若い意欲的な次世代リーダーや社会起業家、そして大企業や行政などが、ポジティブに次の社会を創ろうとする“未来意志”でつながる創発型マッチングプラットフォーム「Social Impact for 2020 and Beyond」。
パートナー企業8社の「これまでの挑戦/目指す未来」を届ける本連載・第2回目では、ロート製薬株式会社における新時代のCSV(Creating Shared Value)の挑戦をお届けしたい。
「薬に頼らない製薬会社になりたい」。挑戦の始まりは、東日本大震災から
始まりは胃薬から、そして現在の看板商品でもあるロート目薬の販売と、1899年の創業から製薬会社として人々の生活を支えてきたロート製薬株式会社(以下、ロート製薬)。2016年には「薬に頼らない製薬会社になりたい」というメッセージを打ち出し、コーポレート・アイデンティティの変更・兼業の解禁と、驚きとともに新時代の企業のあり方を人々に予感させた。
「決してあきらめないこと」「不可能を可能に変えていくこと」「常識の枠を超えて挑み続けること」「難しいからこそ、あえてやるということ」――そんな挑戦心を持った先人たちによって切り拓かれてきたと語られる同社の歩みだが、創業から100年以上、「昭和の時代を走る中で、いつの間にか創業時の精神が社員たちの心から薄れてしまっていた」と語ってくれたのは、同社の広報・CSV推進部部長の河崎保徳さんだ。 「私たちの存在意義は人々を健康にすることにあったはずなのに、いつの間にか昭和の右肩上がりの時代背景にのまれて、特に営業の社員を中心に売上を達成することが普通になっていました」
薬でしか治療がかなわない病気のために、薬は世の中になくてはならないもの。けれど、本当は薬が必要ない社会が幸せに決まっている。あくまでも人々が健康な社会を実現するための手段でしかなかった薬の売上が、いつの間にか目的になっていた。
また一般消費財メーカーとして、日本で従来通りの売り方をしていては、人口減少に伴う売上減少は避けられない状況にも直面していた同社。上層部の誰もがこのままではいけないと危機感を抱き始めていたころ、大きな転機が訪れた。忘れもしない2011年3月11日、東日本大震災だった。
子どもたちの夢=この国の未来を守りたい。返済不要、25年間の支援を約束する「みちのく未来基金」
ロート製薬の本社は大阪にある。1995年の阪神・淡路大震災では自分たちも被災し、無我夢中だったと語る。しかしその暗中模索の日々も終わり、自分たちの支援を振り返った山田邦雄会長 兼 社長(以下、山田会長)は「本当に必要だった支援は、一時的なものではなくその土地でこれからの未来を担っていく子どもたちへの支援だった」と悟ったという。
「神戸でやり残したことがある」。後悔と、次こそはという想いを胸にした山田会長は、震災発生後約2週間というスピードで「復興支援室」を立ち上げ、4月からの社員派遣、第一便のボランティアバスに自ら乗り込んで現地入りし、社内から人を送り込む流れを生み出した。河崎さんも、「復興支援室」配属希望の有志として名乗りを上げて、その第一便に乗り込んだ。 20人が必死になっても1日でたった30メートルの泥かきが精一杯だった初日の支援では、製薬会社の社員である自分たちに何ができるのかと無力感に襲われたという。けれど「“復興”は住民が幸せを取り戻すことだ」と目指す方向を定め、まずは学校に薬箱を届ける活動を開始。10月には、カゴメ株式会社、カルビー株式会社と3社で子どもたちの夢を応援する「みちのく未来基金」を立ち上げた。
「みちのく未来基金」は、東日本大震災で親をなくした子どもたちへ向けて、大学・短大・専門学校へ進学する学費(年間上限300万円)を返済不要で支援している。返済不要、そして約25年にわたる前例のない長期的な支援を決意した背景には、「震災当時にお腹の中にいた子どもが大学院を卒業するまでを支える」という、子どもたちの夢、ひいてはこの国の未来を守るというかたい決意があった。
「社会の役に立つということは、自社だけでいい格好をしようというのをやめること」
「みちのく未来基金」がロート製薬1社による基金なのではなく、数社と共同での基金であることには大切な理由、山田会長の信念がある。
