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福島から世界へ。「もったいない」から始まった「ももがある」の挑戦

2020.03.09 

2019年11月。フランス、パリ。瀟洒なイベントスペースを会場に、「東北の食」をテーマにした2日間の試食商談会が開かれた。食材単体の売り込みではなく、酒と料理、器まで合わせた東北の食文化を体験してもらおうというこのイベント。日本から出展した事業者の中に、福島県の「株式会社ももがある」代表取締役、齋藤由芙子(さいとうゆうこ)さんの姿があった。

02商談会のようす

▲試食商談会の様子。齋藤さんは左端▲

 

いっぷう変わった社名からも推測できるとおり、この食品加工会社のメインテーマは「桃」だ。主力の「ももふる」は、廃棄処分になる完熟桃がもったいない、という動機から誕生した冷凍桃。2016年秋の発売後、全国テレビなどでも紹介され、またたく間に大人気となった。現在は加工場に併設した直営店、オンラインショップのほか県内外20店以上で販売されており、飲食店とのコラボ例も多い。

03齋藤さんプレゼン

▲プレゼンテーションする齋藤さん▲

 

会場に集まったパリの食通たちを前に商品コンセプトをプレゼンする齋藤さんは、シックなブラウスに身を包み、気負いなく堂々とした女性起業家の雰囲気を漂わせている。だが、5年前の彼女はまるで今の姿を想像できていなかったはずだ。そのストーリーをじっくり伺うため、あらためて福島市内の加工場兼事務所を訪れた。

04ももがある店舗

▲ももがある加工場には直営店も併設▲

骨を埋めるつもりで帰ってきた福島で

アウトロー。社会不適合者。生き方おかしい(笑)。――1時間半ほど話を聞く間に、齋藤さんが自身を表現するのに使った言葉である。20代は金髪で音楽活動をしていたこともある。30代前半、親の反対を押し切って3か月間ヨーロッパを「放浪」したこともある。東日本大震災後は毎年3月に福島駅前で音楽フェスを開催し、自らゴスペルを歌う。4年前、縁が重なって食品加工会社を立ち上げ、経験ゼロで社長に就任した。・・・そんな話を淡々と、落ち着いた口調で話す。現在40歳。経営者としてはまだ若手と言えるだろう。が、これまでの半生を記述しようと思えば、ゆうに本が一冊書けそうだ。

 

「大震災がなかったら?…そうですねえ、やはりあのまま仙台で音楽をやっていたのかな」

 

福島市出身。東京を目指すも夢叶わず、仙台の音楽大学に進学したときは、「もう福島には帰らない」つもりだったという。卒業後も仙台で勤めをしながら音楽活動を続け、ボイストレーナーやゴスペルディレクターとしても活躍した。大震災後に福島の実家に戻ったのは、やはり「不安があったし、こういうときこそ家族の近くにいたいと思った」から。帰るとなったら今度は「骨を埋める」つもりでやるべきことを考えた。

 

震災直後、音楽の仕事はパッタリなくなった。仙台でも福島でもライフラインは混乱。目に見えない放射性物質への恐怖と不安も大きかった。だれもが精神的に極限状態にあった中で、ふたたび以前の仲間が集まりゴスペルを歌ったときの感覚を齋藤さんは忘れない。

 

「音楽には人の心を開き、浄化する力がある」

 

ゴスペルはもともと黒人霊歌である。齋藤さんは知人の外国人シンガーから、「ゴスペルは黒人の涙だ。でもだれかを恨むのではなく、希望を持つことの大切さを歌うのだ」と聞き、「そのゴスペルで今の福島を元気にしたい」と考えた。そして自らの音楽活動を再開し、福島駅前での音楽フェスを発案。「そんなの無理ですよ」という役場の一蹴にも負けず、持ち前の馬力で実現させた。

05音楽フェス

▲音楽フェス「LIVE!スマイルふくしま」で歌う齋藤さん▲

 

その音楽フェス企画がきっかけとなって、齋藤さんは新設のまちづくり会社の事務局を引き受けることになる。地元福島市の埋もれた魅力を引き出す取材を重ねる中で、桃農家と出会ったのが、冒頭で紹介した冷凍桃「ももふる」誕生につながり、「株式会社ももがある」設立につながったというわけだ。

