新型コロナ感染拡大を受けて、「都市部から地方への移住を考えている」という声をよく聞くようになりました。これまでの生活スタイルを見直す中で、住む場所を検討し直す方も増えたのではないでしょうか。
コロナ禍の前から、様々な地域で挑戦する移住者や自治体を支援してきたのが「エーゼロ株式会社」代表の牧大介さんです。今回は牧さんに、地域で事業をつくるために必要な考え方、視点について伺いました。
※こちらは「through me(スルーミー)」掲載記事からの転載です。
純度の高い「誰かの役に立ちたい」という自分軸を決める
『エーゼロ株式会社(以下、エーゼロ)』は2015年の設立後、拠点の岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)をはじめ全国さまざまな地域でローカルベンチャーの育成・支援事業を行ってきました。
2016年には、エーゼロと西粟倉村、NPO法人エティックが中心となり、ローカルベンチャー協議会を発足し、地方創生推進交付金を活用した「広域連携によるローカルベンチャー推進事業」を開始。10の連携地域のひとつ、北海道の厚真町(あつまちょう)でも2016年からローカルベンチャースクール(以下、LVS)を実施し、ローカルベンチャーの発掘や育成に関わる事業に携わっています。
このインタビューでは、自身の目線でこれまでを振り返ってみたときの感触と、今後の展開について伝えられたらと思います。まずはこの5年間をどうとらえていますか?
牧:端的にいえば、「ローカルベンチャー」という言葉が世の中にそこそこ定着した5年間だったと思います。もちろんこれは僕らの功績だと誇るつもりはなくて、世の中の大きな流れとしてローカルベンチャーの視点が重要視されるようになってきた表れでしょう。
ローカルベンチャーはもともと、地域から新しいチャレンジを増やす、地域に移住して起業する人を増やすことが、地域の未来を切り拓く一つの手段になりうるのではないかという仮説からスタートしました。
現在では、「エーゼロ」が拠点を置く西粟倉村や厚真町、高島市(滋賀県)だけではなく、さまざまな地域がローカルベンチャーに取り組み、その地域らしいローカルベンチャー推進のあり方を求めてチャレンジを続けています。
僕自身、ローカルベンチャーという言葉を生み出す前は「植人」という言葉を使っていました。人を木にたとえ、苗木を植えて時間をかけて育てるように、地域に人を植え、一人ひとりが立派に成長していく、その積み重ねの中で、人の集団として地域ができあがっていくイメージです。
「木」が3つ合わさると「森」という字になりますが、同じように「人」を3つ合わせたときに地域ができる。一人ひとりがしっかりと自分の人生を生きて輝き、いろいろな人と関わり合うなかで、それぞれの大切にしたい思いを重ね合わせながら育っていく。そういう人の集団が育つことにより、事業が生まれ、売上を伸ばし、結果として地域が豊かになっていくのです。
――それをサポートするため、西粟倉村では2015年から、厚真町では2016年からLVSを実施しています。私(花屋)もこのプログラムでメンターとして参加していますが、必ずするのが「あなたはこの地域で何がしたいのですか?」という問いかけです。
牧:そう。「本当にやりたいこと」じゃないと事業は長続きしません。どこかで気持ちが折れてしまいます。
僕らが起業しようとする人によく言うのが、「自分軸をしっかり決めてほしい」ということです。自分軸というと、とにかく自分を貫くみたいなイメージが一人歩きしているけれど、それとは少し違います。「本当にやりたいこと」は他者との関係性のなかで生まれ、自分のなかで育つ愛情の種のようなものなんです。自分のなかにある、純度の高い、誰かの役に立ちたいという気持ち。それが自分軸です。しっかりとした自分軸があれば、あなたが大切に思うものを一緒に大切にしたいと思ってくれる仲間が集まり、次第に輪は大きくなっていくはずです。
ただし地域で新しい事業を始めると、必ずといっていいほど、合意形成という壁にぶつかります。地域のすべての人に合意してもらうのは相当難しい。でも僕は、ゼロイチのフェーズでは合意形成にとらわれる必要はないと思っています。特に移住をして起業する場合は、迎え入れる地域の人たちからすると、得体の知れない異物が混入してくるような違和感がきっとあるはずなんです。よくわからないものに対する違和感というのは人間の本能からくるもの。その種の不信感にとらわれず、雑音を気にせず、とにかく粘り強く自分軸を貫けるかというのが大事になってきます。
――違和感を持たれるということは、その地域にとって経験したことのない「新しいこと」だからですよね。逆に言えば、違和感がないということは既にそこにあるものなんです。だから自信を持って違和感を持たれなさい、と。
