ただでさえリスクが伴う「起業」。しかも「社会を変革すること」を目的にした、明らかにビジネスとしても難しそうな事業をはじめる人たちが通う塾がある。『社会起業塾イニシアティブ(以下、社会起業塾)』。2002年に、NPO法人ETIC.がNEC社会貢献室(当時)とともに立ち上げた、おそらく日本で初めての社会起業家を支援する私塾だ。
これまでに同塾を卒業した起業家は160名近く。なかにはフローレンスやカタリバ、かものはしプロジェクトなど、社会起業家の代名詞のような有名NPOもある。取り組んでいるテーマは福祉や農業、地方創生もあれば、教育・人材育成、新興国支援、医療介護などとにかく幅が広い。共通点があるとすれば「何としても解決したい課題がある」「何としても実現したい社会がある」。そんな志があることが必須条件だ。
驚異の事業継続率87.8% 事業を辞めない起業家にはどんなわけがあるのか。
社会起業塾に集まるのは、なにも起業家だけではない。大学に籍をおきながらNPO活動をしている学生、地域医療に貢献している医師、学習塾経営者、子育て中の主婦、虐待や子どもの貧困について研究をしている大学院生やソーシャルビジネスを授業で学んだ高校生など、背景もさまざま。そんな彼らが、人生のなかで出会ってしまった社会課題を解決するため、さまざまな挑戦をしているが、貧困家庭の生活支援やホームレスの支援など、そもそもビジネスとして成り立たない領域に取り組んでいるため、持続可能な事業モデルをつくるのがとても難しい。
しかし、社会起業塾生の事業継続率は87.8%(※1)と驚異的な数字を結果として出している。一般的な企業の10年生存率は約70%(※2)のなか、なぜ社会起業塾生は事業を辞めないのか。そのしぶとい姿勢の裏にはどんな訳があるのか。1月某所、都内で開かれていた社会起業塾の目玉プログラム「レビューミーティング」に潜入してみた。
集まった起業家は、OBOGメンバーやスタッフも含めて総勢36名。今、抱えている経営課題を持ち寄り、お互いに真剣に議論をするという。各団体から持ち込まれたアジェンダは、組織ビジョンの見直しについてや、事業拡大にあたっての組織体制の見直し、ロビイング活動の開始に向けた新プロジェクト立ち上げ検討など、今後の活動に大きな影響を与えるであろう重要なお題が揃っていた。
教えることはせず、ひたすらに問いに向き合う
この場に同席しながら気づいたのは、社会起業塾は「塾」と言いながら、特定の先生はおらず、ひたすらに問いを立てられていたこと。「そもそも誰のどんな課題に向き合いたいのか」「いつまでにどんな数字を変えていきたいのか」といった課題解決のプロセスについて聴かれたり、時には「何者としてそれに向き合うのか」といった禅問答のようなやりとりが飛び出すこともあるそうだ。OBOGのメンバーや同期の塾生からも「ほんとうにそれ本気でやりたいの?」と正面から問われる場合もある。
事業の立ち上がりの時期、目の前にやるべきことも山積している塾生たちにとって「何者としてそれに向き合うのか」と起業家してのありかたを突きつけられるのは、想像を超えたキツさがあるようだ。2016年度の卒塾生の合同会社はひぷぺぽの宮村さんは、ほんとうにしんどい期間だったと話す。2014年の卒塾生のNPO法人ちぇぶらの永田さんは、毎朝うなされて目が覚めていたそうだ。だが「間違いなく人生の転機だった。」と語っている。
教えることはしない。先輩から盗め、実践から学べ、のスタンス
社会起業塾のホームページではプログラムの特長として、以下の3つがあげられている。
1の「実践と学びを何度も往復」というのは、目の前の事業をやりつつ、時に現場を離れる時間をとり、徹底的に自分や事業に向き合う機会をつくるということ。2の「先輩や仲間から徹底的に盗む」というのは、同じように社会課題に挑む先輩や同世代の仲間と徹底的に議論せよということだ。こうした機会が課題解決へのヒントを得るだけでなく、経営者として成長していくために必要な学びであると明言している。そしての1と2を思う存分できる環境をつくる。それを支えるのが、3の「本気で向き合うサポートチーム」だ。経営者として悩んでいることがあれば、とことん付き合ってくれる先輩起業家やメンターが社会起業塾には大勢いる。たとえアクションに失敗したとしても、その挑戦を称え、ねぎらい、ともに振り返ってくれる仲間もいる。
