コロナ禍のいま、デザイナーやアーティストなどのクリエイターに、ワークライフスタイルを拡張するサードプレイスとして注目されている宮城県石巻市。この秋、復興支援を通して震災後より同市と深い関係性を築いてきたオフィス家具メーカーHerman miller Japan(ハーマンミラージャパン) 代表取締役 松崎勉さん、大手企業や有名芸能事務所などのオフィスデザインを手がけるDada株式会社 Creative Director 野村大輔さん、石巻を拠点に活躍する合同会社巻組 代表社員 渡邊享子さんがタッグを組み、石巻を舞台にテレワークの実験をスタートさせました。
自治体の取り組みに対する企業のアイディア・リソース募集により新たな協業を生み出す「ローカルベンチャーサミット2020」が、今月末10/27(火)〜10/31(土)に開催されます。ここでは、上記のような石巻市の実験をベースに、Quality of Life & Workを求めて働く人、送り出し側の企業、さらには受け入れ地域の三者間の相乗効果がどのように実現できるかを探り、他の地方への展開の可能性を見出す分科会が開催されます。
今回、どのような経緯でこの3者による実験がスタートしたのか、具体的に今どのような取り組みから始まっており、どのような未来を描いているのか、野村大輔さん、渡邊享子さんにお話を伺いました!
松崎 勉 (ハーマンミラージャパン株式会社代表取締役社長 兼アジア太平洋中東アフリカ地域リテール統括責任者)
宮崎県生まれ。ハーマンミラージャパンの代表に就任する以前は東京とサンフランシスコで、経営コンサルティング、ITベンチャーの経営・起業などに関わる。2007年の代表就任以来、日韓の事業全般及びアジア太平洋地域と中心としたリテール事業の統括を兼任。一方で、For a better worldというハーマンミラー社の価値を伝えるべく、通常業務の合間を縫って石巻工房でプロボノワークに没頭。将来の夢は充実したワーク&ライフスタイルを実証して次の世代に伝えること。
野村大輔 (dada株式会社 Creative Director / CEO)
1975年東京生まれ。ゼネコン、設計事務所、メーカー、デザイン事務所を経て、2019年dada㈱を設立する。㈱ジャニーズ事務所、㈱電通、㈱オールアバウト等多数のオフィスデザインを手掛ける。その企業の持つ空気感、居心地の良さを大切にした環境創りを構築する。デザインワークを主軸にディレクションからCMまでを担い、クリエイティブな造り手達とプロジェクトを築き上げる。オフィスの意味を問われなおしている今、ワークスタイリングより、豊かなライフスタイルに取り組む。
渡邊享子(合同会社巻組 代表社員)
1987年埼玉県出身。東京工業大学大学院在学中に東日本大震災が発生。研究室の仲間と共に石巻市へ。石巻にボランティアで通い続けるうちに移住。約22,000戸が全壊家屋となった同市にて、廃屋に近い資産価値の低い空き家を運用して、移住してクリエティブな事業を始める人々の支援を始める。2015年合同会社巻組設立。2016年COMICHI石巻のプロジェクトマネジメントを通して日本都市計画学会計画設計賞受賞。その後、2017-2019年 東北芸術工科大学専任講師として勤務。2019年第7回日本政策投資銀行女性新ビジネスプランコンペティションで「女性起業家大賞」を受賞。
ライフスタイルが豊かになるテレワークを、クリエイターのまち石巻で実験
――プロジェクトが始まった経緯について教えてください。
野村大輔さん(以下、野村):震災直後から石巻の復興支援を続けている家具メーカー・ハーマンミラー(復興支援詳細はこちらから)の日本支社代表取締役社長の松崎さんとは、普段から意見交換する仲なんですよ。このコロナ禍以前にも、2人で今後の働き方はどうなっていくのかという話をしていて、これからはライフスタイルをより大切にする時代になっていくだろう、日本人のライフスタイルがもっと豊かになるべきだという話をしていたんです。
僕の本業は、人々の生活時間を一番拘束しているとも言えるオフィスのデザインなのですが、まずはそのオフィスの滞在時間を減らしていかなくてはと考えていて。例えば会社に行くための準備・往復移動時間は平均3時間ほど。その時間をテレワークにすることで確保して、ライフスタイルの質を上げていけたらいいのではと思ったんですね。オフィス外で働くことによる生産性の課題はあるのですが、クリエイティブワークをされている方もオペレーションワークをされている方も、オフィスに行かなくても仕事はできるということが、僕がこの仕事を通して実感していることでもありました。ただそんな考えを2人で話していても、テレワークはなかなか推奨される世情ではなかったんです。
――このコロナ禍で、状況が一変しましたね。
