仕事を“つくる”女性のライフストーリーを届ける連載、「彼女の仕事のつくり方」。4人目は、作家でセラピストの田村真菜さんです。
>>前編「障がいは隠して生きていかなければいけない、とは言いたくなかった。」はこちら。
「周りに生きている人が自由であるって、本当に大事なこと」
桐田 約4年ほど勤めていらっしゃったNPO法人ETIC.を辞められるときには、「人間らしく豊かな社会を、次世代に」をビジョンにされた組織サポートの企業である、株式会社meguriを創業されていますね。
田村 家族の変化があり、自分も自由になっていいと思えたタイミングでした。うちの家は金銭的に、姉妹のどちらかしか大学に行けない家でした。私は大学に行かせてもらえたけれど、妹は希望していなかった道を進みました。けど、結局合わなくて。精神的に落ち込んでいく姿を見たり、仕事の愚痴を聞いたりするのは、辛かったですね。誰に強要されたわけでもないけれど、家族である妹が我慢しているのだから、自分も我慢しないと…と思ってしまう部分もあって。
でも、妹が苦しんでから立ち直って、仕事を辞めて、もともと希望していた仕事を目指し始めた姿をみて、「ああ、私ももう自由にしていいんだな」と自分で自分を許せたんです。ETIC.から独立するタイミングはそのときでした。ETIC.のことは好きだったのですが、当時の心境としてはそういった背景があったので、「真面目に働かなくちゃ」と思っていた側面もあって。
そのときに思ったのは、「周りに生きている人が自由であるって本当に大事なことだな」ということです。周囲に我慢している人がいると、無意識に自分も我慢しなくちゃと抑圧してしまう。妹が自由になる前、自分が起業する前は、自由にしている人を見ると少しいらだつ気持ちを抱くこともありました。でも、自分が好きに働きだしてからは、そんな気持ちは起こらなくなりました。
桐田 いらだちなどの自分の反応は、現在の自分の状態のヒントになりますね。
田村 そうですね。自由にしている友人と地方へ遊びにいったときと、帰ってきてからオフィスに戻ったときの体の反応の違いとかは、分かりやすかったですね。きゅって固まる感じがするとか。
桐田 自分の心と体の反応に対して、麻痺してしまうときもあるんじゃないかと思います。もしくは自分がいらだったとして、相手は絶対に悪くないのだけれど、自分を振り返れずにただ相手を攻撃して終わることもあるかもしれない。自分のいらだちすらなかったことにするかもしれない。そうしたとき、田村さんならどうされますか?
田村 心の異変に気づくよりは、体の方が分かりやすいかもしれません。心は触れられないけれど、体はこわばりとか、物理的に出てきます。私自身、実はあまり心がどうこうなっていると考えることはありません。でも、体の状態は常にモニタリングするようにしています。たとえば、ある営業の人と話してなんだか肩がつまる、胸がつまる感じがあったら、この商談は絶対うまくいかないな、とか思いますね。
自分と乖離しない働き方がしたい。
桐田 では、起業を決めてETIC.を辞められて。
田村 いえ、起業するのを決める前に、とりあえずETIC.を辞めることは決めていました。同じところでずっと働くのがそもそも好きじゃないのと、採用の手伝いをしていた際に「ETIC.ですごく働きたいんです」とキラキラした瞳で語る方の姿を見て、「私がここにいることでETIC.で働きたい人の席を一つ奪っているんだな」とハッとして。
例えばETIC.がなくなったときに、一人でもETIC.がしているようなことをするかと自分に問いかけてみても、答えは「しない」だったんです。そうしたときに、もっとモチベーションがある人に席を譲ろうと思いました。その翌日には上司にそのまま伝えたのですが、まあ最初は“ぽかーん”とされましたよ(笑)。
辞めることを決めてから、もっと小さなNPOの事務局長や、ニュースの編集などお声かけをいただきましたが、どこも3年はいれると思ったけれど、それ以上は想像がつかなかったです。期間を決めて手伝えそうなことはあるけれど、ずっとやりたいと思えることは見つからなかった。そんな中での起業という選択でした。
桐田 期間を決めれば手伝えそうと思える、でも同じ場所に長くいたくないのは、どうしてでしょうか?
