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東京と地方の「可能性の認識差」をなくしたい。中高生にプログラミング教育を届けるライフイズテック讃井さん

2020.11.19 

新型コロナウイルスは、私たちに新しい働き方・生活様式への転換を迫るだけでなく、人々の意識や世界観も変えつつあります。先の見通せない激変する環境で、経営者たちはどんな思いでこの状況を見つめているのでしょうか。

 

そこで、意外と語られていない「経営者のあたまのなか」を解剖してみようと立ち上がった本企画。第18回の今回は、ライフイズテック株式会社取締役の讃井康智(さぬい・やすとも)さんにお話を聞きました。中高生向けのITキャンプを中心に、次世代の人材育成に取り組まれてきた讃井さんの「あたまのなか」の一端をお届けします。

 

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讃井康智(さぬい・やすとも)

ライフイズテック 取締役 最高教育戦略責任者

東京大学教育学部卒業後、組織・人事系コンサルティングのリンクアンドモチベーションで勤務後、東京大学大学院教育学研究科へ。博士課程まで在籍し、学習科学の世界的権威、故三宅なほみ東大名誉教授に師事。東京大学CoREF 元リサーチアシスタントとして全国の学校・教委で協調的・創造的な学びを支援。

2010年7月に中高生向けITキャンプ「ライフイズテック」を設立。現在、取締役として学校・自治体などへの公共部門事業を統括。経産省「未来の教室」とEdTech研究会 専門委員、長野県 WWLコンソーシアム 運営指導委員、金沢市プログラミング活用人材育成検討委員会 委員などを歴任。NewsPicks プロピッカー(教育領域)も務める。

コロナ禍でも人材を育成するエコシステム(生態系)を地域に根付かせたい

 

――まずは、御社の事業内容を教えてください。

 

讃井さん(以下、讃井):私自身はずっと教育畑のキャリアで、今年で10周年を迎えるライフイズテック株式会社の創業メンバーのひとりです。

 

弊社の事業の一つでは、中高生向けのITキャンプ(短期集中型のプログラミング講座)を実施しており、これまでに約5万人に参加してもらっていて、これは世界でも2番目の参加規模です。

 

子どもたち

 

二つ目は個人や学校向けにプログラミングの学習教材を提供しています。ディズニーと連携したコンテンツ「テクノロジー魔法学校」はプログラミングを心折れずに学び続けることを大切にした教材で、中高生だけでなく、大学生や社会人で初めてプログラミングを学ぶ方にも数多く使っていただきました。

 

100を超える自治体で導入され、学校では1000校以上で使っていただいています。中学や高校の先生が、今までより高度なプログラミングをそのまま授業で教えられる教材で、費用は一人当たり年間2000円の買い切りです。そのほか、企業や自治体と連携したIT人材育成事業も展開しています。

 

私は福岡県の出身で、高校時代にゲームのプログラミングやメディアアートをやりたいと考えていたのですが、当時は福岡で中高生がそういうことを学べる環境はまったくなかった。大学に行って、就職してからでないと無理だよね、高校生では何もできない、とひとりで悶々とした高校時代を過ごしました。

 

そして、それから10年ほど経った2010年当時は、iPhoneが発売されて3年くらいたっておりITの重要性は社会で広く認識されていましたが、それでも中高生がITを学ぶ場はほとんどありませんでした。そうした社会環境をなんとかしたいと考えたのが、2010年のライフイズテック創業の動機です。特に地方にいる中高生へのサービス提供にはこだわりを持っていて、最初はサービス提供をスタートして間もない2011年12月に地元の福岡で体験会を開催できました。

 

――自治体での導入事例について、少し詳しく教えてください。

 

讃井:高知県や福岡県飯塚市などとは長く取り組みをご一緒していますが、我々が出張して中高生にITキャンプや体験会を届けるだけではなく、地域で「教育のエコシステム(生態系)」を育てることをゴールにしています。具体的には、まず地域の社会人や先生、大学生に研修を行い、彼らがメンターとして地域の子どもたちに教える役割を担えるよう養成します。2期目からはその地域のメンターが中心になって研修を行うことで、地域での教育プログラムの持続性を確保しています。