「たった1社が作った基金と、1000社が少しずつ寄付金を出し合って作った基金とではその仕組みがまったく違うと山田は考えています。なぜなら今後、未曾有の災害が起こったとき、一番最初に動けるのは民間企業です。国はその性質上迅速な対応は難しい。
今の日本の民間企業には、他国の国家予算規模を超えた予算を有するような大企業が存在しているように、資金・人・スキルが集っています。だから私たち民間企業が、業界の垣根を越えて協働して即座に動けるようなノウハウを蓄積しておくことに価値があるのです」 学生の1年は貴重だ。もしその子が進路選択を目前に控えた高校3年生だとしたら? その子の夢、つまり国の未来を失うことになる。「だから、子どもたちを社会の皆で守ろうと思える仲間を、そんなつながりを作っておきたい」とロート製薬は考える。
「社会の役に立つということは、自社だけでいい格好をしようというのをやめることだと思っています。大切なのは、子どもたちへの約束を守ることであり、基金の安定と信頼を築くこと。民間企業1社では、たとえばリーマン・ショックが過去に起こったように、いつ何があるか分かりません。だからこそ自社を越えて、業界を越えての協働を生み出すことに意義があるのです」
企業は社会のためにある。ロート製薬のCSVが体現する、事業を通しての社会貢献
「ロート製薬1社で社会を良くすることができるなんて、“自惚れた”ことは考えない」。この東北での学びは、同社のCSVのあり方を決定づけたと河崎さんは語る。
「技術を自社だけで囲い込まず、社会に還元することで結果的に利益が増えていく。そんな考え方に企業は変わっていかなければいけないと思っています。私たちのCSVの意義が『企業が社会のためにあるのだということを思い出すこと』に変わったのは、そのことに向き合ってから。それまでは広報部の中のCSRとして『利益の中からの社会貢献』の道を歩んできましたが、震災をきっかけに広報・CSV推進部に生まれ変わり、『自分たちの事業を通しての社会貢献』に歩みを変えたのです」
事業は利益を生み出すためのものではなく、社会をよくするためのもの。どこの会社も創業時に掲げていた“当たり前”の想いに立ち返ったのだと、河崎さんは続ける。 2011年当時、山田会長自らの呼びかけに賛同した全役員は、報酬の1割を自主返上し活動資金にあてた。ロート製薬の社員によって運用されている1口390円/毎月のかるがも基金、そしてみちのく未来基金への社員からの寄付金は、震災以降参加率が目を見張るほど増加した。現在のロート製薬のCSV は、社員が自らの意志で寄付し、支援先も決めている。
自分たちの働きの先につながっているのは「会社」ではない。その先の「社会」であり、自分たちの働きが未来をつくっていくのだ――そんな、この世界に生きる全員が力を合わせてより良い社会をつくっていくのだという理想を体現しているのがロート製薬のCSVであり、これからの時代のCSVでもあるのだろう。
NEVER SAY NEVER for・・・
ロート製薬では、CSVに限らず震災をきっかけに数々の変化が社内に生まれている。 山田会長、そして河崎さんは何度も東北に通う中、被災地支援のために大企業の職を捨てて現地で活躍する若者たち、そして社会起業家たちと出会うようになった。
「被災地で出会う社会企業家達たちは、何であんなにいきいきしてるんやろう?」。ある日、河崎さんは会長からそんな疑問を投げかけられたという。
「勤め先を辞めて、この先どうなるか分からなくても誰かの役に立とうとする若者の存在は私たちに大きな気づきをもたらしました。彼らは、誰かの役に立つことに喜びを感じ、使命感をもっていたのです。一方で我が社の社員は、売上や利益を上げることにだけに喜びを見出すようになってしまっていないだろうか。そう自分たちを見つめ直すようになりました」
