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#経営・組織論

根っこから公平な組織文化をつくり、社会を変えていくために。D&Iコンサルタント・寶納弘奈さんに聞く持続可能な価値づくり―ETIC.のD&I推進【2】

2023.11.20 

Try new Things symbol. Concept words Try new Things on wooden blocks. Businessman hand. Beautiful grey green background. Business and Try new Things concept. Copy space.

 

D&I推進に取り組む企業や団体が増えている中、強い思いをもって始めたものの組織内での変化を感じられなかったり、途中で方向性に迷いが生じたり、悩みの声も多いようです。

 

そんな現状を抱える企業や団体に、戦略的なD&I推進の支援を行っているのがD&Iコンサルタントの寶納弘奈(ほうのう・ひろな)さんです。

 

前回の記事では、D&Iを進める中で大事だと実感した、「言葉やコンセプトに対する理解を組織内でそろえること」、「D&I推進は、国際社会でも人権の視点から取り組みが急務とされているように、『組織の価値』だという認識を最初に社内外で広げること」の二つを挙げてくれました。

 

前回の記事はこちら

>>   組織や事業にD&Iを取り入れ、変化を起こすには?元メルカリ・寶納弘奈さんに聞く社内を巻き込む2つのポイント―ETIC.のD&I推進【1】

2021年より自主経営を行っているETIC.(以下エティック)では、2022年からD&I推進の取り組みを始め、手探りながらも社内外での変化が起こるなど手ごたえを感じています。前回に続き、社内勉強会でゲストに迎えた寶納さんにお聞きした、「組織や事業のD&I推進で大切にしたいこと」を一部抜粋してお届けします。

D&I視点をきっかけに意見を出す人が増えた

 

――寶納さんがメルカリ在籍時、D&I推進チームが中心となって試行錯誤しながら活動を進める中で、組織にD&Iが浸透してきたと感じられた時、社員に印象的な変化は現れましたか?

 

2つあります。一つめは、自発的にD&Iについて考える人たちが増えてきたことです。社内コミュニケーションツールで、一人の社員が「今日はこういう議論があったけれど、自分はD&I的にこうった部分にモヤモヤを感じた」といったつぶやきをしてくれました。その後、別の社員が「こんなことを言ってくれる人がいました」と全体に共有してくれて。「D&Iチームが頑張ったおかげですね」と、私たちへの励ましの言葉も添えてくれたんです。

 

さらに、社員の何人かは、自身のブログで、D&Iへの考えや内省を発信するようになりました。「大きな変化が起きた」と思えてうれしかったです。

 

How can we make it better - word concept on building blocks, text

 

二つめとして、実際の組織の運営方法についてモノ申したい人たちがとても増えました。「なぜ管理職に女性が少ないのか」など。そういった発言が出てくることを、「組織内の対立が増した」と捉える人もいますが、私はD&Iへの理解度と成熟度が上がったことを実感しました。きっと、みなさんの組織でもそういった発信をしてくれる人がどこかにいるのではないだろうかと思っています。

 

――D&Iには直接関係のないことではどうですか?D&I推進をきっかけに、社員の声が上がりやすくなったと感じることはありましたか?

 

あります。四半期目標の決め方、会議の進め方一つとっても、「意見が言いやすくなった」「一部のバックグラウンドの人たちの声が聞こえづらかったことに気づいた」という声を聞きます。見方を変えれば、インクルーシブな環境になってきたと言えるし、私たちが状況からD&Iが進んでいると解釈をして「良い進捗がありますね」と声をかける場合もあります。逆に、チーム内での変化を共有してくれた人が「これはつまり、D&Iの認識が高まったということですよね」と言ってくれることもあります。

 

ただ、どんなこともD&Iに関連づける必要はありません。それでも、「点と点は存在していたけれど線でつながっていなかった」ところに光を当てることは、D&Iに関心がある人だからこそできることだと思うので、そういった関心層が組織内で増えるように意識をするといいのかなと思います。

「事業に活かすD&I」と「組織をより良くするためのD&I」

 

活動で大切にしたいことの一つとして、「事業に活かすうえでのD&I」と、「組織をより良くするためのD&I」は両輪で進める必要があると思いますが、時間が有限の中、すべて一度にはできないと思います。

 

例えば、今年は「事業に活かすためのD&I」と、「組織運営に活かすD&I」のどちらを深めていくか、組織全体で優先順位を決めてもいいのかなと思います。

 

多様性|「DIVERSITY」と書かれたスタンプとカラフルな折り紙

 

「事業にD&Iの考え方をどう取り入れていくか」については、エティックではすでに海外の団体とたくさんのネットワークを持っていると思うので、まずは取り組んで良かったと思うことを、数団体と共有する場をつくるのはどうでしょうか。「エティックではこうした取り組みを行っています」といった共有をするだけも、ほかの団体が「こんなことができるんだ」と知識と気づきを得ることで新たな行動のきっかけが生まれるはずです。

