最近、「ローカルイノベーター」という新しいキャリアが注目されています。
たとえば、2013年4月に宮崎県日南市が月給90万円で募集した地域おこし人材に、333件の応募から見事選ばれた木藤亮太さんがその一人。地元の人が「ネコも歩かぬシャッター街」と呼んだ商店街に、4年間で29以上の店舗をオープンさせる実績を上げ、Forbesが選ぶ「ローカルイノベーター55選」の一人に選ばれています。
そしていままさに、木藤さんのようなローカルイノベーターが生まれようとしている地域が、石川県七尾市。能登半島の中央部に位置し、「天然のいけす」と呼ばれる七尾湾がもたらす豊富な海産物や、ユネスコ無形文化遺産に登録されている青柏祭(せいはくさい)をはじめとした祭礼で有名な、人口5万5千人ほどのまちです。そんな七尾市をフィールドに、月給80万でローカルベンチャーの事業支援を担う「ローカルベンチャーアテンダント」が募集されています。
どうしていま七尾市で、ローカルイノベーターが求められているのでしょうか。取材に行くと、ローカルベンチャーアテンダントの力によってイノベーティブシティに生まれ変わる可能性を秘めた、知られざるまちの姿が見えてきました。
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組織を超えてローカルベンチャーを支援する体制
実は七尾市では、全国でも珍しい創業支援が行なわれています。その名も、「ななお創業支援カルテット」。地域での創業支援をワンストップで行うことを目的とした取り組みです。
地域での創業支援は、創業予定者のニーズに対して、補助金申請や創業セミナー、事業計画の検討、空き家バンクの情報提供などを各組織が別々に対応するのが一般的。しかしななお創業支援カルテットでは「カルテット(四重奏)」の名前のとおり、七尾市とのと共栄信用金庫、七尾商工会議所、日本政策金融公庫の4者が連携し、創業の計画段階から開業後のサポートまで一貫した支援を可能にしているのです。
2014年1月にスタートしたななお創業支援カルテットによって、これまで七尾市では57件のローカルベンチャーが生まれてきました。さらにのと共栄信用金庫の小石芳一さんによれば、今ではこうしたローカルベンチャーの横のつながりも生まれているそう。
「『ななおカルテット村』という、ななお創業応援カルテットの支援で創業したローカルベンチャーのコミュニティが生まれており、イベントを協働で開催するなどの連携も生まれています。30名で始まったコミュニティですが、これからもっと増やして、“町”や“市”へと拡大していきたいですね。」(小石芳一さん)
豊富な地域資源を活かしたローカルベンチャーたち
全国でも珍しい、組織を超えたローカルベンチャーの支援体制のもと、七尾市ではオリジナリティ溢れるローカルベンチャーの担い手が活躍しています。
たとえば、能登島に拠点を置く平山水産の平山泰之さんは、秘伝のかご漁とITを組み合わせてマダコを獲る「IT漁師」。経験と勘に頼る従来の漁の方法ではなく、水温、水深、漁獲量などのデータをもとにした漁によって、安定した利益を上げることを実現しました。
また、漁だけでなく金沢市で飲食店を経営したり、キリン株式会社が七尾市で取り組む、料理人と生産者が行き交うコミュニティを形成するプロジェクト「Third Kitchen Project」のメンバーの一人になるなど、漁師の枠にとらわれない幅広い活動に取り組んでいます。
また、フィレンツェの世界的テーラーで修行を積んだのち、七尾市で自らのアトリエ「Sartoria Cavuto」をオープンしたのが甲祐輔さん。高い技術で仕立てられたオーダーメイドスーツを求めて、日本全国だけでなく、香港や中国といった海外からも注文が入るなど、知る人ぞ知る店となっています。
あえて流行の先端である東京ではなく七尾市にアトリエを構えたのは、「奥さんと共に訪れた際に、土地の魅力に惹かれたことがきっかけ」と甲さんは振り返ります。今では、満員電車に揺られて通勤する必要もなく、静かな環境の中で集中して作業ができる七尾の環境に、東京にはないメリットを感じているそう。
平山さんや甲さんの他にも、能登の食材を活かしたイタリアンレストラン「Villa della Pace」を東京から移住してオープンした夫婦や、能登島に構えた工房「kota glass」で溶かしたガラスから器や照明、オーナメントなどの制作に取り組む作家など、たくさんのローカルベンチャーの担い手が七尾市の地域資源を活かして活動をしています。
活かしきれていないポテンシャル
ただ、こうした事例はまだひと握り。七尾には豊富な地域資源がありながら、まだそれらが活かされておらず、「むしろ諦めてしまっている人もいるのが現状」だと、七尾市役所職員の立川淳さんは言います。
「地域の方のなかには、進学などで他の地域に出る子どもに『七尾だと仕事がないから、帰ってこなくていい』と言う方もいるんですよ。ここにしかない地域資源がたくさんあって、マーケティングや商品開発などの視点さえあればビジネスが生まれ、仕事も生まれるポテンシャルはあるのに、まだ活かされていないのをもどかしく感じています」(立川淳さん)
