当プログラムは、国連が採択した持続可能な開発目標(SDGs)に関連する特定の課題分野において、高いビジョンを掲げ、革新的な取り組みを行っている非営利団体に対して、デロイトが通常のビジネスと同等の品質とコミットメントを持って専属チームによるコンサルティングを無償で提供する取り組みです。この取り組みにより、各団体の成長をさらに加速すると共に、そこから生み出される社会へのインパクトを最大化することを目指します。
マドレボニータは、マーケティングプロセス立案をテーマに、4ヶ月間にわたるコンサルティングを受けました。
マドレボニータの吉岡さん曰く、プログラム前後で「営業資料は100%変わった」。4ヶ月という限られた期間で、デロイトとのやりとりの中で、マドレボニータがどう進化していったのか。デロイトチームにはどんな気づきがあったのか。両者が見据える産後ケアの未来とは? マドレボニータ理事長の吉岡マコさん、理事の林理恵さん、事務局次長兼教室事業部長の太田智子さん、そしてデロイトのプロジェクトチームよりシニアマネジャー大谷郁子さん、シニアコンサルタント岡本翔子さん、コンサルタント高橋陽介さん、ビジネスアナリスト鈴木ローラ道子さんにお話を伺いました。
マドレボニータのマーケティング戦略はどのようにつくられたのか?
2000人の産後女性へのアンケートから課題やニーズを把握する
── パイオニアプログラムに応募した動機を教えてください。
マドレボニータ太田(以下「太田」):企業に対して「産前・産後」をカバーした復職支援プログラムの営業を始めて3年が経ちます。企業への導入数を伸ばしていくのが当面の目標ですので、今回のプログラムでは企業へのアプローチ戦略をサポートしていただきました。
我々がなぜ企業にアプローチするかというと、企業を通じて産後ケアが社会に広まることは、個人にとっても、企業にとっても大きなメリットがあるからです。具体的には女性社員が産休・育休を経て復職するときに適切な産後ケアに取り組み、心身ともに万全な体制で復職を迎えることができれば、企業にとって、人材戦略という視点からも、価値があるものと思っています。復職した女性が退職せずに、健康な状態で、持てる力を発揮して活躍してくれれば、採用コストの削減、疾病リスクの抑制、成果の向上など様々な効果がある。そのレバレッジポイントは産前・産後である。そこを理解して導入してほしいと思っていたが、いまいちピンときてもらえていなかった。
我々の提案が相手にマッチした提案になっていないのではないか。私たちが企業の言語で話せていないのに加え、他の業務もしながら課題整理をして戦略を立てる、ということがスキル的にも時間的にもできていなかった、そこをご支援いただきたいと思って応募しました。
── デロイトから見たマドレボニータ、最初の印象はいかがでしたか?
デロイト大谷(以下「大谷」):プロジェクトが始まって最初にマドレボニータについて分析しました。今までの提案資料などを拝見すると、「良いサービスを提供できるのに的確な伝え方ができていない」と感じました。それでマーケティング戦略立案をコンサルティングのテーマに設定しました。
── どのようにコンサルティングを進めましたか?
大谷:まずは環境分析から取り組みました。内部環境については、団体内で実際に使われていた資料や財務諸表などを見て現状を分析。外部環境としては、顧客となる企業へのヒアリングと、ユーザーとなる企業に勤める産後女性へのWEBアンケート調査を行いました。
産後女性の課題の把握や、実際にサービスを必要としている人がどのくらいいるのかを分析するため、企業ヒアリングは5社、WEBアンケートは約2,000人から回答を得ました。その際、産後女性の現状を良く知るマドレボニータメンバーと共に質問項目を洗い出し、最終的に44項目に絞りました。
太田:アンケートは広く、ヒアリングは深く実施していただきました。自力だとこの規模でのアンケート調査はできないし、自分たちで母集団を集めるとどうしても少しバイアスがかかってしまいます。ヒアリングも我々では聞けない客観的な部分を拾い出していただけました。ヒアリング先の企業はすべてデロイトさんがツテを頼ってアポイントメントを取ってくださいました。
企業による女性活躍推進の取り組みに大きな温度差
── そのようなプロセスを経て、何が見えてきたのでしょうか?
