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行政の役割は転ばぬ先の杖と、失敗したときの尻ぬぐい。ハレーションを恐れるな。島根県雲南市役所のケース

2020.07.13 

あらゆる局面に深刻な影響を及ぼす一方で、新しい働き方や価値観をもたらすきっかけともなっている新型コロナウイルス。刻一刻と状況が変化する中で、先進的な自治体はどのようにコロナ禍と向き合い、アクションを起こしていたのでしょうか。本連載では、意外と知ることの少ない、最前線で働く自治体職員の方々の「あたまのなか」に迫ります。

 

第1弾は、「withコロナ社会」を見据えた提案をいち早くまとめて発信したことで、他の先進的自治体からも一目置かれる、島根県雲南市の「あたまのなか」をご紹介します。雲南市役所政策企画部の、佐藤満マネージャーと鳥谷健二課長にお話を伺いました。

 

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佐藤満(さとう・みつる)/雲南市役所 政策企画部 ソーシャルチャレンジマネージャー

2004年11月に6町村が合併し、雲南市が誕生。合併前の協議会事務局から政策企画部政策推進課長などを経て、2014年4月より政策企画部長に就任。2020年4月より現職。地域自主組織(小規模多機能自治)の仕組みづくりから携わり、現在も新たな自治制度を模索中。人材育成を中心とする「子ども×若者×大人×企業チャレンジ」によるソーシャルチャレンジバレー構想を推進。日本の高齢化の25年先を行く「課題先進地」から「課題解決先進地」となるための取組みを、市民、NPO法人、まちづくり応援団、企業の皆様と失敗の数を競い合いながら活動中。

鳥谷写真鳥谷健二(とや・けんじ)/雲南市役所 政策企画部 政策推進課長

雲南市合併後、地域づくりや定住対策などの業務に携わった後、2013年4月に政策推進課へ異動。佐藤部長(現マネージャー)の下で、地方創生担当として総合戦略の推進のほか、若者や企業等によるソーシャルチャレンジを推進。2020年4月より現職。

 

市民のチャレンジを最大限に応援するまち・雲南市

――まず、佐藤さんが推進している「雲南ソーシャルチャレンジバレー構想」について教えてください。

 

佐藤:実は島根は「過疎」という言葉の発祥地でもあるんです。私は旧大東町の職員として1982年に採用されたのですが、過疎や財政の問題が取り沙汰されていたこともあり、1986年頃から市民との協働を打ち出し始めました。それを合併後の雲南市にも引き継いだような形です。現在雲南市の高齢化率は39%を超え、全国平均の25年先を行くと言われています。子ども・若者・大人がそれぞれのステージでチャレンジの連鎖を生み、こういった状況を打開していこうというのが、「雲南ソーシャルチャレンジバレー構想」です。

 

ベースは、市が10年以上の年月をかけて作り上げてきた地域自主組織による課題解決型の住民自治(大人チャレンジ)。「コミュニティナース」を生み出す母体となった「幸雲南塾」という人材育成プログラムは若者チャレンジの核であり、子どもチャレンジでは地域やNPO等と協働したキャリア教育やふるさと学習を通じて“生き抜く力”を育みます。

 

更に社会課題の解決を目指す企業との連携を促す「企業チャレンジ」が加わった他、昨年4月には、「雲南チャレンジ推進条例」まで施行されました。

 

――「市民のチャレンジを行政が応援する」という姿勢を明確にしているのが雲南市なんですね。そこへコロナショックが来たわけですが、雲南市ではどのような影響があったのでしょうか?

 

鳥谷:雲南市では2020年6月現在も感染者が出ていないということもあり、分散勤務等の案は出たものの、環境整備に費用もかかるため、一部のライフラインを担う部署を除いて実践はされませんでした。イベントや、企業チャレンジを始め都市部から人を呼ぶような事業等、ストップしてしまったものも多々あります。

 

10万円の特別定額給付金については、いち早く市民の皆さんの手元に届くように、職員の兼務辞令を発令して5月19日には給付が始まりました。一方で収入が激減した飲食店や休校・休園により子どもの預け先がなく困っている子育て世代への支援にすぐに動き出せなかったという反省もあります。感染症対策の経験値がなく、一気に止めてしまうということしかできなかった。それではだめだから変えていこうという動きも出てきたので、第2波に向けて対策していく必要があると思っています。

 

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NPO法人カタリバによる、緊急子どもの居場所支援の様子

 

コロナショック下でもチャレンジを止めない雲南市民

佐藤:そういう中でも、民生委員の方やNPOがいち早く子どもを預かってくれたり、 「てごすーよ山陰」という飲食店を応援するクラウドファンディングがあっという間に立ち上がったり、うんなんコミュニティ財団が子育て世代を対象にアンケート調査を実施したり……市民の人達は自分達で考えながら新型コロナへの対応を始めていた。地域に必要なことを住民自身で楽しく実践していこうという考えで活動している地域自主組織では、zoom等ITツールの活用が始まっています。地域のおじさん達の方が市役所より進んでいる(笑)

 

