近頃ソーシャル界隈で耳にするようになったキーワード「コレクティブ・インパクト(集合的な/共同でうみだすインパクト)」。簡単にいえば、ある社会的な課題を解決する際に、いち事業者で全てのサービスを提供するのではなく、複数で取り組むことによって社会的なインパクトを高めるというアプローチのことだ。とはいえ、概念的でいまひとつイメージが湧きにくい。
そこで今回は、米国ニューオーリンズ市の事例をみながら、コレクティブな課題解決について考えてみたい。
ハリケーンによって市街地の8割が水没したニューオーリンズ
ニューオーリンズ市の人口は約36万人、都市圏では約100万人。港湾都市としての発展にくわえて、ジャズ発祥の地として知られる観光地でもあり、年間1,000万人近い観光客が訪れる。
2005年、この地をハリケーン・カトリーナが襲い、市街地の8割を水没させ、1,000名以上の命を奪った。 復興の取り組みが進む同市でいま注目を集めているのが、現地の健康問題の解決に取り組む「リフレッシュ・プロジェクト」。このプロジェクトを牽引するのが、地域のNPO団体ブロード・コミュニティ・コネクションズ(以下BCC)創業代表のジェフリー・シュワルツだ。
居住地区によって平均寿命に20年もの差がつく
市役所職員だったジェフリーがMIT(マサチューセッツ工科大学)の修士課程で都市計画を学び直し、BCCを設立したのは2009年のことだった。
「行政の枠ではできないまちづくりに取り組もう」と、衰退が深刻だったブロード・ストリート周辺エリアのまちづくりをミッションとし、商店の看板作成支援やアートによる景観改善に取り組み始めた。その過程でジェフリーはエリア周辺に深刻な健康格差があることを知った。
「道路を挟んだ南北で、平均寿命に20年もの差があったのです。北側での平均寿命が約73歳であるところ、貧困地域である南側では約55歳にとどまっていました。」
原因のひとつは不健康な食生活だった。貧困地区の住民はマイカーをもたず、遠くまで生鮮食品を買いに行くことができない。したがって食生活は付近のコンビニで手に入るスナック菓子やファストフードが中心となる。そもそも「食の砂漠」と呼ばれるほどスーパーマーケット過疎地であったこの地域では、貧困地域であるためにハリケーン後にスーパーが再開しなかった。被災により、地域住民による生鮮食品へのアクセスは絶望的な状況になったのである。
課題の構造はこうだ。
(1)ただでさえ生鮮食品が手に入りにくかった現地では、被災によるスーパーの撤退により「食の砂漠」となった。
(2)地理・経済的にも、そして健康な食生活という知識の欠如から、彼らの食生活はファストフードオンリーであった。
(3)根底にあるのは、地域の経済的貧困と、その世代間の連鎖である。
どの課題も深刻で、BCCだけでは解決できそうにない。そこでジェフリーは大胆なビジョンを描いた。それは地域にコミュニティ・センターを設立し、(1)廉価で質の良い生鮮食品を提供するスーパーマーケットを誘致し、(2)健康な食生活について学ぶ調理学校を併設し、(3)かつ貧困から抜け出すため、若者への職業トレーニングを提供する、という壮大なものだった。
空き物件をリノベーションし地域住民の健康の拠点に
まずジェフリーは、閉店したままになっていた旧食料品店に注目した。土地建物を買い取ってリノベーションすることを決めると同時に、メインのテナントとなるスーパーマーケットの誘致を開始。
彼の熱意に応えたのは、全米屈指の高級スーパーである「ホールフーズ・マーケット」だった。貧困地域に高級スーパーという組み合わせはいかにもミスマッチだ。しかしタイミングよく、同チェーンは国内富裕層マーケットの飽和による伸び悩みに直面しており、次なるマーケットであるエコノミー価格帯への進出を検討していた。
こうした事情とジェフリーの思惑が重なり、エコノミー版ホールフーズ・マーケットの出店が決定。これで新鮮な食品を手の届く価格で提供する目処がたった。
続いてジェフリーは地域住民の意識を変えていくため、調理と健康について教える調理学校の誘致にも着手。声がけの結果、地元ニューオーリンズ市の名門・テュレーン大学がサポートする調理学校「ゴールドリング・センター・フォー・カリナリー・メディシン」の入居が決まった。
同センターはビジネスとして医学部生や医師を対象としたコースを展開しており、このプロジェクトにおいては、地域住民に対して安価な勉強会をあわせて提供することで合意。さらに「貧困」という根源的な問題を解消するため、地域の若者に職業トレーニングを提供する「リバティ・キッチン」を設立した。
こうして2014年2月、エコノミー版ホールフーズ・マーケットを中心としたコミュニティ・センターが開業した。全てのサービスをBCCが単独で提供しようとしたら、事業開始までに膨大な時間と多額の費用がかかっていたに違いない。もちろん、小さなオーガニック・スーパーから始めるという手もあっただろう。しかしジェフリーは「いま自分にできること」を始めなかった。その代わり、課題を解決するためにベストなサービスをアメリカ中から発掘して組み合わせた。
往々にして社会課題の解決には様々な異なるステークホルダーを巻き込むことが必要だ。ジェフリーは民間企業、教育機関、地域のNPO、そして資金調達の際には行政や財団、銀行とも折衝を重ね、課題解決の仕組みをデザインした。
成果が生まれつつあるコレクティブインパクト・アプローチ
開業から約2年が経過し、現場では目にみえる成果が生まれつつある。リバティ・キッチンでは4ヶ月間のキッチンでの職業トレーニングを経た卒業生のうち7名が、隣接するホールフーズ・マーケットに就職した。
またホールフーズ・マーケットは事前予測の3倍以上という驚くべき売上高を達成している。
リフレッシュ・プロジェクトが地域住民の健康寿命に影響を与えるのはまだまだ先の話だが、ジェフリーは常に先を見据えながら、次の一手を考え続けている。
「地元の大学とインパクト評価の手法を研究しています。また健康状態を改善するには予防医療も重要なので、行政と協力しながら気軽に受診できる地域の医療相談所を設置したいと思っています」
コレクティブインパクト・アプローチを進める上で最も重要なのは、課題をよく理解し、「自分たちに何ができるか」ではなく、「世の中の資源をどう組み合わせたら最も成果がでるか」を考え抜くことだとジェフリーは強調していた。
くわえてインタビューで印象的だったのは、来店した地域の人たちと気さくに挨拶を交わす彼の姿だった。プロジェクトに関わる人たちの共感を引き出し、するすると巻き込んでしまう魅力的なコーディネータの存在も、コレクティブ・インパクトを生み出す大切な要素だといえそうだ。
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