大谷:マドレボニータの産後ケア教室を受けた受講生が個人として感じていることと、企業の人事部が考えていることが違う。それが導入の障壁になっている、ということが見えてきました。個人向けサービスは普及しているけれども、それを企業として社員に提供する必要はあるのか?という人事担当者が多かったのです。
女性活躍推進の先を見据えている企業はその必要性を理解されているけれど、取り組みを始めたばかりという企業では担当者に理解していただけないことも多くありました。啓発から始める必要がある企業もあれば、すぐに導入に向けたステップが踏める企業もあり、温度差に合わせたアプローチの必要性を感じました。
マドレボニータ林(以下「林」):デロイトチームが、ヒアリングだけでなく、企業のホームぺージなどから女性活躍推進の計画などの公開情報を集めて、企業の女性活躍推進の取り組みの成熟度をマッピングしてくださいました。「女性活躍推進活動の成熟度」と「女性比率に対する女性管理職比率」の2つの軸で企業の女性活躍推進状況を示したマトリクスを見て、このように整理されるのかと腑に落ちましたね。女性管理職比率も各企業が公開していますが、何%が閾(しきい)値なのかがわからなかったところを、デロイトが見定めてくれました。
── つまり、女性活躍推進施策の成熟度が高く、女性比率に対する女性管理職比率が高い先進企業からアプローチしようということですか?
太田:その通りです。従来だと、取り組みが進んでいる企業に行っても、「育休からの復職率は既にほぼ100%なので」とか「育休中の課題は『保活』だけですね」などと言われがちだったのですが、ヒアリングをしていく中で先進的な企業だからこその課題感を探し、そこに向けた提案ができるようになりました。
マドレボニータ吉岡(以下「吉岡」):営業の提案資料は100%変わりましたね。
太田:デロイトに提案資料の骨子を作っていただいたんですが、うちとしては「このページは捨てる訳にはいかない」と思い込んでいたものも「そこはなくて大丈夫です!」と言われて削りました。
── 一番大きな違いは何ですか?
吉岡:企業を訪問したときに、我々が話す分量です。今までは我々が10話すのに対し企業が1だったのですが、それが逆になりました。
太田:「自分たちが何者かという話はそんなにしなくていい」と教えていただきました。以前はそこを共感してもらわないと話が進まないと思っていたんです。だから前の営業資料は、「マドレボニータはスペイン語で“美しい母”という意味で、設立20年です」から始まっていました。以前の営業資料もここにお持ちしていますが、原型をとどめていないんです。表紙の写真しか残っていない。(笑)
今は、「御社の課題感をこう整理してみましたが、いかがですか?」「成熟度はこのように分析しましたが、御社は今どの辺りですか?」 と聞いて、とにかく相手に喋ってもらうようになりました。
大谷:我々と同じ、課題解決アプローチに変更しました。「こういう課題をお持ちであれば、我々のサービスがこうハマりますよ」と。課題を改めて認識していただくことで、サービスの価値を理解していただく、そのような流れにしました。
変わったのは営業アプローチにとどまらない
── プロジェクトを通じて、営業のアプローチは大きく変化したということですが 、商品設計まで変わった部分はありますか?
林:サービスの中身を組み直しました。企業の成熟度に応じて、当事者なのか、周りも含めてなのか等、適した形や誰に届けるかが変わってきますので、プログラムの中身も変わっていきました。
太田:例えば、全国にある産後ケア教室は、これまで改善を繰り返しブラッシュアップされているのでプログラム変更のハードルが高いのですが、セミナーはフィードバックをいただいて改善していきました。
林:企業にランチタイムで1時間のセミナーを依頼されることがあったのですが、私たちは2時間みっちりセミナーをしたいという気持ちがありました。そこを先ほどの成熟度に応じ、御社はここまで進んでいるからここまでやりましょう、という提案ができるようになったんです。以前は相手のニーズに応えないと受注できない、という気持ちがありました。
太田:ランチでやりたいと言われれば、以前であればコンテンツは変えずに1時間に収まるように早口で喋るような対応でした。でも今は、ランチタイムだけでも承りますが、それだとここまでしか伝えられない、それでもいいですか?と言えるようになったところがありますね。
デロイト高橋(以下「高橋」):マドレボニータが実施するセミナーに同行した時に感じたのが、「こういう人が来ます」という企業側の要望に全てに答えようとして結果どこにも刺さっていない状況。 私は前職が営業でしたのでその気持ちはわかるのですが、どこかで区切らないと内容が薄まってしまいます。
デロイト岡本(以下「岡本」):今回、マーケティングの基本的概念である4P──つまり「プロダクト、プレイス、プライス、プロモーション」を使い、戦略に落としていくプロセスに時間をかけました。
林:例えばプレイス(場所)。マドレボニータの教室は、インストラクターが住む地域で開いています。今回、ターゲットとなる企業を全国でピックアップして、マップに落とし込んでいただきました。すると、現状教室がなくてターゲットとなる企業がある地域を洗い出してみると、「広島」が盲点だと判明したのです。
岡本:そのマップは20~30代の女性が多く、女性活躍推進活動の成熟度が高い企業が多い地域を示しています。つまり、マドレボニータの企業向けサービスの需要があり、サービス展開した場合に成功しそうな地域です。
林:我々は、これまで出生数で見ていました。20〜30代の女性が多いという切り口はなかった。
吉岡:この分析でインストラクターのリクルーティングが変わりました。この情報は法人内の関連事業部にも共有して、インストラクター希望者向け説明会の開催場所を決めるときに参照しています。
産後女性を取り巻く課題解決はどのように加速するのか?
