圧巻のスピードだった。東京や神奈川を中心に約20の拠点を持ち、発達障害のある人が強みや特性を活かした仕事に就く事を応援する株式会社Kaien(カイエン)。同社は3月上旬、在宅で職業訓練や面接練習を受けられるオンラインプログラムを一部利用者に向けて開始。さらに、東京で緊急事態宣言が発令される直前の4月6日時点では「完全オンライン化」、つまり利用者も支援者(=Kaienスタッフ)も在宅にいながらプログラムを完結できるしくみにわずか1カ月足らずで移行した(HP記事)。現在、利用率はこれまでと同水準をキープしており、大学生向けのサービスではむしろ数十%の上昇がみられるという。
大人、学生、子どもをあわせて年間1,000名以上の利用者、200名を超えるスタッフを抱えるKaienは、なぜこれほど早く在宅支援に移行することができたのか。コロナの逆風を、どんなチャンスと捉えているのか。代表取締役の鈴木慶太さんに、zoomでインタビューを行った。
発達障害のある人たちが、どうしたら今よりもっと活躍できるだろう?
ーダイヤモンドプリンセス号のニュースが連日メディアを賑わせ、新型コロナウィルスに関連して国内で初めて死者が確認された2月中旬。何を考えていらっしゃいましたか?
実は4月にイタリアを旅行する計画だったので、飛行機は飛ぶだろうかというのはずっと気にしていました(笑)。GMOインターネットグループが在宅勤務に切り替えたのが、確か2月の初旬ごろ。ニュースをみて、対応が早いなと感じたのを覚えています。行動を始めたのは2月の半ばです。そのころ当社の社員やパートナー企業が全国から集まる恒例の合宿があったのですが、「コロナが怖いので東京に出られません」という理由で何名かの方から参加キャンセルがありました。自分たちがコロナにどう向き合っていくかの指針を持たないといけないと感じましたね。そこで、合宿が行われる神奈川県の三浦海岸に向かう電車の中で自社の事業継続計画を書き始めました。コロナは怖いのか怖くないのか。どのくらいこの状況が継続するとみるのか。政府の方針をどう捉えるか。緊急事態宣言が解除されたらどうするか。そんなことを書き連ねています。今も、週1回のペースで更新していますね。
ーサービスのオンライン化の推進はいつごろから?
3月の上旬ごろです。3月に入ると、当社の(職業訓練などを行う)事業所に通うのが怖いという利用者の方が現れはじめました。ちょうどそのころ、通常は重度の身体障害があって通所ができない方への在宅支援のみに適用される制度を拡張して、一般の障害者にも適用する自治体がいくつか出てきました。行政もこうやって積極的に動いているのだから、ポストコロナ・アフターコロナの時代にこれまでと同じKaienに戻るのではなく、これを契機に新しいKaienになっていこうと、その時から意識的に伝えていました。
従業員の雇用を守り、サービスを継続することはもちろんですが、今もずっと考えているのは「コロナ共存時代に、発達障害のある人たちがどうしたら今よりもっと活躍できるだろう?」ということです。世の中の経済学者や歴史学者、Youtuberやメディアが発信していることも参考にしながら、発達障害のある人の活躍の場をどう増やすか?その個性や強みは新しい資本主義のしくみの中でどう発揮されるのか?そのために自分たちのサービスはどう進化すべきか?そのようなことを社内でも議論しています。
ー議論の中で何か見えてきたことはありますか?
まだ構想段階ですが、例えば障害のある方のテレワークのあり方が大きく進化する可能性があると思います。現在約200名の社会人の方が、企業の仕事をリモートで体験してビジネススキルを磨く当社の就職応援プログラムを受講されています。これらの方々の中には、オフィスワークや通勤そのものを非常にストレスに感じる方、自宅で自分のペースで働きたいという方が一定数いらっしゃいます。例えば、在宅勤務を希望する方5名~10名と当社スタッフでチームを組んでトレーニングを行い、発達障害のある方を雇用したい企業がそのチームごと採用する「オンライン・サテライトオフィス」のような仕組みがつくれないでしょうか?
ー「即戦力チーム」をまるごと採用するようなイメージですね。
企業側からみると、スキルとバックアップ体制の整った母集団を獲得できるメリットがあります。はたらく側にとっても、これまでより勤務の柔軟性が増し、自分の強みを活かした仕事を選んだり、複数の企業の仕事を持てるなど、選択肢が広がります。
ー素敵なアイデアですね。
いかにオンラインで人の心をつかむ面白いコンテンツをつくれるか?
ーさて、お話を少し前に戻させていただきますが、3月上旬から現在まで、どのようにオンライン移行を進められてきたのでしょうか?
