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東北の生産者は「被災者」ではなく「ヒーロー」。東の食の会 高橋大就さんに聞く、震災からの10年間

2021.03.01 

01トップの写真(高橋さんご提供)

 

東日本大震災から3か月後の2011年6月。「東の食に、日本のチカラを。東の食を、日本のチカラに。」をスローガンに掲げて「東の食の会」が誕生した。未曽有の危機から東日本の食を救おうと有志が集った団体だ。以来、東北の食の事業者のブランディング支援に加え、生産者のスキルアップや人材育成にも尽力。このプラットフォームから生まれた画期的なプロジェクトは数多い。さらに国内だけでなく、世界へ向けて日本の食の安全性と魅力を発信する努力も続ける。事務局代表の高橋大就氏に、10年間の活動を振り返り、今後のビジョンを語っていただいた。

 

高橋大就写真

高橋大就(たかはし・だいじゅ)

1975年生まれ。スタンフォード大学院卒。1999年に外務省に入省。在米国日本大使館で日米安全保障問題を、帰国後は日米通商問題を担当する。2008年に外務省を退職し、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社、農業分野を担当。2011年の東日本大震災直後から休職、NPOに参加し東北で支援活動に従事。2011年6月、一般社団法人「東の食の会」発足と共に事務局代表に就任。同年8月にマッキンゼー社を退職し、オイシックス・ラ・大地株式会社の海外事業部長に就任。現在は同社の海外事業担当執行役員、Oisix Hong Kong、Oisix Shanghaiの代表も務める。

03ロゴ

ヒーロー生産者たちのヒューマン・ストーリーが食の復興を実現する

 

――「東の食の会」10年間の活動と成果をあらためてお願いします。

 

大きく括ると4つのことをやってきました。販路づくり、ヒット商品づくり、ヒーローづくり、そしてコミュニティづくりです。

 

大震災直後、我々はまずマッチング・プラットフォームとしてスタートし、販路の回復に努めました。被災地域の生産者と全国の小売り・外食をつなげ、最初の5年間で150億円のマッチングを実現しました。そうした定量的な面だけでなく、マッチングの過程で様々な「分断」を一気に乗り越えられたことが大きな成果だと思っています。「食」の世界は伝統的に川上(生産者)から川下(小売)までバリューチェーンが長く、細分化されていて、業界相互にも壁がありました。大震災という災禍をきっかけとして、それらを全部乗り越えてつなぐことができた意義は大きいと思います。

 

しかし、新しい流通ができても既存の商品だけでは限界が見えてきます。そこで次に取り組んだのが新商品づくりです。代表的なのが、岩手県釜石市の事業者と開発した「Cava(サヴァ)?缶」(国産サバを使った洋風の缶詰)シリーズ。きちんと顧客視点のマーケティングとブランディングを行い、パッケージデザインもクリエイティブを尖らせました。第一弾を2013年9月に発売。1つ360円(税別)と鯖缶としては破格の価格設定でしたが、付加価値のある商品は必ず評価されます。2020年末までにシリーズ累計800万缶を突破するヒット商品となっています。

 

04サヴァ缶

サヴァ缶

 

こうした販路開拓、ヒット商品づくり、そのためのマーケティングやブランディングは、地元の事業者たちが自らできるようになってこそ、真の産業復興につながります。そこで、2013年から地域の一次・二次産業の生産者たちが集まって一緒に学ぶブートキャンプを開始しました。水産業の次世代リーダーを育成する「三陸フィッシャーマンズキャンプ」はその代表例です。福島県でも少し遅れて2016年から「ふくしまファーマーズ・キャンプ」を実施しています。

 

この取り組みの成果は、単なる参加者のスキルアップだけではありません。キャンプに集ったのは強い意志を持つリーダーたちばかりでした。あの壊滅的な状況のなかで、みな目先のことではなく50年先の未来を考えて行動していました。彼らのようなヒーロー生産者たちが、地域を越えてつながり、さまざまな新しいプロジェクトが生まれたことこそ大きな成果です。そんな彼らの姿とストーリーが発信されて、人々を魅了するようになるのです。