田村 何か達成したい目標があるなら、それを叶えるために一定期間動くしお手伝いするよ、っていうのは、わりと得意だなと思うんです。外人部隊みたいなものというか。でも、どういう社会をつくりたいの? という問いは、また一段階上の問いですし、このビジョンに一生添い遂げられるかって聞かれたら、躊躇しちゃう。
あと同じ場所に長くいたくないという理由は、自分を相対化して見れるようになりたいからです。個人としての自分を、どこにいてもずっと持っていたいという気持ちがあります。私は正社員に一度もなったことがなくて。正社員になると、自分のすべてを組織に捧げなきゃいけない圧力が生じるような感覚を持ってしまうんですね。それこそ辞めるタイミングも、マネジメント職にならないかという声をいただいていたタイミングでした。でも、管理職になると、部下や後輩に団体の理念を語れるようにならないといけません。一方で自分は、一人になったらETIC.のようなことはしない。それでは自分と乖離してしまうし、部下や後輩にも申し訳ないので、できませんでした。
同じ方向に帰りたくなかったから、野宿生活をしてみた。
桐田 自分を相対化することは、人を自由にしますね。
田村 相対化できないと怖いと思ってしまいます。いくつかの組織にいた方がいいのでしょうね。一つの組織だけにいて、例えばそこが潰れたらどうするのとか、考えてしまいます。それこそ一時期、タイムマシンで縄文時代に飛ばされても生き延びたいって本気で思っていました(笑)。いま、ここでしか生きられない自分という状態は、私にとってはすごく怖いことです。恋愛でも、「この人としか生きられない」より、「一人でも生きられる」「別の人とでも生きられる」の方がいいのではないかと感じるタイプですね。
桐田 一般的には、いまここから離れることの方が怖いと感じる方も多いような気がします。
田村 一か所に留まるリスクに、そもそも気づかないのかもしれないですね。家は当たり前にあるもので、危機感なく生きられる人が大半だと思います。作家デビュー作のテーマでもありますが、私は小学生のときに母と妹と3人で野宿で日本一周した経験があるんです。だから、また何かで失敗してホームレスになっても生き延びられるかなあと思うし、今も一年に一回は野宿の感覚を忘れないように野宿するようにしていますよ。
野宿と言えば、ETIC.時代には1年位ホームレス生活もしていたんです。ある日「家が同じだと、毎日同じ方向に歩いて帰らなきゃいけないんだな」とふと思ってしまって。最初は寝袋を持ち歩いて野宿していたんですけど、そうやってホームレスをしていると世の中の見方が変わっていくんですね。ここは雨に濡れない場所だなとか、料理店に入ったときに、この人の隣に座ればご飯をご馳走してくれるとか、瞬時に分かるようになりましたから。環境を変えると能力も変わるものです。
桐田 もう何を言えばいいのか。都心でサバイバルですねえ……!
田村 人のせいにせずに生きていこうとすると、ある程度のサバイバル能力はあった方がいいよなと思うんです。人に何かを決められるのも嫌だし、自分の人生の主導権は自分で持ちたいし、頑固一徹じゃないけれど、人に自分のことを任せてしまうのは怖いなと思います。美しくないですしね。人に何かを任せたときに、結果を見て「あなたのせいでこうなったのよ」って言うのが、潔くないから好きじゃない。自分で決めて失敗してもしょうがない、人を恨まずにいたいです。
失敗は自己認識が深まるから価値がある。
桐田 野宿から起業に戻りましょう(笑)。なぜ、起業しようと思われたのですか? 自分と乖離しないためですか?
田村 そのときしかできないチャンスがあったら乗ってみようというのが、私の信条で。そういう意味での起業でした。その時期出会った女性との共同経営話が持ち上がって、女性と共同経営できる経験は滅多になさそうだから、とりあえずやってみよう! と。あまり深く考えていなかったですね。失敗しても何も失うものはないと感じていたし、人生の考え方として失敗でもいいから経験を積んだ方がいいと思っているんです。
桐田 「失敗がこわくて挑戦できない」という声はよく聞きますが、田村さんにとって失敗でもいいから経験を積む価値はどんなものでしょう?
