4月19~20日、福島県浜通り地方を舞台に開催された「東北リーダーズ・カンファレンス」。農漁業者、ものづくり、商店、NPOから大企業まで、東北に関わるプレイヤーたちが一堂に会したこのイベントの一部を紹介する。
ワクワク感を伝えたい――「イノベ構想」の発信に取り組む高校生たち
福島県富岡町の真新しい文化交流センター「学びの森」の大会議室。学生服姿の高校生が6人、ヒューマノイドロボットのPepperとともに檀上に上がった。チーム名は「あすびとユース」。福島県南相馬市の原町高校と小高産業技術高校の生徒たちだそうである。プログラムには「福島イノベーション・コースト構想の紹介」とあった。
まずはPepperが話し出す。
「コンニチハ、ペッパーデス。イノベーション・コースト構想ッテ、廃炉、ロボット、農林水産、エネルギー、環境リサイクル、イロンナ分野デプロジェクトガ進ンデルケド、ワカリヅライヨネ。マズ若イ人達ニ関心ヲ持ッテモラオウト、僕ニプログラムシテ、福島イノベヲ伝エヨウトシテイル “あすびとユース”カラ話ヲ聞キマショウ」
福島県民であればおそらく、「福島イノベーション・コースト構想(以下「イノベ構想」)という言葉を聞いたことのない人はいない。だが、具体的に何をどうする構想なのか、きちんと説明できる人も少ない。福島県、特に浜通り地方の原子力災害からの復興を目指す一大国家プロジェクトなのだが、Pepperが言うように、なにぶん分野が広すぎてわかりづらいのだ。
前例のない福島第一原発の廃炉、原発に頼らない社会のための再生可能エネルギー、そして超高齢化で担い手減少が深刻な第一次産業—―これらの分野にロボット、ドローン、AIをはじめとする最先端技術が必要なことは誰でも分かる。が、イノベ構想は、こうした課題に対応するためのロボットテストフィールドや水素製造工場などいわばハコモノづくりにとどまらない。それらを被災地域の新たな産業基盤とし、それを通じた人材育成・交流人口拡大をも目指す。
▷福島イノベーション・コースト構想推進機構 https://www.fipo.or.jp/
登壇した「あすびとユース」の高校生たちは、これを小・中学生でもわかる言葉にして発信しようと昨年夏から活動を始めたそうだ。まずは自分たちでイノベ構想のさまざまな現場を視察し、そのとき肌で感じたことを大切にしながらシナリオを作成。そしてそれを、ソフトバンクが全国で提供する人型ロボットPepperにプログラミングすることで、さらに広く情報を届けようというプロジェクトだ。去年の夏から30回以上も週末のミーティングを重ねたという。
▲あすびとユースの高校生チームとPepper(一般社団法人あすびと福島のウェブサイトより)▲
「たとえば、廃炉や再生可能エネルギー。これらは、もしも大震災と原発事故がなかったら必要なかった技術かもしれません。でも、今はそれが新たな産業を生み出しています。そうやって、“少し先の未来を持ってくる”のがイノベ構想。日本や世界にすごいインパクトを与えるだろうと思うとワクワク感があります。ここにいるみんなでイノベ構想を盛り上げていきたい」
その発表内容はもちろん、リーダーの安藤禎基(よしき)さん(原町高校3年)の堂々たるプレゼンぶりに、フロアを埋めた170人以上の大人たちからは万雷の拍手。参加者のひとり衆議院議員・小泉進次郎氏も、「誰よりも君たち一人ひとりがイノベーティブであってほしい。そういう人たちがやっているからこそイノベーションなのだから」と熱いエールを贈った。
ここで感じるパッションの源はなにか
これは、去る4月19~20日にかけて福島県富岡町で開かれた「東北リーダーズ・カンファレンス」での一コマである。拍手喝采した大人たち自身も、東北各地で、あるいは東京から東北に関わる形でイノベーションを起こしているリーダーたちだ。
この会の前身は2014年から3年間、復興庁の助成で実施された「東の食の実行会議」だが、2017年からは現在の名称に変え、参加費と企業協賛によって開催されている。宮城県女川町(2017年)、岩手県釜石市(2018年)に続き、この形式になってからは福島県で初の開催だという。主な目的は、東日本大震災以降に東北各地で生まれた地域・企業・NPOなどのリーダーたちのコミュニティを維持・発展させ、「東北から新たな地域のモデルを生み出す」ことだ。
