「観光事業の売上は8割減ですね」。さらりと彼女は言った。まっすぐな視線。オンライン取材からも伝わってくる芯の強さ。出会ってから8年程にもなるが、彼女の言葉にはいつも力がある。
株式会社いただきますカンパニーの井田芙美子さん。「畑と食卓をむすび、いただきますの心を育む」を理念に、北海道の帯広を舞台に農業を身近に感じる体験サービスを提供している。事業の話をしているときも、家族の話をしているときも、自然体でありながら、口をついてでる話題はいつも核心を突いてくる。
井田芙美子(いだ ふみこ) / 株式会社いただきますカンパニー 代表取締役 (2014年度NEC社会起業塾生)
1980年生まれ、北海道札幌市出身。食べることと子育てが趣味の2児の母。
高い空と広い大地にあこがれて、帯広畜産大学に進学。高等学校教諭第一種免許(農業)取得。羊飼いを目指して牧場実習に明け暮れ、羊のいる景観や羊毛を活かしたグリーンツーリズムに関心を持つ。農場の景観や農家の暮らしの魅力を感じ、農業をガイドする仕事ができないかと考える。
帯広畜産大学卒業後は、足寄少年自然の家、然別湖ネイチャーセンター、十勝観光連盟、ノースプロダクションを経て2012年3月独立。子供達が安心して生きられる30年後を創ることが自分の使命と感じ、起業を決意する。
このコロナ禍において最もダメージが大きいと言われている観光。井田さんのビジネスが関係している分野だ。事業活動はどうなっているのだろうかとストレートに聞いて返ってきたのが、冒頭の言葉だった。
(インタビュー・記事執筆:NPO法人ETIC. 野田香織)
オンラインでどこにいてもつながれる。これが本来のあるべき形?
主事業の売上が8割減にもなれば、倒産するしかないのでは?と思いがちだが、私たちの周りではまだそうした声は聞いたことがない。ソーシャルベンチャーの多くはそもそもビジネスとして成り立ちにくい領域で事業をやっている。そのため、もとから最低限の人員しか雇用していない会社や、固定費のかかるオフィスを持たず、リモートで働いている会社も多い。
いただきますカンパニーも同じく、既存のサービスのほとんどは止まってしまったものの、一部行政からの指定管理事業があり、緊急の雇用補助金なども上手に利用しながらやりくりしていた。このコロナ禍においても、誰ひとり解雇することなく、以前と変わりない体制を維持しながら、アフターコロナに向けた準備を粛々と進めていた。
「役所との打ち合わせも全部オンラインになったし、学校の保護者会もyoutubeで配信になった。そもそも直接行かなくてもよい会議が多かったんだとおもう。これが本来のあるべきかたちで、ようやく世の中が追い付いてきた。
失礼かもしれないけど都会と地方の違いが薄れてきましたよね。講演会やセミナーも地方にいようがいくらでも受けられるし、世界が広がったなと感じる。オンラインが当たり前にある世界を知っている若い人たちが、今後どういう社会をつくっていくのか楽しみなんですよね」
すべてがダメになる事態の前に、できることはないだろうか
最近、井田さんの動画配信が人気を集めている。迫力のある広大な小麦畑の収穫の様子をレポートしたり、朝4時30分から小雨が降る中でとうもろこしを収穫したり。大自然の中でおいしそうに生ビールを飲む様子も発信していた。
オンライン農作業・スイートコーンのすき混みの様子
「2月~3月頃は夏になればコロナも落ち着いて元に戻るとおもってたんだけど、4月に入ってからは、これは来年まで戻らない、もしかしたら来年も無理かもと思い始めたんですよね。もし万が一にでもツアーで感染者がでたら、ただでは済まない。畑ガイドには高齢者が多いし。食育の出張授業も講演活動も、畑ガイドのツアーもすべて止めていました。
これまでやってきたことすべてがダメになる前に何か動けないかと思ってたときに、朝の散歩のライブ配信を始めたんですよね。別にYoutuberになるつもりはないけど、とりあえずできることからはじめてみようと」
