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超限界集落を舞台に学ぶという選択肢。通信制高校の生徒たちが変わる 「いなか塾」

2019.10.10 

“ひきこもり” “不登校” “発達障害” “ゲーム依存”……いつの日からか、新聞やテレビではひっきりなしにこのようなワードを見かけるようになりました。

 

子どもの成長環境に伴う様々な問題が顕在化するにつれ、それらの課題の見直しと、子どもたちが自分に合った学びの場を選べるような選択肢の広がりは、ゆっくりではありますが進んでいるように見受けられます。その流れの中で見逃せないのが通信制高校*の存在。2019年度時点では、通信制高校に通う生徒は約20万人いるとされています。

最近では、角川ドワンゴ学園が運営する「N高」など、ユニークな通信制高校やそれに付随する教育プログラムも増えてきました。今回は、通信制高校を対象に株式会社ほんまもんが主催する教育プログラム、 “いなか塾”について取り上げます。

*通信制高校とは

“通信による教育を行う”ため、登校回数などが全日制・定時制と異なる。すでに働いている人や、高校を中退した人、学業不振で現在の学校では卒業が困難な人など、さまざまな人が通う。最近では、不登校で悩む生徒や、発達障害により通常の学習が難しい生徒などにも 適したスタイルとして注目されているほか、芸能活動やアスリート活動と学業を両立させるために通信制高校を選択する生徒もいる。

(引用:通信制高校ナビhttps://www.tsuushinsei-navi.com/tsuushinsei/tsuushin.php)

生き抜く力を育む塾……“いなか塾”

いなか塾”は、京都市最北端の集落・久多(くた)に本社を置く株式会社ほんまもんが3校の通信制高校と連携して実施する教育プログラム。 “生き抜く力を育む”をテーマに、生徒たちは4泊5日間を久多で過ごし、事前事後学習を含むいなか塾への参加が総合学習の単位として認定されます。開催頻度は各高校の方針により異なりますが、2019年度から連携先のひとつ、豊翔高等学院では年間コースとして始動。コース所属者は春夏秋冬に1回ずつ、年間計4回の滞在に加えて、“農業” “林業” “狩猟”などより深く学びたいテーマに合わせてインターン滞在ができるというプログラムです。

 

参加生徒は毎回約10〜15名、加えて株式会社ほんまもんのスタッフ、ボランティアメンバー、久多集落内の農家民宿オーナーでプログラムが成り立ちます。

 

生徒たちにとって、同世代の仲間と寝食を共にする協働生活、世代の違う大人との関わりはこれまでにない経験。

 

いじめや不登校、ひきこもり、家庭崩壊の経験者、ゲーム依存真っただ中、

ADHD、アスペルガー、自閉症などの発達障害、または規律性調節障害の診断…

 

育ってきた環境、抱える事情は様々ですが、いなか塾に参加する生徒たちに共通するのは、「このままではだめ、変わりたい。でも、どうしたら良いのかわからない」。そう、心でもがいていること。そして「気づく、出会う、変わるきっかけを一緒に掴もう」という株式会社ほんまもん代表・奥出一順のメッセージに背中を押され、勇気を出して飛び込んできます。

 

久多には、普段見慣れた都会の看板や、電車やバスの標識は何ひとつありません。そして、保護者や先生、これまでの自分を知る存在も。甘い誘惑と辛い過去から切り離されたまった無しの環境は、自分自身と向き合うにはもってこい!なんです。

 

私は現在このいなか塾で、現場スタッフとして滞在中の生徒をサポートしております。通信制高校を対象とした自然教育の例は全国でも数少なく、その可能性が広まっていけばと考えております。

 

今回の記事の前編ではいなか塾の大枠について、後編はいなか塾に関わる人を中心にお伝えします。

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舞台は、京都市最北端の集落

ここで、プログラムの概要に入る前に、いなか塾が行われている舞台をご紹介します。

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場所は京都市最北端にある久多という小さな集落。人口は約70名、その半数以上が80歳以上と、いわゆる“超限界集落”に当てはまります。琵琶湖の源流ともいわれる久多はかつて林業で栄えましたが、その衰退とともに人口減少の一途をたどっています。

 

しかしながら、春は桜に山菜、夏は爽やかな緑、秋は彩とりどりの紅葉に冬は2m近くにもなる積雪と、日本らしい四季の移ろいが感じられる場所でもあります。今なお茅葺き屋根の古民家が残り、日本の原風景があると久多をピンポイントで訪れる外国人観光客も決して少なくありません。

 

そして最寄りのバス停までは徒歩約2時間。コンビニに買い物に行こうものなら車で40分という立地。京都市内中心部から車で1時間たらずの距離ですが、その発展から取り残され、穏やかな久多時間が存在しています。

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いなか塾ではどんなことをするの?

