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販売は毎月たったの7日間。群馬県桐生市で、世界中を魅了する洋服を作り続ける「リップル洋品店」のオリジナルな経営戦略【ローカルベンチャー最前線:前編】

2018.08.29 1,394view 

日本を代表する機業都市、群馬県桐生市。ここで、毎月1日〜7日の7日間だけ開店する、小さな洋品店がある。

「RIPPLE YōHINTEN(以下、リップル洋品店)」と名付けられたその店に並ぶのは、“世界で1着だけの洋服”たち。月に500着作られるというその洋服たちは、サイズも、色も、どれ1つ重なることがない。販売は実店舗のみで、東京、メキシコシティ、シンガポール、台湾と、日本中そして世界中から、1着の洋服を求めて人々が桐生市に訪れる。

そんな“小さくて大きな洋品店”を営んでいるのは、現在3人の子育て真っ最中である、岩野開人(はるひと)さん・久美子さんご夫婦だ。

(後編はこちら)

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息を切らして坂を登ったその先、山の入り口に佇む「リップル洋品店」

JR桐生駅の北口を出て徒歩15分。駅前の商店街を抜け、住宅地の合間の坂道を登りきって、雷電山と呼ばれる小高い山の入り口が見えてきたその場所にリップル洋品店はある。

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周囲には美術館と住宅が建ち並び、小雨の降る平日昼間というタイミングであるにせよ、人通りはあまりに少ない。

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特別な観光地が近くにあるわけでもなく、アクセスがいいわけでも決してない。本当に“ただの住宅街”のこの場所に、世界中から客が訪れる店があるのだ。

人々をそこまで惹きつける魅力とは、一体何なのだろうか――。その秘密を探るべく、取材チームは岩野さんご夫妻のご自宅兼アトリエを訪ねた。

たったの5着を八百屋とパン屋の間で売った初出展

「本当に始まりは偶然で、自分が作った洋服を着ているときに声をかけられて、その方のカフェに洋服を置いてもらうようになったのがきっかけだったんです」

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岩野さんご夫妻は、桐生市出身。声をかけられたのは約8年前、結婚して桐生に住みながらまだ幼い3人の子育てに奮闘していた時期のことだと言う。

今では世界中に顧客を持つブランドも、そのスタートは“趣味で作っていた洋服”だというから驚きだ。そうして初めて売りに出した洋服は、見事に完売。あっという間に縁が繋がり、オーガニックマルシェの主催者に声をかけられて、初「出展」が決まった。

「出展」は、アパレル業界では大切な意味を持つ。ブランドを立ち上げたら、百貨店やセレクトショップで取り扱ってもらうため、まずは展示会に出展するという慣わしがあるのだ。数百社が出展する合同展示会や、ブランドが自主的に開催する展示会がある中、リップル洋品店の初出展先はそれらとまったく趣を異にした「オーガニックマルシェ」だった。当然、アパレルで服を販売する際に一般的に使用される什器(じゅうき)といった服を置く道具もなく、その場で借りた何の変哲も無い事務テーブルにたった5着を並べ、八百屋とパン屋の間に出展した。他にアパレルブランドなど、あるわけもなかった。

当時を振り返り、その型破りのスタートに思わず笑えてしまうという様子で、開人さんと久美子さんは語る。

「勉強になると思って参加しましたが、まさか売れるとは思っていなくて。ブランド名も、タグも、お釣りも袋も何も用意していなかったんですよ。それなのに売れてしまって、誰よりも自分たちが驚きました」

この初出展を機会に声を掛けられることが増えた2人は、リップル洋品店を本格的にスタートすることになる。

不良在庫、セール、通販。アパレルの“常識”はすべて存在しない洋品店

“一点モノ”のワンピースたちは、約15,000円〜40,000円の価格帯で販売されている

“一点モノ”のワンピースたちは、約15,000円〜40,000円の価格帯で販売されている

現在のリップル洋品店では、デザイン・パターンを久美子さん、染めを開人さん、縫いを久美子さんと6人の縫子(社員ではなく、個人事業主)が担っているという。展示会のサポートなどを手伝ってくれる方もいるが、すべてが外注で社員はいない。

