#ビジネスアイデア
会社にいながら、社内起業家として語る「挑戦の実践者ここだけ話」──マネックスグループ顧問 安永さん・NTTデータグループ 金田さん・日本郵政 小林さん【たすき掛けプロジェクト5周年(2)】
2025.04.24
ロート製薬株式会社の山田邦雄(やまだ くにお)会長、セイノーホールディングス株式会社の田口義隆(たぐち よしたか)代表取締役社長をはじめ、登壇した経営者たちは「若者のチャレンジを応援するには、採用よりも、新しい共創の仕組みが必要ではないか」と会議で出たアイデアに共感。
そこで、田口社長とマネックスグループ株式会社の松本大(まつもと おおき)代表執行役社長CEO(当時・現代表執行役会長)が「お互いの(社長という)立場を交換してみようか」と一言発したことから、2社がそれぞれの社長を交換する企画が始まりました。具体的には、ステージに登壇した一人の社員が相手企業の社長にアイデアや新規事業を直接プレゼン。その場で、社長が意見やアドバイスを送ることで社員の挑戦を応援するという新たなチャレンジです。これまでの5年間、毎年1回実施され、2024年までに224人が参加しました。
経営トップと社員の関係性を取り払い、お互いの企業の壁も超えて、「挑戦」と「応援」でつながり合う。2025年1月31日に開催された第5回目の「たすき掛けプロジェクト」で、若手社員の先をゆく3名が自身の挑戦について語る場がありました。
小林さやかさん(日本郵政株式会社)、金田晃一さん(NTTデータグループ)、安永 雄彦さん(マネックスグループ顧問)です。企業人として社内でやりたい事業をどう起こすか、「自分の好き」を軸にどう納得感のあるキャリアを築くか、また、長年の企業での経験やキャリアの紆余曲折をもとに人生100年時代をどうデザインするか――。挑戦の先にある壁をも超える、聴きごたえのある話が展開されたトークイベントの様子を一部ご紹介します。
<ゲストスピーカー>
小林 さやか(こばやし さやか)さん 日本郵政株式会社
金田 晃一(かねだ こういち)さん NTTデータグループ
安永 雄彦(やすなが ゆうひこ)さん マネックスグループ顧問・浄土真宗本願寺派西本願寺 前代表役員執行長(修行中)・クロービズ経営大学院大学専任教授・株式会社オフィス安永 代表取締役
「ローカル共創イニシアティブでの挑戦」──日本郵政株式会社 小林さやかさん
小林さん ※以下敬称略 : 社内で社員のチャレンジを後押しする仕組みをつくった事例をご紹介します。もともと国の機関だった当社グループの中核を担う郵便局は、歴史が長く、現在全国約2万拠点で地域に根差したサービスを行っています。
私が当社の特徴だと思っているのは、社員の社会に対する使命感の強さです。「社会の役に立ちたい」と入社する人がすごく多く、私は、そんな社員の想いや経験、スキルを少しでも活かせる仕組みはないか模索していました。そこで2022年2月に立ち上げたのが、「ローカル共創イニシアティブ」です。
日本郵政株式会社の小林さやかさん
郵政グループの中から公募で選出された20代から40代の社員を、 2年間、地域のベンチャー企業に派遣し、郵政と地域ベンチャーの共創事業を創出するプロジェクトです。派遣された社員は、新規事業作りに取り組む。取り組む中で成長するという人材育成の機会として、また、地域ベンチャーの方々の事業成長にも寄与する、といった目的で行っています。
プロジェクトを立ち上げた理由は、意志ある若手や中堅社員の離職が続いていたことに対して、私自身がモヤモヤを感じていたからです。「すごくもったいない。せめて辞める前に会社の環境を活かして、打席に立つ経験をしてほしい。そんな環境をつくりたい」と試行錯誤し、事業立ち上げに至りました。
各地域に社員の派遣を決めたのは、東京から仕事で島根県雲南市(うんなんし)に移住し、働くことになった社会人3年目の方の話が印象的だったことが理由の一つです。