カンファレンス実行委員会のメンバーはもちろん、すべて招待制という当日の参加者名簿を見ると、事業者・生産者ともに錚々たる顔ぶれだ。いずれも東北・復興・チャレンジ、という舞台で主役級を務めてきたプレイヤーたちである。プログラムパンフには、「東北はいま、日本で一番のチャレンジャー」、「『復興』を突き抜けて、日本初、世界初の地域を目指す、高い志」といった、勢いのある言葉が並ぶ。
しかしこの会は、ただの「すごい人たちの見本市」でも、「スローガンを確認しあうだけの場」でもなかった。そのことを、その場にいなかった人に文字を通して伝えるのは難しいのだが、以下私の拙い筆でトライしてみよう。
私が取材した2日目のセッションでは、上述の高校生によるプレゼンに続き、各地で事業を興している14組(+飛び入り7組)が前日のピッチ&ビルドで話し合った構想・アクションプランを発表した。その3時間足らずの間に、「熱量」「熱意」という言葉を何回聞いただろう。農漁業の6次化から老舗旅館の再生、観光コンテンツづくり、伝統工芸品やご当地ヒーローの新展開まで、発表内容も発表者のテンションも様々だったが、通底していたのはまさに「パッション」だった。
▲カンファレンス初日、熱のこもったピッチ&ビルドの様子▲
実際に自分の手でモノを作りコトを起こしている、あるいは起こそうとしているベンチャーたちに「情熱」があるのは当然だ。彼らの言葉はいつも示唆に富み、刺激的である。が、それならどのビジコンでも、どの若手起業家イベントでも同じだろう。でも「東北リーダーズ・カンファレンス」の雰囲気は、一種独特なのである。
おそらくそれは、やはり、ここが「被災地」だからだ。彼ら自身が「『復興』を突き抜けて」と表現しなければならないほど、ものすごいものを突き抜けたからなのだ。
実は、「東北リーダーズ・カンファレンス」には一昨年から、2016年4月の大地震を経験した熊本県の復興リーダーたちが参加している。中でも甚大な土砂災害に見舞われた阿蘇地域から、今年は11名が参加し2組がピッチを行った。未曾有の大災害ですべてがゼロになった被災地とは、スローガン以前に「やるしかない」場であり、そこでは「自分がやりたい事業の成功」だけでなく、常に「地域全体の持続可能な繁栄」が志されている。そしてそこに、SDGs(持続可能な開発目標)の潮流とともに都市部の大企業も次々とリソースを提供し始めている。
その意味で、まさに東北は先進地なのだ。
▲2日にわたるカンファレンス。初日は夜になっても熱い議論が続いた▲
さらに、東北リーダーズ・カンファレンスの前身、「東の食の実行会議」が立ち上がった2014年当時、復興大臣政務官として発起人の一人となった小泉進次郎氏はいう。
「災害大国日本では、残念ながら被災地は“更新”されていく。東日本大震災の後も、熊本地震、西日本豪雨、北海道地震と次々と災害がおき、そのたび人々の関心は分散してしまう。が、逆にそれを強みに変えるにはどうするか。これからも被災地が次々出てくるのなら、被災地同士が手を繋ぎ、“同盟”を作ればいい。まず東北の方々が次の被災地にその知見を渡していく。それがもう始まっている。この先も連鎖して好循環を生んでいく国にしたい」
▲小泉進次郎氏▲
その「知見のバトンリレー」は、応援派遣やボランティアなど個人ベースや組織単位のノウハウ移転に限らない。東日本大震災では、被災現場である小さな基礎自治体に中央省庁の職員が応援に出向するという「前代未聞」のことが行われた。それによって国⇔県⇔市町村の間の壁が良い意味で崩れ、それが「地方創生人材支援制度」*の創設につながったという。まさに、「東北で生まれたことが国の制度を動かしている」(小泉氏)のだ。
*地方創生に積極的に取り組む市町村(原則人口10万人以下)に対し、意欲と能力のある国家公務員・大学研究者・民間人材を市町村長の補佐役として派遣する制度。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/about/jinzai-shien/index.html