田村 一回失敗すると同じ失敗はしないですし、自分はこういうことが嫌なんだなとか、経験によって自己認識が深まるからですね。私は、迷ってる時間は短い方だと思います。やってみて、結果を見た方が有意義な時間の使い方じゃないかと思っているので。 このときの共同経営も、経営における優先順位の価値観の違いから、けっきょく私が会社を辞めています。
友人同士だったら大事なものの優先順位が違ってもいいのだけど、経営においては時間やお金をどう使うか1つに定めなくてはならないので、難しかった。でも、相手が悪いとか自分が悪いとかではなく、お互いがより自分らしい道に進んだのだと思います。私は、自分で思っていたほどビジネスライクではなかったなというか、人の気持ちを大事にしたり、目の前の人に丁寧に接したい気持ちが強いんだなあと分かり、良い経験でした。
潔く自分を生ききる、動物や植物のようになりたい。
桐田 その後は、フリーランスでボディワークと編集・執筆を中心に活動されていましたね。ボディワークはETIC.にいたころから始めたそうですが、どんなきっかけがあったのですか?
田村 始めた理由は、鹿としゃべりたかったからですね。私は震災後から鹿の解体をしたり、各地で狩猟に同行したりしているので、生きた獣を目にするんです。でも、自分は書く仕事をしているけど、私の書いた文章を見せても鹿としゃべれないよな、どうしようと感じてしまって。この理由は、皆によく分からないと言われますが(笑)。
桐田 あはは(笑)。でも、幼いころから動物とのコミュニケーションを大切にされているから、人間以外とのコミュニケーションは田村さんのテーマなのかなと感じました。
田村 そうですね、人間以外とコミュニケーションをとりたい欲は強いです。人間の見ている世界だけがすべてじゃないよなとは思いますから。人間でも体の特徴で捉えている世界の色が違いますよね。アングロサクソンの方の写真を見ると、かなり違いが分かります。そして人間の中でも違うけれど、例えば亀は紫外線が見えているので、紫外線がパープルに光っていてすごく綺麗だったりするみたいです。
桐田 そうなんですね! 見てみたい。けれど何と言いますか、田村さんの世界への目線は動物的ですよね。
田村 そうですね。何かをやってみたいと思ったら、やるまでのタイムラグはあまりないですしね。北朝鮮に行きたいと思ったら、すぐ行きましたし。
桐田 田村さん、昨年北朝鮮に行かれていましたね。Blogにアップされていた写真と記事、素晴らしかったです。
田村 それこそ狩猟をしていると感じるのですが、動物って迷っている時間がないです。もしかして、悩んでいるのは人間くらいなんじゃないかと思うくらい。それが人間らしさなのかもしれないけれど、もったいないと感じるときもあります。その意味で、動物は潔いから憧れます。「こういう人になりたい」という気持ちはないけれど、「動物のように、植物のようになりたい」とは思っていますから。正直、なぜ自分が人間に生まれたのか不思議なんです。ずっと「動物になりたかったな」と思って生きていくんだろうなとは思っています。
桐田 そこまで思える魅力は何なのでしょう?
田村 他のものになろうとはしないで、一瞬一瞬生ききっている感じがするところ、ですかね。
ボディワークは、人間が愛おしく感じられる仕事。
桐田 ボディワークの魅力は、どんなところでしょうか?
田村 寝ている人と対面すると、悪い人っていないなと思うんですよね。人間が愛おしく感じられる仕事だなとは思います。日本だと特に、それこそ恋人くらいじゃないと、普通は裸で他人と触れ合うことはないですよね。でも裸ほど、人の情報が読める状態はないです。こんなに人を感じることができるなんて、贅沢だなあと思いますよ。
例えば、人は嫌な思い出があると、きゅっと体に凝りが残ります。ああ、この人はこんなことでストレスを溜めてるのかなって感じることができるんですね。体にその人の生活様式なり考え方なりが、反映されるんです。それが面白いなと、ボディワークを始めて数年経った今でも思っています。
あとはボディワークに限らず、個人で仕事をするのは幸せなあり方だなとは感じています。自分に仕事を頼んでくれるってありがたい話ですし、自分のペースでできますから。ホテルや会社で施術したこともあるけれど、60分コースなら60分ぴったりで終わらせなくちゃいけなくて、自分が大切にしたいようにお客さんを大切にできなかったので。
桐田 働き観の変化はありましたか?
田村 デスクワークが中心だったこれまでと比べて、自分がどういった状態で働いているかダイレクトにお客さんに伝わってしまうから、自分のメンタルにせよ体にせよ、良い状態にしておかないと良い施術はできないと思うようになりました。パソコンを通して仕事をしていると、自分の全部を見せるわけではないから、自分がボロボロになっていてもある程度何とかなりますけど、施術だとダイレクトに伝わります。お客さんも疲れて自分を癒すために施術にいらっしゃっているから、悪いものを持って帰って欲しくはないので、自分のコンディションはすごく気にするようになりましたね。
他の人ができそうなら、自分はやらない。
桐田 その中で、自然に小説を書くようになったんですか?