「東京と比べて資源が少ない分、自分から動かなければ何も進まない雲南市では3倍くらい濃厚な成長を感じられる。自分のチャレンジしたいことが軽やかにできる」と。地域ベンチャーの方々と関わる事業ができれば、自分で物事を起こす仕事の面白さを肌で感じることができそうだと考え、地域での事業を作ることに焦点を当てました。
会社に提案する際には工夫が必要で、当時人事が課題としていた「オペレーション人材だけでなくクリエイティブな人材も育成したい」に対して、解決策の一つとして受け入れてもらえるように尽力しました。無事に承認された後は、挑戦する社員を会社が応援する仕組みを作るために本社内示事務局を置き、伴走支援をすることや、事業の成果を可視化するモデルも形成しました。
増田社長が中心となった経営陣が壮行会を開いてくださったり、各派遣先の地域に会いに行くなど、「堂々と挑戦して」とメッセージを送ってくださっていることが、プロジェクトの大きな励みになっています。
2022年4月開始後、延べ16人を13地域に派遣してきました。「2年間で事業を生み出すこと」を大きな目的としていますが、その結果、派遣された社員を通してベンチャー企業と郵便局との連携を後押しし、事業の新しい成長が見られる地域もあります。社員やベンチャー企業が本気でプロジェクトにコミットすることで人が育ち、社内の新たなカルチャーの醸成や、地域にも挑戦の循環が生まれる仕組みをこれからも作っていきたいです。
2022年から2年間派遣された社員からは、「仕事って自分が思い描く社会を創っていく手段なんだと捉え方が変わった」、「仕事を通して日本郵政グループの可能性を追求していきたい」など、思考変容、行動変容の効果があったと感想を挙げる社員が多く、これからも丁寧に実績を積み重ねながら社会にも良い影響を与えられたらと思います。
「ビジネスキャリアとソーシャルキャリアの接近」──NTTデータグループ 金田晃一さん
金田さん ※以下敬称略 : 一般的に「キャリア」というと「ビジネスキャリア(=どのような仕事をしてきたか)」を思い浮かべると思います。しかし、これからは「ソーシャルキャリア(=どのように社会と関わってきたか)」を意識することで自分の可能性がより広がるのではないでしょうか。今日は、ビジネスとソーシャルのキャリアについて、自分のチャレンジをお話します。
まず、「ビジネスキャリア」では、NTTデータグループで8社目になります。ソニーと在京米国大使館での通商政策関連の仕事から始まり、次に、子どもの頃の夢を実現するため、アナウンサーを育成する専門スクールに通い、CS放送(民間が運営する通信衛星)の経済専門通信社に転職。こんなふうに、「通商政策」、「放送メディア」と、まず2つの軸を形成してきました(仕事内容等の詳細は下記の別表を参照)。
別表(金田さん提供) ※クリックすると別タブで開きます
一方で、通商政策と放送メディアに携わっていた12年の間には、会社が提供してくれた英国留学の機会を活用して、また、就業後や土日・祝日などプライベートの時間を自己投資に充てて「ソーシャルキャリア」を積んできました。例えば、1989年、ドイツ東西を分断していたベルリンの壁が市民の手によって壊されましたが、翌年、たまたま得た欧州出張の機会を活用することにしました。「世界はこれからどう変わっていくのか、自分で体感したい」と強く感じたのです。、欧州滞在中に、ベルリンまで行って壁を叩き、また、将来通いたい大学院のキャンパスを訪れました。
また、この12年間は、NGOのスタディツアーに参加し、タイ北部に住む少数民族の農作業ボランティアや教育の実態を理解するため、カンボジア・プレイベン州ルビア高校で英語教師ボランティアを経験した時期でもありました。こうした現場の情報を五感で収集する活動を続けながら、開発学を体系的に理解するため、国際開発機構「リーダーシップ・アカデミー」や「開発と企業コース」を受講。現場の情報を学問的に整理し、自分のフレームで整理し直す活動を繰り返していました。
その後、ビジネスでは、1999年、ソニー渉外部時代の元上司からのありがたい声がけもあってソニー渉外部に再入社し、社会貢献室勤務となりました。ここでの戦略的な社会貢献活動の実践経験が起点となり、より広いCSR経営の重要性を社内で提起した結果、2001年に、行動規範策定プロジェクトのリーダーとなり、2003年にCSR行動規範が完成しました。