 

また、その地域でのITキャンプや体験会に参加した中高生は、学んで楽しかった思いをもとに、「今度は自分も教えてみたい」と考えるようになります。3年くらい経つと、過去のITキャンプに参加した中高生が大学生になり、メンターとして教える側になることが増えていきます。そうした元参加者のメンターたちも下の世代に教えることで更にITスキルを高め、それを駆使して地域の課題解決にまでつながるような事例も各地で生まれてきました。

 

――単発のイベントではなく地域に根付いていく仕組みを構築するわけですね。地域の課題解決にまでつなげているというのは素晴らしい。

 

讃井:私たちが特に重視しているのは、単にインプットするだけではなく、課題を設定してアウトプットしていくところまで持っていくことです。例えば、あまり知られていないけど実は高品質なじゃがいものECサイトを立ち上げたり、地域の観光名所の課題を解決するアプリや映像を作成したり。そういったアウトプットまで持っていくことで、IT・プログラミング教育を受けた中高生が、ITで地域のリアルな課題を解決する当事者にまで育つことを狙っています。

 

――IT教育を推進していくことが、地域に新しい未来を開いていくことにつながるという信念をもってやっていらっしゃるのですね。今回のコロナの影響はありましたか?

 

讃井:良くも悪くも大きな変化がありました。一つ目の変化は、これまで春休みや夏休みの対面型でやっていたITキャンプがほとんど開催できなくなったこと。対面での開催自体は禁止されていないのですが、中高生の夏休みの日程が休校の影響で短縮されたり、施設のルールで三密を避けるために参加者数を少なくせざるを得ないといった問題もありました。

 

しかし悪い事ばかりではなく、これまでほとんどやっていなかったオンラインによるITキャンプを実施したところ、毎回多くの中高生が参加ししっかりと作品を作っていってくれて、オンラインでもしっかりとした学びを提供できる手ごたえを感じることが出来ました。

 

二つ目はもともとオンラインで配信していた教材への反響がものすごく増えたこと。外に遊びに行けなくて、学校にも行けなくなった子どもたちに新しい学びや楽しさを提供したいという思いから、最初にコロナで学校が休校になった3〜4月に「テクノロジア魔法学校」を無料でご提供したんです。この短期間に一万人以上に使っていただけました。

 

また、学校向けオンライン教材である「ライフイズテックレッスン」も、パソコン1人1台政策である※GIGAスクール構想など国による後押しもあり、1年で一気に導入検討が進みました。現在、中学・高校1000校、13万人以上が私達の教材で学んでくれており、自分たちにとっても驚くべき広がり方につながりました。

※GIGAスクール構想:https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm

 

三つ目は働き方についてです。もともとテレワークは積極的に進めていた会社でしたが、今回のコロナを機に、各地の教育委員会や学校とオンラインで打ち合わせをするのが当たり前になりました。今までなら九州で打ち合わせするとなった時には、丸一日かけて1つのアポイントだけというのも普通でした。でもオンラインでやれば多い日だと1日に6〜7アポを入れられるようになり、様々な自治体との打ち合わせが7倍速で進んでいます。これまでは遠くて時間やコストの観点から、接点を作れなかった地域にも我々のコンテンツを届けられるようになったのは大きなメリットですね。

プログラミングスキルの向上は目的ではなく、起業家的な人材を育てる手段

 

――ライフイズテックのプログラムの一番の特徴は何でしょうか?

 

讃井:僕らが最も大事にしていることは「中高生一人ひとりの可能性を一人でも多く最大限伸ばす」ということです。例えば、プログラミング市場が大きくなりそうだとか、学校の指導要領がこう変わるから事業が大きくなりそうだといった動機で事業をしているわけではありません。

 

どこの地域でも、中高生が学びたいことを学べて、つくりたいものをつくれること。そして、その学んだスキルを実際に社会課題解決のために活かしていける人材を育てていくことが大切だと考えています。学校や教育委員会とはプログラミング教育のための教材でのお取引が多いですが、自治体で産業振興系の部局と組んでやる際には、地域に新たなIT事業を生み出すとか、地域課題をITで解決するような、起業型人材の育成を目的に取り組みをご一緒しています。