「あすびと福島」が送り出す「あすびと」たち
とはいえ、一口に「東北の被災地」といっても事情は様々である。よく指摘されるように、原子力災害という特殊事情をも背負った福島県の復興は、他県とは自ずとスピードが異なる。特に、福島第一原発周辺の相双地方(双葉郡・相馬郡)は、まだ原発事故の後始末が完了していない、まだ一部地域で強制避難が続いているという意味で、災害そのものが現在進行形であるともいえる。今回の「東北リーダーズ・カンファレンス」参加者名簿を見ても、開催地である福島県内からの参加は、東京都・宮城県より少ない。特に双葉郡の町村からは、2日目の会場となった富岡町の町長・副町長の参加を除けば皆無だったのを見ると、やはりいろいろな意
その福島の復興はまだ、行政主導の部分が大きい。上述の「福島イノベーション・コースト構想」も国家プロジェクトである。そしてそこではどうしても大規模なハードの整備や制度設計に目が向きがちだ。けれども、ハードも制度も運用するのはいうまでもなく人間であり、小泉氏も指摘したように、その人間がイノベーティブでなければ「イノベーション」などそれこそスローガンで終わってしまう。廃炉だけでも30年以上の時間を必要とする福島ほど、次世代の人材育成が必要な被災地はなかろう。
そのことをいち早く実感し、「次代を担う若い社会起業家=『福島型アントレプレナー』早期育成」に取り組んでいるのが、南相馬市に拠点を置く一般社団法人「あすびと福島」である。元東京電力役員の半谷栄寿氏が2012年に立ち上げた組織だ(当初は「福島復興ソーラー・アグリ体験交流の会」)。以来、対象を小中学生から、高校生、大学生、そして企業研修へと広げ、「明日をつくる人。明日を切り拓く人」=「あすびと」を送り出している。
▲あすびと福島代表理事、半谷栄寿氏▲
▷あすびと福島ウェブサイト http://asubito.or.jp/
冒頭に紹介した「あすびとユース」の高校生たちも、「あすびと福島」のプログラムに小学生の頃から参加してきたという。彼らが発表したプロジェクトは、同法人が「福島イノベーション・コースト構想推進機構」から受託する交流人口拡大事業を活用して実施された。彼らが取り組んだ説明シナリオ作りにもPepperのプログラミングにも、実際にはソフトバンクをはじめとする多くの関係者の支援があったというのは当然だろう。が、それでも高校生ら自身の意欲と能力の高さには心底驚かされた。
発表後に一人ひとり「将来の夢」を問われた高校生たちは、例えばこんなふうに答えた。これらがすべて「自分の言葉」だったことは、聞いていた私が保証する。
「大学では行政政策を学びたいと考えて勉強しています。フィールドワークでいろんな地域を見て、自分なりの課題解決方法を考える力を蓄えて、そのうえで地元の南相馬に戻って、イノベ構想を広げていく人材になりたいと思っています」
「保育士か幼稚園教諭になるつもりです。その理由は、小学生に地元(南相馬)の印象を聞いたら、みんな悪かったこと。それはきっと地元のことを知らないからです。地元に誇りを持てれば、みんな東京に流出していかないはず。ここにはイノベ構想があって世界の最先端のことが行われている、ということを小さい子たちに教えたい」
「プログラマーを目指しています。Pepperのプログラミングはパソコン1台あればだれでもできます。いま南相馬市では小中学生で既にプログラミング教育を行っていますが、その子たちが大人になってpepperのプログラミングができるような環境を作れたらいいなと考えています」
そうなのだ。ここでも、「自分の成功」だけを語る姿はない。カンファレンス初日にディスカッションに参加した福島県知事の内堀雅雄氏も、「福島では世のため、人のため、社会のために働きたいと、小中学生、高校生が堂々と言ってくれる。それが我々の希望につながる」と語っている。
「あすびと福島」代表の半谷氏の言葉は、こうだ。「まず自分ゴトとして自分の意志を持つことは大事。それがあれば、たとえ手段で失敗しても諦めないから。その“自分起点”から始まって“社会起点”に至ったとき、初めてそれは志(こころざし)となる」