この1999年から現在までの25年間は、「ビジネスキャリア」の3つ目に軸となる「サステナビリティ」の専門性を、業務を変えずに職場を変えるキャリアシフトで高めていきました(参考:日本のCSR経営史)。実際には、「ビジネスキャリア」と「ソーシャルキャリア」がお互いに影響し合う「統合キャリア」期であると認識しています。
いまは、組織にいながら様々なことにチャレンジできる時代です。ボランティア活動、プロボノ、会社の研修・留学、兼業、副業など大きな可能性にあふれています。もし立ち止まっているなら、ぜひ挑戦してほしい。
これからはビジネスとソーシャルのキャリアが統合する、または互いに近づいていくでしょう。どうすれば「ソーシャルキャリア」の経験をビジネスで活かし、自分の会社からの評価を上げ、社会課題を解決できるか。あらゆる面からのチャレンジが可能です。
また、異なるセクター協働が進んでいるいま、お互い実現したいことを明確にさえできれば、取引コストを下げながら、スピーディにインパクトある活動ができると思っています。「越境マインド」にあふれる皆さん、個々の「越境」活動を「ソーシャルキャリア」として戦略的にリフレーミングしてはいかがでしょうか。
「私の挑戦とエピソード」──マネックスグループ顧問 安永雄彦さん
安永さん ※以下敬称略 : 私は、東京生まれの東京育ちで、大学卒業後の就職先は三和銀行(現:三菱UFJ銀行)でした。銀行員として21年働き、2000年に独立。2015年までの15年間、エグゼクティブリサーチコンサルタントという、経営コンサルティングの仕事に従事していました。その後は、築地本願寺の代表役員宗務長(しゅうむちょう)を7年2ヵ月、また、2年間は京都本願寺(西本願寺)の代表役員執行長(しゅぎょうちょう)を担い、2023年8月末に退職して東京に帰ってきました。
安永雅彦さん(マネックスグループ顧問)
新卒入社した三和銀行の大阪の支店では、辛い修行の日々が続きました。最初の1年半は、連日、大手百貨店の売り上げを勘定する仕事を、その後の1年半は窓口業務を経験。3店舗目の支店では融資外国為替業務を担いました。
東京本店を希望していたものの、次はロンドン支店へ配属され、イギリス企業向けの営業を任せられました。「英語ができないのにいいんですか?」と支店長に聞くと、「それは君個人の問題だろう?個人で何とかしたまえ」と突き放されて。
厳しい目標も掲げられたので、自費でハイクラスの英語講師を雇い、毎週土曜日は朝から晩まで講師宅で勉強しました。半年でなんとか一人で営業に回れるようになり、4年目には英語も随分とネイティブに。あと2、3年で帰国しようと思っていたら、留学を命じられて、ケンブリッジ大学院に留学しました。
日本に帰国後は7年ほど銀行でお礼奉公をして、2000年に外資系会社に転職。4年後、日系企業に転職して、その後はその会社を事業承継して12年経営しました。経営者としての辛さ、悲しさも経験しました。
そんな私がなぜ僧侶の仕事に就いたのか。それは、充実した人生の後半を生きるために仏教を学ぶことにしたからです。コンサルタント時代に3年間、浄土真宗を学べる通信教育の学校(中央仏教学院通信教育課程)に通いました。学び終えると、大学の先輩に実家の副住職にとスカウトされて、僧侶の道を進むことに。そうすると、宗教界の人脈が広がってあっという間に浄土真宗本願寺派の常務委員(社外取締役)を任され、築地本願寺の代表役員も担い、いろんなことをやりました。
現在は、次のステージをどうつくっていくかを考えている最中です。自分自身は、新規事業作りや現状の変革が好きなんだな、現場で汗をかいているほうが性に合っているのだなと最近も感じているところです。
参加者からの質問「もし今20代だったら、何を大事にしたいですか?」
<参加者> : いま、ご自身が20代に戻ったとしたら、これからの時代を想定して、スキル以外に大事にしたいことはありますか?