産休・育休中の社員の課題を企業に理解してもらうには
太田:今回、企業の課題を整理する資料をいくつか作っていただきました。例えば女性のライフとキャリアのイベントの資料。時系列で女性社員のライフステージが進むにつれ、どのような課題が出てくるのかを整理して図にしていただいたのですが、企業が認識している課題もあれば、見えていない課題もあります。産休・育休中は企業にとってはブラックボックス。企業側で課題を顕在化していないと、取り組みの必要性を理解していただくのも大変です。2,000人アンケートのデータをもとに、ブラックボックスを定量的に見せることもできました。これを見せると反応が変わりましたね。
大谷:ひと通りマーケティング戦略の骨格を固めた後は、行動計画の立案です。中長期的な営業目標値の設定、その実現に向けて直近のスケジュールでどのような行動をしていくのか。限りあるリソースに対して無理のないような計画を立てました。並行してマーケティング戦略の実践や検証も兼ねて実施した営業に同行しました。
林:女性活躍推進活動の成熟度が高い企業で、関東に本社があるところをリスト化してくださいました。最終的に3社に営業訪問したのですが、デロイトのメンバーが1人ずつ同行してくれました。
事前の資料作成も見てもらい、当日用のチェックリストも用意していただきました。デロイトとともに事前資料を作成し、営業に行き、フィードバックを受ける。これを3セット繰り返しました。
女性活躍推進の取り組みの成熟度を指標化し、新しいスタンダードをつくっていく
── プログラムを通して、組織内やご自身の中でどのような変化がありましたか?
林:具体的なことを言うと、ターゲット企業リストがあるのは全然違いますよね。具体的な社名があると会員さんにも呼びかけてツテを辿りやすい。これまで私は営業にノータッチだったんですが、自分のツテも使うようになりました。デロイトさんにはそのための依頼文まで作ってもらいました。
マドレボニータのサービスは説明が難しいとずっと感じていました。今回説明するパッケージができたのは大きな変化です。
太田:私も自信を持って営業に行けるようになりました。
吉岡:今までは細々と営業をやっていたのですが、組織内でもコミュニティの中でもより多くのステークホルダーに協力してもらう必要を感じています。営業先の開拓も、自分だけが社長を紹介してもらうのでは追いつかない。今回いただいた報告書を噛み砕いて、インストラクターや会員に伝えていく、それが次の課題ですね。
── 組織で一番インパクトがあったアウトプットは?
林:どれも重要で選ぶのは難しいですが、企業の課題を見える化した図と、成熟度を指標化した資料でしょうか。企業の成熟度も上がっていくから、過去受注に至らなかった企業でも間を置いて再びアプローチできる可能性もありますし、そのタイミングを測ることもできると考えています。
── この表自体にも社会的インパクトがありますよね。新しいスタンダードを作っていくという。
太田:本当にそうですね。結局すべてクリアしている企業はないんです。復職率100%の企業にも、この表があることで、取り組みが進んでいるからこその次の課題を理解してもらうことができるようになりました。
岡本:成熟度は色々な要素を掛け合わせて作り上げたオリジナルの指標です。女性活躍推進の取り組みにおける認定制度は色々あるのですが、基準が緩かったり、取り組みは進んでいるのに認定の取得にこだわらない企業もあり、公平な指標はありませんでした。
この指標、マドレボニータとデロイトで作りました、と広く公表したらいいかもしれませんね。企業に対して「今の取り組みで満足することなかれ」、「指標化することで現状を正しく理解しましょう」というメッセージとして。
── 今回のプロジェクトは、単純にクライアントワークではなく、どう社会的インパクトを出したのかも重要な要素ですよね。そういう可能性のあるアウトプットですね。
エビデンスを社会に発信し、産後ケアの重要性を広めていく
── 今後、このパートナーシップを通じてどんな中長期的インパクトを生み出したいですか?