8年前はたった5着からスタートした洋服も、現在では月500着が生まれている。けれどそのすべてが、8年前から変わらずに世界でたった一つの色、サイズのままだ。

たくさんの社員も、大量生産された洋服も、毎日のように開店する店舗も、不良在庫もセールも通販も、アパレルで“常識”とされることは何一つ存在しない。その仕組みの背景を、開人さんはこう語る。

「全部が一点ものなので、シーズンのコレクションがなく在庫が生まれないんです。それも世界中にいるどこかの誰かに必ず届くから、廃棄にするものもないし、セールもない。色も素材も季節ごとに変わって、サイズも既製服と違うから通信販売もできない。無駄が生まれないんです」

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聞けば聞くほど、他に類をみないあり方に「なぜ?」が湧き出る。これほどまでにオリジナルな事業に、“趣味の服作り”からどうやって育てていくことができたのか。そんな疑問に、2人はごく自然なことのように答える。

「特に桐生みたいな地方では、どこでも買えるものはネットで買われてしまいます。だからこそ、ここでやるなら自分たちらしいものを作ろうと思っていました。あとは、生産現場のように日々作り続けていこうであるとか、ビジネス的な視点で自分たちだけの技術を生み出していこうとは、まったく考えたことがないですね」

開人さんに続いて、久美子さんもこう語る。

「私たちの感性というのは、私たち以外の誰も持っていないものです。そうした“その人しか持っていないもの”で表現すれば、世界にその人しか作れないものに結果なっていくと思っていて。

主人にしか染められない色があって、私にしか作れない形がある。それがいいものかどうか、技術や経歴がどうなのかは、すべて買ってくれる方が判断することだと思っているんです」

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京都に次ぐ歴史ある繊維の街で、独学で洋服を作るというチャレンジ

街で服を見初められ、初めて売り出した服は見事完売。そこからの縁で決めた初出展も大成功で、現在は夫婦2人で世界中を顧客に持つ洋品店を営むことに。

こう語ると、まるでシンデレラストーリーのような二人の歩みだが、その道は決して楽なものではなかった。

趣味の洋服作りから、商品としての洋服作りに移行しようとしていた時期、生まれ育った桐生という地域が京都に次ぐ歴史ある繊維の街だと知った。蓋を開けてみたら、周囲にはルイ・ヴィトンの布の織手、イヴ・サンローランの刺繍を入れる人物、パリコレクションの洋服製作の経験者……数えきれないプロフェッショナルたちが存在していた。そんな土地で、独学で服を作ろうとしていた2人は、様々な言葉を浴びせられた。

「周囲の人たちからしたら、こんなことも知らないでファッションをやるのかと思われてしまうんですよね。『無理だからやめろ』、『ファッション業界はそんなに甘いものじゃない』と、散々言われました。一方で、『これは面白い、ファッション業界の枠内におさまってしまってはダメだ。そのまま行くんだ!』と、力強く背中を押してくれる方もいて」

力強く背中を押してくれた一人でもある、とある桐生の縫製会社の社長の言葉は今でも思い出す最も勇気をもらった言葉だという。

「このままじゃ手作りの域を出ない」と、技術を習得するために縫製会社での修行を決心したことがあるという久美子さん。何とか約束をとりつけた縫製会社の社長との面談に、自作の服を着て挑んだ。それを見た社長は、きっぱりとこう言ったという。

「あなたはここに勤めちゃだめだ、あなたはそのまま作ってくださいと言われたんです。もしここに勤めるのだったら、自分にその服を買わせてくれと。そして自分が私のブランドをやってしまうと。それくらい個性的で突き抜けているから、このまま進めばいいと思う、とまで言ってくれたんですよ」

