設立20周年を迎えたNPOカタリバが、NPO法人ETIC.(エティック)とともに、子どもたちの居場所づくりに取り組む個人、団体を支援する「ユースセンター起業塾」をスタートします。
カタリバは10代の居場所作りや、被災地での教育支援、探究的な学びの仕組みづくりなどに取り組んできました。子どもたちを直接支援するだけでなく、支援者を支援することに乗り出すのはなぜか。そして今、なぜ地方にユースワーカーが必要なのか。キックオフイベントの話から探っていきます。
中高生の居場所のあり方を探ってきた、カタリバの20年
「とにかく、沢山なければいけないんです」。カタリバ代表の今村久美さんは、イベントの中で何度かこの言葉を口にしました。大学生の頃、この国には小さな子どものための児童館はあるけれど、10代の子どもが学校の外と繋がる場所がないことに気づいたという今村さん。
「私は岐阜の田舎で育ちました。中高生ならではの閉じたコミュニティの中で、息苦しい思いをしたまま、本来あるべき可能性をもがれてしまっている友人もいると感じていました。大学生になる前に、自分の見えているコミュニティの外側には、ワクワクする世界が広がっていることを知っていたら、もっと前向きになれる子がたくさんいるんじゃないかと思うんです。地域の同調圧力に苦しまなくたっていい。世界は広い。それで、10代のための仕事をしようと決めたのが20年前です」。
学校にキャリア教育の授業を届けることから始まったカタリバは、2011年、東日本大震災を機に代表自ら東北に移住し、被災地の子どもたちのために学習の場を作りました。また、2015年には文京区の要請に応え、中高生のための児童館とも言えるb-lab(ビーラボ)をオープン。現在では、岩手県大槌町、宮城県女川町、福島県双葉郡、島根県雲南市などで子どもたちのための拠点を運営しています。また、コロナ禍を契機に、全国にオンラインのプログラムも提供するようにもなりました。
「高校のコーディネーターとして、学校の中に学校の先生以外の大人がウロウロする場所を作ったり、行政と一緒になって、学校に行きたくなくなった時、出席も認められる教育支援センターを運営したりしています。不登校支援プログラムには10代になる前の子も参加していますが、主に中高生の居場所のオルタナティブなあり方を探る20年でした」。
これからも、支援のしかたは増やしていきたい。でも、組織の仲間たちとは「今どうなの?」とプライベートも含めて話ができて、サポートしあえる関係が理想という今村さんは「私の能力では、カタリバとして看板を掲げる拠点は10箇所ぐらいが限界だと思っています。でも、子どもたちのための場所は例えば1000箇所、小さいのも大きいのも、もっとあってもいい。同じような志を持つ仲間と繋がりあっていきたい」と言います。
「子どもたちを支援する団体が、できては解散していく様子も見てきました。私たちは、いろんな人に支えてもらいながら、ここまでやってくることができた。これからも学校や公的機関と連携しながら、オルタナティブを作る道を探っていきたい。次の10年は全国で、その地域ならではの10代の居場所を作る人を応援し、これから作りたい人たちにもカタリバの知見を使ってもらいたい」。その思いから生まれたのがユースセンター起業塾です。
イベントには今村さんのほか岩手県大槌町と島根県雲南市で活動するユースワーカー2人も登場しました。モデレーターを務めたのは2012年に株式会社COMPASSを設立し、今では小1から中3まで100万人が使うAI教材Qubena(キュビナ)を開発した神野元基さん。
「今村さんに出会うまでは、支援を必要とする子どもたちのことは考えていませんでした。2045年には、全人類の知恵を束ねてもコンピューターには敵わなくなる“シンギュラリティ”が起こるとの予想を知って、子どもたちが未来を生き抜く力を備えていくために開発したのがQubenaです。個別最適な学習により学習効率を上げ、時間を生みだすことを目的としていました」。
神野さんらの取り組みを知り、「塾以外の民間で教育を担う人って何者?」と今村さんがCOMPASSを訪ねたのは2018年。東北拠点にQubenaを導入したところ、学習に遅れが見られる子どもも、授業が簡単すぎて面白いと思えない子どもも使えることがわかったそう。
「個別最適な学びを実現してくれたのはカタリバでした。自分の景色の中で見えることしか考えていなかったけれど、支援が必要な子たちにこそ個別最適化が必要で、全国で、一人ひとりに必要な学びを提供すべきと考えるようになりました」。
10代の子どもたちの居場所、ユースセンター
ユースセンターとは児童館でもなく、塾でもなく、学校でもない「平たく言えば10代の子どもたちの居場所」と今村さんは言います。