 

各自治体で起業支援の取り組みは様々にあります。しかし、飲食店など昔からある業態の新規創業が中心で、ITを使った創業は首都圏を除く地域ではまだまだ少ないのが実状です。

 

そのために事業化に至るまでの育成のステップを準備しています。最初のステップは「自分ごと化」です。プログラミングと自分って距離があるわけです。初心者の自分ではできないとか、特別IT起業家でないとできないとか。でもそんなことはありません。体験会に来ると午前中のたった3時間でも、簡単なアプリが作れて「自分でもできる!」「楽しい!」という気持ちになって、「もっとやりたい」と思うようになる。それが「自分ごと化」です。

 

図トリミング後

 

次は「スキル獲得」なのですが、我々は毎年、全国の大学生300人程度に対して新規のメンター研修を実施していて、そのメンターが各地域の人材のスキルアップに向けたサポートを細やかに行います。その中には中高生向けITキャンプのOBOGも多数いて、もともとの参加者が今度は教える側になって戻ってくるという人材の還流が起こっています。

 

そして、次のポイントは「プロダクト化」ですが、プログラミング言語の習得がゴールではなく、小さくてもプロダクトをつくることを大切にしています。例えば、アプリやWEBサイトを実際に作成して、リリースして、ユーザーの反応をもらうところまでを目指します。中高生向けのスクール(週一回など定期的に学ぶことができる講座)では、半年以上通った子どもたちのうち85%の子たちがアプリやWEBサイトをリリースしています。これはライフイズテックならではの特長です。単なる知識の習得ではなく、実際にプロダクトを作り、使ってもらい、自分が思い入れのある課題を解決していくという学習体験を前提にやっているところが、他の教育コミュニティと最も違う点ではないでしょうか。

 

――具体的にはどのような人材が育っているのでしょう?

 

讃井:最近、メディアでも取り上げられたのは、北海道の加藤君という高校生ですが、中学時代に1日体験会に参加してプログラミングの面白さを体感してくれて、その後東京のITキャンプにも参加してくれました。その後、独自で更に研鑽を積み、国が提供しているコロナの接触確認アプリ「cocoa」がリリースされる数ヶ月前の2020年4月の時点で、コロナの感染経路をスマホでたどれるアプリを高校生ながら自作してリリースしたことで、大きなニュースになりました。

 

そこまで行かなくても、福岡県の高校生で、高1の時は初心者で親に言われて嫌々ながら参加したものの、その一回が楽しくてプログラミングを学ぶことが「自分ごと化」して、初めて「プロダクト化」したアプリが「アプリ甲子園」というコンテストで5位に入賞。それで自信をつけて次の世代に教える仕事もしたいと大学生になったらすぐに、中高生に教えるメンターとして帰ってきてくれた子がいます。彼は大学4年の時には地域のIT企業でインターンし、新卒で東京の有名なIT企業に就職したのですが、今でも福岡に関するプロジェクトに継続的に関わってくれています。こうしたいわゆる「関係人口」として継続的な関わりを持っている事例も沢山ありますよ。

 

子どもたち2

 

ITの教材屋ではなく、一緒に「地域の人材育成ビジョン」を作るパートナー

 

――実際にこうした人材育成プログラムを、地域に根付かせるためのポイントは何でしょうか?

 

讃井:単発でITキャンプをやるだけでしたら、我々がクオリティの担保もできますし、必ず成功させる自信はあります。ただ、継続したエコシステムをつくる上では、地域側の継続的なコミットメントや、地元の大学生や行政などがつながって、コミュニティ化していくことが欠かせません。メンターとなる地元の大学生に研修をするだけでなく、担当する役場職員や教育関係者にも顔を出してもらって仲良くなる。懇親会などを通じて、大学生メンターと地域の自治体関係者・教育関係者がつながる「地域でのコミュニティづくり」が非常に重視だと考えています。

 