「技術が足りないなら、技術がある人間に頼んだらいい」。そうした肯定とアドバイスをもらった久美子さんは、このままで出してもいい、販売してもいいんだと思えるようになった。このときから、突き進むことへの躊躇は消え、さらに前へ前へと出ていけるようになった。

同じ色など1つもないように、同じ人など1人もいないから

リップル洋品店は、その個性をよりいっそう深めていく形で進化していった。とはいえ、すべてが1点ものというスタイルは途方もない話。そんな選択を、どうして選んでいけたのか。

その背景にあったのは、15歳でコーヒー焙煎士として「HORIZON LABO(ホライズン・ラボ)」を始めた息子・響(ひびき)くんの存在だった。

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知的障害は伴わないが、興味やコミュニケーションについて特異性が認められるアスペルガー症候群という発達障害を持って生まれた響くん。中学生になり学校に行くことができなくなってしまい、「自分にできること」を探していくなか出会ったのはコーヒーの焙煎だった。そうして、高校には進学せず焙煎所を兼ねた自らのお店、そして「自分にできること」を探求し続けられる場所「HORIZON LABO(ホライズン・ラボ)」を立ち上げたのだと言う(現在、店頭販売はしておらずオンラインショップのみの販売)。

「染色を始めたころは、響の発達障害における社会との隔たりや難しさに家族で悩んでいた時期だったんです。だから、こうじゃなきゃ/こうあるべきだという考え方に、とても葛藤があった時期で。そういうもどかしさや想いを、ものづくりに込めていた部分はありますね」

“赤”と言えば決まった“赤”しかない。そんなイメージが世の中にはあるけれど、実際に手で染めてみれば実は赤の隣はちょっと濃い赤で、その隣は少し枯れた赤で、一色がさまざまなグラデーションになっている。それを見て、久美子さんは「人間も同じだ」と感じたと言う。

「同じ色は絶対に生まれてこないんですよね。似たような色や合う色は多く生まれるけれど、100%同じは存在しなくて、あるととても不自然。それは人もそうだと思うんです。そういった想いが、リップルのものづくりを通して伝わっていくといいなと思っていて」

ただ、それを強くコンセプトとして打ち出していくよりは、作りながら発信していければいい。そんな想いで始めた1点ものの服作りも、気づけば早8年。開人さんは、振り返ってこう語る。

「このスタイルで始めてしばらく経ちますが、今でもそのテーマは考え続けています。ただ、『リップルってどういうものなの?』と聞かれたら、今でも僕らは一言でなかなか説明できなくて。

伝えたいことはたくさんあって、それらはすべて洋服に込めていますが、なかなかキャッチコピーでは語れない。それくらい人間は色々な存在がいて、服作りも色々あると思っているんです。決めてしまった方が認識されやすいですし、そのほうが生産の形は良いのかもしれないですが、僕らはそのやり方ではなかったんですよね」

久美子さんは、自分たちのものづくりは「コミュニケーション」なのだと続ける。

「本当に、お客さんと出会うような感覚で作っているんです。今季はこのテーマでとか、クオリティーがとか、コーディネートがとか、これを500着作って販売する、という意識は一度も持ったことがなくて。『この一着は誰に出会うのかな』という思いで作っているんですよね」

“常識”と照らし合わせたら型破りな在り方ではあるけれど、「そういう洋服屋さんがあってもいいのではないか」と、久美子さんは考えている。

強烈なまでの“自分たちらしさ”の起点にあったのは、働くために生きる日々

「お金を稼いでいるから確かにビジネスなのですが、僕らにとって洋服は商品というよりはツールなんです」

そう語る開人さんは、リップル洋品店は2人が人に出会い繋がるためのツールであり、「名刺を可視化させたようなもの」だと続ける。

「自分の事業は名刺である」。この表現がこれほどしっくりくる存在はないのではないか。そう感じるほど、強烈なまでに“自分たちらしさ”が確立されているリップル洋品店。けれどその始まりにあったのは、“自分たちらしさ”からの乖離だった。