「国内のユースセンターといえば、文京区のb-labを作る時に参考にした「ゆう杉並」があります。10代の子達が自由に使える音楽スタジオや体育館を備え、学校に行きたくなければここにきてもいい、という場です。フィンランドのユースセンターも見に行ったのですが、小さなお家のような場所から大きな施設までいろいろなパターンがありました。
フィンランドの先生たちは、14時ぐらいには家に帰ります。生徒指導はカウンセラーの仕事、部活は地域のクラブチームの仕事。ユースセンターでは部活のようにチームでなにかやったり、安心安全な環境で親以外の大人と繋がれる。学校の代わりを果たせるぐらいの、社会的な役割を担う世界があるんだと知りました。そして、日本にこそ、多様性に出会える10代のためのユースセンターが必要と思ったんです」。
今の日本では、学校が福祉的な役割を果たし、いろんな機能を担っていることが先生の多忙化の原因にもなっています。「ユースセンターがあることで、学校を助けることができるのでは?」と神野さんが尋ねると、
「何かあると学校の先生が悪いとマスコミが叩き、学校の先生が不人気職になりつつあります。小学校教諭の採用倍率は10年間で13倍下がりました。大変な仕事をしている先生たちの仕事を減らすためには、受け皿が必要です。小学生には児童館があるけれど、10代にはない。ユースセンターが学校フレンドリーな、オルタナティブな教育の担い手になることで、学校がいろんな機能を安心して手放せるんじゃないでしょうか。例えば探究的な活動の伴走者は、今後絶対に必要になっていくと思っています」と今村さん。
今なぜ地方で、子どもたちの居場所づくりが必要なのか
なぜ地方を対象にするのかといえば、都市部に比べて、学校以外で誰かと出会う可能性や、居場所の選択肢が少ない現状があるから、と今村さんが例に挙げたのは子ども支援NPOの数です。
「東京以外では少ないですし、島根県雲南市にはカタリバ以外に10代を支援する団体がありません。先生以外で教育支援に取り組むチームは、地方の方が少ないという肌感覚があります。本当はやりたいけど、仲間が見つからないという状態にあるのではないか。全国に繋がれる人がいると知れば、やりたいと思っている人が、前に進んでいけるんじゃないかと考えたんです」。
子どもたちにとってナナメの関係になり得る20〜30代の人口は、東京が10代10人に対して35人。他方、岩手県大槌町では21人、雲南市では19人。そんな地方のユースセンターはどういった場所で、どのようなユースワーカーが働いているのでしょうか。
大槌町の小野寺綾さんは、岩手県出身。進学を機に東京に出ましたが、大学を卒業してカタリバに就職するまでの間、地元に戻り学習塾で働いたそうです。「学校になかなか行けない子どもや、家庭が複雑で親以外の大人との接点を持たせたい、という理由で塾に通わせている家庭がありました。学力を伸ばす以外のニーズがあって、そこにお金を払っていることに違和感をおぼえ、いつか自分もユースセンターを作りたいと思ってカタリバに入職しました」。
6年間東京で働いた後岩手県大槌町の拠点に異動しました。岩手に戻ってみて感じているのは「大学進学が全てではありませんが、東京と比べると進学率は低く、ナナメの関係の持ちやすさや住んでいる人たちの多様性は東京の方が恵まれているということ」。人口12,000人弱の大槌町には小中一貫校が2校、高校が1校あり、コラボ・スクール大槌臨学舎で5人、県立大槌高校で3人のカタリバ職員が働いています。
東日本大震災の被災地で、中高生の学習支援と心のケアを目的にカタリバが立ち上げたのがコラボ・スクール。立ち上げ当初はお寺の一角を借りて運営し、その後、企業の支援も得て仮設校舎に移り、昨年からは大槌高校の教室がユースセンターになっています。
「小学生から高校生まで、1日20〜30人くらいの子どもたちが来ます。コラボ・スクール大槌臨学舎の三本柱は学習支援、居場所、マイプロジェクト。学習支援は、生徒がその日に取り組む教材とやることを自分で決める自律学習スタイル。スタッフの関わりは目標設定、ふりかえり、質問に応えることです。勉強したいわけではないけれど余暇の時間を過ごしたい子たちの居場所にもなっていて、一緒にボードゲームをしたりおしゃべりをしたりもします」。
3つ目のマイプロジェクトは、高校生が身近な課題や関心をテーマにプロジェクトを立ち上げ、実行することを通して学ぶ探究型学習のこと。大槌高校の生徒たちは、週に一度の総合的な探究の時間で取り組んでいます。スタッフは“高校魅力化推進員”として職員室に席を置き、放課後と日常の両面からプロジェクトを支援。「役割は、地域にある教育資源を繋ぎ、生徒一人ひとりの探究活動に伴走すること。町内のいろいろな人のところに足を運んでお願いをしたり、高校の先生とは、生徒の情報を共有してサポートしあっています」。
