「なぜだか、観終わったあとに語り合いたくなる」そんな映画が今春公開されました。『沈没家族 劇場版』。
家族って、親子って、夫婦っていったいなんなのか―。あるシングルマザーが生き抜くために試みた共同保育の実話が、20数年の時を経て今、ドキュメンタリー映画の形で結晶化され、観ている側にさまざまな問いを投げかけています。
映画『沈没家族 劇場版』とは…
1990年代半ばに共同保育で幼少期を送った加納土監督が、自身の生まれ育った場所での生活を振り返るドキュメンタリー。加納さんの母親はシングルマザーのため、自分が家にいない間、幼い息子を代わりに保育してくれる人を募集。彼女が撒いたビラを見て集まった大人たちによって共同保育がスタートした。
子どもたちの面倒を見ながら共同生活を送る保育人たち。当時ある政治家が「男女共同参画が進むと日本が沈没する」と発言したのを聞いて腹を立てた穂子さんが、この共同生活を「沈没家族」と名づけた。
大学生になった加納さんは、自身が育った「沈没家族」、そして家族とは何なのかとの思いから、かつて一緒に生活した人たちをたどる。母の思い、そして不在だった父の姿を追いかける中で、家族の形を見つめなおしていく。加納監督が武蔵大学在学中の卒業制作として発表したドキュメンタリー映画を劇場版として再編集等を施して公開されている。
この『沈没家族 劇場版』の公開を記念して、ポレポレ東中野では上映後にトークイベントがおこなわれてます。ここでは、その一部を対話型で紹介させていただきます。
正直に生きる。苦しさも作品にする。
◆監督・加納 土(かのう・つち)× 俳優・佐野 史郎(さの・しろう)
佐野史郎さんは、20年前、沈没家族を追ったドキュメンタリー番組のナレーションを担当しました。
- 佐野
- ナレーションをした番組を全て覚えているわけではないけど、この沈没家族のことはよく覚えていて。ディレクターに最後のコメントはなるべくご自身の言葉でお願いしますといわれて、語りかけた子が20年経って目の前にいる。不思議な感じなんですよね。まぁ生きてみるもんだなぁと(笑)
- 加納
- ナレーションの最後が「ツチくん、大きくなったら君はどんな家族を作るんだろうね?」というコメントで、(今回の映画で)「大人になりました。」とテロップで返しました。この映画って観る人によって感じ方も違って、その反応がおもしろくて。
- 佐野
- 僕は2回観たんですけど、感じ方が違いましたね。やっぱり穂子さん(母)の存在は強烈だけど、自分も父親だし、山くん(父)に共感するし。まぁ嫉妬の塊で男ってほんとに…とおもうんだけど正直に生きているよね。穂子さんと山くんがボクシングで戦う場面があったけど、ちゃんと作品になってる。
- 加納
- 口喧嘩ではなくボクシングというルールに則って戦っている。撮られることを前提にしているとはいえ、生々しいやりとりができたのは、そういうルールみたいなのがあったのからかも。
- 佐野
作品って「入れもの」みたいなもので、実人生のつらいことも作品にしてしまえば救われるっていうのもあるんですよね。なんかわかるなぁ。自分も劇団からはじめてテント芝居やって、いわば非社会なんですよね。テントのなかは治外法権。家族や国が決めたこと、与えられたものに則ってやるというより、自分たちでつくるルールが大事、みたいな。
それも行き過ぎるとカリスマ的な存在に依存するようになってよくないんだけど、そういう懐かしい感じがした。60年代の終わりやヒッピームーブメントのころ、思想をもった女優さんたちいたなぁと。穂子さんのような人によく絡まれたなぁと(笑)。言っていることがあまりにも正しすぎて、正しすぎるというか。でも今おもえば正しい方がいいな、とおもうのだけど。
「これも悪くないよね」が、この映画での問いかけ
- 加納
映画でも描いた沈没ハウスがある東中野を出て八丈島に行くころ、穂子さんのなかでも息苦しくなったのは、穂子さん自身に(周りが)依存し始めたこと。メディアに注目されるなかで、日々楽しく生きるためにやっていた共同保育が、運動やムーブメントのように捉えられ、何かのゴールがあるようにおもわれ、めんどくさくなったというのもあるのかと。そのままダラダラと沈没家族を続けず、八丈島にいってまた新しいつながりを作っていったのは穂子さんらしい。