05フィッシャーマンズキャンプ

三陸フィッシャーマンズキャンプ(2014 年、宮城県気仙沼市)

 

意欲的な生産者同士の広域コミュニティが形成されたら、次は「食べる人」と直接つなぐコミュニティづくりです。水産業においては特に、生産者と消費者のダイレクトな接点は従来ほとんど存在しませんでしたが、前述のフィッシャーマンズキャンプから誕生した「フィッシャーマン・ジャパン」(2014年~)や「フィッシャーマンズ・リーグ」(2016年~)は、いずれも消費者と直につながり、三陸の漁業のファンづくりのほか、「SANRIKU」ブランドとして世界へ売り込む活動も行っています。福島県でも「チームふくしまプライド。」という名称で、食べる人と作る人のコミュニティづくりを展開中です。

 

フィッシャーマンズリーグ プロモーションビデオ

 

こうした一連の活動を10年間続けてきて、一定のインパクトは生み出せたと思っています。数字で見ても、たとえば被災3県の農産品の直売売上高や六次化農業の売上高は全国と比べて増加率が大きいことがわかるでしょう。

 

データ1

 

データ2

資料は高橋氏提供

必要なのは圧倒的にプラスのコミュニケーション。「安全」よりも「おいしい」

 

――10年間の前半と後半で課題の変化は?積み残した課題はどんなものですか?

 

震災後5年くらい経ったころから、新たな課題が見え始めました。被災地にだんだんと「日常」が戻り、以前と同じ地域の共同体が復活してくるにつれ、それまで先頭に立ってきた(上述のような)リーダーたちを引きずり下ろしにかかる力が働き始めたのです。また、復興関連予算が減少する中、この数年は資金的にも悩み苦労してきたリーダーは少なくありません。そこで、彼らを支えるプラットフォームとして2017年に立ち上げたのが「東北リーダーズ・カンファレンス」です(前身は2014年から3年間、復興庁の助成で実施された「東の食の実行会議」)。

 

また、大災害直後の復旧時期が過ぎると、人々はどこを向いて進めばよいか目標を見失いがちです。世界を見ても、たとえば2005年のハリケーン・カトリーナで壊滅的被害となったニューオーリンズは、約5年後に目指す姿を「起業家のまち」へと再定義しました。リーダーズ・カンファレンスではこうした事例も共有しながら、リーダーたちがネガティブな引力や環境に負けず、次のビジョンを描けるように支援してきています。

 

06東北LC2019

東北リーダーズ・カンファレンス(2019年2月、福島県いわき市・富岡町)

 

やり残したと感じる課題は、やはり福島県浜通り地方(特に旧・現避難区域を抱える12市町村)の復興と、世界から見た「FUKUSHIMA」のイメージの回復ですね。「東の食の会」としても、今後ここに集中してやっていくし、個人的にももっと浜通りにコミットしていくつもりです。

 

前述のとおり、福島県では2016年から生産者の育成・スキルアップの場としてファーマーズ・キャンプを実施してきました。その経験で言えば、会津・中通り地方の農業は定量的にもいい状態になってきているので、その勢いを次は浜通りへと敷衍していきたい。既に、会津と中通りの農業者がリードして、浜通りの南相馬でホップを育ててビールを作り、南相馬の名産品にしようというプロジェクトなどが進行しています。

 

07チームふくしまプライド。結成発表会

「チームふくしまプライド。」結成発表会(2016年9月)

 

ただ、浜通りといえばやはり水産業。これから最も厳しいと考えられるのも水産業です。そこで今年は、ファーマーズ&フィッシャーマンズ・キャンプとして実施しているところです。

 

――いっぽうで「福島県産食品の購入をためらう」人がまだ10%ほどいます(消費者庁調査2020年3月)

 