野村:2020年のオリンピックから東京で緩やかにテレワークが導入され、準備期間を経てその後本格的に導入されていくという未来はこちらも推測していたわけですが、今回はいきなり始まった状況だったので、当然自宅に何の準備もされておらず困惑された方が多かったのではないかと思います。僕らもこれまでオフィスの中だけをデザインしてきましたが、むしろオフィス外で働くことが求められる変化の中で、いわゆるテレワークの環境はどのようなものがいいのか度々意見交換するようになりました。
その中で出てきたのは、やっぱりテレワークの環境は人それぞれだよねということです。我々が「これがいい」というものを押して、平均値でデザインするのではないなと。20代の独身男性、30代で未就学児の子育て中の夫婦が求める環境は全然違いますよね。であれば、オープンコンペという形で逆に世の中にアイディアを募ってみてもいいのではと考えたんです。そうしたら松崎さんが「僕、思い当たる人がいるので話してみますね」と言ってくださって、今回石巻を舞台に巻組さんとの協働が決まりました。
最初は石巻の一施設を舞台に、コンペで大賞をとったプランをもとにリノベーションしようと考えていたのですが、実際に初めて石巻を訪ねてみたら、まち全体にクリエイターが多くもっと包括的に実験する可能性を感じました。そこから、ワーケーションの視点も絡めながらテレワークを作り上げてみたら面白いんじゃないかと思うようになり、石巻全体での取り組みにしていこうと方向性が定まったんです。
オフィスだけを用意するような“点”の設計では成立しない。大切なのは体験をつなぎ合わせるデザイン
――具体的には、現時点でどのような取り組みが進んでいますか?
野村:僕も今回で2度目の石巻で、色んな人とお会いさせていただきながらまちの特性を探っている段階です。また、今回は東京から知人のデザイナーやフローリストにも同行してもらっていて、彼らがこのまちに実際どのような印象を受けるのか、知ることができたらと思っています。
今回の実験は、いわゆるテレワークという言葉でも語ってはいますが、オフィスだけ準備するような“点”だけでの設計では成り立たないと思っていて、人の働き方であったり、東京の風土とこのまちの関係性、石巻に何を求めて都市部から人が訪れるのか、逆に石巻の人が訪問者に何を求めて何を提供していくのか、それらを明らかにしながら各種体験間の複雑な繋ぎ合わせを設計していかないといけないなと感じています。
東京から一緒にきてもらったメンバーらと、石巻の食材を囲んで
今朝、蛤浜で漁に同行したそう
――これまでの訪問で野村さんが感じられた、石巻の魅力を教えてください。
野村:今日は石巻の牡鹿半島にある蛤浜(はまぐりはま)に来ているのですが、この土地は震災前10世帯弱だった小さな集落で、震災後はわずか4戸、2世帯5人にまで人口が減ってしまったそうです。そんな中、住民のお1人が被災した実家をリノベーションしてオープンしたカフェ「はまぐり堂」が話題になり、さらにマリンアクティビティーや林業、狩猟、漁業の6次産業化に取り組んだ結果、年間約15,000人もが訪れる土地になったそうです。僕らもその「はまぐり堂」で、この取材を受けています(※この日の取材はオンライン)。
ここは非常にロケーションが素晴らしくて、今朝は漁に同行させていただきましたし、不思議とエネルギーがもらえる場所です。漁の後にはWi-fi環境のあるカフェで仕事もできますし、東京の企業とのオンライン打ち合わせもできます。
あとは、今一番感じているのが石巻にいる人の良さですね。とても好意的に迎え入れていただいて、まだ2度目の訪問なのに「ただいま」と言えるような、すでに5年くらい通ったような気持ちになれる場所です。これはとても大事なことで、いわゆるテレワークで人との付き合いが希薄になり、人々の中に孤独感や憂鬱感が生まれている中で、テレワークでも人と繋がれることが大切だと思うんです。
今回野村さんと一緒に東京から訪れたメンバーで、カフェ「はまぐり堂」を始めた亀山貴一さんらを囲んで
基準は「人を豊かにする」かどうか。個人の自律性を主眼に置いたプロジェクト
――これから、例えばこの石巻での実験が一つのケースになって、他自治体にも広がっていくイメージを持ちます。
野村:そうですね、今後のオフィスのあり方というところに繋がってくると思っているのですが、僕はこれまで20年間小さな企業から大企業までオフィスをデザインさせていただいて、オフィスの限界を感じる一方、どこに軸を置いて変化していけばいいのか見極めが非常に難しいと思っていたんです。それがコロナ禍になり、働く場としてのオフィスはなくならないと思うのですが、例えば自宅から自転車で移動できる距離の地域オフィスが生まれたり、さらにワーケーションに分類されるような遠方を訪ねて働く形、リゾートホテルをオフィスにして働くなど、それぞれ特色が生まれてくるだろうと感じています。
