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森林の維持は地域コミュニティの維持?ヤマハ発動機の白石章二さんと考える、地域の持続性を高めるために必要なイノベーション

2024.05.13 

リンダ・グラットンとアンドリュー・スコットの著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』をきっかけに、「人生100年時代」という言葉が広く知られるようになりましたが、同書で取り上げられている「ポートフォリオワーカー」という働き方をご存知でしょうか。ポートフォリオワーカーとは、複数の仕事を組み合わせた働き方を指します。

 

ヤマハ発動機株式会社の社員、島根県雲南市を拠点とするNPO法人おっちラボの理事、そして企業や地域を横断した森林保全プロジェクト「森あそびラボ」の発起人……と、実に多様な顔をもちながら日本の森林の維持管理という課題と向き合ってきたポートフォリオワーカーが、今回ご紹介する白石章二さんです。

 

白石さんは約30年間戦略コンサルタントとして働いた後、2018年にヤマハ発動機に転職。インドに新設した子会社の代表を務めるなど、新規事業開発に携わってきました。一方、仕事の傍ら2015年頃から林業問題について勉強を始め、2017年にプロボノとして岐阜県郡上市の林業政策に関わったことから、もっと楽しく森林を守るような事業ができないかと考え続けてきました。

 

伐倒体験の様子

 

そんな白石さんの思いが形になったのが、2021年4月に発足した「森あそびラボ」です。白石さんは、森林資源を守っていくためには、木材の生産のように経済林として活用するだけでは限界があると感じていました。そこで「森あそびラボ」では、森林を空間資源としてとらえ、これまでにない視点から森林を活用してくれるビジネスプレーヤーを発掘し、森林から新たな経済を生み出そうという構想を掲げています。

 

白石さんの呼びかけに、島根県雲南市、愛媛県久万高原町、岡山県西粟倉村などの地方自治体や各地域の山林保有者、竹中工務店や日本航空といった企業も賛同。アイデアをもった起業家達と一緒に、検討会やブレストを重ねてきました。

 

更に2023年には、「森あそびラボ」の活動を引き継ぐ形で、自然と共生する日本の里山の暮らしを学ぶ「SATOYAMAツーリズム協議会」を立ち上げ、地域を持続可能なものにしていく事業を模索中です。「森あそびラボ」や「SATOYAMAツーリズム協議会」での活動を通じての発見や、見えてきた新たな課題について、NPO法人ETIC.(エティック)が事務局を担うイベント「Beyondカンファレンス」の広報チームのメンバーである、株式会社電通PRコンサルティング執行役員の井口理さんが伺いました。

 

白石 章二(しらいし・しょうじ)さん

ヤマハ発動機株式会社 企画財務本部経営改革アドバイザー

島根県雲南市出身。大学卒業後は米系戦略コンサルティング会社に20年勤務し、国内外で幅広い業界の戦略コンサルティングに従事。2008年自ら戦略コンサルティング会社を起業、複数の事業会社マネジメントを歴任。2014年からPwCコンサルティング合同会社戦略コンサルティングチーム自動車エネルギー製造業担当パートナーを経て、2018年1月ヤマハ発動機入社。新事業開発、ベンチャー投資や、同社の産業用ヘリコプターを活用した森林継続事業の立ち上げ等に従事。カリフォルニア大学バークレー校MBA。東京と長野の二地域居住。

井口 理(いのくち・ただし)さん

株式会社 電通PRコンサルティング 執行役員/チーフPRプランナー

企業PR戦略立案から、製品・サービスの戦略PR、動画コンテンツを活用したバイラル施策や自治体PRまで幅広く手掛ける。ニュースメディアやソーシャルメディアで話題になりやすいコンテンツを生み出す「PR IMPAKT」や、メディア間の情報の流れをひもとく「情報流通構造」などを提唱。PR会社で30年超勤務。数々のアワードの審査員を歴任。著書に「戦略PRの本質―実践のための5つの視点」、「成功17事例で学ぶ 自治体PR戦略」「PR4.0への提言 ~いま知っておきたい6つの潮流、実践すべき7つの視点~」。

遊ぶことで価値を生むとは?これまでとは違うアプローチから森林保全を考える

 

井口:木材となる木を育てるという林業的な関わり方以外だと、どのように森林を活用されているのかイメージがわきにくいのですが、具体例を教えていただけますか?