 

「組織運営にD&Iを活かす」ことにフォーカスするのであれば、グローバルスタンダードの人事がやるべきことを体系的に学べる場があるので、数人ほどで参加して、D&I視点で考える報告会を開くのもいいですね。私も、「採用活動をD&I視点で良くするには」といった講座を受けました。まずは学びの場で知識を増やすことから始めるのも一つの方法だと思います。

組織として発信するために。組織の合意をとるのは難しいけれど

 

――事業や組織にD&Iを活かすうえで改めて大事にしたいことを教えてください。エティックの場合、今後、事業を多様な層に届けていきたいと活動していますが、組織的に発信していくためにはまず組織的にD&Iについて合意していくことが、自分たちにとって次の段階なのだろうと思っています。

 

水を差すようですが、D&I推進を組織の合意にしていくことはとても大変で、どんな組織においても繰り返し議論が必要です。組織として発信したい思いが強くても、立場によって様々な壁があります。また、「私たちの組織はD&Iの課題はまったくありません」という組織は世界中どこを探してもないと思っています。

 

大事なのは、自分たちの現在地を正しく認識している、または、正しく認識しようと努力をしているという姿勢を組織として示すことです。組織内では、「キラキラに見せる必要はないけれど、努力をしている」ことで合意を取れるといいのかなと思います。

 

Workshop or business discussion, meeting or brainstorm new idea, training course class, Q and A, question and answer chat, business people in workshop meeting room with whiteboard and sticky notes.

 

また、D&Iに取り組む人たちが知りたいのは、「誰が、日常的にどんな取り組みを行っているか」だと思います。そう考えた時、誰かの失敗談や成功談が有効になると思いました。ただ、失敗談などは意外とチーム外の人たちには知られていません。

 

社内のいろいろなチームが集まって、失敗体験や成功体験を発表し合う場をつくるなど、ざっくばらんに自分たちのことを話せる場があるといいなと思います。もし、共有された知恵や工夫を自分たちが試してみて良い方向へ進めば横へ展開すればいいし、「ETIC.でこんな勉強会をしてこんな発見がありました」といった報告や気づきを社外に発信することも良い変化を生むきっかけになるのではないでしょうか。

 

さらに、組織としての合意を取る、または組織として社外に何かを発信をしていくうえでとても難しさを感じたのが、「最終的な責任者を誰にするか」です。この場合、推進チームが「一緒にやりましょう」とサポート体制をつくり、責任を担う人が安心して活動できるといいなと思います。

構造的な不平等を再生産しないために気を付けたいこと

 

――エティックの今後の取り組みについて、例えば、先に事業的な取り組みで変化を出せればと思っていますが、気を付けた方がいいことはありますか?

 

事業、特にプログラムを運営するうえでは、自分たちが構造的な不平等を再生産しないように気を付けることがとても大事です。

 

そのためには、具体的に「構造的な不平等やギャップはどこにある?」と、組織で認識をすり合わせていく必要があります。

 

プログラムの運営法、運営上のルールや習慣などに不平等が点在していないかどうか。これまでと同じターゲットとやり方を前提にプログラムを運営していないかなど。

 

いろいろなところに構造的不平等があると考えて、不平等がどこにあるのかをチームやプロジェクトごとに話し合いをするのです。そうすると、「思っていた以上に認識がすり合っていなかった」「こんなところに構造的な不平等の再生産があった」といった気づきがあると思います。その気づきをまずは隣のチームや社外パートナーと共有し合うことが、組織として、事業にD&Iを活かすための理解力の向上に貢献できるのではないでしょうか。

様々な役割の人たちが公平に評価されているかを俯瞰して見る

 

――構造的な不平等の再生産は、組織の中でも、社外に向けた事業でも起きている可能性はあると思っています。自主経営を進めているエティックで、異なる構造や価値観を柔軟に活かす方向で議論や行動を進めるために必要なことは何だと思いますか?

 

組織にマネージャーという役割がない場合でも、プロジェクトごとにリードする役割の人はいると思います。そういった役割の方は過去にも似た行動や成果が評価されている可能性はあるのですが、一般的に大胆な意思決定や目立った成功体験のある人たちが選ばれる傾向はあると思います。

 

Employee engagement, commitment or motivation to success with company, staff dedication or job satisfaction, productivity or employee recognition, business people employee with stars and happy reward.