▲これらの冊子も高校生たちが主体となって制作している。「高校生が伝えるふくしま食べる通信」は創刊5年。綿々と引き継がれ、1期生OBはもう大学4年生だ。半谷氏のいう「憧れの連鎖」がおきている。▲
農業王国・福島で始まっているチャレンジ
さて、高校生の「夢」のなかでもひときわ大きな拍手が起きたのは、星優作さん(原町高3年)のこんな話だった。
「以前はぼんやりと公務員になりたい、と思っていましたが、あすびとユースの活動を通じていろんな人の話を聞くうち、農業に興味を持ちました。例えば無人トラクタ。ロボットと農業が組み合わさるなんて、もうロマンと夢しかないなと。だから僕は起業して、農業で浜通りを復活させてやろうと思っています。農業だけでやっていけるんだということを全国に、世界に発信したい」
もともと福島は農業王国だが、その再生には担い手不足に加えて「風評」という壁が立ちはだかる。その中で福島県はGAP(農業生産工程管理)認証取得で日本一を目指す「福島GAPチャレンジ宣言」を行った。その具体的な目的のひとつは、(GAP認証取得が必須の)東京オリンピック・パラリンピックでの食材供給だが、なによりも「震災と原発事故で傷ついた生産者のプライドを、認証取得のプロセスを通して、新しい誇りとして創り上げたい」(下記の福島県サイトより)という想いがある。そして、あえてナンバーワンという高い目標を掲げたのは、「日本一になってこそ風評を吹き飛ばせる」(小泉氏)からだ。
▷福島GAPチャレンジ宣言
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/225466.pdf
このGAP認証をいちはやく取得し、こだわりのコメづくりをしている福島市の農業生産法人株式会社カトウファームの加藤晃司氏は、「福島県では新しいことに取り組もうという農家自体が増えている」と語る。浜通り・中通り・会津と山に隔てられた福島県の3地方は、震災前はともすれば別の国のようだった。それが震災後はオール福島になって数々の協力関係が生まれた。実際、会津と中通りの農家が協力して浜通りでビールづくりに挑戦する、というプロジェクトも誕生している。
▲カンファレンス初日、福島県知事の内堀雅雄氏、農業生産法人株式会社カトウファームの加藤晃司氏らを迎えた鼎談の様子▲
前例のない複合災害と戦う福島の復興は、他の被災地の復興と同じスピードではないかもしれない。また、同じ福島県の中でも浜通り地方とその他の地方、さらに浜通りの中でも双葉郡とその他の地域では、どうしてもタイムラグがある。人材育成という時間軸の長い事業を通して故郷の未来を考える「あすびと福島」の半谷氏は、「これからが本番。決してあきらめない」という。
「志さえあれば、手段で失敗してもいくらでもやり直せる」――。そうやって、福島は着実に前に進んでいる。そして、どの被災地も。
今年の「東北リーダーズ・カンファレンス」初日の会場は、全面営業再開を翌日に控えた福島県楢葉町のJヴィレッジ(サッカーのナショナルトレーニングセンター)だった。ここは、2020年7月の東京五輪で聖火リレーの出発地に正式決定している。来年の「東北リーダーズ・カンファレンス」は、その五輪直前の6月に東京で行う予定だという。世界のメディアが東京に集結しているこのとき、新しい地域モデルとしての東北の姿を世界に向けて発信しようというのだ。
起業家たちにはまず、自身の成功意欲がなければ始まらない。が、被災地復興からスタートする地域づくりの現場に、その意欲追求だけで終わっているプレイヤーはいない。すべては事業の、組織の、地域の、社会の、持続可能性に結び付く。そのモデルが本当に全国に、全世界にあまねく広がったなら?・・・SDGs(持続可能な成長目標)の達成どころではない、本当の次世代社会が待っているのかもしれない。
(参考)
▷東北オープンアカデミー(東北各地の現場を学びの場として体験するプログラム)
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