社員が生き生きしていない会社が、お客様を生き生きさせられるわけはない。そう思いを改めた山田会長は、2016年2月22日117周年の創業記念日に社員全員の矢印を外側に向ける決意を込めて、新しいコーポレート・アイデンティティ「NEVER SAY NEVER」を定めた。 「発表時の創業記念日には、社員全員でNEVER SAY NEVER for のあとに何を続けるのかをディスカッションしました。そのとき、moneyとmeだけは入れないことにし、社会や人々のために頑張るなどの自分なりの働く意味を考える時間を作りました。社員全員が生き生きと働いてほしいという願いを込めてのことでした」
社員の自立/自律を求める、ロート製薬の働き方改革
新たなコーポレート・アイデンティティの誕生と同時に、社員の兼業も解禁した。今でこそよく耳にするようになった兼業だが、2016年というタイミングで、しかも製薬メーカーにおいて解禁されたのは革新的と言える。それも社員からの提案がきっかけになって決定されたものだと、河崎さんは語る。
「自分を磨くためにはどうすればいい? そんな山田からの問いに社員たち自らが兼業や部署の掛け持ちを提案し、それは面白いねと制度導入が決まりました。社員が提案者なので、社内での反発がなく導入できたという背景はあります。
私たちの働き方改革の目的は、社員の『自立/自律』を促すことです。工業化で成長してきた昭和の時代は、社員は皆と同じスピードで皆と同じことができればよかったのでしょうが、人間は本来個性的で多様であるもので、ロート製薬の社員にはそうであってほしいと思っています。けれど実際、自立(自律)というのは中々厳しい世界。そこで自分たちの力を磨くために、社員たちから兼業などで自らの視点を広げたいという声があがったんです」
原則勤務時間外とし、入社3年目以降からという以外に特別な禁止事項はないロート製薬の兼業制度。初年度の約半数は、それぞれの故郷のための仕事だったと言う。「兼業は、トップが社員の可能性を信じているからこそスタートできたことだ」と、河崎さんは感じている。
新卒一括採用以外の選択肢も創りたい
同広報・CSV推進部の菊池容子さんは、社員たちのこれからについてこう語る。
「兼業の解禁や部署の掛け持ち制度を導入した背景には、『企業』や『NPO』という組織の枠を越えて協働することや、肩書きに捉われない働き方を推進したいという想いもあります。被災地でそうした働き方を社員も体験したからこそ、これからもやり続けなければいけないなと思っています」
制度ありきではなく、経験を柔軟に制度に落とし込んでいくのがロート製薬の得意なところだと続けた菊池さんは、復興支援で感じた想いや体験を語り継ぐこと、そうした学びをこれからの行動に落とし込んでいくこと、この両輪を回していくことが大切だと考える。
また河崎さんは、ロート製薬が目指す未来についてこう語る。
「企業こそ『社会のために』という哲学を持っていかないと、世界が幸せになりません。それにこれからは、本物かどうかを企業が人々に見抜かれていく時代。一度制度を作ったから終わりではなく、常に目指す方向へ向けて努力を続けなければ容易に流されていってしまいます。まずはその一歩として、ロート製薬ではこれから未来を創る若者たちへ向けて、新卒一括採用以外の採用方法も創っていきたいと思っています。
若者には、まずは本当に好きなことにチャレンジして打ち込んでほしい。そうして失敗経験をたくさん積み、社会にイノベーションを起こせる人物に育っていってほしいのです。弊社としても、そういった人物にたくさん出会っていきたい、そう思っています」
2020とその先の未来に向けて、ロート製薬の挑戦は続いていく。
*
ETIC.では、「Social Impact for 2020 and Beyond」をともに推進していただくパートナー企業・団体を募っています。
提案される様々なイノベーターや若者たちからの「未来意志」を応援いただくとともに、自らも2020とその先の未来に向けて、新たな事業・プロジェクトを仕掛け、また新たな未来を切り開く仲間たちとの出会いの機会をともに作っていきたいと考えています。
詳細はぜひこちらから、お問い合わせください。
あわせて読みたいオススメの記事
#ワークスタイル
#ワークスタイル
勉強が救う、社会でつまずいた若者の将来(株式会社キズキ代表・安田祐輔さん)
#ワークスタイル
#ワークスタイル
フリーランスとしてUターン。徳島県で挑戦する冨浪さんの「仕事のつくり方」
#ワークスタイル