さて、いなか塾はその最寄りのバス停“梅の木停留所”からの2時間ウォーキングで始まります。スタッフのネイチャーガイドのもと、雪降る真冬の日だって歩きます!都心では想像もつかない“不便さ”を味わってもらうのもまた、醍醐味のひとつ。

 

農作業や山仕事、発酵食品作りなど、田舎には、人と協力しないと成し遂げられない“生きるためにすべき仕事”が山ほどあります。そして時には、自らの手で生命を屠ることをしないと食事にありつけません。だからこそ、人々は汗をかき、知恵を絞り、自然に感謝をしながら生きてきた……参加生徒に不便さの中にある豊かさを感じとってもらう、という意図のもとにプログラムが組まれています。

 

ここからは、とある春の4泊5日間を一例に期間中の“講座”をご紹介します。すべてがその季節の久多の暮らしに基づいたもの。

 

◎1日目…竹の講座

初日は、期間中に使うお箸を作ります。竹やぶに入って、竹を伐採。もちろんはじめはノコギリもナタも、使い方がおぼつかない。そんなときはもう数回足を運んでいる経験者がそっと教えてくれます。

「竹を切り倒すの、気持ち良い!」

「竹って意外と重いのに、こんな簡単に割れるんや!」

緊張で強張っていた顔がいつしか真剣な眼差しに…黙々と各々の作業に没頭しています。

 

作業の成果は、夜ご飯を食べるときにはじめてわかる。

「自分で作ったお箸、めっちゃ使いにくい!笑」

明くる日から、毎日少しずつ改良を重ねる子もいます。長かったり太かったり、凝った細工のものがあれば、やすりで光るほど磨いたものがある。原材料は同じでも、個性が現れます。

お箸なんてこの時代、100円あればいつでもどこでも手に入る。だけど、自分で作ったものって愛着がわく。苦労して作ったから、大切に使おうと思う。何でも使い捨ての時代だからこそのエピローグ講座です。

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◎2日目…山の講座

「谷水が出るキッチンの蛇口はなぜ止めないの?」

「夕方、お皿を洗っていたら泥水が出てきた!なんで?」

 

1日久多で過ごして気づいた疑問。参加生徒の滞在する築約250年の古民家には、山にまつわる不思議がたくさんあります。さあ、本日の講座の始まり。裏山へ。

 

「見上げてみて」

代表・奥出の話が始まります。

 

「この尾根を境に分かれた右手の山と左手の山。何がどう違うと思う?思いつくことなんでも言ってみて」

「木の種類」「明るさ?」「木が右は少ない、左は多いよ。」

 

「そう、全部正解。じゃあ木が少ないって、どういうことだろう?右手の山は枝が大きく張ってるね。これは自然林の山。木は自分のからだを支えるために、枝が張りでた同じ分だけ根を張るの。

じゃあ左手の山は?さっき言ってくれたように暗いよね。これはほとんどがスギの木の人工林。スギの木はものすごーく背丈が高いけど、枝は張り出てないね。ということは?そう、根がちょっとしか張ってない。だから、ちょっとした風で倒れてしまう。

最近はよく台風被害のニュースを見るでしょう。土砂崩れしてる映像、実はほとんどが針葉樹の山。人間が手を加えた人工林なの。それを今は、海外から安い材木が輸入されるからほとんどの山主が手入れをしていない。確かに台風で大雨が降ったかもしれない。でも本当は山の手入れを怠っている人間にだって責任があるんだ。」

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「じゃあ、うちの水源地の整備に行こうか」と奥出に続き、人1人がやっと通れる細さの林道を歩きます。「この葉っぱを見て。食べられてる。ということは…どういうことだと思う?」と野生鳥獣の生態にまで話はふくらみ、「もしかして鹿がここを通ったってこと?」生徒たちも想像力を巡らし始めます。

 

「さて、ここが我が家の水源地。皆昨日から、飲んだり、料理に使ったりしてるね。」

 

目の前にあるのは山から流れてくる水、そして拠点の古民家まで長く繋がった細い灰色のパイプ。

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「この水道管は、俺の田舎暮らしの“お師匠はん”が教えてくれたものなんだけどね、彼はこれを作る時にこう言ったの。『すぐに壊れるように作っておけよ』って。俺はその意味が理解できなかった。今から一所懸命作ろうとしてる人に向かって、すぐに壊れるようにどういうこと?って。皆も考えてみて、なんで俺のお師匠はんはそんなことを言ったと思う?

彼はこう続けた。『何十万も何百万もかけて、こんなところにコンクリートで固めて水道管とダムを作ったって、どーせ台風や大雨で直ぐに流される。おまえさんはその度に、また大金はたいてこいつを作り直すんか?』って。俺はその時、鳥肌がたつぐらい感動した。この村の人は、ずっと自然の恵のおこぼれをいただいて生きてきたんだなって感じて。都会で育った俺はその考え方に尊敬がやまなかった。そして、俺の子どもがまだ幼かった時、案の定台風が来てパイプが流された。俺らはえっちらおっちら、下流からパイプを担いで水道管を直す。そしたら子どもがさ、『お父さんすごい!水が出た!』って言うの。都会だったら、水が出なかったら水道局に苦情の電話をするよね?ここでは、自分でなんとかするしかないの。」

 

