デロイト トーマツ コンサルティング合同会社(以下デロイト)と認定NPO法人ACE(以下ACE)が、デロイトの「ソーシャル・イノベーション・パイオニア(以下パイオニア)」プログラムをきっかけに協働をはじめています。
パイオニアプログラムは、国連が採択した持続可能な開発目標(SDGs)に関連する特定の課題分野において、高いビジョンを掲げ、革新的な取り組みを行っている非営利団体に対して、デロイトが通常のビジネスと同等の品質とコミットメントを持ち、専属チームによるコンサルティングを無償で提供する取り組みです。
通常、コンサルティングファームによるNPOへのプロボノは、支援する・支援されるという関係にとどまりがちですが、ACE・デロイトはどのようにして社会変革のパートナーへと発展したのでしょうか。パイオニアプログラムの第1期を終えたACE代表岩附由香さん、事務局長白木朋子さん、そしてデロイトのACEコンサルティングチームより執行役員/パートナー・レギュラトリストラテジー リーダー羽生田慶介さん、石曽根道子さん、石井麻梨さんに伺いました。
今回の前編では、主にACEのお二方に焦点を当ててお話を伺います。
コンサルタントに入ってもらうのであれば、本気で入ってもらいたかった
── パイオニアプログラムに応募したきっかけを教えてください。
ACE岩附さん(以下、岩附): ACEは、持続可能な開発目標(SDGs)にある「2025年までにすべての形態の児童労働をなくす」ことを目指して、児童労働をしている子ども・家族への支援、政府へのアドボカシー、企業との協働、市民の啓発と参加機会の提供を行うNGOです。20年間活動を続けていますが、近年ビジネスと人権が注目を浴び、企業にサプライチェーンの末端まで責任を求められるようになっていると実感しています。社会の機運が高まっているこのタイミングで仕掛けたいと思っていますが、現実としては、日本企業は責任にも課題にも気づいていない場合が多い。どう協働を進めたらいいか、どう企業と結びついて何を提案していけばいいかを迷っていました。
そのような外部環境の中、ACEとしては、2008年にSA8000という企業の労働・人権に関する国際規格の社会監査を行う資格をとり、児童労働による製品を日本企業が調達したり、生産しないようにするためのコンサルティングサービスの提供や企業向けセミナーの実施をトライしてきました。組織としてのキャパシティやリソースの問題もあり、我々にとって無理のない形で進めていくにはどうしたらよいかを悩んでいる状況でした。
そのタイミングで目にしたのがデロイトさんのパイオニアプログラムです。こちらとしては本気でやりたいので、コンサルタントにも本気で入ってもらいたいという想いがありました。過去のプロボノ支援の経験では、もちろん良かったことが多いですが、こちらの時間も割く中で最終的な成果に結びつかないことも正直ありました。我々がやりたいことが、企業向けの営業や伴走という、デロイトさんがいつも日常業務でやっていらっしゃることなので、ACEに欠けているその手法を教えてもらいたいと思ったのも大きいです。
コンサルティングのテーマは、ACEの強みを活かして事業収入を拡大すること
── パイオニアプログラムに申請した内容についてお話いただけますか。
ACE白木さん(以下、白木):今回特にお願いしたのは、事業収入を拡大することです。組織としてサステイナブル、かつミッションにつながる事業で収入をうみたいという想いがありました。そしてもう一つが、それによってソーシャルインパクトを大きくしていくこと、この二つです。
── 今回のプログラムではどのようなことに取り組まれたのか、教えてください。
デロイト羽生田さん(以下、羽生田) :今回のプロジェクトでは、まずはACEさん自身の現状分析や、お客様に相当する人権課題を解決すべき企業、また関連NGO等の取り組みを分析し、ACEさんの事業をどのようにしていくかを考えるという「3C: Company(自社)、Customer(顧客)、Competitor(競合)」的な基本アプローチから取り組みました。
今回のコンサルティングのテーマは、事業収入の拡大という我々にはなじみ深い内容ではありますが、NGOならではの特殊性を理解しながら進める必要がありました。
ACEさんには、企業へのセミナーなどを通して得られる事業収入のほか、会員からの寄付収入や、直接収入を生まない啓発事業、アドボカシー活動などがあります。例えば企業向け事業の場合、ある法人は、ACEさんにお仕事をお願いしてお金を払う顧客でありつつ、ACEさんの取り組みに賛同するサポーター会員でもあります。
