人口減少と少子高齢化が進行するなか、自治体だけで医療や介護を負担することが難しくなり、住民が行政やNPO、企業と連携しながら地域課題の解決に関わる動きが全国で広がっています。このように、様々な主体が協働によって、地域での安心と豊かな暮らしを実現するときに、ポイントとなるのはどのようなことなのでしょうか。
ETIC.は日経ビジネススクールと共同で、「ローカルベンチャーラボ開校記念 事業構想オープンセミナー第2講 安心と豊かな暮らしの創造」を2月27日(月)に開催しました。
ゲストは、島根県雲南市を拠点に地域課題を解決する人材の育成や、市民による地域活動の支援をしているNPO法人おっちラボの矢田明子さん。さらに、兵庫県尼崎市の顧問(博報堂より出向)として、ソーシャルマーケティングやインナーブランディングの手法を活かした地域のブランディングに取り組む船木成記さんをナビゲーターとしてお招きし、「安心と豊かな暮らしの創造」のポイントや可能性を伺いました。
今回は、イベントで語られた内容の一部をご紹介します。
いま、地域で「協働」が求められる理由
船木:今や、税金だけでは行政サービスがまわらなくなってきています。人口が減るなかで税収が減り、行政を小さくする力もかかっている。でも一方で、自治体によっては、状況が違うけれども、行政は小さくなれないところまで、ダウンサイズしているところもある。
例えば、全国の自治体ではケースワーカー1人あたり80ケースほどを担当するのが平均です。しかしある地域では、1人が150ケースを担当していたりする。これは大変ですよね。どういうことかというと、行政が直接手を差し伸べられる先の絶対量には限界があるので、これ以上行政を小さくすると行政サービスが行き届かなくなってしまう地域もある。だからその対策として、住民や企業と行政とが協働し、サービスを提供する主体を増やし、そのサービス総量を増やすことが必要になってきているんです。
別の視点から話をすると、行政だけではありませんが、ヒト、モノ、カネなど、どんなリソースを活用するかという「インプット」、そのインプットの結果、どんな成果が出たのかという「アウトプット」ばかりに、目がいきがちですが、実はインプットとアウトプットの間にある「スループット」、つまり地域課題を解決するための協働力を引き出す働きが非常に大事。このスループットをデザインする過程がまさに、行政や住民、NPOや企業の協働なんです。尼崎市は全国に先駆けて地域社会全体の健康力を上げるプロジェクトに、産業界、経済界を巻き込みながら取り組んでいる背景には、そういったことがあります。
本日は、このような「協働」という観点から、島根県雲南市で協働を生み出している矢田さんの事例のお話を伺えればと思います。
“学習し合う関係”がセーフティネットになる
矢田:私が活動する島根県雲南市は、東京23区の広さに匹敵する中山間地域に4万人余りが住み、高齢化率は全国平均の25年先を行く地域課題先進地。これらの課題解決にチャレンジする若者の人材育成や地域活動を支援する中間支援組織として生まれたのが「おっちラボ」です。
具体的には、次世代育成事業である「幸雲南塾」の運営や、地域コミュニティとの連携事業などに取り組んでいます。
2011年に始まった「幸雲南塾」の事業は、2016年までに計78名の塾生を育成してきました。塾では、参加者がやりたいことである「マイプラン」の実践を繰り返すことで、地域課題を解決するスキルを身につけていきます。
また、昨年度の塾生の中からは訪問看護の事業が立ち上がりました。訪問看護というのは、病院で行っている治療をご自宅で行えるというものです。医療費も安く住みます。何より、住み慣れたお家で近しい関係の方と過ごすことが出来ます。雲南市では病院や診療所の連携が十分でなく、住民のなかにはケアが行き届いていない方もいました。だから、どうしたらより多くの方が医療・看護の専門家と出会い、ケアを受けることができるのかを考え、高齢者と専門家がすぐ出会えるような拠点を作ったり、訪問看護の体制を整えたりしました。拠点となる場では市民から名前を募集し「ほほ笑み」とつけました。そこでは、健康増進につながるような情報やノウハウを、看護師が地域の人に伝える機会を設けています。
同時に、看護師も地域の人からさまざまなことを教えてもらう。大事にしているのは、“与えるだけでなく、学習し合う関係”です。それは幸雲南塾の運営でも同じこと。塾生には、「医療」や「ものづくり」など、多様な専門性を持った人がいるのですが、そうした異なるバックグラウンドを持った塾生同士で、いかに学び合いを起こせるかを意識して塾をやっています。
このような、異なる分野の方の学び合いを意識している背景には、私が28歳の時に膵臓癌で父親を亡くしていることがあります。お父さんはあまり病院にかかることがなく、病気に気付くのが遅れてしまった。「もっと早く気付いていれば、お父さんは死ななかったかもしれない」という思いがあったんです。
私のお父さんは医師と話す機会はあまりなかったですが、飲食店の人、たとえばカフェの店員とは話す機会がありました。だからもし、カフェをやっている人が医療の分野について知識があったら、お父さんに早く気付かせてあげられたかもしれない。そんな思いがあったこともあり、分野や立場を超えて、さまざまな方が学び合うような仕組みにしています。
“べき論”だけでは協働は生まれない
船木:矢田さんは、病院や診療所、住民や行政など、さまざまな主体をつなぎ、協働をつくり出しているように思いますが、そのコツはあるのでしょうか。
矢田:“信頼貯金”がある人を巻き込むことは大事ですね。たとえば、以前住民の方が訪問看護のサービスを作ったものの、うまくいかず撤退してしまったことがありました。
なぜうまくいかなかったのかをヒアリングしたところ、訪問看護に対して医師からの理解を得るのが難しかったことと、住民の方にもあまり馴染みがないサービスであっため、サービスを利用してもらえなかったことがあることがわかってきました。
そのため、まず医師に対しては、地域で“信頼貯金”、つまり信頼の蓄積がある元首長の方をプロジェクトの事務局長に入ってもらい、関係性を調整してもらいました。言葉上の正しさより、これまで積み重ねてきた信頼が、地域で物事を進める上で大きいんです。
また、住民の方に対しては、住民自ら困難を乗り越えていこうとする雰囲気作りがとても大事です。そのためには事業についてだけでなく、目指すものを必ず共有すること。目指すものを丁寧に伝えて、「やってみよう」という気持ちになってもらわないと、プロジェクトは進みません。
たとえば、地域にいる物知りのおじいさんおばあさん、通称「ジジペディア」「ババペディア」の方と話すようにし、「あそこの家に、訪問看護が必要そうな人がいるよ」など、地域の情報を教えてもらうようにしました。さらに、訪問看護について公民館などで説明してまわることもしました。すると、口コミで少しずつ取り組みのことが広まり、理解を得ていくことができたんです。
船木:雰囲気作りが大事という話がありましたが、「こうするべきだ」という“べき論”だけでは、協働は生まれないんですね。地域で協働を生み出すためには、矢田さんがそうしてきたように、さまざまな主体の関係性を解きほぐし、つまり“因数分解”して、より良い関係性に組み替えていくことが必要なんです。地域に寄り添い、住民の問題を受け止め、関わるステークホルダーのコミットメントを、共感をもって引き出す。そんな丁寧なアプローチが求められると思います。
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