2009年に総務省によって制度化された「地域おこし協力隊」は、2016年度には全国で3,978人の若者が活動するなど、年々隊員数が増しており、その存在は一般的にも知られるようになっています。一方で、地域の受け入れ体制が整っていないことが指摘されることもあるのが現状です。
そんな中、岩手県釜石市では、“ALL 釜石”の体制でローカルベンチャーの担い手になる協力隊員をサポートする「釜石ローカルベンチャーコミュニティ」を打ち出しています。2017年6月には6人の協力隊員が着任。ローカルベンチャーの立ち上げを担うことになりました。
(釜石ローカルベンチャーコミュニティについては、以前の記事をご覧ください。)
そんな釜石市独自の地域おこし協力隊のサポート体制に関する取材から、「地域おこしに協力する」のではなく、地域と共に協創し隊員自身が独自の取り組みを主導していく、新しい協力隊のあり方が見えてきました。
6人のローカルヒーローたち
雑誌『ソトコト』編集長の指出一正さんは、「お金」や「キャリアアップ」ではなく、生きる手ごたえや確かなつながりを求めながら地域を盛り上げる若者を、「ローカルヒーロー」と呼んでいます。
「ローカルヒーロー」とは、たったひとりで誰もが望む奇跡を日本の地方に圧倒的に起こすような唯一無二の存在ではない。生身で等身大だけれど、その人物が作用することで、仲間を巻き込み、普段のまちに熱波が静かに広がり、地方が未来へと前向きに動く。そんな愛すべきキャラクター。ローカルベンチャーの分野は、このローカルヒーローのみなさんがかならず存在している。(引用:「地方で起業するローカルベンチャー〜あしたの地方の仕事〜(ソトコト編集長・指出一正さん寄稿)」)
今回首都圏から釜石市に集まり、協力隊に着任した6人は、釜石を自らの力で変えていく未来のローカルヒーローたち。特徴的なのは、着任してからやりたいことを見つけるのではなく、自ら実現したい事業アイデアを持って集まったという点です。
細江絵梨さん(30)は、THE BODY SHOPジャパンを退職したのち「一般社団法人SAVE IWATE」に所属し、支援活動や首都圏での情報発信事業に携わってきました。今後はより地域に根ざして産業を創ることに関わりたいという思いから、釜石市の根浜地域で活動する一般社団法人根浜MINDとともにマリンスポーツが存分に楽しめるよう海沿いの空きスペースの活用や、映画等のイベント開催、避難道作り、教育旅行・研修旅行誘致等の事業化を行っていきます。
古賀郁美さん(25)は水産資源の6次産業化・漁業に取り組みます。水産学を大学で学んだ古賀さんは、豊かな水産資源と伝統文化がある釜石市の魅力に惹かれ、今回応募を決意したそう。釜石市では、「雑魚」と呼ばれる規格外の魚を使用し、付加価値の高い商品を作り、市内の飲食店での取り扱いや新商品の販売と言った事業に取り組みます。
母親の故郷が岩手だという福田学さん(40)は、震災以降ボランティア等で岩手に関わる中で、移住して事業を作ることで地域に恩返しをしていきたいと考えるようになったそう。取り組むのは「さんクル(三陸×ネイチャーサイクリングkamaishi)」という、美しい三陸の景観を活かした、レンタルのできるコミュニティサイクルサービスです。週末に観光のために活用するだけでなく、平日は市民の方の移動手段としても活用してもらえるような事業を計画しています。
商品開発の分野で起業するチャンスを探していた吉野和也さん(36)は、多様なメンターや支援制度、地域とのつながりを活用できる釜石市をそのフィールドに選びました。取り組むのは「一次産業×ツーリズム」の事業。レジャーダイビングや漁業体験、遡上する鮭の様子を水中で観察する「サーモンスイム」といった着地型観光商品の開発を行う予定です。
石橋考太郎さん(26)は、「BIZ CAMP」という地域課題を解決するビジネスを創業する若者を輩出することを目的としたビジネスコンテストを開催しており、事業を本格化させる舞台として釜石市を選びました。まずは岩手県内の大学や釜石地域の若者と連携をとりながらBIZCAMP釜石を開催し、今後は釜石に限らず全国でも展開し事業化することを目指しています。
埼玉県で保育士として9年間従事した経験をもとに、自然を活かした保育事業を行いたいと考えているのが深澤鮎美さん(30)。釜石の自然環境がある場所や公園にて幼児の預かりを行い、子どもが自然と触れ合いながら遊び学ぶ場や、親子で自然環境を楽しめる場の提供を「自然あそび広場 にここ」にて行います。
こうした様々なバックグラウンド、そして非常にユニークな事業アイデアを持った6人が、釜石でローカルベンチャーに挑戦していきます。
個人が実現したいローカルビジネスの伴走をする「ローカルベンチャーコミュニティ」
こうした未来のローカルヒーローたちが集まった背景の一つに、釜石市が掲げる「伴走体制」が挙げられるでしょう。
冒頭で述べたように、地域おこし協力隊の制度に対しては、「地域の受け入れ体制が整っていない事例がある」という指摘もあります。しかし釜石市では、「釜石ローカルベンチャーコミュニティ」という、ローカルベンチャーの担い手とフラットな目線で伴走する体制を設けています。釜石ローカルベンチャーコミュニティとは、起業や自分らしい働き方を実践する個人、CSR・CSV経営に取り組む企業、次世代に誇れるまちづくりを担う地域パートナーが協働するプラットフォームのこと。ボードメンバーやメンターには、釜石のまちづくりの中核を担う人物が多数参画しており、コミュニティへの参加者の自己実現に全力で伴走しているのです。
また、釜石ローカルベンチャーコミュニティに参加するのは釜石在住者だけではありません。釜石市では「フレキブルエントリー」という枠を設け、東京などを拠点に遠隔で、もしくは2拠点居住で釜石のまちづくりに関わる方を募集。その結果、独自のスキルを持った14名もの方が集まり、それぞれの取り組みを始めています。