その10%の方々を説得しようとするよりも大事なことがあると思っています。私は震災直後、まだコンサルティング会社にいたとき、いち早く東北の食に対する消費者の感度分析をしました。当時は、「忌避する」「応援したい」「ファクトベースで合理的に判断する」「安ければなんでもいい」の4つがほぼ同数、25%ずつで、この比率は数年間ほぼ変わりませんでした。

 

メッセージを届けるべきは当然「応援」セグメントですが、もっと大事なのは「合理」セグメントです。その2つを取り込めばマーケットの半分になります。もともとすべての人が求める商品などなく、それ以上のエネルギーを使って1/4の「忌避」セグメントの方々を説得しようとする必要はないと、当時から訴えてきました。

 

「合理」セグメントに働きかける際に重要なのは、圧倒的にプラスのコミュニケーションをすることです。もちろん安全性の科学的根拠を示すのも重要ですが、それはマイナスをゼロに戻すだけ。人はそれでよだれは出ません。必要なのは「検査をクリアしているから安全です」ではなく、「圧倒的においしい!」というプラスのコミュニケーションです。それをいちばん効果的に伝えるにはやはり、生産者の熱い思いに消費者が直接触れること。結局、最後は「人」なのです。それを行動で証明しようと私たちは10年間やってきました。

 

やってきて思うのは、結局ポジティブなものしか広がらないということ。みんなワクワクを求めているんです。徹底的に楽しんでいる姿を発信し、行動や結果で見せることが世を変えます。表現の仕方が分からない生産者には、そのスキルも伝えてきました。もちろん一夜で変わるものなどありません。地道に続ける中で、福島でもヒーロー生産者たちが生まれ、人々を魅了し、科学だけでは乗り越えられないものを乗り越えてきたことは、歴史的なことだと思っています。

いま、ローカルこそグローバルとつながっている

 

――海外でのFUKUSHIMAのネガティブイメージ払しょくについては?

 

2019年8月から「東北グローバル・チャレンジ(TGC)」というプロジェクトが始まっています。東北の食の販路開拓・商品づくり・ファンづくりを海外でもやっていくためで、その中ではFukushimaの名前をきちんと出しています。ここでも重要なのは「人」です。モノの輸出は既にみんなやっていますが、大事なのは文化やストーリーを輸出すること。だから、ヒーロー生産者たちと一緒に海外に出かけ、現地の人たちに直接引き合わせます。これまでTGCとしてはバンコクの催事出展で主に海産物を販売し、パリでは試食商談会を実施しました。そこで、生産者たちを被災者(victim)ではなくヒーロー(hero)だと紹介すると非常に評価が良かった。提供した食材が最高においしいのはもちろん、大震災の被災地にこんなにかっこいい生産者がいることを、海外の人は知る機会がないからなんですね。

 

08グロチャレ@パリ

パリでの試食商談会の様子(2019年11月)

 

09グロチャレ@バンコク

バンコクの催事「Japan Premium」での海産物販売の様子(2019年11~12月)

 

残念ながらコロナ禍で2020年春以降の現地商談会はすべて中止していますが、オンラインでは続ける予定です。ターゲットは当面、バンコクとパリに絞っています。現実的な販路としては、(福島産食品の)輸入規制が解除されてニーズも市場規模もあるバンコクがメイン。パリはHACCP(ハサップ:衛生管理手法)対応や関税等の問題で大量に輸出するのは難しい状況ですが、やはり「食の都パリ」で東北ブランドをつくることの意味は大きいものがあります。パリジャンたちが福島の食と酒を楽しんでいる様子は、世界にはもちろん、逆に日本の市場にも多大なインパクトを与えますから。

 

――ご自身の10年間の変化と今後のビジョンを。

 

外務省やコンサルティングファーム時代の私は、ナショナルあるいはグローバルな視点しか持っておらず、ローカルにはまったく関心がありませんでした。それが東北に関わるようになってから180度変わり、いまは地方の方が圧倒的に面白いと感じます。そこで起きていることこそ世界の潮流とシンクロしているからです。