 

「ももふる」誕生ストーリーをかなり端折って言えば、出荷基準を満たさない完熟桃が大量に廃棄されている事実を知った齋藤さんが、それを活用した新商品を開発したという話である。こう書くと簡単に聞こえるだろう。実際、桃を一口大にカットし、必要最低限の加工を施して瞬間冷凍するという製法は、「単純すぎて特許がとれない」のだそうである。では、なぜそれまで誰もやらなかったのか。

 

「手間がかかるからでしょうね。皮をむくのも、今は機械が入りましたが最初は手むきでしたし。販売用の袋に小分けするのは今でも手作業です」

06ももふる

▲ももふる▲

 

農産物に一定の廃棄量はつきものだ。収穫が一時期に集中する果物、なかでも桃は足が速いため、出荷できるのはまだ硬いものだけ。本来いちばんおいしいはずの樹上完熟の桃は生食用として出荷できず、近所に配るか畑の肥やしになるかの運命にある。もったいない、とは誰しも思う。だが、普通はそこで終わりだ。六次化*推進といっても、農家自身はその時期収穫だけで忙しい。業務用ならともかく手間のかかる小売り用の商品加工、ましてや販売まではとても手が回らない。ならば、とまったくの専門外から加工品づくりに乗り出してしまったのが、齋藤さんだったのだ。

*六次化=生産者が生産(一次)x加工(二次)x販売マーケティング(三次)まで一貫して手掛けることで付加価値を生み出そうというアプローチ。

経営を勉強してからでは間に合わない

さっそく市内の漬物製造会社の加工場の一角を借り、試作品づくりを始めた。ところが、まもなくその漬物会社が廃業してしまう。「どうしよう・・・」と思ったが、そこで諦める齋藤さんではなかった。今度はその会社の商品と販路も引き継ぐ形で「株式会社ももがある」を設立することになった。齋藤さんにとってもちろん社長業も「専門外」。会社経営の経験などない。

 

「でも経営を勉強してからでは間に合わなかったんです。走りながら修正してきました。後から苦労はしましたけど、みんな鬼じゃありませんから(笑)。わからないところは教えてもらって、皆さんに助けてもらいながらここまできました」

07ももぴくるす

▲漬物会社から引き継いだ商品ラインの中でも、「ももぴくるす」は人気商品▲

 

たしかに経営は素人だったかもしれないが、齋藤さんには最初から確かな「経営方針」と言えるものがあった。「ももふる」開発からいままでの話をまとめると、おそらくそれは次の3つに集約される。ブランドの確立、コラボレーション、そして海外展開だ。

 

「個性を出すことがいかに大切かは、音楽活動の経験でよく知っていました。私たちは規模が小さいので、オリジナリティを出さなければ簡単に食われてしまう。ただの冷凍桃ではなく、『ももふる』というブランドを確立するために、完熟桃の品質にはこだわりますし、厳選した農家さんから適正価格で仕入れることにもこだわります。それをきちんと伝えるためにPRにも力を入れています」

 

なるほどブランドはストーリーだ。が、十分なストーリーがあっても消費者に届かなければ意味がない。ももがあるの商品はおしゃれなパッケージングなどビジュアルも重視するのはもちろん、日本全国の催事などへの出店も精力的にこなし、齋藤さん自らストーリーを熱く伝える。

08ラインナップ

▲「ももふる」ラインナップ▲

 

もうひとつ、「ももふる」の特徴は品種ごとの味比べを可能にした点だ。桃といえば白か黄色かの区別しかつかない人も多いだろうが、福島県では実に50種以上も生産している。近頃は主力の「あかつき」が知られるようになったものの、それ以外の認知度はまだ低い。そんな中で品種ごとの特徴を際立たせたいと、齋藤さんは数十種の試作を重ねた結果、「あかつき」や「黄金桃」以外にも「まどか」「黄貴妃」「川中島白桃」など、品種名を前面に打ち出して商品ラインの幅を広げることに成功したのだ。