田村 狩猟の話を友人が編集しているZINEに寄稿して、それを編集者の方に読んでもらったことがきっかけでした。本を執筆する話にはなったのですが、最初は小説を書く予定ではなくて、ビジネス書だったんです。しかもテーマは、成果を出すこととメンタルのバランスの取り方。全然違いますよね(笑)。
桐田 そこから小説に。どう話が変わっていったのでしょう?
田村 編集者の方に、実家が新興宗教をやっていた話であるとか、恋人が自殺した話であるとか、これまでの色々な体験を伝えていたら、まずは自伝を書こうという話になったんです。その中でも、日本一周の体験が一番読者の共感が得られるんじゃないかということになり、テーマはそこに絞りました。小説になったのは、執筆を進めるなかで自然とその方が読者に届けやすいのではないかとなったからです。
桐田 田村さんが、以前Facebookの投稿で「自分が持っている能力・可能性を使い切りたい」とおっしゃっていたことが印象的で。小説の執筆には、自分の能力をしっかり使っていけている感覚はありますか? そもそも、この「自分が持っている能力・可能性を使い切る」ということについて、もう少し教えていただけますか?
田村 「自分探し」とはちょっと違うかなと思うのですが、自分がなにかの能力を持っているなら、使った方がいいと思っています。だってそれが、人間という種にとって、生物として、最適でしょう。何をやりたいかはあまり考えないけど、何をやったら自分を最大限に使い切れるんだろうというのは、すごく自分の中で考えていることです。他の人ができそうなら、自分はやらないとも思いますし。 死んだとき動物や植物に恥じない生き方をしたいと思っていて。
私、過去にインド旅行中に遺跡の中で倒れてしまって、3日くらい意識不明になったことがあるんです。そこで、夢なのか何なのか、三途の川みたいなものを見た経験があって。その景色を見たから、そこに死んで還ったときに、他の命に恥じない生き方がしたいと思うようになりました。おそらく、先住民族のヤノマミでいう、ホトカラという概念なのかもしれません。
桐田 生きて還ってきてくれて本当によかったです。いつかその景色も、小説で出会ってみたい。
枠がない状態で、自分が力を発揮するべきものは?
桐田 それでは今は、「これは自分にしかできないな」ということを探して、うろうろしている感じでしょうか?
田村 そうですね。そのときに、大切な視点があって。例えば、前職のETIC.の中でも私に役割はあったと思いますが、他の場所・世界から見たときに、「私にしかできないことか」と聞かれたら、また少し違いますよね。会社はこの世界の中の小さな一つの“枠”なので、枠を広げていきながら、自分が力を発揮できそうなものを選んでいます。 会社という枠、資本主義や労働者という枠、人間社会という枠、ヒトを超えた世界もあるかもしれない。枠が変わると、発揮する力や果たすべきことも変わるでしょう? そういう意味で、人の適性や可能性というのは一つではないし、やってみてわかることもあるなと思うんです。そういった意味では、私自身も起業してみて、会社を経営して雇用をつくることは、自分を使い切ることではないなと思いました。
桐田 起業するときは、雇用をつくることに価値があると思って挑戦されたけれど、やってみて適性を判断されたんですね。
田村 前職のETIC.で学んだ価値観でもあるけれど、震災後の東北の姿を見ていて、雇用をつくって人を守る大切さは強く感じていましたから。だからこそ、自分がそういったことをやれるならやってみたいと思って挑戦したんです。でも、自分が持っている資質や適性は雇用を守って安定させるということと少し違ったし、事業を回せる人って実は結構多くいるよなあと思って、作家活動に舵を切ってみたんです。
適性って、色んなものを含みますから。育ち、体の強さ弱さ。「求められる」にも、様々なレイヤーがあります。会社の中で求められることはあっても、社会的に本当にそれでいいのか? と考え直したら、そうではない場合もある。
何をもって自分は他人とつながった感覚を得られるのか。
桐田 自分の適性やタイプを知りたい人は多いのではと思います。田村さんだったら、どうやって自分のことを把握されますか?