 

いま、どの国でもナショナルな(国家としての)ストーリーが人々の共感を得にくくなって、関心はローカルに立ち戻っています。分散化の流れは不可逆的で、地方への権限移譲も必然でしょう。米国ポートランドやシアトル、北欧はもちろん、アジアの都市でも人々の価値観は同期し始めていて、たとえば香港ではプラスチックの過剰包装にクレームが殺到したりする。その中ではむしろ東京が異質です。

 

いくつかキーワードを挙げれば、サステナビリティ。多様性。包摂性。当事者性。エネルギー自治。物質的豊かさから精神的豊かさへの価値観の変化。そして自立した市民による主体的なまちづくり。それはまさに地方で、そして東北の被災地で起きつつあることで、これから私がやりたいのは、その「まちづくり」です。

 

そこでは、住民が自らの手に「パブリック」を取り戻すことが大切だと考えています。公共政策は行政から降りてくるものという考えをやめ、住民と行政が一緒になって良い政策、良い制度をつくる。自分たちが住みたい社会を自分たちでつくる。これからの時代は、「自分たちの地域からどれだけワクワクすることを生み出せるか」の競争になるでしょう。

■取材を終えて

 

ヒーロー生産者たちのストーリーを丁寧に、地道に伝えていくのはすばらしい。が、いくらその内容が圧倒的にポジティブでも、圧倒的に数が少なければマクロの変化にはなかなかつながらない(実際、全体数字だけを見れば、被災3県の一次産品には出荷量や価格が震災前の水準に戻っていない品目も多い)。そもそも東北の全生産者が「ヒーロー」になれるのか。福島では、「風評」と一括りにして思考停止してしまったケースもあるのではないか――。敢えてそんなひねくれた質問を向けてみると、高橋氏は淡々と言った。

 

「そんなことを言っていてもしょうがない。やってみせるだけだ」

 

そうなのだ。「復興したかどうか」をマクロの数字で語ること自体、震災後の「東北」を生きてきた人々にとって、おそらくほとんど意味はない。復興した・していない、福島は安全だ・安全でない。数字の議論には出口がない。彼らにとって復興とは個人のこころの問題だ。高橋氏の言う「ヒーロー生産者」たちはまさに、それぞれのやり方で自分のこころの復興を成し遂げた人たちなのだと思う。

 

「二項対立を乗り越え、全て飲み込んだうえでポジティブなメッセージを発信するのが大切。発信すれば叩かれるかもしれない。それでも続ける。それが結果的に世の中を変えていく」

 

高橋氏の言葉から感じるものは「覚悟」だ。悲壮感漂う覚悟ではなく、まさに圧倒的にポジティブな覚悟。震災から“10年”というのもただの数字に過ぎない。東北の課題と苦悩、そして夢と挑戦はこれからも続く。「東の食の会」の活動、そして個人としても全面的に福島県浜通りにコミットするという高橋氏の動きに、引き続き注目したい。

 


 

高橋大就さんは、3月10日(水)にNPO法人ETIC.と、ジャパン・ソサエティーの共催にて行うオンラインシンポジウム「東日本大震災10年  日米シンポジウム:レジリエンスと復興」に登壇します。

東日本大震災10年を迎える東北、ハリケーンカトリーナの水害から15年を迎えたアメリカ・ニューオーリンズ、そしてコロナ禍の今。大災害やパンデミックに対するレジリエンスについて東北と日米両国の実践者や専門家が集まり意見交換をします。詳細はこちらをご覧ください。

 

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中川 雅美(良文工房)

福島市を拠点とするフリーのライター/コピーライター/広報アドバイザー/翻訳者。神奈川県出身。外資系企業で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わった後、2014~2017年、復興庁派遣職員として福島県浪江町役場にて広報支援。2017年4月よりフリーランス。企業などのオウンドメディア向けテキストコミュニケーションを中心に、「伝わる文章づくり」を追求。 ▷サイト「良文工房」https://ryobunkobo.com

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