行政だけではどうしても行き届かないケースが出てきてしまうのですが、市民のみなさんは1人も取り残さないぞという気合で臨んでいくんですね。実際にできることはごく限られていたとしても、その姿勢を見ると公務員としてやることがまだあるぞ、という思いになりました。それからもうひとつ、withコロナ社会は3密がない地方の時代が来ると思っています。雲南市のこれからの地域づくりに考慮しなければならないことです。

 

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「てごすーよ山陰」を立ち上げた韓国出身のそん・さんひょんさん(写真左)

 

――そういった思いからまとめられたのが、「『withコロナ社会』における地方創生の取組について」という資料だったのでしょうか。withコロナ社会がどのようなものになっていくかの展望、コロナ禍の中いち早く行動を起こした雲南市民の事例、それを踏まえて雲南市がこれからどのような取組に挑戦していきたいのかが、先進的な見地からわかりやすくまとめられていて、いい意味で行政っぽくない、これからの時代に希望をもてるような資料だと感じました。

 

佐藤:行政として初動が遅れたという後悔があったので、4月に入ってすぐにまとめ始めました。新しい価値創造・開発の場として雲南市とつながりたいという企業が、「企業チャレンジ」をスタートした昨年度だけで30数社以上足を運んでくださったので、そういった企業の方々を始め、200~300人に事務局としてメールでお送りしたものです。このような状況の中で「同じ志でがんばりましょう」と返していただいた企業さんとの縁は特に大事にしていきたいと思っています。

 

鳥谷:今までの「ソーシャルチャレンジバレー構想」もそういう思いでやってきたので、 提案の内容は普段から佐藤さんが言っていることだなと感じました。

 

佐藤:提案をまとめるにあたって改めて民間の方々と議論をしたわけではないですが、普段からいろいろな話をしているので、そんなに話さなくても自然と民間目線を盛り込めたように思います。市役所の部長達も、給付金を飲食店の買い支えに使う等、地域への思いは強い。この提案をもとに、庁内に正式なチームが設置され、議論がまとまりました。チームの中には若手の職員もいますが、今回のような困難は必ずまた来るので、この経験を次に活かしてほしいですね。

 

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ヤマハ発動機と協働した低速モビリティの実証事業の様子

 

市民と行政が「おせっかい」し合うことで協働が加速する

――市民と行政との協働を積み重ねてきた土台が、有事の際のしなやかな対応を生んでいるように感じました。市民側からの動きを加速させていくために、行政として必要なことは何でしょうか。

 

佐藤:行政の役割は、転ばぬ先の杖と失敗したときの尻拭いだと思っています。今回のコロナショックでも民間から様々な動きが立ち上がりましたが、何しろ急ごしらえなので、色々なところとぶつかり合う。行政の職員が頭を下げるような場面もあります。そういう「おせっかい」が必要です。

 

どの分野でも言えることですが、例えば福祉系の取組で、法整備が進んでいて既存の枠組みもあるところに、新たな動きが横から入ってくると必ずハレーションが起こる。そのへんを覚悟しておかないといけない。ハレーションが起きたときに、職員がどうするかです。自分達でなんとかしてくださいとつっぱねるのか、寄り添うのか。寄り添った結果、「今回は負けておけ」とアドバイスするようなこともあると思います。

 

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コロナ禍の中でも高齢者への見回りを続けるコミュニティナース

 

鳥谷:雲南市では、市民の間にもコミュニティナースのように「元気になるおせっかい」の輪を広げていこうと、「地域おせっかい会議」という事業を行っています。医療関係者に限らず、郵便局・理髪店・スナックのママ等も巻き込んで、地域に暮らす人達の健康と安心に目配りできる「おせっかい」な人達を増やしていこうという取組です。民生委員や地域自主組織も高齢化が進む中、新たな担い手として期待されています。

 

今回のコロナショックを通じて、市役所の業務をスリム化し、緊急時に機能的に動くチームを作って柔軟に対応していく必要があるという声が上がりました。職員が必要なところに注力するために、意識的に既存の業務をスクラップしていこうという議論も起こっています。

 

佐藤:コロナショックで、「やめます」という決断を理解してもらいやすい状況が生まれている。やらなかった結果どうだったかの評価は必要ですが、「試しにやめてみる」ということをやりやすいので、ある意味チャンスかもしれませんね。

 

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「おせっかい」が行き場のない子どもを預かるという動きにもつながった

 

――最後に、「withコロナ社会」に向けた意気込みをお願いします。

 

佐藤:これからは「地域おせっかい会議」で出てくるような市民のアイディアを、本当に政策として形にするところまで伴走していきたい。それができれば、議員のなり手も増えていくと思います。市民の言ったことが本当に政策になったかをチェックしていくような議会があるといいですね。

 

元々あった制度や枠組みを越えるような動きをしようとすると、必ずハレーションは起きる。だからやらないのではなく、間に立って関係者の調整をするのが我々行政の役割だと思っています。実績はなくても、あれをやりたい、これをやりたいという夢をもって動き始めている市民の人達は、どの町にもいるはずです。市民のみなさんの方が行政よりも先を行っていますよ。我々は後をついていっているだけ。制度に縛られずリアルな現場から組み立てられる市民活動は貴重です。市民が誰も望んでいないような仕事を行政はできませんから。必要なニーズに対して協働していくことです。

 

――佐藤さん、鳥谷さん、ありがとうございました!

 


 

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茨木いずみ

宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。 その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。