『社会への貢献を重視しない企業には投資しない』――。今年3月、世界最大規模の資産運用会社・米ブラックロック社のラリー・フィンク会長兼CEOから投資先企業へ送られた一通の手紙は、世界に大きな反響をもたらした。
「SDGs」「ESG投資」など、企業の社会的責任にスポットライトが当たる時代だ。社会問題の解決と自社のビジネスの持続的成長を両立する「CSV」(Creating Shared Value:共通価値の創造)に取り組みたいと考える企業も増えている。しかし、企業の実践者の悩みは尽きない。なじみの薄い社会問題に向き合い、そのうえ自社らしく、経営戦略にも沿ったアクションを見出したいという難解な方程式との格闘を余儀なくされるからだ。
2018年10月16日、NPO法人ETIC.(エティック)主催のCSVについて対話するセッション「社会価値創出を目指す企業のこれから」には、そのような課題意識を持つ企業やNPOのリーダー約40人が集まった。
この日、講師 兼 対話のナビゲーターを務めたのはフィリップ・サイオン氏。CSVという概念を提唱し普及に努めてきた米国のコンサルティングファームFSG社のマネージング・ディレクターとして、グーグルやサムスン、トヨタなどグローバル企業へのコンサルティングを担ってきた。今回、CSVのプロフェッショナルとして、その概念の正しい普及と実践への応用を促進するため特別に来日した。
本記事では、サイオン氏から語られたCSVを取り巻く近年の潮流と具体的な実践事例を通して、企業の社会問題への向き合い方について考えてみたい(なお、本記事を経てCSVという戦略コンセプトを基礎から理解したい方には、こちらの書籍をお勧めします)。
ますます高まる投資家、社員、市民から企業への期待
記事冒頭で紹介した、ブラックロック社の「社会への貢献を重視しない企業には投資しない」という手紙。世界中の企業を震撼させたこのメッセージを引用しつつ、企業が社会問題の解決に関与することへの期待は急速に高まっていることにサイオン氏は言及する。
- フィリップ・サイオン氏
『手紙が送られて24時間以内に、4つの日本企業から「このようなメッセージに我々はどう対応すべきか?」と私のところへ電話が入りました。このような投資家の声に、多くの企業が社会的責任への取り組みを意識せざるを得なくなっています。
次の例は従業員による圧力。グーグル社が中国市場再参入のため検閲済み検索サービスの開発を秘密裏に進めているという報道に対する、同社社員からの透明性や倫理面についての強い抗議です。優秀なエンジニアが競合企業へ流出することを避けたい同社は、彼らの声を無視できません。
最後は消費者の声。反人種差別を訴えるフットボール選手を自社のキャンペーン広告に採用したナイキ社。メディアやSNSで波紋が広がりましたが、結果としてオンラインでの売上が同社比で31%増加しています。ビジネスが社会問題にかかわる。これは様々な方面で実際に起こっていることで、理論ではないのです。』
もし、自社の投資家、従業員、そして市民から「あなたの企業は社会問題にどのように向き合っていますか?」と聞かれたら、どのように答えるだろうか。
CSVの第一歩は、社会問題をビジネスの機会として捉え直すこと
社会問題に向き合おうとする企業にとってまず大切なことは、それを「義務」や「コスト」ではなく世の中に新たな価値を生み出す「機会」の宝庫であると捉えることだ。
- フィリップ・サイオン氏
『経済格差や環境汚染など社会問題に対する企業の捉え方は、時代とともに進化してきました。最初は、”It is not a problem” (社会問題は私たちの問題ではなく、政府が取り組むこと。そのために私たちは税金を払っているんだから)。次に、”It is a problem”(私たちにとってもこれは問題だ。非営利団体へのフィランソロフィー(慈善活動)を強化しよう。さらに進んで、”Let’s solve the problem” (私たちも問題解決に参画しよう。そうしないと高いコストを払わされることになるから)。
前の3つと比較して、”It is an opportunity!” (社会問題の解決はビジネスの機会につながる)というのがCSVの立脚点です。その視点に立ったうえで、社会問題の解決を前進させること(社会性)と、コストを下げる、売上を上げる、提供価値を差別化するなど、ビジネス上の競争優位性を高めること(事業性)を同時に達成するアイデアを考えていきます。』
CSVは、企業の競争優位性を高める実践だ。しかし、その実践内容や方法を考える前に、まず経営者や取り組むメンバーが社会問題に対する捉え方を根本的にシフトする必要があることを、サイオン氏は指摘する。
企業がCSVの実践を進めるうえで心に留めたい3つのポイント
では、企業はどのようにCSVの実践アイデアを発掘し、進めていくとよいだろうか?ここからは、当日のセッションで取り扱われた企業の具体的事例を引用しつつ、特に強調された3つのポイントについて見ていこう。
1.社会ニーズからはじめよう
第一に重要なことは、ある社会問題に直面している当事者の状況と、彼らのニーズを理解することからはじめることだ。「社会ニーズを知る前に、企業が持っている既存の解決策を当てはめようというのは傲慢な考え方だ」とサイオン氏は警鐘を鳴らす。