09試食会でのももふる

▲パリの試食商談会で提供された、あかつき(白桃系)と黄貴妃(黄桃系)▲

「最初から海外を目指していた」

さらに齋藤さんは、発売からまだ3年余の「ももふる」について、「単体では限界がある」と明言する。たしかに一年じゅう生に近い桃が食べられるのは魅力だが、それだけでは市場が広がらない。だからこそ、飲食店や菓子メーカーなどとのコラボレーションを早くから模索。ドリンクやスイーツ、料理メニューの提案を積極的に行ってきた。いまでは県内はもちろん、東京のレストランでも常時使われるまでになっている。

10パフェ

▲直営店でも「ももふる」を使ったパフェやホットパイ(冬季限定)などを提供▲

 

いや、日本国内だけではない。「ももふる」は発売2年目にして既にオーストラリア進出も果たしている。齋藤さんがわずかな伝手を頼りに単身現地へ乗り込んで開拓したというから、ここでもその行動力に脱帽するほかない。が、その頃はまだ国内でも成功するかどうか分からない時期である。あっさりと「最初から海外を目指していた」と言う、その確信はどこから来たのだろう。

 

「福島の桃が国内でナンバーワンになるのはどうしても難しいんですよ。私は福島の桃は世界一おいしいと思っています。でも日本では“初物”が喜ばれる。だから、西日本の産地には(値段で)負けてしまうんです。それなら外国で先に認めてもらって、その価値を日本に“逆輸入”したらどうか。私は外国でどんな桃が食べられているか知っていたので、福島の桃(およびその加工品)は絶対に売れると信じてきました。桃に限らず、福島の果物や野菜は味が濃くてとてもおいしい。でも残念ながらPRが足りていません。私は福島の農産物の価値をもっと高めたいんです」

 

そう、齋藤さんは完熟桃を売りたいだけではない。福島の農業の将来を考えているのだ。

必要なのは協力、チーム、コミュニティ

言うまでもなく、桃は福島県の特産である。生産量は全国2位。2011年の原発事故後に急落した価格は戻りつつある。が、実は事故以前から、福島の桃の価格は全国平均よりも若干低いレベルに甘んじていた。他の農産物も同様である。コメも野菜も果物も豊富な種類がつくれるため、オンリーワンのブランディングが生まれなかった、あるいは不要だったのかもしれない。

11桃イメージ

▲JAなどに出荷される桃のイメージ▲

 

震災と原発事故で状況が変わったいま、福島は県をあげて県産品の積極PRに取り組んでいる。その目的は国内外に残る「風評」の払しょくにとどまらない。GAP(農業生産工程管理)認証取得で日本一を目指し、「ふくしまプライド。」のキャッチコピーで県産食品の高付加価値化・ブランド化を図る。ターゲットは世界だ。

 

行政だけでなく民間主導でも、日本の農産品を海外へという動きが始まっている。実は冒頭で紹介したパリの試食商談会は、「東北グローバルチャレンジ」というプロジェクトの一環だ。JPモルガンが資金面で支援し、東京のNPO法人ETIC.一般社団法人「東の食の会」が事務局となって推進している活動で、岩手・宮城・福島の3県から30事業者が参加。福島からは、齋藤さんの「ももがある」のほか、桃農家のはねだ桃園、コメ農家のカトウファーム、トマト農家のファーム大友、水産仲卸の飯塚商店など、いずれもこだわりのある生産者たちが名を連ねる。2019年はパリの他にもバンコクで同様の催しを実施した。

 

▷参考プレスリリース:岩手・宮城・福島の 3 県より、東北の食産業が一丸となって海外へ挑戦~「東北グローバルチャレンジ」のキックオフイベントを仙台で開催

 

福島の食品に対する各国の輸入制限は、徐々に緩和されてきている。事務局のETIC.によれば、まずパリとバンコクをターゲットにしたのは、そうした規制が比較的緩やかで、かつ日本食への興味関心が高いことが理由だという。

12商談会集合写真

▲パリでのイベントに出展した、東北グローバルチャレンジ参加の東北・福島の生産者たち▲

 

あらためて、齋藤さんの目にこうした福島の農業の現状がどう映っているのか、聞いてみた。

 

「やはり課題は絶対的な担い手の不足でしょう。その解決法は“協力”だと思います。時代にあった新しい作物への転換にしても、マーケティングにしてもロスの抑制にしても、一農家だけでは難しいことが多いですが、地域の生産者がチームで助け合えば可能になるはず。そういうコミュニティを構築するためには、私たちの世代ががんばらなければ」