ドキュメンタリー映画ではあるのですが、自分が生まれ育った環境に落とし前をつけようとかはなくて、ポジティブに自分を育てた周りの人はどんな風に感じていたのかを知りたくてつくった作品。自分のように血のつながりがあってもなくても育ててもらって、今実際こういう風に生きています、と。共に沈没ハウスで育てられた“めぐ”が映画のなかで「これも悪くないよね」と言っていることが、この映画での問いかけなのかなと。観ている人によっていろんな感じとりかたがあるので、何度でも観てほしいですね。
観終わったあと自分のことを語りたくなる映画
トークイベント終了後、この映画の創り手である監督と、届け手でもあるPR担当の加瀬さんとも、作品を通しての思いを聞かせていただきました。
◆監督・加納 土(かのう・つち)×宣伝・加瀬 修一(かせ・しゅういち)×聞き手・野田 香織(のだ・かおり)
- 野田
- 加納
- 一言でいうと「新鮮」ですよね。お客さんによって反応がそれぞれ違う。こんなところでも子どもが育つんだ!と単純に驚く人もいます。映画をみて、ポジティブもネガティブも関係なく、語りたくなる、人と話したくなるという反応が多いです。
- 野田
- 親子や夫婦関係のこと。家族の話ってなかなか話しづらい雰囲気ってあるとおもうのですが。私もシングルマザーなので周りからも気遣いからか聞かれることもないですし、あえて自ら話すこともないんですよね。
- 加納
- そうですよね。実際自分も特殊といえば特殊な環境で、共同保育も実験的な試みなので、理解されないこともありました。けど、結果こうなりましたというところでこの作品は置いています。実際の穂子さんは当時、精神的にもギリギリの状態でいたとおもいますね。アルコールを摂り過ぎて、多摩川を歩いて渡ろうとしてたのを必死で止めたという記憶も残っています。
生存本能まる出しの生き物を誰が受け止めていくのか
- 野田
- みんなで楽しもう!だけじゃなく、生き抜く手段としての共同保育でもあったと。そういう意味では、映画に出てくる幼いツチくんからも生きようとする意志が伝わります。生存本能まる出しというか、あんなパワー、ひとりじゃ受けきれないですよ。
- 加納
- 野田
- 生存本能で言うと、血のつながりがある父、山くんにも同じものを感じました。彼も彼でギリギリ父親であろうとした。沈没家族を語るうえでも欠かせない人物だと思いますが。
- 加納
- 欠かせない人ですし、作品を通して話ができたことはよかったとおもっていますが、あいかわらず父親とはおもえないというか。それも別に悪いことだともおもってないんですよね。ただ彼の写真を見ていると、不器用ながらも家族をつくろうとしたんだなとわかります。自分(息子)とというより穂子さんと家族になりたかったのかなと。
多様な価値観があるがゆえの難しさとユルさ
- 野田
- 話を沈没ハウスに戻しますが、多様な価値観をもった人たちとともに過ごすって、いいことではあるけれど、正直めんどくさいというか、コミュニケーションにも手間のかかることだなぁとおもうのですが。
- 加納
自分に与えられた環境が沈没ハウスだったので、その「自由と多様性」にいるうちはいいのですが、小学校に入って「規律性・集団性」にはギャップはありましたね。それでも適応しようとしていました。とてもまじめな子だったんです。でも、あるとき行かなくなって1か月ぐらい休みました。家にいれば誰かいたし「学校なんて行きたくなければ行かなくていいよ」という人たちだったんで、それはよかったのかも。
共同保育に入っていた人たちは、子どもという生き物の世話をおもしろがってやっていたのが当時の保育ノートを見るとわかりますね。子どものケアをすることを「義務」や「責任」でやってしまうと、とたんに苦しくなるのではないかと。
- 加瀬
- 当時、保育をされていた人の話を聞くと、誰も正しさを求めていないんですよね。「~~すべきだ」とか「~~しなくてはならない」と思うと、そこで思考も膠着しちゃいますが、「子どもを危険な目に遭わせない」とか、「死なせない」とか最低限のルールがあるだけで、あとはすべて「なんとかなる」という考え方なんですよね。
