
成果の単位再犯率の低下(ライカー刑務所から釈放後の収監日数)
成果の測定方法非公開
支払方法非公開
成果目標8.5%以上の再犯率の減少
成果目標を超えた場合の支払い8.5%以上再犯率が減少した場合、事前に設定したレートにもとづきニューヨーク市が中間支援組織に報酬を支払う。
リターンの最大値非公開

出所:ブルッキングス研究所レポートThe Potential and Limitations of Impact Bonds 2015個票を筆者翻訳

成果が出ずに3年で中止

ライカー島におけるソーシャルインパクトボンドは、3年目に成果が契約目標に到達しなかったため取組みを終了しました。

プロジェクトの設計時には、投資家が投資金額のすべてを失わないよう、例えば、「投資金額の50%は保証される」といった資金保護条件を盛り込みます。 本件における投資者である投資会社・ゴールドマンサックスが許容した最大損失は25%でした。

プロジェクト関係者は、事業を継続しても目標として設定した成果は達成できない、つまり最大損失を超えてしまうと判断し、プロジェクト期間満了を待たず3年でプロジェクトを打ち切ったのです。

失敗ケースから得られる示唆

この2つの失敗ケースから、何を学ぶことができるでしょうか。

イギリス・ピーターバラのプロジェクトからは、政府の政策動向によっては、ソーシャルインパクトボンドが前提としていた事業環境が激変し、サービスそのものの意味がなくなるという可能性が示唆されています。

一方アメリカ・ライカー島のプロジェクトは、リスク許容度の高い財団ではなく、民間の投資家を巻き込んだ場合の設計の難しさを示しています。事前に構想していたとおりに成果が出なかった場合に、民間投資家はいち早く投資を中断することがありますが、社会課題解決の取組みが新しく斬新であるほど、事前予測は困難になります。

今回のケースでいえば、イギリスでの対象者が3,000人の受刑者に対して7事業者が取り組み、その予算が約7.6億円だった一方、米国の対象者は3倍以上の約1万人に対して2事業者がサービスを提供、そして予算は約16.8億円でした。さらにイギリスでは成果目標を「3つのグループのいずれかの10%の再犯率の減少、もしくは、3,000人の囚人の7.5%の再犯率の減少」と幅を持たせているのに対し、アメリカでは「8.5%以上の再犯率の減少」のみを基準としていました。

サービスの詳細は不明ですが、投資家や規模の違いに加えて、プロジェクトの詳細においてもイギリスのほうが綿密に設計されていたと推測されます。

このようにソーシャルインパクトボンドの遂行上の困難さが目立ちますが、一方で社会課題の解決という目的に立ち返ってみれば、投資として失敗したケースにも価値があることがわかります。イギリス・ピーターバラのケースでは、取り組みがイギリス全体の政策に影響を与えた可能性も考えられますし、アメリカ・ライカー島のケースではサービスあるいは設計に無理があった(リスクをとった)だけで、それが受益者にとって無意味だったとは言いきれません。

中止事例には注目が集まりますが、ソーシャルインパクトボンドについては、投資家、行政、事業者、当事者など多様なステークホルダーの視点でその社会的意義を検討することが重要になりそうです。

この記事を書いたユーザー
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Erika Tannaka

岐阜県出身。シンクタンク研究員を経て、現在は外資系戦略コンサルティングファームリサーチャー。プロボノとして政策提言や課題調査などNPOの支援に携わる。