ワークとライフが限りなく近い「社会起業家」という存在。そんな彼らに仕事と生活のバランスの取り方について尋ねるシリーズ第2回目は、自閉症児とその家族の成長を支援するNPO法人ADDS(エーディーディーエス)の共同代表・熊 仁美さんと竹内弓乃さんです。
慶應大学1年生のときに自閉症の子どもとその家族に出会い、早期集中療育の重要性について現場で学んだという竹内さん。その後専門的な学びを得るために心理学専攻に進学し現在の共同代表である熊さんと出会うと、学生の立場でできることを模索するため2006年春に学生セラピストの養成や自閉症があるお子さん向けの集団指導イベントを行う「KDDS(慶應発達障害支援会)」を設立。卒業後の2009年春には、より踏み込んだ支援を提供するためNPO法人ADDS(Advanced Developmental Disorders Support)を設立されました。
設立から10年、現在はそれぞれが2児の母、1児の母として子育てに奮闘しているというお2人は、社会起業家としてどのようなワークとライフを送っているのでしょうか?
“正直ワークもライフもなかった”組織内で、初めて出産した試行錯誤の日々
――ワークとライフの関係性について、まずはお二人の価値観を教えてください。自然と融合されているのでしょうか。もしくは、切り離されているのでしょうか?
竹内さん(以下、竹内):私の場合はワークとライフは融合していると思います。自分にとって一番興味があることがADDSの事業や自閉症の家族のことなので、例えばテレビを観ているときでもこれは事業のここに繋げられるんじゃないかとつい考えてしまうように、2つを切り替えずに家に帰ってからも仕事のことを考え続けるタイプなんですね。そうした考える時間も仕事中だと言えるなら、ずっとワークなのだとも言えそうです。ADDSの中で一番ワークとライフが切り分けられていない人は私だと思っています(笑)。
熊さん(以下、熊):私も価値観としては自然に融合していたいですし、現状も近い状態ですが、特に子どもができてからは、時々しっかり切り分けて休みたいなと感じるときもあります。息子はまだ1歳9か月で、新米ママとして模索している最中ですね。
――お子さんは平日は保育園に預けられていて。
熊:そうですね。平日は保育園に預けていて、私の休みは土日どちらかと平日1日なので、家族全員で休みが合うのは週に1日です。
竹内:私もです。ただ、例えば子どもに微熱が出て保育園には預かってもらえないけどどうしても休めないときは、少しの間だけ職場に連れて行くということもありますよ。家庭のちょっとした事情も、少し工夫をして乗り切ることができるというのは、自分たちで事業をやっている自由さでもあります。
一方で、組織が整っていないときはワークもライフもなかったというのが実情なんですね。その中で一番早く子どもを授かったのが私で、産休も育休も前例がない状態で出産して、産後動けるようになったら即刻復帰して、ときにはベビーカーを押してオフィスを探したり、子どもを抱えてグリーン車出勤したりもしていました。2人目のときも、12月に出産したのですが2月の学会には出席していました。 とはいえ、2人目のときには組織の環境がある程度整っていたので産休はこの日からと決まっていましたし、現在は熊も理事の原も出産を経験していて、より一層組織の仕組みが整ってきていると思います。
(注:竹内さん、熊さんに加え、原さん、加藤さんの4名が創業メンバーであり現理事)
――2人目のご出産後2月に学会に行かれた際には、お子さんたちはどうされていたのですか?
竹内:次女を夫に任せて、私は出産の間あまりかまってあげられなかった長女を連れて行きました。学会後に一緒に観光もできたので良かったですよ。 夫はイクメンと言われるのが嫌いだというくらい育児を主体的にやります。一般企業に勤めていて、当時まだ珍しかったですが長女のときも次女のときも夫が育休を取得しました。私は自分の子育てにはあまり自信がなくて、子どもは皆で育てるものだという認識が元々あり、実家は四国なのですが夫の実家が鎌倉ということで出産後サポートを得るために夫の実家から徒歩15分ほどの場所に引っ越しました。
ただ、義両親との関係性は気を使いながら積み重ねて今があります。自閉症があるお子さんにモチベーションと負荷のバランスを考えながらセラピーをするのと一緒で、先週インフルエンザで預けたけれど今日は差し入れをしたから……など、どのくらい相手に負荷がかかっているのかを見てバランスを取りつつ、決して不躾な任せ方にしないようにしています。
気付けば「今週家族3人での時間がとれていない!」なんてこともしばしば・・・
――一方で熊さんは、平日はご自身が中心となって子育てされているそうですね。
熊:ワンオペというほどではなく、夫も協力的なので、送り迎えやお風呂など分担はしていますよ。ただ、夫の方が帰りは遅いですし、子育ての時間が取れるならなるべく自分で見たいと思うタイプなのでそうしています。保育園と自宅と職場を意図的に近くして、通勤時間をなるべく削るようにするといった工夫もしていて。
子どもが産まれる前までは資料作成をやり始めるとこだわり続けてしまうタイプで、それも自分にとっては楽しいから続けてしまって持ち帰り仕事が多かったのですが、子どもが産まれてから家で極力仕事はしないようになりました。というのも以前締め切りの見積もりが甘くて家で仕事をしなくてはいけないときがあったのですが、そこに子どもがいるのに構ってあげられない…ということが思っていた以上にしんどかったので、家にいる間は子育ての時間と割り切るようになったんです。そう決めてからは、締め切りも余裕を持って設定できるようになってきましたね。もちろん、イレギュラーにここは働くぞとなるときもありますが。
――お2人ともそれぞれ違った形でバランスを取られているんですね。とはいえ、代表だからこそ他者にはどうしても頼れない仕事もあったかと思います。そうしたときの家庭とのバランスの取り方はどうされてきましたか?