 

白石:ヤマハ発動機の若手社員の取り組みで今アツいのはマウンテンバイクですね。本社近隣にある静岡県森町の森林組合とコラボして、社内公認クラブ「森マウンテンバイククラブ」のメンバーを中心に、手弁当でマウンテンバイクのコースを整備しました。この活動は林野庁が主催する「SUSTAINABLE FOREST ACTION」という森林・林業に特化した事業開発プログラムで最優秀賞を受賞し、300万円の補助金をいただいています。

 

このときにいただいた補助金も活用しながら10コースを整備し、2022年4月には「ミリオンペタルバイクパーク」がオープンしました。こちらは、社員が副業として会社を立ち上げて運営に携わっています。社員の家族や周辺地域の人にも遊んでもらいながら、森の環境整備との両立に取り組んでいるところです。

 

井口:森林の中に入場料を取れるような遊び場を整えたことで、林業とは違うアプローチで経済的な価値を生む場所に変わったということですね。白石さんが立ち上げた「森あそびラボ」には、「遊びを通して森林を維持したい」という思いがあったと聞いていますが、活動を続けてきて、何か気付きはありますか?

 

ミリオンペタルバイクパークの様子

 

白石:「森を活用しよう、森で遊ぼう」というのは、結局近くに人が住んでいないとダメなんです。人が来れば食事ができる場所や宿泊先も必要になります。そういったサービスを提供するには、地域で生活が成り立っていなければならない。森林の維持と地域コミュニティの維持は車の両輪なんだと気付きました。

 

最終的なゴールを「地域の持続性を高めること」に置くと、他にもやらなければならないことが出てきます。森あそびで森林の活用が進んできたら、次は「もっと人が来るとしたらどうするか?」を考えるフェーズに入ります。

 

だからこそ、食事や宿泊もセットで考えなければならない「SATOYAMAツーリズム」を推進していくのが今のステージなんです。自然と共生してきた日本の里山の暮らしと、その中で育まれてきた知恵や精神性には、これからの循環型社会を考えるヒントが詰まっています。インバウンド需要も見込めますし、里山の資源をツーリズム事業に落とし込むことは、日本の地域を持続可能なものにする解決策の1つだと思っています。

画一的なものを広げるのではなく、地域それぞれの多様性を活かすことで価値を生む

 

井口:地域を持続的なものにするためには、新しいプレーヤーがどう参加してくるのかが大事になってきますね。大手が参画して都会と同じ環境にしていくのは違いますし、プレーヤー次第だと感じました。

 

白石:均一なものを全国に行きわたらせるという思想ではなく、地域の特色を活かしたものを一緒に作りだそうという思いがある企業であれば、うまくコラボレーションできるかもしれません。地域ごとに違った特色があるからこそ、人は動くんです。日本全国どこも同じだったら、わざわざよそに足を運ぶ必要はありませんよね。地域の価値を作る過程に企業がどう貢献できるかというのは重要な視点だと思います。

 

井口:普通であれば同じ規格のものをできる限り広げていくというアプローチの大手企業が、あえて地域ごとの差異を活かし、多様性を可視化していくというのはおもしろいですね。全て一律にしているが故に取りこぼしてしまっている価値がありそうですし、柔軟性のある企業が増えると、企業としての在り方も変わってくるかもしれません。

 

白石:その方が企業内でもイノベーションが起こりやすくなるのではないでしょうか。チェーン店など同じパッケージのものを広く展開していくパターンだと、効率を競い合うことになり利益も小さくなりますが、地域全体が元気になれば、そこにしかない高い付加価値のある場や商品・サービスを異業種連携で作っていけると思います。多様性こそが価値を生み出すんだということを発信していきたいです。

SATOYAMAツーリズム協議会の仲間たちと

もしも家賃がゼロだったらどんな社会になる?課題の本質を見極めることで、新たな解決策が見つかるかも

 

白石:多様性とは少し違う話かもしれませんが、都市部と地方の不均衡と言えば不動産コストが真っ先に思い浮かびます。首都圏では不動産価格が上がり続けており、賃貸マンションの家賃も上がっています。都市部では、稼いでいる金額の内かなりの額を家賃に使っていると言えるでしょう。

 