田村 自分と似た人と一緒にいてみることですかね。例えば今だったら、作家仲間やセラピスト仲間と会うと自分はこのタイプかなと感じることができます。他の職種の人たちと一緒にいても、ただの「作家」にしかなりませんが、同業の人といることでより細かく自分がどういったタイプか知ることができます。そうして自分を詳細に知ることは、適性を生かすことにつながるかなと思いますね。
あとは、自分に一番しっくりくる表現は何なのだろう、何をもって自分は他人とつながった感覚を得られるのかなと考えます。私は話すことが得意ではないと思っていて。たとえ友人とでも、分かり合えた実感までいたったことは、ほとんどないんですね。でも文章を通してだと、理解し合えるではないですけれど、コミュニケーションをとれたりつながったりできている気がするので。もちろんそれは、ボディワークやセラピーを受けてくださった方にも感じます。そうやって、自分にしっくりくる表現を見つけると、疎外感を持たずに生きられるのかもしれませんね。
桐田 何をもって他人とつながれるかという問い、とても参考になります。でも、田村さんにとっての他者は「人」だけではなさそうですね。
田村 そうですね。私は、相手が人でなくともどういうふうに他の生き物と繋がれるかに強い執着がある方だと思っていて。動物が本当に羨ましいなと思うのは、獣を殺すという行為だけ見ると残酷な部分もあるけれど、相手の血肉になれることなんです。他の命の糧に、ダイレクトになれるわけですから。けれど私は人間に生まれてしまったから、そういった生物の循環には入れません。そこがスタートラインになって、自分を使い切る、自分を人の命の糧にしてもらえるとはどういうことなのかを考えるようになりました。 そうして、自分はいったいどういうかたちで人の命の糧になれるんだろうと考えたときに、書いたりすることがそれと近しいことになるのかな、そうなるといいなと今は思って書いています。
未完成な、簡単にできるようにはならない難しさが、楽しい。
桐田 最後に、田村さんが今考えているこれからのことを教えてください。
田村 何はともあれ、次の小説を書かないとな、と考えています。1冊出すよりも、書き続ける方が大変です……。
桐田 書き続けたいなと、思っていらっしゃるんですね。
田村 そうですね。やはり書く中で自己認識が深まって、自分の人生が進むというか、新しい何かに出会えているような感覚がありますから。特に私が書いているものが私小説ということもあって、自分のこれまでの体験に折合いをつけて解決していかないと書けないからかもしれません。
桐田 その中で、新しい何かとも出会うんですね。
田村 私がまだ「プロ」とは言えないからそうなってしまうのですが、小説の終わりが見えないのも今は楽しいんです。例えば私は、これまでライターとして記事を執筆してきましたが、インタビュー記事は書いているうちに落としどころが何となく決まってきますよね。だからこそ、あまり思いもよらないものになるということはありません。ボリューム的にも無理がありますし。
でも、小説みたいな文量になると、自分でもどうなるか分からない部分が多かったり、手が勝手に書いてくれたりする部分もあるから、無意識のそういった部分も含めてプロセスが面白いなあと感じるんですよ。でも、これは自分が若いからもあります。もっと経験を積まれた方たちは、終わりが分かっていないことは少ないそうですし、安定して書けるプロの方もいらっしゃいます。
桐田 それは想定外のことが多そうで、面白そうですね。
田村 はい。それに、私はまだまだ自分の探求のために書いている段階なんですが、一方で自分のためではなく誰かのために書いている作家の方々もいらっしゃって。人のために作っていく表現の良さ、自分のために作っていく表現の良さ、どちらにも良さがありますが、自分はどちらに進むのかまだまだ分からない。そんな未完成な、簡単にできるようにはならない難しさが、楽しいなって思うんです。
桐田 できるようになるまでのプロセスを、楽しんでいらっしゃるんですね。
田村 はい。結果を出すとか達成するのとは違う世界なので、それも楽しいんですよ。どういう感じの作家になっていくのか、なれるのか、まだあまり見れていないこともあります。書いていった後に分かるんだろうなと感じていますが。 ただ、「どうなりたい」とかはないんです。自分を明らかにするために、まだまだ時間が必要なだけで。だからこそ、読者の反応が面白い。
桐田 歩みを止めない強さですね。
田村 続けてみて、あまり作品が生まれず全然別の仕事をする可能性もあるし、どこまで続けられるかはよくわからないけれど、もうできない、もうアイディアがでない、もう全部書ききりましたと言えるところまでやりたいと思っています。
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