5万団体を超え、これからも増え続けると言われている日本のNPO法人。そのなかでも10年以上にわたって社会に大きなインパクトを与えてきたNPO法人の事務局長が登壇し、経営について語る機会がありました。
NPO関係者のために開かれた「ファンドレイジング・日本2019(FRJ2019)」(日本ファンドレイジング協会主催)でのセッションです。今年9月、2日間にわたって開かれたこのイベントは過去最多の1,674名の人が参加し、様々なテーマで多くのスピーカーたちから考え方などを学ぶ会となりました。
今回、「NPO経営の本質」について語ったのは、認定NPO法人カタリバ常務理事・事務局長の鶴賀康久(つるが・やすひさ)さん、認定NPO法人フローレンス副代表理事の宮崎真理子(みやざき・まりこ)さん、認定NPO法人ETIC.事務局長の鈴木敦子(すずき・あつこ)の3人です。
ファシリテーターを務めたのは、千年建設株式会社の代表取締役社長で、カタリバの理事でもある岡本拓也(おかもと・たくや)さんでした 。
組織が迎えた大きな転機について、経営について、それぞれ飾らない言葉で語っていったこちらのセッション。今回この中から最も印象的だった部分をご紹介します。
認定NPO法人カタリバ
2001年設立。学生のボランティアスタッフが中心となって高校生と本音で語り合う「出張授業カタリ場」で活動をスタート。2006年にNPO法人化。2011年の東日本大震災をきっかけに事業、活動地域ともに幅を広げ、現在、東京都や岩手県など全国8カ所で10代の子どもたちの成長を支える居場所づくりや支援サービスなどを展開している。職員数は125名。
認定NPO法人フローレンス
2004年、NPO法人として創業。病気の子どもを預かる「訪問型病児保育事業」をはじめ、保育園の待機児童問題を解決する策として取り組みを始めた「小規模保育事業」、医療的ケアが必要な子どものための「障害児保育事業」、さらに「こども宅食事業」、「赤ちゃん縁組事業」など親子を取り巻く社会問題を解決するための事業を展開している。スタッフ数は約630名。
認定NPO法人ETIC.
1993年創業。起業を目指す学生のための勉強会として活動を始める。1997年にベンチャー企業での長期実践型インターンシッププログラムをスタートさせ、2000年にNPO法人化。現在、2002年から開始した「社会起業塾イニシアティブ」をはじめ起業家精神あふれる人材を育成する事業を多数運営している。スタッフ数は約90名。
組織にとっての大きなターニングポイントとは?
━━まずは自己紹介からお願いします。
鈴木敦子(以下、鈴木):認定NPO法人ETIC.は、私が大学生の時に活動が始まった団体なのですが、私はいつの間にか参加者から運営側にまわって、当初からバックオフィス担当として事業に携わってきました。今は仲間も増えているなかで、組織づくりやマネージメントなどを担うほか、組織の志と個人の志をつなぐ人材マッチングの仕事も担当しています。
認定NPO法人ETIC.事務局長の鈴木敦子
宮崎真理子さん(以下、宮崎):認定NPO法人フローレンスは今年、創業15周年を迎える団体で、訪問型の病児保育をはじめ7つの事業を運営しています。私自身は創業4年目の2008年に入社しました。当時、スタッフ数は30人くらい。今は630人くらいなので15年で20倍になりました。事業規模は約27億円と、規模が大きくなったので、今はチームで運営しようということで私をはじめディレクター職を増やして、事業を推進しています。
NPO法人フローレンス副代表理事の宮崎真理子さん
鶴賀康久さん(以下、鶴賀): 認定NPO法人カタリバは、教育NPOです。生まれ育った環境に関係なく、10代の子どもたちが自分で生き抜く力を育んでいけるような教育機会を提供したくて、様々な事業を運営しています。僕自身は2008年に入社しました。職員数は当時5人で、今は125人です。仕事については今、事務局全般、また資金調達の部門と人材採用の部門を責任者として管理させていただいています。
認定NPO法人カタリバ常務理事・事務局長の鶴賀康久さん
━━これまで、経営者として、大きなターニングポイントと思われることはどんなことでしたか?また、なぜそれをターニングポイントとして捉えているのでしょうか。さらにどう乗り越えたのでしょうか。そこに経営のエッセンスがぎゅっと詰まっているような気がします。
鈴木:大きなターニングポイントとなったのは2011年、国の政策で予算規模が前年までの2億円から10億円と5倍に増えた時です。その際、組織の基盤を強くするために、ガバナンス(意思決定のための方針づくり)、コンプライアンス(社会的な責任を果たしていくためのルール設定)、チームづくり、採用面など社内の仕組みを変える取り組みをしました。組織全体に負荷もかかりましたが、自分たちの社会的な立ち位置が見えてきた時期でもありました。
━━実際に、代表の宮城治男さんが「これは組織としてやらねばならない」と走り出そうとする時、鈴木さんはどんな役割を担われているのでしょうか。
鈴木:当時、事業を中心になって進めていた3人のうち、代表の宮城も理事の山内幸治も「行けー!」と進んで行ったのですが、私も「行けー!」って行っちゃったんです。
━━3人で行ったんですね。いい組織ですね。
鈴木:ただ気を付けたのは、予算の管理体制を強固なものに再構築することと、組織の中が明るく元気な状態でいられるようにすることでした。また理事会を再編成しました。理事の方には、外部でご活躍されている百戦錬磨の経営者の方に初めてお願いしました。
チームみんなにとって未経験なことに挑戦している中で、私は「ポジティブ担当」だった と思います。論理的に考えると保守的になりそうなことを、管理チームと「大丈夫」と言いながら進めていきました。
━━それでは宮崎さんはいかがでしょうか。
宮崎:フローレンスでは2014年を機にたくさんの事業を立ち上げました。通常、事業が始まる1年~1年半前からその準備にかかるのですが、2013年~2014年の間が一番多くて、苦しかったなあと振り返って思います。大きな理由はやはり事業と組織が大きくなったこと。それまでは、何かあれば最後に自分が出て行けばいいと思っていたのですが、それが難しい状況になっていたんです。そこで、自分がいなくてもシステムがまわっていくように2つのことにチャレンジしました。一つは、管理職層のディレクターを初めて外部から採用して育成するという取り組みを始めました。もう一つは理事会の再編成で、健全なガバナンスが実現できるように仕組みを一から作り直しました。こちらは今も継続して試行錯誤しています。
━━マネージャー職については社内で育て上げるのではなく、外部から登用したということですね。NPO以外の異なる文化を持った人が管理職に就くことで何か影響があったりしたのでしょうか。また宮崎さん自身、葛藤はありましたか?