牧:そう。不審がられながらもそれを貫けるかどうかは、起業家の資質として大事なこと。そういう人が結果的に信頼を獲得していくんです。そしてその積み重ねが、得体の知れないものたちに対する地域の寛容度を高めて地域の新しい文化を創造していくことにつながります。だんだんと寛容度が上がり、地域によくわからないものをおもしろがれる空気ができあがっていく。誰でも「チャレンジしていいんだ」という空気が育っていく。
そうやって、地域でローカルベンチャーが根付くための「A0(エーゼロ)層」が形成されていくのです。「A0層」とは、森の土の表面にある、生命を育むために大切な層のことです。
生態系のキーになる事業を育てる
――先ほど「愛情の種」という言葉が出てきました。種といえば今年、『エーゼロ』は「たねラボ」というプロジェクトを立ち上げましたが、つくろうと思ったきっかけ、目指すところを。
牧:「たねラボ」は、簡単にいうと研究開発に特化した、ゼロイチに特化したチームです。LVSでいろいろな方のチャレンジと向き合うなかで、「じゃあ僕がやりたいことは何だろう?」と改めて考えるようになりました。僕は結局のところ、ゼロイチのプロセスが好きだし、得意なんです。新しい事業について、仮説を立て、検証して、種を播いて、苗木をつくる。そして、その苗木をさまざまなところへ移植することを通じて地域や組織に貢献していこう。それが、『エーゼロ』が関わる地域や会社全体にとっていいことなんだろうと思えるようになりました。
――冒頭、いろいろな地域でローカルベンチャーへの取り組みが進んでいるという話がありましたが、これからはそこに「種蒔き=事業創造」をしていこうと。
牧:そうですね。土づくり(ローカルベンチャーの発掘・育成)はこれからも続けるべきだし、そのための仕組みも継続して発展させていくつもりです。その一方で、その土壌にどんな草木が育っていくのか、その集合体としてどんな生態系ができあがっていくのかということにも興味があります。森が育つためには、生態系のキーになるような事業を育てていくことが大事なんじゃないかと思っています。ある程度の大きさの木が育つことで、さまざまな草花が生息しやすくなるわけだから。
現在「たねラボ」では養蜂に取り組み、西粟倉村で2020年春から事業をスタートしました。なぜ、養蜂だったのでしょうか?
牧:養蜂に関心を持ったのは25年ぐらい前です。結構長く温めていたものではあるんです。大学生の頃に、今でいう地域商社のお手伝いみたいなことをしていました。そこではちみつを取り扱っていたので調べてみると、これがすごくおもしろい。ミツバチと花とのWin-Winの関係とか、共進化といわれるプロセスとか、それを活用して生業にする移動養蜂家の営みとか、地域とのつながりとか……。
スプーン1杯のはちみつに、ものすごくたくさんの物語が詰まっていると知ったときに、とても愛おしいと思ったし、もっと多くの人にはちみつの背景にある物語を伝える仕事をしたいと思ったんです。
――なるほど、25年越しの夢だったんですね。実際、始めてみてどうですか?
牧:まだミツバチを飼い始めて3カ月なので、僕が養蜂について語るのはおこがましいのですが、ただ、今言えるのは、自分自身の自然に対する解像度が格段に上がったということです。これまでは道ばたで植物を見かけても、「毎年この時期に咲くよなぁ」ぐらいだったのが、今は、「村の中のA地点は咲き始めで、標高の違うB地点は終わりに近いぞ」とか、「どんな昆虫が蜜を吸いに来るんだろう。花の形は? この深さではミツバチの舌は届かないだろう」とか。ミツバチ目線で自然を観ることにすっかりはまっています。
今回、厚真町でフィールドワークを行いました。養蜂の横展開を見越したフィールドワークだったわけですが、厚真町で養蜂をやる意義、可能性について教えてください。
牧:北海道と養蜂はすごく相性がいいんです。その証拠に夏になると多くの移動養蜂家が大挙して北海道に北上します。理由の一つは梅雨がないこと。ミツバチは雨に弱く、雨の日は蜜を集めに行くことができません。その点、梅雨のない北海道では夏も活発に採蜜ができます。そしてもう一つの理由は、北海道は夏も花が途切れないこと。本州は梅雨を境に花がパッタリ咲かなくなり秋まで採蜜ができませんが、北海道は秋までさまざまな植物による花のリレーが続きます。
厚真町に絞ってみても、町域が南北に長く、北部は山あいに森が広がり、南部は苫東(とまとう)地区を中心に手つかずの草原が広がっています。それぞれ生えている木も違うし、花も違うから、時期によって北部と南部を移動しながら採蜜するのもおもしろいかもしれません。
何より厚真町で養蜂をやる理由は地震です。2018年9月の北海道胆振東部地震で厚真町は北部を中心にたいへんな被害に遭いました。東和地区も甚大な土砂災害を受けた地域の一つです。地区全体の半分にあたる山が崩れました。土砂で田んぼが埋もれ、草木一本なくなった場所に本日おじゃましましたが、裸地となったその一帯は地震から2年近くたって種々雑多な草花で覆い尽くされていました。まさに若い自然が出現し始めていました。