また事業の中でも、収入の大きい事業が、必ずしもACEさんが力を入れたい事業とは限りません。もちろん事業の中で「児童労働をなくす」ことと無縁のものはありません。ですが例えば、売上ボリュームは大きいものの、その事業で扱う商材がACEさんの直接的な支援地(ガーナやインドなど)とは関連が薄い場合は、積極的にACEさんが注力する理由が不足してしまいます。
プロジェクト開始当初は、我々デロイトはあくまでもビジネスコンサルティングファームの立ち位置を貫いて、「ACEの事業収入を多くすること」のみを至上命題に据えようとしていました。おそらく岩附さん、白木さん御自身も最初はデロイトに対して、そのような限定的な期待をされていたと思います。ですが、お二人やACEさんのコアメンバーの方々と密な議論を重ねるにつれ、立てるべき「問い」を少し修正してプロジェクトの設計自体をし直しました。事業収入の拡大を主眼に据えつつ、本当にACEさんが注力すべき事業の判断のために、ACEがやりたいこと・やるべきこととの軸と、ACEならではの強みが活かせるかどうかという軸を引いて、事業をプロットしました。
最終的なアウトプットとしては、
- 短期的にACEが実行可能な事業強化の打ち手
- 将来的な新規事業のアイデア
- 提案したことを実行していくためのアクションリスト
をお渡ししました。
1は例えば、企業の児童労働問題へのソリューションを高めていくような活動。2は、今すぐはできないけれども、ある程度大きな投資をしたり、事業者を巻き込むことでできるプロダクトです。
わかりやすい例として目に見える成果物をご紹介すると、ACEさんが企業に対して使う提案書の雛形を一緒に作りました。ここで我々が提供できるバリューは、企業の中での意思決定プロセスへの理解です。ACEさんから提案を受ける企業の担当者は、社内で事業部や経営陣に対してなんらかの説明をして予算を獲得し、ACEさんへの発注につなげます。この流れの中でACEの提案書が受け入れられるための、社内コンセンサスを得やすい「ACEが提供する価値の定義」や「成果物の示し方」などを一緒に議論しながらつくりました。
コンサルティングを受けつつ、同時に新たなチャレンジを形にしていく
岩附 :他にも沢山のアウトプットがありますが、特に印象に残っているのは、過去に児童労働が明るみに出た企業を例にとり、不買運動が起きたことによって失われた売上高をシュミレーションしたグラフを作っていただいたことです。このグラフは提案書の中に入れています。
羽生田 :コンサルタントの出せる価値としてよく言われるのは、客観性とロジックです。その集合体の一つとして数字があります。児童労働問題が重要という総論はわかっていても、数字がないと企業は動きません。数字のなかでも、損益計算書でいう営業利益から上に表示される項目に影響があると気づいた場合、企業の意識は大きく変わります。定性的な空中戦でなく、これだけおおごとであるということを理解できる数字を作ったことは、今後も残っていくレガシーになるだろうと思っています。うちのメンバーの頑張ったところです。
岩附 :あれはACEだけではどうやってもできないものでしたね。企業がサプライチェーンの課題に取り組めないひとつの言い訳として、「そんなこと言っても上司にそれで売り上げが増えるのかと言われます」というのがよくあります。それに対して、「これをやらないと売り上げがこれだけマイナスになりますよ」と言える、本当に使えるものをいただいたと思っています。我々がやっていることの意味や価値を、自分たちでは語れなかった角度から語れるようになったのは大きな前進です。
あとは企業向けのセミナーをやるというのもありました。ACEに何ができるのかを知っていただくには、一緒に何かやり始めた方がいいのではと思って、デロイトさんの社内で、今後強化していきたい、企業向けのセミナーをトライアルしました。
白木:分析して提案していただいて、実際効果が出るのは終わったあとみたいなイメージがコンサルティングにはあるかもしれませんが、自分たちとしては、この機会から最大の実を得ようという欲張りなところがあり、実際に使えるものを期間の中で作りたいと考えていました。すぐ動いて試して、ダメだったらやり直す。やりながらアクションを起こしていけるのは、小回りの利く私たちの良さだと思うんです。コンサル期間中に実践を伴ってきたこともあり、プログラム期間後すぐに組織体制を整え、いただいたアクションリストを実行しています。
ACE・デロイトの総合力で、日本企業の児童労働問題解決を前進させる
── これから協働していくプロジェクトとしては、どのようなものがありますか?