宮崎:ずっと一緒にやってきた社内の人たちに管理職をまかせていきたいという強い信念があったので、最初はとても葛藤がありました。ビジョンへの想いを大切に集まった人たちでつくってきたそれまでの文化が壊れてしまうかもしれないという恐怖心すら持っていました。結果的にはそんなことはなかったし、私自身の思い込みだったのですが、ただ新しいマネージャーの方に入社していただく際には、事業がスムーズに進むように導入部分を丁寧につくっていきました。
━━続いて鶴賀さん、お願いします。
鶴賀:カタリバの大きなターニングポイントは、2011年の東日本大震災です。2000年の創業時から2010年までは、高校生に向けた「出張授業カタリ場」の事業を各地に広げていくことに注力していました。でも、震災が起きて、東北の子どもたちが集まれる場、学べる場をつくりました。そのことをきっかけに、「カタリバが本当に目指すべきビジョンは何なのか」ということを、みんなで言語化して、ビジョンをつくり直し、事業をつくっていきました。
カタリバの理事会は5時間。ETIC.は飲み会スタイルにチャレンジ中
セッションの後半は、「参加者の方の質問にできるだけ答えたい」という登壇者たちの声から、質疑応答の時間が設けられました。理事会の再編成やNPOを長く続けるために必要なことなど、経営の本質にさらに迫った質問がされ、本音が引き出されていきました。
━━まずは理事会についてです。特に再編成は自分たちの首を絞めるかもしれないと思うのですが、なぜ踏み切ったのでしょうか。
鈴木:ETIC.の場合は、社会的にきちんとした組織になる必要があると考えたことが大きな理由です。ただ、理事会のあり方については、時代の変化を考慮しながら今も模索しているところです。
宮崎:再編成の契機となったのは、大きなプロジェクトが計画に上がったことで、社内外から建設的な批判がしっかりと入る体制をつくるべきだという話になって形を変えていきました。
鶴賀:カタリバも社外の方に理事をお願いしていますが、理事会に関わらず日常的にコミュニケーションを多くとるようにしています。そのうえで理事の方に水を差してもらうんです。また、対話の場をつくっているカタリバらしい理事会にしようと、1回につき5時間くらいかけて対話しています。ETIC.さんの理事会は飲み会なんですよね?
鈴木:はい。ここ1年は飲み会でやっています。カジュアルな雰囲気での理事会にチャレンジ中です。
自分にOKを出すことが大事
━━それでは、次の質問です。NPO法人が長く活動を続けるために必要なことは何でしょうか。
鈴木:多くのスタートアップベンチャーの方の立ち上げに関わらせていただいた経験から話すと、代表の方が早い段階で社内に目を向けて、課題に対して自分たちを柔軟に変えられる体制をつくっているかどうか、が一つのヒントになるのかなと思います。
宮崎:柔軟に動く、という点にすごく共感しますし、リーダーが社会の変化を予測しながら自分を変えていくことはとても大事だと思っています。
鶴賀:震災関連の事業を始めた時、最初は3年~5年でこれらの事業は終了するかと思っていました。でも、10年くらい続けています。そのこともあって、ある時、代表の今村久美とともに、課題解決の事業を行うには10年単位で考える必要性があると思うようになりました。その基盤をつくるためにも、3年、5年の中長期的な計画をしっかり立て続けていかなければならない。そこで、マンスリーサポーターという、毎月、カタリバの事業を応援してくださる方々からの寄付が増えるように力を入れていきました。そうすることで組織全体に余裕が生まれて、未来も描けるようになっていったと思います。
━━なかなか深い話が伺えたかなと思いますが、いかがでしょうか。では最後に、「NPO経営の本質」について一言ずつお願いします。
鈴木:経営の本質については正直、わかりません。永遠に渦中です。
宮崎:まず土台としては、心身の健康があります。そして、自分にOKを出すこと。リーダーが欠乏感や不安、恐れを抱いた状態で決定をし続けていると、まわりのスタッフが疲弊していくと思うんです。だから、自分にOKを出すことは大事だと思います。
鶴賀:細部にこだわることでしょうか。ビジョンや現場をつくる際にどれだけ自分の情熱や想いを込められるかが大事だと思っていて、そのことにこだわってきました。とにかく手を抜かずに、ディテールを丁寧につくっていくことが自分の本質だと思っています。
3人の事務局長が語る、「NPO経営の本質」。何か活動の今後につながるヒントは見えましたでしょうか。3人の経験、言葉が多くの人に届くよう、願っています。
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