ただその中で、僕はデザインする側の人間なので気になることがあって。例えば丸の内のオフィスの人員3分の1を、単純に横浜にサテライトオフィスを作って移動させようというケースがあった場合、それは物理的な話であって人の成長や豊かさにまったく繋がらないと思ってしまうんですね。これからの“ニューノーマル”は、やはり人が豊かに生きていくという部分に対しての働きかけが重要になると思うんです。そして、人を豊かにする土地の力は、それぞれの自治体さんごとに違うものを持っていると思います。
さらに、本人が自分はこういう特色を持ったこの土地にこれを得るために行きたいと、企業人であったとしても自律的に場所を選べる形になることが理想です。全国的に選択肢も豊富にあり、今年は海がいい、いや山がいいと選べるようになったら……考えているだけで楽しくなってきますね。
――自治体と企業というよりは、個人のスタイルの拡張に主眼を置いた実験なのですね。
渡邊享子さん(以下、渡邊):そうですね。私たちは企業主導のワーケーションにも大きな価値があると考えているのですが、今回の取り組みでは、企業に向かって語りかけるというよりは、一人ひとりが個人として望む働き方を考えようよという視点で進めていきたいと思っています。これまでは働く場所はオフィスや自宅の周辺という空間的制約があったと思いますが、サードプレイスが地方にあったっていいですよね。これからはスタイルとして自分たちの居場所を拡張していくことができるといいと思っているんです。
地方だからこその余白がある部分、自然に近かったり、ソーシャルスタンスが保ちやすくある中で、色んな実験ができたらいいと思っていて。例えばまだアイディアベースですが、堤防などの公共空間や公園を使って皆で働いてみるといったワークスタイルを実験するマルシェを開いてみようという案も出ています。他にも、今まで観光向けに使っていた飲食店を滞在型でオフィス的に使ってみるですとか。
日常生活の一部にどう着地させられるか、模索していきたい
――コロナ禍において各自治体でワーケーションが推進されてきましたが、そこには何か感じられてきたことはありますか?
野村:ワーケーションの推進それ自体というよりは、Go To トラベル事業と同時期の動きに対して「旅行しながら働けるわけがない」という人々の捉え方も生まれてしまったということに対してですが、僕らはこの取り組みをとても大切に扱いたかったので、すでに流通している言葉の印象に流されたくないよね、どうしようかということは話し合ってきました。
渡邊:あとは、ガイドブック通りに観光するのはとても忙しいですよね。それに、よそ者向けの一回限りの体験をして帰ってもらうことは、地域にとっても観光客にとっても消耗するだけじゃないかと思っていて、ふらっとまるで自宅のように訪れて、中長期で滞在して、地元の人たちの生活に溶け込んでいくスタイルがもっと発信されるようになるといいと思うんです。地方に行こう、なんならついでに働こうといった商品モデルにならずに、地方など遠隔地との関わり方を変えたり、日常生活の一部としてどう着地させられるかを問題意識として持ちながら、日々メンバーで考え続けています。
野村:石巻には、世間でワーケーションという言葉が語られ始めた以前から、実はこれってワーケーションだったねと言える関わり方をされてきた方々が少なからずいらっしゃるなと感じています。それこそ巻組さんは、どう外的にPRされているかは別として、これまで語ってきたような雰囲気ととても近い活動をされていますよね。
――目指すは「日常の一部としてのワーケーション」ですね。
野村:そうですね。誰かに言われて行ってみたというよりも、自分で望んで訪れて、様々なことを体験して再訪したくなったであるとか、その後東京にいる必要性がないから移住を検討し始める人が生まれたらとてもハッピーで、ワーケーション人口がどれほど来たかという量的な測り方よりも、人がどれほど豊かになったかという部分で成果を測りたいねという話はしてます。
これまでオフィスに縛られ人口は東京一極集中になっていましたが、今後移動の自由がより生まれていく中で、働く人々が自らが動いて様々な土地の人たちとセッションしていくスタイルが生み出されていくといいと思っています。そうして活気に満ちた社員を見て、企業がそうしたスタイルを後押ししてくれる流れが生まれると嬉しいですね。テレワークやワーケーションを通して、幸せな人を増やしていけたらいいなと思っています。
――ありがとうございました!
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