子どもと関わるだけでなく、行政との連携・協働も
カタリバが雲南市からの要請に応じ、教育委員会とチームを組んで開設したのがおんせんキャンパス。「学校に通うことに困難を抱えている児童・生徒に、安心できる居場所と様々な学びの機会を届け、自信と将来の希望につなげたい」とのコンセプトで不登校支援を行っています。
雲南市は東京23区と同じぐらいの面積の中に、小学校が15校、中学校が7校、高校が3校あります。大学進学率は約50%。進学で県外に出ると戻ってくる人が少ない地域です。
スタッフの井上洋輔さんは高校卒業後、広島の専門学校で学んだ後に島根に帰り、小学校で地域と学校と教育委員会を結ぶ仕事に就きました。
「教育について学んだわけでも興味があったわけでもないけれど、小学校で働いて子どもと関わることが好きだとわかりました。おんせんキャンパスに来てから、子どもと関わるのが得意だね、と言われさらに向いていることを実感し、楽しく働いています。朝8時半に出勤して、子どもたちのくる9時から16時頃までは一緒に学習や活動、16時以降は1日の振り返りや、学校や家庭に行って情報交換をしたりして、17時半には退勤しています」。
井上さんを含む8人のスタッフは元教員に加え、カウンセラーや企業経験者も。「教育委員会からは退職教員がきて学習支援にあたっていますが、カタリバが入ることで、心理職など多様な人材が関わるチームになりました。意識しているのは安心安全な場であること。子どもたちが安心して話して活動でき、言っていることを認めてもらえることです」。
「ここには、字を書くことが苦手とか、教科書を読むのが苦手、いろんな困難を抱えている子どもが来ます。学校とも相談しながらAI教材を使うなどして、本人に合った学びができるようにしています。教科学習以外にも子どもが好きなことをやる時間があり、人と関わることが苦手な子には、コミュニケーションワークやソーシャルスキルトレーニングをすることも。基本姿勢は“教える”ではなく一緒に活動することですね」。
月に一度の保護者会や、個別相談も行っているとのこと。「保護者同士が繋がって、保護者が元気になる。保護者が元気になると子どもにもいい影響があります。公的機関や医療機関にも、子どもたちがより自立でできるように関わってもらっています」。
子どもを取り巻くさまざまな人や機関と連絡を密にとり、それぞれに適切な支援をコーディネートする。おんせんキャンパスで実現しているのは、子どもと直接的に関わるだけではないユースワーカーのあり方でした。
子どもたちが歩いて行けるよう、全国津々浦々にユースセンターを
大槌町と雲南市、それぞれの地域で、それぞれの課題に向き合うふたつのユースセンター。共通するのはそこが子どもたちの居場所であること。学校ではない場所で、多様な大人が関わり、子どもたちの世界や可能性を広げていることでした。
ふたりのユースワーカーの話を聞いた神野さんは「子どもの心的安全の場を作ったり、悩みについて話すことは、テクノロジーには絶対できません。人と人との信頼関係の中でしか、子どもたちが学びに向かう姿勢を作ること、人生に向かうモチベーションを育てたり、不安を取り除くことはできないんですよね。カタリバはもう作っている、すごいことだな、と思いました」。
これは地方創生の取り組みではない、と今村さんは言います。
「ひとの人生は地域に縛りつけることはできないと思っています。でも今、AIドリルみたいに効率的に学べる便利なものがあって、その地域でしかできないことに取り組む時間ができます。その地域だからこその感性を育むことは、公的機関とオルタナティブな機関との連携の中でないと、できないんじゃないか。担い手となるユースセンターは、子どもたちが歩いてアクセスできる場所、全国津々浦々になければならないんです。全国に10個ピカピカのユースセンターがあったとしても、子どもたちには届かない」。
AI教材が普及し、学習指導要領に“社会に開かれた教育課程”が明記され、学校のあり方は大きな転換点を迎えています。一方、先生たちは多忙でどうしても手が回らないのが現状。「私たちがやっているような形でユースセンターが広がり、地域と手を取り合ってやっていくのは学校にとってもありがたいはず。今だからこそ、たくさんの、ユースセンターが必要だと思っています」。
ユースセンター起業塾1期生は2021年11月に募集を開始しました。
支援対象は、地方で、10代のための居場所を作っている団体、または作ろうとしている人たち。財源は休眠預金という、10年以上取引のない銀行預金を公益活動に活用する仕組みで、カタリバは今年、一部の資金を管理する役目を引き受けました。