3月の時点では、利用者だけが在宅からプログラムを受講することを想定していました。ところが、わずか1、2週間で当社社員も全員在宅から勤務する必要性に迫られたとき、これまで事業所でやっていたことをそのままオンライン化するだけでは上手くいかないだろうと直感的に思いました。少し単純化してお話をしますが、例えば従来の事業所では、1人のスタッフが5人の利用者をみる。スタッフが4人なら、20人の利用者をみられる。このやり方は、対面支援の良さであると同時に限界でもあるのです。これがオンラインになると、例えば東進ハイスクールの林先生の授業のように、1人の講師が同時に200人をカバーできます。まずはこれを狙いました。ポイントは、一斉配信でいかに人の心をつかむ面白いコンテンツをつくれるか。やっぱり面白くないと、特に在宅では集中力が途切れてしまいますから。
毎日試行錯誤していますが、全体の8割の方は一斉配信のセッションに概ね満足をいただけているようです。一方で、こういった環境変化への対応が難しい利用者もやはりいらっしゃるので、ここは別のスタッフが1 on1で対応します。一斉配信と個別対応、両方を備えていることが重要です。各セッションで使っている教材は以前と同様のものですが、使い方を柔軟に変化させています。
ー支援者に求められる役割や支援の届け方も変わってきているのですね。社員の方は、変化にどのように対応されているのでしょうか?
必死にやっていると思います(笑)。1週間で原則すべてのサービスをオンラインに移行することを決めたのですが、最初の数日は「やり方をオフィスで教えてほしい。オフィスで教わってから、家で練習したい」という反応もありました。オフィスでしか得られない情報がある。オフィスにいると誰かに助けてもらえる。そんな思い込みがあるようでした。気持ちはわからなくないのですが、本番と同じオンライン環境で、目の前の相手に集中することの大切さを繰り返し語りました。
ー完全オンライン化して約2週間。在宅でKaienやTEENS(同社の子ども向け放課後等デイ)のサービスを受けているお客さまからは、どんな反応がありますか?
前提として、私たちは、利用者は「お客さま」ではなく「ファンであり仲間」であるという立場からずっとサービスを創ってきています。日ごろから密なコミュニケーションをしているので、今回オンラインに全面的に切り替えたときも、苦情のような声はほとんど聞かれませんでした。
ーそれはすばらしいですね。
昨日、ちょうど利用者の方に、外出自粛が解けて事業所に通えるようになったら、どのくらいの頻度で通いたいかをアンケートしたのですが、驚くほど回答が分かれたのです。「オンラインで通い続けたい」が35%、「毎日事業所に通いたい」が25%いて、残りの数十%が「週半分くらいは事業所に通いたい」と。これ、どうしよう?といま思っているのですが、こうやっていつもファンとコミュニケーションをして、だからサービスをこう変更しましたと説明しているので、ある程度理解をいただけているのかなと思います。
オンラインだからこそできる支援の楽しさは、きっとたくさんの人に伝わるはず
ー今後、コロナの状況が収束して「事業所通い」や「出社」が普通にできる状況に戻ったとき、サービスをどうしよう考えておられますか?
福祉サービスはどうしても制度に縛られます。いまは緊急期で多くの自治体が在宅支援を認めていますが、これが認められなくなると、事業所に通う形でのプログラムがやはりベースにはなると思います。ただ、今回の経験を活かしてオンラインと対面のハイブリッド型に移行する可能性は検討しています。一方で、制度に縛られない大学生向けの就職応援サービス「ガクプロ」は、今回オンライン化したことでむしろ利用者数や利用率が上がっています。そのため、計画を前倒しして、本格的にオンライン受講をベースとして進めていく予定です。
ー4月中旬にKaienさんが主催されたオンライン化支援セミナー※には、2日間で約90の福祉事業者の方が参加されたと聞きました(※5月以降も開催予定あり)。業界内でも「在宅支援」移行への関心が非常に高いことがうかがえます。障害福祉にかかわる人にとって、現場での対面支援が難しい現在の状況は、どんなチャンスと捉えられるでしょうか?
これまで対面の勘に頼っていた支援が、劇的に変化、進化する可能性があります。そこで、当社がオンライン化で培ってきたノウハウを上手く使って頂きたいという想いで、セミナーを開催しています。今回、これまでにないほど「変わらなくては」という思いを多くの事業者さんと共有できている実感があります。だから、自社の拠点をたくさん増やすよりも、外部のパートナーさんと一緒に業界全体の支援の質を上げていきたい。そのための発信源に我々がなれるかが大切だと思っています。
歌舞伎や演劇がテレビへと変わっていったように、これまで現場でやってきた支援は遠隔でも届けられる、そのエネルギーは伝わるはずだという感覚が私にはあります。なぜかというと、いまオンラインでセッションをやっていて、すごく楽しいから。例えば面接の練習ひとつとっても、私(講師)と1人の利用者さんのやりとりを200人が画面越しにスポーツ観戦しているような臨場感があって、これまで出てこなかった良質なフィードバックがたくさん届くのです。場があったまっていくのを肌で感じます。この楽しさは、きっと多くの支援者の方にも感じていただけるものだと思います。
利用者の側も、対面のトレーニングだけにこだわるのは少しもったいないと思います。コロナが収束しても、組織よりも個ではたらくというキャリア観はますます広がり、リモートで働く人は格段に増えるでしょう。「やはりウチの子には対面支援がいい」とおっしゃる親御さんもいらっしゃいますが、特に子どもや学生にとって、今は新しい時代のはたらき方、新しい常識を、社会の荒波に出る前に実験できる絶好の機会です。今までと同じものを期待せず、新しい時代のツールを一緒に試してみたいと思っています。
▶Kaienの地域パートナーシップ制度(同社開発のプログラムや運営方法・スタッフ育成ノウハウ等をシェアする全国各地の福祉事所)はこちら
▶5月開催予定のオンライン化支援セミナーの詳細はこちら
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