小林さん : 仕事以外のコミュニティを持って、知識や興味関心の幅を意識して広げていくことです。なぜなら、以前、仕事のコミュニティだけで過ごす時間が長く、視点が固まりがちになって苦労した経験があるからです。
金田 : 途中から気づいたのですが、「今自分は大好きなことで頑張っている」と無理なく、自信を持って言える状態、っていいですよね。寝食を忘れて没頭できるし、自己投資にも納得感が得られます。専門性が高まり、それが仕事になれば収入もついてくる。大変だけれど、テイストが合い、意味のあることをやっていると思えると、一歩先に行ける感触が持てます。
安永 : 私の20代は、我慢を強いられた記憶があります。「目標を達成するまでは帰ってこなくてもいい」と言われるのも当たり前でした。でも、振り返ると、好きなこともできない理不尽な世界で5年ほど下積みをしながら学んだことが、その後に活かされていたんです。ゼロベースから何かを創り出すことでも、何をどうすればいいか身体が覚えている。たとえ苦手だなと思う仕事でも、5年ほど続ければ壁を突破できるし、その経験は何にでも応用できると思います。
<参加者> : とはいえ、周りの環境の影響もあると思います。自分の意志では決められないことを受け入れなければならない、そんな大事な局面はありましたか?
安永 : 昔は嫌いな人がたくさんいました。でもあるとき気付いたんです。世の中には絶対的に好きな人、嫌いな人はいなくて、自分がそう解釈しているのだと。だったら自分の見方を変えればいろんなことが前向きになると思い、それからは嫌いな人が随分と減りました。どんなに嫌いだと思う人でも、良い面を見て言葉にすれば人間関係が劇的に変わったという経験をしています。
金田 : 転職にはライフスタイルの変化や経済的な問題も伴うので、家族の理解が大切です。また、私はソニーに2回入社しているのですが、辞める会社と良い関係を維持することも大切です。2度目の入社の際には、人事部から「5年間、社外研修を受けてきてくれてありがとう」と感謝されました。さすがソニー、大好きです。
小林 : 「ローカル共創イニシアティブ」の仕組みを作った後、新しい事業を生み出していかなければいけないときに、社内で何度も承認の壁を超える必要がありました。日本郵政グループにはたくさんの社員がいて、プロジェクトの認知度もとてもすごく低いのでプロジェクトの説明が簡単にはいかない。
悩んだ時期もありましたが、あらゆる壁をポジティブに捉えて、折れずに何度も説明を繰り返していきました。そうすると、徐々に理解の重なりが生まれ、社内でも応援してくれる方が増えるようになりました。こうした経験から、たいていのことは自分の受け取り方次第なんだと学びました。「これでもうダメだ」となるか「ピンチはチャンスだ」となるのか。自分次第で結果が大きく違ってくると経験から学びました。
撮影 : マネックスグループ株式会社 江本志織
今記事のようなゲストトークにも参加可能な「たすき掛けプロジェクト」は、これから各地で展開されていく予定です。ご関心ある企業の方はこちらをご覧ください。
https://andbeyondcompany.com/project/243/
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