事業創造コースの公募条件は「子どもにとっての多様な学びの機会や居場所へのアクセスがしにくい地域において、その地域に根ざしてその地域の子どもたちのための活動を行う、目安として創業10年未満(創業期~成長拡大期)の団体」。10〜12地域で3年間、700万円〜1500万円の資金助成をするだけでなく、エティックとともに経営面での支援もします。応募締切は1/17(月)。
起業準備コースはこれからやりたいという人が対象で、カタリバの拠点で実地研修をしながら、ユースセンターの創業支援をします。1年目はカタリバの拠点でフルタイムで働き、2年目は半分カタリバで働きながら、半分は起業準備を行っていく内容。締切は1/21(金)です。
気になった方は、ぜひこちらから詳細をご確認ください。
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起業準備コース 募集説明会のご案内
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コースへの応募を検討いただいている方を対象に、説明会を開催いたします。説明会への参加は応募上必須ではありませんが、コースの内容を理解いただくため、ぜひご参加ください。
日程:
①1/9(日)14:00-15:00@オンライン※追加しました
②1/11(火)20:00-21:00@オンライン
開催方法:Zoomウェビナー
プログラム:事業趣旨・募集に関する説明、質疑応答
※申し込み〆切は各日、前日の12:00までです。
▼説明会の詳細ならびにお申し込みはこちら
https://forms.gle/51EuJXhgVfJjpx4w8
ユースセンター起業塾とは
認定特定非営利活動法人カタリバ(本部:東京都杉並区、 代表理事:今村久美、 以下カタリバ)と特定非営利活動法人エティックが協働して立ち上げた、インキュベーションプログラム。事業創造と起業準備の2コースを用意し、日本全国で子どもたちの居場所づくりを担う個人や団体を、資金面・事業面から支援する。
「事業創造コース」は3年間で総額1億円規模の助成と事業の立ち上げ支援を行い、「起業準備コース」はカタリバの拠点でスタッフとして働きながらのユースセンター創業準備を支援する。いずれも子どもにとっての多様な学びの機会や居場所へのアクセスがしにくい地域において、その地域に根ざしてその地域の子どもたちのための活動を行う。
NPOカタリバ代表理事/今村 久美
慶應義塾大学卒。2001年にNPOカタリバを設立し、高校生のためのキャリア学習プログラム「カタリ場」を開始。2011年の東日本大震災以降は子どもたちに学びの場と居場所を提供、2020年には、経済的事情を抱える家庭にPCとWi-Fiを無償貸与し学習支援を行う「キッカケプログラム」を開始するなど、社会の変化に応じてさまざまな教育活動に取り組む。ハタチ基金代表理事。地域・教育魅力化プラットフォーム理事。文部科学省中央教育審議会委員。経済産業省産業構造審議会臨時委員。
NPOカタリバ おんせんキャンパス/井上 洋輔
高校を卒業するまで島根県で過ごし、県外のスポーツトレーナーの専門学校へ進学。卒業後は帰郷し、子ども時代を共に過ごした友人たちとの再会と、地元小学校職員として勤務したことから学校生活の楽しさ、自分を理解し受け入れてくれる友人の存在の大切さを子どもたちにも感じてほしいと思い、学校に行きにくい子どもたちと関わる仕事に就いている。現在は、おんせんキャンパスで不登校支援事業に携わり、子どもを取り巻く学校や保護者と一緒に子どもの次の一歩に伴走している。
NPOカタリバ 岩手県立大槌高等学校 魅力化コーディネーター/小野寺 綾
1991年岩手県奥州市生まれ。教員養成大学在学中に「キャリア教育」の重要性を感じ、新卒でカタリバに入職。カタリバでは、学校に社会を届ける「カタリ場」プログラムや、中高生のための放課後施設の運営に携わり2020年に岩手県大槌町に異動。現在は、岩手県立大槌高校の魅力化コーディネーターとして、地域と協働した探究型学習の運営等を行っている。
【モデレーター】合同会社 LINKALL 代表、株式会社 COMPASS ファウンダー/神野 元基
幼少期を北海道網走市で過ごし、慶應義塾大学総合政策学部在学時より起業家として活動。シリコンバレーで起業した際に「シンギュラリティ」に出会ったことがきっかけで、2012年に株式会社 COMPASS を設立し、人工知能教材Qubena(キュビナ)を開発・提供。著書に『人工知能時代を生き抜く子どもの育て方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。2019年より中央教育審議会・臨時委員に就任。2020年合同会社LINK ALL代表就任。2021年11月より学校法人東明館学園 副校長に就任。
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