竹内:心理の仕事は、支援者とお子さん、それから保護者の関係性の枠を考えたときに、どうしても休むことが難しい場合があるのですが、そこを義両親に理解してもらえないこともありました。例えば法事のときはなるべくずらすように努力しますが、どうしてもずらせないときもあります。そうしたとき義両親からは「どういうことなの?」という声を受けたときがあったのですが、この仕事は休めるものじゃないと夫がやんわり押し通してくれました。そういうことを繰り返して、今は「何だかわからないけど、弓乃さんの仕事は休めない日が多いんだね」という観念が植えつけられた感じです。 義両親のことはイベントに誘ったりもしていて、時間をかけて意義を伝え、キャラ設定をしている感じです。すごく仕事が好きな嫁だなと思っていると思います。今はとても応援してくれている状態ですね。
熊:うちの夫は土日が休日なのですが、ADDSは療育機関なので土日は色んな仕事を入れたい日でもあって、家族3人の時間を確保することの難しさはあります。親御さんを対象にした研修会だと土日のニーズは大きいですし、この地域の方たちに今このタイミングでイベントを開催したらベストだろうと思うと、つい土日にイベントを設定しがちなんですね。さらにこれまでは土日の現場にもスーパーバイズ(SV)として理事が一人につき月2回は入るようにしていて、そうすると月の土日のうち4日が埋まってしまって、加えてイベントが入ってくると月の土日がほぼ埋まってしまうということもしばしばで……。気がついたら「今週家族3人での時間がとれていない!」なんてこともたくさん経験しました。
さすがにこれはどうにかしたいと、今は土日のSVを理事以外にも託せるようにSVの育成に取り組み始めていて、土日の出勤が難しいときには理事同士で相談して業務のシェアができるような体制ができています。
――理事間での業務のシェアは、仕組み化されているのでしょうか? 関係性でしょうか?
熊:関係性ですね。全員子育て中・妊娠中なので、互いの状況を想像しやすい状態なんだと思います。また、4人いるということで明確に仕組み化しなくてもなんとかなっている部分があります。今後職員に子どもが産まれることを考えると、仕組みにしていかなければと思っているのですが。
――繁忙期があると思うのですが、そうした時期はどういった対応をされているのでしょうか?
竹内:過去の繁忙期では夫に事前に理由と共に告知して、「これから予定を組むけれど少なくとも半年間は私の日曜日はないと思ってください。何かしら家族にもしわ寄せがいくかもしれない、申し訳ない」と伝えました。実際は休日はそれ程つぶれなかったんですけどね。夫は仕方なく「了解で~す」みたい感じでした(笑)。
――ご主人は理事の皆さんにあだ名で呼ばれていたりと、ずいぶん組織に馴染まれている印象がありますよね。ADDSの事業内容にも詳しいのでしょうか。
竹内:詳しいですね。私が自閉症に出会ったのと同時期に彼に出会っていて、私が自閉症にのめり込んでいく様も見ているし、彼も保育士になりたかったくらいに子どもが好きなので、イベント時には託児スタッフとして参加してくれたりもしていました。ADDSを立ち上げたときも、ホームページは彼に作り方を勉強してもらって作ってもらったんですよ。言ってしまえば立ち上げメンバーのような立ち位置ですね。もう本人はなし崩し的に応援させられている感じだそうです。
ただ、子育てに関して物理的な負担はできるだけ折半するようにはしていて、出張のときも丸投げするのではなく、実家に頼むのも彼には負荷があるのでベビーシッターの利用を検討したり、もしくは私が子どもを連れて出張先に行くのかなど、今は子どもが大きいので飛行機代がかかるといった選択肢のメリットデメリットを考えつつ、お互いの負担を考慮しながら納得するまで話し合うことをしています。
まずは理事同士、それぞれの子育て環境の違いに配慮した業務シェアを
――竹内さんは、最初に組織内でお子さんを産んだということもあったかと思いますが、お子さんを仕事場に連れていくことも多かったようですね。そこは自然と選択されたのでしょうか? それとも悩まれたのでしょうか。
竹内:自然とですね。子どもを相手にした職場なので職員も皆子どもは好きで、ADDSの長女のようにうちの子はかわいがってもらいました。そうした受け入れの良さもあったと思います。 実は、ADDSでの2人目の出産事例は私が次女を産んだ1ヶ月後、長女を産んだ4年後のことでした。私が長女を育てている間は皆経験がなく、何が大変なのか理解してもらうのは難しかったと思います。周りからしたら急に1人だけライフステージが早く進んでいって、仲の良い理事の間でも違和感や異質な感じは持たれていただろうな、と感じていて。それを分かりながらもそれでもやるという感じだったので、自分の機動力が落ちることが嫌で、許される場所には自然に連れて歩いていたのかもしれません。