地域でローカルビジネスを始めようとする方にとって、一人ではなくコミュニティとしてローカルビジネスに取り組むことができる体制は心強いはず。今回釜石市に着任した細江さんは、「メンターに事業のアドバイスをしてもらえるなど、横のつながりがしっかりしていることは、とても安心感があります」と言います。
また、福田さんは「地域で事業を始めるためには、地域内でのネットワークがとても大事だと思いますが、自分一人だと誰と繋がったらいいかわかりません。その点、釜石では『こういう人とつながるといい』と紹介してもらえるバックアップ体制があるので、安心して起業できると思いました」と語ります。
地域で事業行う際に必要なノウハウ、ネットワーク形成などについてバックアップを受けられるだけでなく、働く場所についても、現在協力隊のためのコワーキングスペースをリノベーション中。さらに、国内の行政で初めてAirbnbとの連携を始めるなど、国内外の企業とのコラボレーションが多く生まれている釜石市では、ローカルベンチャーも大企業との連携が実現することがあるかもしれません。
このように、さまざまな面でローカルベンチャーの担い手と伴走する体制が整えられているのが釜石市なのです。
「協力」ではなく「協創」を目指す 釜石式ローカルベンチャー
釜石市での地域おこし協力隊の受け入れ体制を見ると、これまでの協力隊に対するイメージと異なる、次のような点に気づきます。
- まず“自分おこし”でいい
「地域おこし協力隊」というと、「地域課題の解決を第一に目指さなければならない」というイメージを持ちがちです。もちろん釜石でも、協力隊の取り組みは地域課題の解決に結びついているのですが、それよりも大切にされているのが、個人が“自分の人生を自分で決める”ということ。
釜石市オープンシティ推進室長の石井重成さんは、次のように語っています。
地域課題について語るときって、“まち”や“地域”が主語になりがちですが、そうあるべきじゃないと思うんです。地域は単に人の集合体でしかなくて、地域課題の解決や公共的な価値創出というのは、個人が自分の思いに従って動いた結果でしかない。だからこそ、『自分の行動=仕事=生き方』を他人任せにしない人たちが集えるコミュニティを作ることによって、結果的にイノベーションが生まれてくるのだと考えています。(引用:「地域発、働き方改革—自分らしい働き方の実現を支える、釜石ローカルベンチャーコミュニティとは?」)
主語は“まち”や“地域”ではなく“自分”。言い換えれば、“地域おこし”ではなく“自分おこし”に伴走し、その結果として地域課題が解決されていく……。そういった流れが、釜石市の地域おこし協力隊では目指されているようです。
- 個人が地域に“協力”するのではなく、共に未来を創るパートナーとなる
さらに「地域おこし協力隊」には、「地域の取り組みを協力隊がサポートする」というイメージがあるかもしれません。しかし釜石市では、協力隊員が掲げた事業プランを企業、行政、地域パートナーとの協働で進めていく「ローカルベンチャーコミュニティ」を打ち出しているように、「地域が主、協力隊員が従」という上下関係でなく、個人が地域とフラットな関係性の中で自らの事業を進めていくことが目指されています。
- 21世紀の公共性を体現している
石井重成さんは、6人の協力隊員へのメッセージとして、「みなさんは新しい人生を生きる人です」と語りました。
「地域おこし協力隊」という選択は、最近では珍しくなくなってきています。しかし、それでも釜石市での地域おこし協力隊が「新しい人生」だというのは、「21世紀の公共性を体現している」人生だからです。
20世紀までは、行政が公共事業によって地域課題を解決することが一般的でした。しかし、少子高齢化が進む中で、行政だけでは解決できない問題がいくつも生まれてくるようになっています。
そうした中で、「21世紀の公共性」が今後必要になってくると石井さんは語ります。「21世紀の公共性」とは、石井さんによれば”個人の人生の結果“として生まれるもの。例えば、6人の協力隊員がそれぞれのやりたい事業に取り組み、行政はそれに伴走する。そんな個人の人生の結果として、地域課題が解決されていく。それが「21世紀の公共性」だと言います。
釜石市の地域おこし協力隊は、そんな“21世紀の公共性を体現する存在”になる可能性を持っているのです。
「Think globally, act locally」が実現できる地域へ
「まず“自分おこし”でいい」
「個人が地域に“協力”するのではなく、共に未来を創るパートナーとなる」
「21世紀の公共性を体現している」
という、釜石市の地域おこし協力隊の3つの特徴を見てきました。
さらに、忘れてはいけないことがひとつ。釜石市は、2019年にラグビーワールドカップの試合開催を控えています。ラグビーワールドカップといえば、夏季オリンピック、サッカーのFIFAワールドカップと並び、世界三大スポーツイベントとも言われるイベントです。
そんなビッグイベントを控え、釜石市は今後さらに世界から注目を集め、各国から人々が訪れることが予想されます。そのため、「地球規模の視野で考え、地域視点で行動する(Think globally, act locally)」ローカルベンチャーに取り組むことができる地域にもなっていくでしょう。
釜石市では、今後も地域でローカルベンチャーに取り組む方を募集していくそう。「ローカルで自分のやりたいことを実現したい」という思いを持っている方は、コンタクトを取ってみてはいかがでしょうか。みなさんの思いと、釜石市のビジョンが重なれば、きっと“ALL釜石”で迎えてくれるはずです。
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