この朝のライブが先に紹介した収穫の様子のライブ配信や、オンライン・収穫体験ツアーのサービス開発につながったことは言うまでもない。
「やってみるとわかることもあって。ガイド中継のときは大げさなぐらいにリアクションをしたほうが見てる人はおもしろいと感じることがわかったし、農家さんにとっては作業現場に人が来られるよりも面識のある人が撮影するほうが気兼ねがなく自然体でいられることがわかりました。それに朝4時30分スタートの収穫体験なんてリアルなツアーでは集客できないですよね。またオンラインツアーにしたことで、畑ガイドのスタッフが普段どんなガイディングをしているのかわかるし、わかれば離れた場所でもフォローもできるし」
オンライン収穫体験の参加者には実際に収穫した農産物が自宅に届けられる。エリアによっては翌日に届くところも。記憶の新しいうちに採れたての野菜が目の前に届けられる、ネット上でみた農場や生産者さんとつながりを感じる瞬間だ。
自分たちの価値がなきものにされ、はじめて辞めたいとおもった
「もちろん強みはリアルな農業体験だけど、今はお金をかけずにやれることをやるしかない。コロナだけじゃない、これからも災害はやってくる。これまでもだいたい2年に一度は台風による水害や地震など大きな災害がなにかしら起きている。観光ビジネスはリスクが高いということを今回もまざまざと感じた。努力はするけれど、自分たちではどうしようもないこともある」
「今回つらかったのは、観光そのものの価値がなきものとされてると感じたこと。Go To キャンペーンが逆効果となってしまい、旅に出かける人を非難したり、社会全体が否定・批判しあう空気があって。やるべきことをやっても不要不急と言われてしまう、もう要らない事業なのかな、と。はじめてこの事業を辞めたくなりました」
それでも辞めない理由。正解はなくても半歩でも前に
「自信を無くしていたときにオンラインでつないだら見てくれる人がいて、喜んでもらえたんですよね。あ、ここにいていいんだなって素直に思えた。誇りを取り戻したような気がして。
それに、農家さんが “一番大変なのはいただきますカンパニーだよね”って言ってくれて。最近、北海道内の小中学校の修学旅行の受け入れを始めたんです。子どもたちも行き場所がなくて困っているだろうからと農家さんも受け入れてくださって。一度でも感染者が出ると風評被害につながるから、周りの人たちの理解を得るのもたいへんだと思うのですが、そんななかでも引き受けてくださってとても有難いです。とにかく私たちは万全の体制で準備をしていく、そんな状況です」
お話をききながら、いろいろ迷いながらも、まずは“やる”と決めて、前に一歩でも半歩でも踏み出す井田さんの経営者としての強さを感じた。経営とは「決めること」が仕事だと聞いたことがある。右か左か、やるかやらないか、選ぶことも難しい問題は世の中にはたくさんある。「正解のない時代」といわれ久しいが、このコロナ禍においてはよりその傾向が強まっている。
人の力ではどうしようもない。自然と向き合う中で培う経営哲学
しかし、どんなに厳しい状況であっても、井田さんからは悲壮感というものを感じたことがない。自然体で無理をしている感じもしない。大変ですよ~といいながら、いつもさわやかに美しい笑顔を見せてくれる。
どうしたらこんな風に強くなれるのだろうと不思議におもっていたが、今回インタビューをさせていただいて、もしかしたら農業という自然の摂理には抗えない産業に携わっている人特有の強さがあるのではないかと感じた。
北海道という広大な土地で育ってきたことで培われた自然への畏怖、現実を受け入れる力、根気強く土や生き物と向き合っていく胆力。実りを願って種をまき、雨風を乗り越えた命をありがたく収穫する。人の力ではどうにもならない環境のなかで、ゼロから事業をつくってきたことへの自負と、やっては試す仮説検証を楽しむ哲学がそこにあるようにおもう。予測不能な時代の生き方は、こうした経営者からも学べることがありそうだ。
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