ハチ目線でいえば、多種多様な植物が競い合って育つ若い自然は絶好の活躍の場です。蜜を出す草花、つまり虫に花粉を運んでもらう植物(虫媒花)が勢力を広げているからです。
若い自然が育っている東和地区と、若い自然の中で活躍できるミツバチを重ね合わせることで、そこに価値が生まれます。僕らははちみつを通じて、東和地区で現在どんな花が咲き、何が起こっているのかを把握することができます。そしてそれは、森の成長とともに変化していくでしょう。これから長い時間をかけて自然が再生していく壮大なプロセスを、はちみつを通じてお客さん自身も体感できるわけです。
ローカルベンチャーどうしの対話が生まれ始めている厚真町
厚真町で養蜂をやるのには、気候条件だけじゃない文脈があることがわかりました。もう一つ、以前からシカ事業を厚真町でやってみたいと話していますが、厚真町でシカをやる意義について見解を。
牧:西粟倉でシカ肉の解体・加工・流通をやっていることはうちの大きな強みです。その強みを生かしながら、厚真町のエゾシカをきちんと価値ある商品に変えていきたいとずっと考えていました。もちろん、北海道では現在もたくさんの地域でエゾシカの食肉事業が行われています。後発という意味ではたしかに「今さら」感はありますが、一方で、厚真町のエゾシカには他地域とは違う特別な価値があると思っています。
これは町の学芸員さんから教えてもらった話ですが、厚真町にある縄文時代の遺跡(約5100年前)から、貝塚ならぬ「シカ塚」が見つかっています。もう5000年以上も前から、この地域の人々はエゾシカを食べていたという何よりの証拠です。さらにアイヌ文化期の遺跡(約350年前)からはイオマンテ(熊送り)のようにシカも「送り」の対象として扱っていたことがわかっています。つまりそれだけこの地域に住む人々にとってエゾシカは特別な存在だったわけですが、そういう古の世界観も含めて、ここ厚真町から発信していくことはとても意味があると僕は考えています。
――ミツバチしかり、シカもそうですが、自然資本を事業にするのは『エーゼロ』の一つのテーマでもあります。
牧:僕は自然から価値を取り出していくとき、そこにいろいろな意味を詰めて、商品にして、届けていきたいということをずっと考えてきました。おいしいことは大前提ですが、ただおいしいだけではなく、買うことによって、お客さんにとっても大きな喜びや幸せにつながる。その土地の文化や歴史とつながっていく。時間をかけて育まれてきた大地と、自分の命とのつながりを感じることで生じる喜びというのは、僕だけじゃなく、一定数の人が共有しうると思っています。特に都会の人たちは、自然や大地とのつながりがとても希薄だから、大地とのつながりを実感できる食材は価値があるはずです。厚真のシカにはまさにそういう価値があると思うし、はちみつも同じだと考えています。
ここまで、『エーゼロ』の事業を例に厚真町の可能性について触れてきました。「事業をつくっていく地域」として厚真町はどう映っていますか?
牧:僕の感覚では、厚真町は第2フェーズに差し掛かっていると思っています。この5年間でさまざまなローカルベンチャーの芽が出てきました。そうして出てきた芽は、別々に発生したようでしたが、今それぞれの思いが重なり始めて、「こういうことを一緒にやったらおもしろい」「こんなチャレンジをしてみたい」といった対話が生まれ始めています。
そうした芽が連鎖することで、その中から10人、20人雇用するような樹木が出てくるかもしれない。そのフェーズに入ってきています。僕らは芽を出すためのLVSも引き続き行いながら、育ち始めた芽をもう一段大きくするために何ができるんだろう? と考えていて、焚き火がわっと燃え広がるような仕掛けを、新たに行うタイミングにきていると考えています。
この場で、僕らが考えている「種」の話をしてきたのもその一つです。ミツバチにしても、エゾシカにしても、僕は苗木をつくるまでで、これを本当の意味で大きく育てるのは別のプレーヤーに委ねたいと思っています。おもしろいな、一緒にやってみたいなと思ってくれる人がいたら、僕らは大歓迎です。思いがある人が事業をしてくれればいいので、養蜂もシカ肉ももしやってみたい人がいれば『エーゼロ』としてしっかりサポートしたいと思います。自分たちの暮らしが、自然とつながりながら存在しているという実感を大切にしたいと考える人に、今度のLVSで出会うことができたらと期待しています。
【北海道厚真町ローカルベンチャースクール(地域おこし協力隊) エントリーページへ 9月30日締切】
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