 

公正に評価しているつもりでも、どういった行動が評価されているのか詳細を見ていくと、偏った属性の人たちがもつ資質や働き方がより評価される傾向があることが見えてくると思います。どんな傾向が存在しているかに向き合うのは苦しく時間のかかる作業ですが、自分たちの今後のためだと思えば試してみる価値はあると思います。

 

また、様々な役割で働く人たちが公正に評価されているのか――この課題は、組織の規模の拡大と比例して複雑になっていきます。

 

まずは一度、組織全体で、いろいろな役割の人たちがバランスよく力を発揮できているのか、俯瞰してみる必要があります。集合的知性を上げるうえで大切なのは、それぞれ与えられた役割で活躍の仕方があること、その状態を持続させるために自分たちが今できること、今後やらなければならないことは何なのか、そういった話し合いが部門ごと、リーダー間やチーム間で行われることです。

 

それぞれ見えてきた課題を共有し合う場がなければ、人の持つ資質から、似た者同士で集まるため、どうしても同質性が高くなる傾向が高くなります。それを「ちょっと待った」と引き戻す力が、推進チームのみなさんから発揮されることが理想です。

 

――うまく進んでいることもうまくいかないことも社内で共有し合って、モヤモヤに気づいたり、考えたりする場をつくるとよさそうだと思いました。同質性についても、いろいろな人が活躍できる未来を描けるのか、採用とD&Iを掛け合わせて、視点を変えながらうまくいったこととモヤモヤすることを見つけていきたいです。

 

暗黙知をなくしていくことは、D&Iではすごく大事だと思っています。暗黙知を理解できる人だけが活躍できる組織は、本当にインクルーシブなのかと聞かれるとそうではないと思うのです。「なるべく暗黙知がない」とか「これを見れば誰でもプロジェクトの概要がわかる」とか、優秀な人材育成の仕組みが可能になる資料を作っておくなど、それだけでもすごくインクルーシブな組織、風通しの良い組織になっていくのだと思います。

 

There is a card with the word of Goal 3: Good health and well-being which is one of the goals of the Sustainable Development Goals.It's by the envelope or laptop computer.

 

また、補足として、「D&I」というタグやキーワードは前面に出さなくてもいいかなとも思っています。勉強会や報告会を開く際も、「みんなでお互いのwell-beingについて話し合おう」など、身近なタイトルにするだけでも参加しやすくなると思います。「D&Iについて考える会」というと難しく感じてしまう場合もあると思うので、あえてタグ付けをしないこともおススメです。

 

――肩に力を入れすぎず、草の根的な運動として進めればいいとわかってすごく励みになりました。エティックでは、「みんなでやろうよ」と推進チームが声がけをしてきたこの1年半でも変化を感じる部分があって。社内で問い合わせが増えたり、気にかけてくれる人がいたり、そういった変化をすごく感じます。このまま気軽な活動として続けていけばいいのかなと思いました。

 

D&Iの進め方は正解がないと思うのです。「決まったステップを踏めば目標達成」といった成功論はありません。それぞれの組織が試行錯誤しながら進めていくのだろうと思っていて、エティックの場合、気にかけてくれる人が現れたことはすごく大きな変化だと思います。

 

「興味はあるけれど、自分から挙手や発言をするのは少し恥ずかしい」という人も一定数いるかもしれません。「気にかけてくれた人がいる」と気づける環境から、社外へも良い流れが広がっていくといいなと思いました。

 

 

DEIコンサルタント/寶納弘奈(ほうのう・ひろな)

異文化コミュニケーショントレーナーになるべくバーモント州の専門大学院SIT Graduate Instituteに在学中から、教育非営利団体VIAでプログラムディレクターとして活動。卒業後はカリフォルニア州立大学バークレー校で異文化トレーニングスペシャリストとして勤務。 帰国と同時に、大手通信企業のグローバル研修担当になり、その後メルカリに入社。D&Iチームを設立し、無意識バイアス研修や異文化コミュニケーション研修を作成。女性やLGBT+コミュニティのメンバーを対象としたソフトウェアエンジニア育成プログラム「Build@Mercari」、組織横断の社内委員会「D&I Council」などの施策を推進し、「Linkedln:今、働きたい会社」トップ10に選出。 専門分野はDEI組織戦略、異文化コミュニケーション&コンフリクトマネジメント。

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たかなし まき

愛媛県生まれ。松山東雲短期大学英文科を卒業後、企業勤務を経て上京。業界紙記者、海外ガイドブック編集、美容誌編集を経てフリーランスへ。子育て、働く女性をテーマに企画・取材・執筆する中、2011年、東日本大震災後に参画した「東京里帰りプロジェクト」広報チームをきっかけにNPO法人ETIC.の仕事に携わるように。現在はDRIVEキャリア事務局、DRIVE編集部を通して、社会をよりよくするために活動する方々をかげながら応援しつつフリーライターとしても活動中。いろいろな人と関わりながら新しい発見をすること、わくわくすること、伝えることが好き。