一方で、日本全体を見ると空き家が増え続けています。先日地域内で話し合いをしたときに、「もし不動産コストが0のまちをつくったらどうなるか?」という話題を出したのですが、とても反応がよかった。特に子育て世帯にとって家賃の負担は大きいものです。同じ地域内に空き家がたくさんある一方で、高い家賃に苦しんでいるというのはおかしいですよね。

 

井口:家賃0円で浮いたお金を他に使えたら、どんなまちづくりができるのかというのは興味深い視点です。地方が抱えている様々な課題に対する、新しい切り口の解決策になりそうな気がします。

 

白石:人手不足だなんて言っているお店も、実際に行ってみると無人店舗というわけではないんですよね。最近、経済産業省が地域の書店の振興に向けてプロジェクトチームを立ち上げて支援していくと話題になっていますが、書店でかかる経費の大半は人件費と家賃です。出版業界には再版制度がありますから、売れなければその多くは返本という形で出版社に戻せます。

 

客がいないから書店がつぶれるんだと言われることもありますが、実際は人件費と家賃を削れば生き残る道もあると思うんです。他でも似たような事象は起きていますが、問題の本質を見極めて、どうやったら持続可能なシステムができるのか、あらゆるアプローチから考える姿勢が必要だと思います。

 

井口:いろいろなトピックが出てきておもしろいです。無人書店やオーナーの個性を活かした独立系の書店も増えていますし、やってみたいという思いがある人がいればできることもありそうです。

課題の解像度を上げることが大事。だからこそ、同じ課題意識をもった人と話したい

 

井口:5月末には、第3回Beyondカンファレンス2024(※1)に登壇予定と伺っています。様々な社会課題に対して、どうにかしたいという思いをもった方が多く集まる場となりますが、そういった方々がアクションを起こす上で、何かヒントになることはありますか?

 

白石:課題の解像度を上げることが大事だと思います。現場に行かないと、使えるリソースも課題の大きさも関連性もわかりません。頭で考えているだけでは糸口がつかめないことも、課題や地域の解像度が上がればいろいろなものが見えてきます。

 

一方で、向き合うべき課題が複雑に見えた瞬間、あきらめの気持ちが生まれてしまうかもしれません。そんなときは自分だけで解決しなくていいんです。どんな人を連れてきたら解決できそうかを考え、実際に連れて来られるところがBeyondカンファレンスの強みだと思います。

 

井口:つぶやけば助け舟が出るというのはすごいですよね。

 

白石:粘り強くコラボできる人を連れてきて一緒にやってみるといった事例が増えたらと思っています。企業名や立場といった肩書を外した関係性で一緒にプロジェクトを進めたり、企業だけではなく行政や非営利セクターが交ざり合ったりする中で、社会そのものを変えていくアプローチが生まれてくるんじゃないかと思わせるおもしろさがあります。

 

2022年に京都で開催された、第2回Beyondカンファレンスの様子

 

井口:今度のBeyondカンファレンスではどんな方に来てほしいとお考えですか?

 

白石:今回は羽田空港近くで開催されますし、やはりいろいろな企業の方に来てほしいですね。一緒に地域に入って課題解決に取り組めるような出会いを期待しています。行政を動かしたら使える制度もありますから、行政の方にも参加してもらえるとなおいいと思います。

 

今後は、国際的な学会やカンファレンスの市場が拡大していくと見込まれます。基本的には東京や京都のような大都市での開催になると思いますが、世界の大都市が競争相手となるので、差別化やサステナビリティといった要素も必要になるでしょう。Beyondカンファレンス自体を地方と都市で協働しながら創り上げるサスティナブルな場にしていけたら、より求心力のあるものになっていくのではないでしょうか。

 


 

白石さんも登壇予定の第3回Beyondカンファレンス2024は、ただいまエントリー受付中です。 関心のある方はこちらからお申込ください。

 

※1……「意志ある挑戦が溢れる社会を創る」をミッションに活動する企業とNPO16団体によるコンソーシアム「andBeyondカンパニー」(事務局NPO法人ETIC.)が年に1回開催しているイベント。多くの企業人にandBeyondカンパニーへ参画してもらうことや、活動を知ってもらうことで、自身の職場でのイノベーション創発や新規事業開発のヒントを見出してもらうことを目指している。

 

関連記事: 森のポテンシャルを活かす!社内外の人材を巻き込んで「森あそびラボ」を立ち上げたヤマハ発動機・白石章二さん

 

この記事を書いたユーザー
茨木いずみ

茨木いずみ

宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。 その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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