- 野田
- 最低限の「命を守る」こと以外は「なんとかなる」と手放すことで、子ども自身がもっている生きる力が育まれていく気がします。それって変化の大きい今の時代にこそ必要だとおもいますが、いっぽうで同質性の高い人といたほうが安心とか、ルールがあったほうが生きやすいという人もいますよね。
- 加瀬
- そうしていろんな制度やシステムができてきたのが、今の日本だとおもうのですが、もうそれでは立ち行かなくなっている。もう限界がきているからシステムに頼るのではなく、ネットワークが必要ですよ、と言われているんですよね。
- 加納
- いつの間にか僕たちも集まれなくなっているんですよね。大人になってくると、お花見とか飲み会とか、何かしら口実がないと人と交流ができなくなってきている。集まる理由が「子どもの世話」ってすごくいいとおもうんですよね。もし、自分が親になった時、共同保育で育てるかはどうかはわからないけど、保育する側はおもしろそうなのでやってみたいんですね。
- 加瀬
- この映画が、なんとなく話しにくいタブー視されがちな家族ことも語りあうきっかけになれたらと思っています。ぜひ、劇場にも足を運んでいただきたいですし、自主上映というかたちで、対話の場づくりのツールとしても生かしてもらえたらとおもっています。
この映画を初めて観たとき、沈没家族をつくった母・穂子さんの強烈なパワーと、新しい取り組みをおもしろがって担っていたヒッピーな人たちに圧倒され、また父親としての尊厳をどうにか守ろうとする父・山くんと、監督であるツチくんとのガチなやりとりに、途中息が苦しくなる場面がありました。
同じシングルマザーでありながら、まだそこに至れていない自分と、親と子の葛藤にまだ正面から向き合う勇気が持てない自分がいるんだとおもいます。
ただ、穂子さんやツチくんや、沈没ハウスの人たちを「特別な存在にしてはいけない」ということだけは強く感じました。古臭いし、まったく洗練されていないけれど、わたしたちが向かうべき未来は、ここにあるのではないかとおもっています。
沈没ハウスのお膝元、ポレポレ東中野での上映は、4月26日(金)まで12:30~、17:00~、21:00~の1日3回。4月27日(土)~5月10日(金)までは、21:00~レイトショーでの上映となります。その他の上映も続々決定しています。詳しくは、公式ホームページをご確認ください。
映画監督/加納 土(かのう・つち)
1994年生まれ、神奈川県出身。武蔵大学社会学部メディア社会学科の卒業制作として本作を2015年から撮影を始め、完成した作品はPFF等の映画祭で評価された。卒業後はテレビ番組会社に入社し、ドキュメンタリーや情報番組の制作に従事しながら、本作の「劇場版」の公開に踏み切った。本作が初監督作品。
俳優/佐野 史郎(さの・しろう)
1955年3月4日生まれ、島根県出身。B型。1975年に劇団シェイクスピアシアターの創立メンバーとして初舞台を踏む。唐十郎主宰の状況劇場で活躍。1986年映画『夢みるように眠りたい』で映画初主演。ドラマでは1992年TBS「ずっとあなたが好きだった」での冬彦役の演技が話題に。第30回ゴールデンアロー話題賞、第30回ギャラクシー賞を受賞。TVドラマ、映画、ドキュメンタリーと出演は多岐に及ぶ。昨年のフジテレビ系ドラマ「限界団地』は初の連続ドラマ主演として話題となった。佐野史郎オフィシャルブログ「橘井堂」http://www.kisseido.co.jp/
映画宣伝・企画・制作contrail代表/加瀬 修一(かせ・しゅういち)
1973年生まれ 千葉県出身 舞台芸術学院卒業後、様々なアルバイトを経て、中野ブロードウェイ内にあった映画DVD販売の専門店「レコミンツ」でマーチャンダイザーとして 勤務。2011年より「contrail」の名義で独立し、映画宣伝を始める。現在では、宣伝以外にも、企画、制作まで活動の幅を広げている。企画・プロデュースした劇映画『漫画誕生』 (イッセー尾形主演)の公開も準備中。◆公式ツイッター https://twitter.com/kase_yan
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