また、その地域でどのような子どもたちを育てたいのか、そのためにどんな教育をするのかというビジョンが一番大事です。我々は学校教育と社会教育の垣根を超えて、地域の教育ビジョンの策定にも関わらせていただいています。つまり、単なるプログラミングの教材屋ではないのです。

 

例えば、とある自治体で廃校が出ます。そこを20世紀型教育の実験校にしていきたいというニーズがあった時に、そういう学校はどうやって作って行ったらいいのか、理念を共有してカリキュラムを作って、どういう先生をそろえて……ただ一校だけ作ってもしょうがないから、4〜5年かけてどう進めていくかといったことを一緒に考えます。新しい学校や新しい学びを積極的に作っていこうとされている意志ある自治体の皆さんと深くお付き合いしたいですね。

都会と地方にある「可能性の認識差」をなくす

 

――いま感じている課題、こんな機会があればいいなどあれば教えてください。

 

讃井:各地域で求められる「IT×課題解決」のスキルとして、求められるレベルはどんどんあがっています。どんな地域でも「農業×IT」や「医療☓IT」など、IT専門の企業に限らず、どの分野でもITで問題解決することが必要になってきている一方、高校までで学べる「IT×課題解決」のスキルは時間の制限もあってかなり限定的で、最低限のことしかできていません。どんどん広がるギャップをどうやって埋めるのかは新しい社会的な課題といえます。

 

教育の分野では、今回のコロナを機会に、各自治体もオンライン教育の必要性を強く感じていて、日本中でものすごい変化がおこっています。そのような中、私が様々な地方にIT教育の機会を届けることにこだわっているのは、「可能性の認識差」をなくしたいと思っているからです。

 

ある地方の街でITキャンプの体験会を行った際、終わった時に保護者の方から「プログラミングに関して、東京の子ども達とこの地域の子たちと何が違いますか?」と聞かれました。東京の子の方がずっと進んでいるのだろうという前提での質問です。

 

しかし実際は、ITキャンプで届けている教育コンテンツの難易度に差はないし、出来上がった作品のクオリティにも大きな違いはない。むしろ地方の子たちの方が集中して取り組んでくれて、同じ時間なら高いクオリティの作品を生み出すこともしばしばです。また、当然のことですが、子どもが生まれながらに持っている才能という観点でも地域差はありません。ただ、1点違いがあるとすると「可能性の認識差」があると考えています。

 

東京の子どもたちはまわりにプログラミングスクールが当たり前のようにたくさんあって、通っている友達がいたり、少し上の先輩がアプリを自分で作ってリリースしていることを耳にしていたりします。一方で、多くの地方の子たちは、中高生の時にプログラミングを学べる場所は近くにないし、アプリを作ったり、リリースするなんて考えもしないままになってしまう。

 

これって20年近く前の私の高校生時代と同じで、地方の子はゲームアプリを消費者として遊ぶことはあっても、自らが生産者として作れるものだと認識できる機会がないのです。そうした生産者としての選択肢を認識していないと、アプリに関してネットで調べる際にも、検索キーワードは「ゲームアプリ、作り方」などではなく、「ゲームアプリ、攻略法」などに留まってしまいます。中高生時代に自分が何をどれだけできるか、という認識の違いに大きな差がついています。

 

まずは年1回でもいいので、地方でもITキャンプのような機会を開催できれば、中高生はみんな「今の時代は中高生でもアプリを作れる時代なんだ」と認識し、地域関係なく中高生たちの可能性を最大化できます。

 

一方で、我々の会社もサービスも地方ではまだまだ名前を知られていません。教育の課題、子どもたちの可能性の課題の重要性をこれからも発信していくと同時に、全国の意志ある自治体さんとどんどん協働していきたいです。

 

――讃井さん、本日はありがとうございました。

 

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由利吉隆

早稲田大学政治経済学部卒。三菱UFJ信託銀行で約9年間、資産運用や企業年金のコンサルタントとして従事。2004年にETIC.に転職し、経済産業省と連携して日本全国にコーディネート機関を育成する「チャレンジ・コミュニティ・プロジェクト」の立ち上げを担当。以降、15年以上にわたり地域の人材育成やハブ的な拠点づくりを継続中。