 

実際、齋藤さんと同じ思いを持つ同世代の生産者は少なくない。仕入れ先の桃農家らはもちろん、パリに一緒に出展したコメ農家や野菜農家など、30代40代の若手が福島の食をけん引し始めている。彼らがパリで行ったプレゼンテーションは、中身こそ違え、みな伝えたいメッセージは同じだったという。そうして束になって発信することで、福島・東北の食が文化も含めた「ブランド」として確立されていく。

 

「福島は震災後、全国・全世界からこれだけ応援してもらってきた。私たちにはそれに応えたいという思いがあるんです」

 

震災の翌年、齋藤さんは3ヶ月かけてヨーロッパ15か国を「放浪」した。あらためて音楽に向き合おうとした中で発声法を勉強しなおすという目的もあったが、基本的には「人生の勉強をしに行くという感じ」だったそうだ。道中いろいろな価値観の違う人に出会った。自分にとって当たり前のことが当たり前ではない世界を知った。

 

「3か月間毎日がサバイバルで、人生観が変わりました。でも、行く先々で福島から来たというと、『大変だね、がんばれ』と言って励まされて。こわい思いもたくさんしたけど、同じくらい有難い思いもしました」

 

上述の音楽フェス「LIVE!スマイルふくしま」を、毎年3月11日にいちばん近い日曜日に開催し続ける理由のひとつも、そこにある。応援してくれた人たちへ、「福島は大丈夫、元気ですよと発信するため」だ。

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▲2019年のLIVE!スマイルふくしま▲

世界はつながっている

齋藤さんの次の目標はなんだろう。もちろん、世界市場への進出は着々と計画を進めている。が、それだけではない。

 

もともと「もったいない」が原点だった齋藤さんは、いまでも「ロスを減らす」ことに心血を注ぐ。捨てられる運命だった完熟桃を救う「ももふる」の製造過程ですら、皮や種が廃棄物になるのはもちろん、カットが小さくなりすぎた部分などどうしてもロスが出る。

 

「サイズによるロス分は病院食の需要がありそうです。刻み食やとろみ食ではサイズは無関係ですからね。将来は皮の利用も考えています。乾燥させてお茶に入れたらどうかとか、肥料に使えないかとか。そうやって、型にとらわれない発想を常に心掛けています」

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▲店舗兼加工場を訪れたメディア関係者に向けてストーリーを語る齋藤さん▲

 

アウトロー。社会不適合者。生き方おかしい(笑)。こうした表現を裏返せば、まさに型にとらわれないということだ。齋藤さんの話を聞いていると、そのしなやかな姿勢が、必要なときに必要な人と必要なものを呼び込む「引き寄せ力」を生み出しているように思える。

 

決断の場面に立たされたら「流れに逆らわず、気持ちが動くかどうかで判断してきた」という齋藤さん。だが、中心にはぶれない軸がある。

 

「昔から、“世界はつながっている”という感覚があったんです。日本は島国だけど、空気は世界とつながってるって。この地球上で、みんな共に生きている。一時は温暖化や環境問題をテーマに歌っていたこともありました。原点は共生社会、世界平和。結局、私は人を幸せにしたいんですね。それを音楽を通してやるか、食を通してやるかの違いがあるだけ」

 

今年(2020年)3月15日に開催予定だった第7回「LIVE!スマイルふくしま」は、新型コロナウィルスの影響で残念ながら延期になった。が、こんなときこそ各々が「自分にできること」を考えてみるいい機会だ。いま再び福島の、東北の、世界の幸せのために何ができるか考えてみたい。

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東日本大震災福島女性起業家3.11
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中川 雅美(良文工房)

福島市を拠点とするフリーのライター/コピーライター/広報アドバイザー/翻訳者。神奈川県出身。外資系企業で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わった後、2014~2017年、復興庁派遣職員として福島県浪江町役場にて広報支援。2017年4月よりフリーランス。企業などのオウンドメディア向けテキストコミュニケーションを中心に、「伝わる文章づくり」を追求。 ▷サイト「良文工房」https://ryobunkobo.com

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