先輩や仲間、ときに事務局もおせっかいにサポートをする。似たようなプログラム、巷を探せばゴロゴロあるのではないかと一瞬思う。だが、少し考えてみてほしい。いい大人にたいして真剣に「お前はなにものなのか」とか「ほんとうにそれ本気でやりたいの?」なんて堂々と問いを立ててくる人はまずいない。また、悩みを受け止めてくれる人はいたとしても、起業したばかりの頃の不安や怖さ、痛みを同じレベルで理解してくれる人は、世の中にどれだけいるのだろうか。
もうやめたい…とおもったとき、社会起業塾での問いが浮かぶ
前段で紹介した、ちぇぶらの永田さんと同期、NPO法人ReBitの薬師さんは「メンターからのアドバイスや問いも、当時はわからなかったが、今となってはわかることがたくさんある」という。「今はわからないことも、心にためてほしい。もうやめたいと思った時に、社会起業塾で問われた”なぜ、楽しまないの?”という言葉を思い出します。」と話す。
モヤモヤするのは健全で、スッキリが正常ではない。
繰り返しだが、社会起業塾では、誰も教えてはくれないし、誰も答えを持っていない。素直に悩みや課題をぶつけたところで、明確なネクストステップが見出せるかもわからないが、塾生たちは今ぶち当たっている壁や葛藤、リーダーとしての迷いをありありと吐露している。一方で、悩みを聞く側に回るときは、仲間が発している言葉に真剣に耳を傾け、状況を想像し、自身の経験もいかしながら、ともに考え、ともに悩む。その場ですっきりと答えが出ることはほとんどない。
社会起業塾のOBとして、いま塾生たちのメンター役を担っているチャンス・フォー・チルドレンの今井さんは、モヤモヤと悩みがあるほうが健全だという。
「自分もまだ葛藤しながらやっていて、それは現役の塾生と卒塾したOBOGも同じ。客観的に見てそれが正常な状態なのかな、と。そもそも、こうあってほしい社会の理想と現状とのギャップがあるからやっている事業。現実とのギャップに悩んでモヤモヤするのはいい状態で、スッキリやっている方がむしろ正常ではないのではないかと。」
答えがないことは知っている。だから原点に戻って自分に問う。
そもそも、複雑な社会課題の解決法なんて最初からあるわけがない。答えがあったらとうの昔にその問題は解決しているはずだからだ。そして、いま目の前の事業の壁にぶち当たっているのは、自分自身であり、誰かではない。自分がやると決めた以上、その壁を乗り越えられるのは、自分自身しかいないと、聡明な社会起業家たちは、すでにどこかでわかっているように見える。
だからこそ、自分のなかにある(しかし、まだ確実には見えてはいない)答えを探しだすために、「お前はなにものなのか」や「ほんとうにそれ本気でやりたいの?」と純粋に問いを立てられる社会起業塾に惹きつけられるのではないだろうか。
簡単には答えがない中で、道しるべになるのは「良質な問い」であり、「志」である。
社会起業塾には、それぞれの分野で「志」を持って社会に向き合う起業家たちが集っている。メンターや同志から「良質な問い」を投げかけられることで、自分の中から湧き出る答えを見いだすのが、この場の価値のようだ。起業家として経営者として、迷い、悩んだ時の道しるべになっていること。社会起業塾を卒業した起業家が事業を辞めない理由は、ここにあるのかもしれない。
(※1)2016年12月ETIC.調査、2002年度~2016年度の参加 団体100団体のうち、設立当時のミッションに沿って 現在も事業を続けている団体
(※2)企業の生存率:起業した後、10年後には約3割の企業が、20年後には約5割の企業が退出しているという調査結果がある(2011年中小企業白書)
■社会起業塾の今後の募集・イベント情報などは公式サイトでお知らせいたします。募集開始は5月30日を予定しており、現在はプレエントリーの受け付けを開始しています。
個別事業相談会(オンライン、無料)も随時開催しておりますので、お気軽にお申し込みください。
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