林:企業での受講生の変化を、マドレボニータのプログラム前後で定量的・定性的にデータを取って見せることをしたいと思っています。マトリクスで取り組みの成熟度を測定できるとなったとき、効果も一緒に見せる。効果があって初めて発信できると思いますので。
太田:企業も女性活躍推進の施策を外注しているものの、明確な効果を測定できていない。企業の中でも検証は求められてきますから、我々が営業ツールとしてアピールするだけでなく、導入企業にもフィードバックしたいですし、公表もしていきたいです。
大谷:(マドレボニータが)最終的に目指すものは、母となった女性の働きやすい、輝きやすい社会です。その一部として企業向けサービスをしています。企業向けサービスで得られたエビデンスを社会に発信することで、特定企業だけでなく社会全体の課題認識が高まって、個人も会社員も当たり前にサービスを受けられようになるのが実現したい社会的インパクトだと思っています。エビデンスによって社会における産後ケアの必要性が認知されれば、国から企業へサービス導入のための補助金が出るなどして、受益者増加を加速させることもできるかもしれません。
コンサルタントから見た「ソーシャル・イノベーション・パイオニア」プログラム
「コンサルティングが組織を変えるということを経験してほしい」
── デロイトチームの皆さんの経歴、プログラムに参加することになったきっかけを教えてください。
大谷:自分の頭ひとつで市場で戦えることに惹かれ、新卒でデロイトに入社しました。専門分野はライフサイエンス&ヘルスケアで、製薬会社の担当です。産休復帰から1年目だったこともあり、今回CSR・SDGs推進室長から声がかかりました。
岡本:私は新卒で入社して7年目です。これまでに製薬業界やデジタル関連など、幅広い案件を担当してきました。もともと社会課題解決、特に年齢的にも女性の社会進出に興味があり、参加を決めました。
高橋:私は転職組です。以前は外資系の会社で製薬会社向けの営業アウトソーシングビジネスやマーケティング支援を担当していました。その後オランダでMBAを取得しました。留学時代の友人が、コンサルを辞め、教育機関やNPOにプロボノとして関わっていて、影響を受けました。プロボノプロジェクトに機会があれば関わってみたいとデロイトの最終面接で話していたところ、それがCSR・SDGs推進室長の耳に入り、声をかけられたという経緯です。
デロイト鈴木(以下「鈴木」):私は去年新卒で入社しました。生まれ育ちはアメリカで、大学でもNPOのボランティアをしてきて、NPOの運営方法に興味がありました。
── NPOのコンサルティングをされて、通常の案件との違いを感じましたか。また、そこから得たことは?
大谷:このプロジェクトをやっていてプロボノという感覚はなく、通常のクライアント同様に取り組んでいました。大きな違いは、営利企業のように市場に合わせて自社の提供サービスを考える訳ではないという点でしょうか。今回はNPOとしての理念ややりたいことを大事にしました。
NPOならではのパッションで人が動いていくスタイルは私にとっては新鮮でした。仕事というよりライフワークなのだと思いますが、そのような仕事のスタイルも今後自分の中に取り入れていきたいと思っています。
鈴木:私も、マドレボニータの皆さんとの仕事を通じ、理念からブレずに事業を運営していくということ、パッションに向かって働けるというのがすごいなと感じました。今回、社内外で尊敬できる女性とご一緒できて、女性のロールモデルに出会えたのは幸運でした。私もパッションを持って仕事をしていきたいです。
高橋:本プロジェクトにアサインされた時にCSR・SDGs推進室長に言われたのが、「コンサルティングが組織を変えるということを経験してほしい」。いい話ですよね?(笑)
デロイトのクライアントは大企業が中心です。何ヶ月かコンサルティングを行ったところで、組織がガラッと変わったということを体験する機会は多くない。その点、本プロジェクトは、深く関与して毎週お会いして一緒に営業に行くなど、文字通りコンサルティングが組織を変え、皆さんが変化も実感してくれたのが嬉しかったですね。
今後はコンサルタントとして力をつけて、コンサルティングの力でこんなに組織を良くできるんだよ、と社会にもっと知ってほしい。趣味でオーケストラで演奏しているのですが、例えばプロボノとしてその運営改善に携わるなど、してみたいですね。
岡本:団体の活動強化に向けて活用できるリソースの規模が今までの案件と全然違いました。また、今回は無償プロジェクトで、スコープがかっちり決まっている訳ではなかった。限られたリソースの中でクライアントにとっての最大の成果を出すために、ここまでやりたい、やるべきだ、という気持ちを自分の中で持ってプロジェクトの目標とスコープを定めていく。クライアントの皆さんとそれを共有し、そこを目指して進めていくという働き方。これは今後のキャリアにも活きてくると思います。
本記事は、特集:満足度120%の「社会の問題を解くコンサルティング」〜デロイトとNPOによる協働のケーススタディ
に掲載されています。他記事へのリンクは以下を参照ください。
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