山の整備をする理由、生活用水の価値。2点を参加生徒に問いかけてから、手分けして作業を始めます。水源地に溜まった枝葉を掃除する班、間伐した木を丸太にして運ぶ班。そして薪割りをし、かまどでごはんを炊き、出た灰は畑にまく、すると畑の作物の実りがよくなる…「花咲じいさんのお話は本当なんだよ」と教わります。

 

こうして身体を動かし、思考錯誤しながら炊いたかまどごはんの美味しいこと!自分が手をかけた仕事が生活の循環につながっていることを、頭と身体を使って感じる1日です。

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◎3日目…米の講座

いなか塾生も1年を通してお米づくりに関わります。水源地整備、田植え、草引き、稲刈り、藁(わら)細工。季節によって仕事内容は変わりますが、学んでもらいたいのはお米づくりには“八十八の手間がかかっている”ということ。

「田植えって、こんなに腰痛くなるんだ…」「無農薬のお米づくりって、草引きが本当に大変!」「藁まで余すことなく使う日本人の知恵はすごい」

口々に率直な感想が出てきます。

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また、お米づくり欠かせない“水”。前日に山の講座で学び、改めて自然環境は循環しているということを知ります。

 

作業の後はどろんこ運動会の開催!この日ばかりは全身泥だらけになっても誰にも怒られない!よく走り、よく笑い、お互いの全身泥だらけの姿を見ると……不思議と団結力が生まれます。

 

日中しっかり身体を動かすことで、夜は疲れてぐっすり眠れる。すると朝も規則正しく目が覚める。3日目となると、本来の身体のリズムを取り戻していきます。

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◎4日目…生命の講座

敷地の鶏小屋にいる10数匹の鶏、“ぴーちゃん”。期間中は参加生徒で順番にぴーちゃんのお世話をします。

「たまごって、あったかいんや…」。生まれて初めて産みたて卵を触り、そうつぶやく生徒も少なくありません。

 

活動最終日には、毎日世話をして卵を頂いたぴーちゃんを自分の手で屠殺・解体する“生命の講座”。

 

無口で引っ込み思案の男子生徒が誰よりも前のめりに手を出したり。

髪色の明るい女子生徒が「うちもやる!」と手をあげたり。

 

“生命と対峙し、生命を頂くこと”は、大なり小なり心を揺さぶられる経験となるようです。

 

また、夜には全ての部位を余すことなく塩焼きにして頂きます。

「砂ずりって、こんなに小さいの」「手羽先って、1羽に2本しかないんやなあ…」その歯ごたえと肉質は、普段食べるものとは比べ物になりません。

 

「皆はスーパーに行って、鶏肉のパックを見て、どんなことを気にする?産地?品質?値引きシールが貼ってあるかどうか?今は、汚いところを見なくて良い。綺麗なとこしかみなくて済む。人間が生命を維持していくためには、捧げられた生命がある。だから『いただきます』って手を合わせるんよ。『かわいそう』だけでは済まされへん、だから残さず食べるんや」

講座の始めに伝えられた奥出の話が実感となる瞬間です。

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■参加生徒たちの声

このような時間を過ごし、生徒たちの表情は日毎に和らぎ、時に引き締まった顔を見せるようになります。自分が手をかけた食材を使い、手間ひまかけて3度の食事を準備し、皆で食卓を囲む。ここにしかない大家族の形。

 

そして夜には振り返り。意見を発言するのは得意ではない生徒が多いのですが、同じ時間と体験を共有した仲間は受け止めてくれるという安心感があります。

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「コミュニケーションをとることが苦手だった僕が、協働生活をすることで、人と人との関わりは楽しくて生きていくうえで本当に大事だと実感できました」

「1人でできないことをみんなでやるからこそ、ありがとう、ごめんが自然に出てくる。息するみたいにありがとうって言ってた」

このような感想が多く聞かれます。

 

人はそれぞれ、成長する「種」を持っています。いなか塾に参加した生徒たちは、成長するための条件、「水や太陽の光、適度な暖かさ」がこれまで足りていなかっただけだと、私は考えます。

 

田舎には都会にはない様々な活動があり、都会では生きづらさを感じていた若者たちも、いままで発揮できなかった個性を活かすことができます。また、地域の人に必要とされる中で、自己肯定感を育むきっかけをつかみやすいのではないでしょうか。

 

人は、環境ひとつでぐっと芽を伸ばす。今後は学校の垣根を超え、田舎を舞台に学ぶという選択肢が増えていけばと考えます。

 

さて、後編では、実際の生徒の変化、代表(奥出一順)のインタビュー、そして“いなか塾”を支えるボランティアスタッフの存在等、いなか塾にまつわる人に焦点を当ててご紹介していきます。

 

記事の後編はこちら。

超限界集落を舞台に学ぶという選択肢。通信制高校の生徒たちが変わる 「いなか塾」(後編)

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秋月 佐耶子

1993年岐阜県生まれ。京都市最北端の集落・久多に在住。2018年より株式会社ほんまもんに参画し、“生き抜く力を育む教育プログラム~いなか塾~”の運営に携わる。新米ライターとして活動中。

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