白木:世の中を共に変えていく一環として、企業の人権課題対策に関する情報を収集する、アンケートを計画しています。これは、たくさんの企業さんとのネットワークがあるデロイトさんとやることで多くの回答をいただき、使えるデータにしていけることを期待しています。
羽生田:このアンケートを何のためにやるかというと、世の中の水準をリアリティある形で理解するためです。この結果をもとに人権課題に対する取り組みを評価する診断チャートを作ります。企業の意識を変えるためのツールとして、先ほど挙げた数字の力だけでなく、他社比較や業界水準との比較があります。「貴社はどうやら業界では最低水準ですね」と言われた瞬間、「あ、やばい」となる、そういう仕掛けですね。我々コンサルタントがこれにどうお役に立てるかというと、企業とのネットワークもそうですし、あとは設計です。企業によって差が出るような質問を組むために、仮説を持ってディスカッションをして、できれば定点、毎年でもやれる再現可能な形のアンケートを考えています。
協働のかたちとしてもう一つあるのが、ACE・デロイトそれぞれのクライアントへの提案の中にお互いの存在を入れることですね。例えば、児童労働が企業のサプライチェーンの中にあるときに、課題の発見や診断はSA8000という人権・労働に関する国際規格の社会監査を行う資格をお持ちのACEの方々が実施し、その後のサプライチェーン改革そのものはデロイトがお役に立てる可能性が高いと考えています。児童労働が問題となっているサプライヤーとの取引を打ち切ること自体は難しくないかもしれません。ですが、企業が頭を悩ませるのは、その後もいかにしてサプライチェーンを継続するかです。場合によっては児童労働の課題解決によって一時的にコストアップする可能性もあって、その場合でも事業競争力を維持強化するにはどうすべきか。社会課題解決と経済合理性を両立させるイノベーティブな解決策を出すことこそが、デロイトが目指す本当の価値だと考えています。
世界的にみればNGOと企業で組んでいる事例が結構ある中で、これまでデロイトは非営利団体などのソーシャルセクターとCSR活動のほかは、ビジネスコンサル本業としての連携はできていませんでした。そもそもデロイトは、持続可能な社会の構築のために、克服すべき課題について、その解決につながる新たな事業機会を創出することを目指しています。ACEさんとの協働は、単なるプロボノ支援を越えて本業におけるソーシャルセクターとの価値創出の領域に入っています。
岩附:今企業はほんとうにこういうことやらないとまずいんですよ。日本は世界的に遅れていますが、グローバルな潮流はそうなっている。そこはデロイトさんもビジネスとして狙える部分です。もちろんデロイトさんが本気でコンサルをしてくださったということの結果がこれなんですけど、そもそもニーズがあるだろうという感覚がたぶんお互いにあったのだと思います。私たちにとって、パイオニアプログラムははじまり。協働に関してはこれからが本番です。
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次回、後編ではデロイトチームより、ソーシャルビジネスに対するコンサルティングの醍醐味を語っていただきます。
>>「“支援する、支援される”の関係を越えた、社会変革のパートナーへ(後編) 戦略コンサルタントがソーシャルビジネスコンサルプロジェクトにみる醍醐味」
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