「子どもや家庭ができたからって皆と違うものになったわけじゃない」と、当時は過度に思っていたんですよね。2人目のときはそうは思わなかったのですが。そうした背景もあって、結果的に好きなように仕事させてもらったような感じです。
熊:今は、4人の理事それぞれの子育て環境の違いをお互いにすごく尊重するようにしています。例えば竹内は子育ても大事だけれど社会に出て働いているときに生きている実感を持つタイプで、私は夫も協力的だけれど自分も子育てを大事にしたいタイプ。一方で理事の原は旦那さんが多忙で家にいれる時間が少ないという事情でほぼワンオペです。同じ仕事量を分担しても大変さは違ってくるので、ただ時間を平等にするということではなく、それぞれの考えや、文化も込みで負担が偏らないようにしたいと思っています。
竹内が最初のケースでしたが、皆が彼女のように進められるかというとそうではないだろうとはずいぶん初期から話し合ってきていて、今では土日もこういう理由で休みたいなど気兼ねなく伝えられるような関係性を築けていると思います。
――そうなのですね。熊さんは子育てに時間をとりたいと感じているとのことですが、代表としての自分と母としての自分の間で揺れることはありますか?
熊:そうですね……団体のトップとして、常に前に前に変化し続けなくてはいけないというプレッシャーといいますか、自分もそれに縛られているなという感覚があります。それに雇用保険に入っていないと育休は取れないので、結局産後2か月で復帰してますし、子育てだけに集中できる期間というか、人生の夏休みはかなり思い切らないと取れないなと感じていて。正直、止まれなくて頭や気持ちが休まる場がないなとも感じます。現場が回っていればいいわけでもないので。
結婚前はそれが楽しかったですし、もともと性格的には新しいことにチャレンジしていきたいタイプなのでこの働き方は合っているんですが、でもいざ子どもを産んで瞬間瞬間で変わっていくその姿を見ていると、そこにしっかり向き合える時間が週に1、2度しかないのは「本当にそれでいいのかな?」と思うときもあります。まあしょうがないよな、今は仕事を頑張ろうと割り切ってやっていますが。
不思議ですね。産む前は絶対に2か月で復帰してばりばり仕事をやるぞ、そうしなくちゃいけないと思っていたけれど、産まれてみたらもう少しのんびり子どもに向き合う時間も人生にあってもいいんだよなと思いました。
――帰宅後は基本的に子育ての時間ということですが、起業家の中には子どもがいるから夜の懇親会に参加できずに悔しいと感じる方もいらっしゃるようです。そういったことは熊さんは感じられますか?
熊:出張とかは行きづらいですし、今行けたらもっとチャンスが広がるのにと感じることもありますが、一方で夜の懇親会に出ることでチャンスが減るというのはあまり感じていないかもしれません。本当に会いたい人には昼間に会いに行くことだってできますし、夜にしか作れない人脈というのは本当はないんじゃないかなと思っています。もともと大勢が集まる場で関係性を作るのはあまり得意ではなかったので、より一層そう感じるのかもしれませんね。懇親会でバリバリ人脈を作る方が起業家っぽいなと憧れもありますが(笑)。でもずっと苦手だと思っていたので、まあいっかという感じです。
――最後に、これからさらに挑戦していきたいことがあれば教えてください。
熊:現状私たちと理事の4人の間では今語ってきたような子育てに対する気持ちは言い合える関係性なので、色んな選択肢を考えて組織内で実現できるようになったらどんどんモデルケースにしていくのが大事かなと思っています。ただそれを職員もできるようにするには組織変革が必要だなと思っていて。どうしても現場に入って日々子どもに向き合っていると自由な働き方は中々できないので、財政基盤をしっかり作り組織を成長させていくことで職員もいろいろな選択をできるよう制度づくりを進めていきたいです。
竹内:完全に事業の話なのですが、もう一度自由にやれるようになってみたいなと思っています。今はもう事業も始めた頃に構想したことをやってきた積み上げの上に成り立っていて、枠がはっきりとしていますし、福祉制度で事業所を持っていると縛りが生まれたり、組織内でも雇用関係で否応なしに枠が生まれて、日々目の前には決まった仕事が出てくるものですが、新しい事業展開を生んでいかないと組織が停滞していってしまうと感じていて。自分たちが楽しいと思う方向に、これからも変化し続けていきたいですね。
――ありがとうございました!
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