- フィリップ・サイオン氏
『世界最大規模のチョコレートメーカーであるマース社のCSVの出発点は、主要な原料調達先である西アフリカの小規模農家との対話を通して、その技術・生活水準の低さを理解したことでした。彼らの農家経営の生産性を上げ、収益を向上させていくことが、自社の安定的な調達につながることに気づいた彼らは、農家向けの経営トレーニングを無償ではじめました。この取り組みには、その後同様の悩みを抱えていた競合のネスレ社など他の企業も参画し、現地政府をも動かす組織横断的なプロジェクト(カカオ・アクション)へと発展していったのです。』
この「問題を抱える当事者の声を聴く」→「周辺環境を調べて社会ニーズを把握する」→「自社の戦略と照らし合わせて取り組む課題を選択する」という経験は、多くの企業にとって馴染みが薄い。だからこそ、筋トレのようにこのプロセスを回すトレーニングをする必要がある。企業が社会問題の最前線で活動するNPOや社会起業家と組む大きな理由も、この「当事者の声を聴く」ことにありそうだ。
2.ポートフォリオで考えよう
企業が社会問題に取り組む手段は、フィランソロフィー(寄付やボランティアなどの伝統的な慈善活動)CSR(企業のアセットや知見を活かした社会貢献)、そしてCSVの大きくわけて3種類ある。換言すれば、CSVは手段のポートフォリオの一つでしかない。
- フィリップ・サイオン氏
『シマンテック社は、もともと若者向けにサイバーセキュリティ教育を慈善事業で行っていました。あるとき、私たちFSGがこの領域におけるビジネス機会を調査してわかったことは、サイバーセキュリティの専門人材を今後10年間で30万人育成しなければならないという社会ニーズがあることでした。30万人の育成は、1社だけで何とかなる数字ではありません。そこで同社は、高校を卒業したが仕事に就けていない若者を訓練する教育プログラムを他社と協力して開発しました。このプログラムが評判を呼び、今では毎年優秀な人材を引きつける同社の大きな競争優位になっています。』
ここで、上記のビジネス成果は、シマンテック社が慈善事業として困難な環境にある若者の教育を続けていたからこそ生まれていることに着目したい。サイオン氏によれば、最初からCSVだけをやって成功する企業はほとんど無いそうだ。自社がどの手段でどんな社会問題に取り組んでいるか、このポートフォリオで整理・評価をすることからはじめてみるのはどうだろうか。
3.取り組みはオープンに進めよう
最後に、CSVの実践をはじめた企業がもし社会問題を解決したいと真に願うのであれば、競合他社をリードすることではなく、業界のリーダーとして、他社を仲間に入るよう説得すべきだ。
- フィリップ・サイオン氏
『スターバックス社は、「今後5年以内に1万人の難民を採用する」という計画を昨年発表しました。米大統領令に相対するこの目標には賛否が巻き起こりましたが、同社の社会的使命を貫く企業姿勢は、世界の市民に浸透しつつあります。ここで重要なのは、取り組みのプロセスを隠さず、得られた学びをオープンに共有して、他の企業と一緒に大きなアクションに育てることだと私は考えます。もしそうすれば、スターバックスは短期的には広報面での優位を失うようにも見えますが、最後には”First Mover”(問題解決のムーブメントを牽引した企業)として、必ず称賛されることになるでしょう。』
サイオン氏は、(通常のコットンと比較して環境負荷の少ない)オーガニックコットンを”First Mover”として自社の製品ラインに採用し、業界リーダーとしてのブランドを確立したパタゴニア社の事例にも言及しつつ、「担当者が企業内で孤独に闘うことなく、今日のように企業間でオープンな共有・対話の場を持つことが必要」と投げかけた。
企業の社会問題への取り組みを、もっと具体的に、もっとオープンに学び合うことはできるのか?
熱量溢れるサイオン氏のレクチャーに続いて会場からは多くの質問や対話のテーマが挙がり、3時間という時間はあっという間に過ぎていった。
参加した企業の実践者たちからは、
「現在の自社の立ち位置が客観的に分かった」
「社会問題=機会であるという目線をもっと世の中に浸透させたい」
「企業はどうしても社会性の目線が欠けがちなので、今日のようにNPOの経営者など多様な立場の方とのコラボレーションが必要」
という前向きな感想が寄せられた一方、
「CSVの取り組みの悩みを議論できる相手が社内にいない」
「本当は他社と協力して進めたいが、CSVはビジネス戦略と深くかかわるので情報共有が難しい」
など、想いはあっても仲間がいないという切実な声も聞こえてきた。
自社の経営戦略を主語にせず、社会問題の解決を目指すことで、これまで同じテーブルを囲めなかった企業や、他のセクターと連携するチャンスが生まれる。社会がダイナミックに変化していく兆しが見えれば、自社の事業にも新たな展望が浮かんでくる。
そのような好循環を生み出すためには、今までとは違うものの見方、仕掛け方を試すことも必要だ。組織や立場を超えて学びあうことで、お互いの成長速度を上げられる可能性を感じずにはいられないセッションだった。
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