「まだ活かされていない地域資源」とは、たとえば農作物。七尾市は漁業のイメージが強いですが、能登の里山里海が世界農業遺産に登録されているなど、農業も非常に盛んで、能登の自然環境で育まれた能登白ねぎや中島菜などは「能登野菜」として親しまれています。しかしこうした農業も、6次化など時代の流れについていくことができず、後継者不足に悩まされているそう。
かといって、カルテットによるローカルベンチャーの支援にも限界があるのが現状です。七尾商工会議所のスタッフとしてカルテットに関わる中村史人さんは、次のように語ります。
「たしかにカルテットは57件の創業を生み出すなど、一定の成果を上げてきました。しかし、創業後のフォローを十分にできていないという課題もあります。現状では市と信用金庫、商工会議所、日本政策金融公庫の担当者が、他の業務と兼任でカルテットに関わっているので、いつでも支援先の企業を訪問できるわけじゃないんです。経営支援に専任で関われる方がいれば、地域資源がビジネスになるチャンスはもっとあると思うのですが。」(中村史人さん)
このように七尾市では、世界農業遺産である里山里海で育まれた農産物と水産物のポテンシャルが、十分に活かされていない現状があります。そこで、マーケティングや商品開発、販路開拓、プロジェクトマネジメントといった何らかのビジネススキルをもとに、ローカルベンチャーの担い手とともに地域で事業と雇用を生み出していく「ローカルベンチャーアテンダント」が求められているのです。
必要なのはコンサルではなく、“一緒に泣き笑いできる伴走者”
ここまで聞いただけでは、七尾市は経営コンサルタントを必要としているようなイメージを持つかもしれません。しかし、「ローカルベンチャーアテンダントの役割は、ちょっと違う」と市役所の立川さんは言います。
「コンサルタントと言うと、客観的な立場からアドバイスをするイメージがありますよね。でも、七尾市のような規模の地域では、自ら地域の人々のなかに入りこんで、人々と関係を構築することが大事です。ローカルベンチャーの担い手のもとにマメに足を運んで、話にしっかり耳を傾けて、事業の裏にあるストーリーまでわかった上で、一緒に歩んでほしい。だから、“伴走者”といった意味合いがある『アテンダント』という言葉を使っているんです」(立川淳さん)
そのため、応募者から実際に採用する方を選ぶ際は、輝かしい経歴やビジネススキルよりも、周りから信頼されるような“人となり”を持っているかを見るとのこと。ビジネスの視点を持ちながらも、地域の人々と同じ目線に立ち、一緒に泣いて一緒に笑えるような“伴走者”となることにやりがいを感じる方は、七尾市でのローカルイノベーターに適任かもしれません。
ローカルベンチャーアテンダントが、最後のピースになる
さて、ここで一度七尾市から全国に目を移してみましょう。
岡山県西粟倉村や宮崎県日南市など、ローカルベンチャーが数多く生まれ、イノベーションが起こっている地域には、次の4つの要素が揃っています。
- 豊かな地域資源
- 意欲あるローカルベンチャーの担い手
- ローカルベンチャーを支える体制
- ビジネスの視点を持ったローカルイノベーター
たとえば冒頭で紹介した油津商店街では、
- 油津商店街の存在や、広島東洋カープのキャンプ地だという地域資源
- 起業に意欲を持った市民
- 創客創人センターという支援体制
- 木藤さんというビジネス経験を持ったローカルイノベーター
という4つが揃ったことで、全国でも例のない商店街の再生を達成しました。
この4つの要素を頭に入れた上で、もう一度七尾市に目を向けてみましょう。
七尾には、
- 世界農業遺産にも指定されている豊富な自然資源
- ローカルベンチャーの立ち上げに意欲を持った市民
- ななお創業支援カルテットという支援体制
という3つの要素が揃っています。
今後ここに、ビジネスの視点を持ったローカルベンチャーアテンダントが加わることで、4つの要素が揃い、近い将来七尾市は全国から注目されるイノベーティブシティになっていく可能性を秘めています。
いわば、イノベーティブシティへの最後のピースとなっているローカルベンチャーアテンダント。「もし気になる方は、ぜひ一度七尾に足を運んで欲しい」と立川さんは言います。
「やはり来てみないとわからないこともあると思うので、ローカルベンチャーの現場に足を運んだり、農産物や水産物などの地域資源の豊かさを知ってみて欲しいです。その結果、七尾市でローカルイノベーターになるというキャリアを選んでもらえればありがたいですし、『やはり自分は違う』と思ってもいい。七尾市のファンになってくれるだけでも、私たちとしては嬉しいです。」(立川淳さん)
七尾市で起業や、
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