リップル洋品店を始める前、生まれ育った桐生市でガスや水道などライフラインを支える仕事をしていた開人さんは、「ガスに異常が」「水道管にトラブルが」といったSOSに、休日も昼夜もなく対応する日々を送っていたという。

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「それこそお酒はあまり飲む方ではないのですが、そのちょっとの飲酒すらもしものときを考えてできないくらい、休みを問わず働いていました。そうこうしているうちに、生きるために働いているのに、働くために生きるようになってしまっていて。仕事自体は好きだったので、なおさらのめり込んでしまったのかもしれません」

勤め始めて10年以上。好きな仕事だったけれど、生活すべて、生き方すべて違う視点から考え直さないと、「このままでは家族でいられない」というくらい行き詰まったと語る開人さん。

独身時代は、仕事以外の時間を好き勝手して帳尻を合わせられても、家族ができてはそうはいかない。家では「父親」にならなければいけない中で、自らのライフスタイルと仕事が噛み合わなくなった。

「家族って何だろう、働くって何だろう」。そんな問いを2人で真剣に考え出したころ、幼い子どもを抱えた2人が持った共通の趣味が、のちのリップル洋品店に繋がる「ものづくり」だったのだ。

「この手から作られるものは自由で無限だ」

当時を振り返って、久美子さんはこう語る。

「私たちは旅行好きだったんですけど、その時期子どもが小さくて外に出れなくなって、家の中で楽しめることは何だろうと考えるようになったんです。そこから、庭の畑を耕して料理をしたり、家具を手作りしたり、お箸を削ってみたり、服を作ってみたりということが共通の趣味になっていって。買うのではなく作れるかも、作ってみようというのが、私たちの中で面白かった時代があったんです」

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そうして始まった、2人のものづくり。続けるうちに「一石五鳥くらいなイメージで、子どもたちも楽しくて、自分たちが作ったもので生計がたてられて、全部がうまく回るような、暮らし方・働き方・仕事ごと創り出せるような漠然としたイメージ」が生まれてきた。

開人さんは、ものづくりを通して自分自身の内面が変化していったと語る。

「自分で時間をかけてものを作ることで、そこに込められた工夫を見つけられるようになったんです。そうして自分自身のこれまでの限定的な世界の見方に気づかされたり、内観する時間を持てるようになりました。例えば葉っぱ一枚でも、ただ“葉っぱ”だと見るのではなく、葉脈一つひとつが違うんだと気づくようになったんです。

このプロセスを経て、それまで『お金がないから』、『時間がないから』、『会社の仕組みが悪いから』と外側のせいにしていたことが、自分の意識一つで見え方が変わるものなのだと学んでいきました。何よりも、自分が作るものは誰にも怒られないし、自分の手元はとても自由。それを体感できていたのも、すごくよかったんだと思います」

目に入るものすべては、人間が作り出したもの。「この手から作られるものは自由で無限だ」。ものづくりを通して、2人は誰に教わるでもなく多くを学んでいった。

「実際に作ってみると、当たり前だと思っていたポケットの難しさを知るんですよね。当たり前が全然当たり前じゃない、そこには構造を知る楽しみがありました。この時間で得たことは、私たちの人生の指針になったんです」

2人はその手で数々のものを生み出していった。その一つである洋服があるとき人の目にとまり、「リップル洋品店」が生まれたのだ。

(後編はこちら)

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ローカルベンチャーPROFILE

岩野開人さん、岩野久美子さん

会社名:リップル洋品店

所在地:群馬県桐生市小曾根町4-45

設立:2009年9月

資本金:非公開(個人事業のため)

従業員数:2名(2018年8月現在)

事業内容:服飾雑貨の製造、販売

URL:https://www.ripple-garden.com/

この記事を書いたユーザー

ライター・桐田理恵

ライター・桐田理恵

1986年生まれ、茨城県育ち。医学書専門出版社にて企画・編集職の経験を経てから、2015年よりDRIVE編集部の担当としてNPO法人ETIC.に参画。2017年からはフリーランスのライターとして活動している。

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